泳げ、チハヤちゃん2
シチュエーション


事の始まりは、至極ありふれた兄妹の雑談だった。

歳の近い兄妹と言えば、幼い頃はともかく、それなりの年齢になってくると、普通はどこかよそよそしくなるか、あるいは兄が妹に過保護になるかの二択だろう。
その点、彼ら──武内家の兄妹、千剣破(ちはや)とかおるは、兄が16歳、妹12歳になっても、非常に仲が良く、いい意味で「親しい友達」のような関係を保っていた。
これは、ふたりとも「明るく元気でアウトドア派」という基本的な性向が一致していたのに加え、兄にやや子どもっぽいところがあり、妹はボーイッシュな面が強かったため、よりいっそう趣味や嗜好、思考が近かったことが理由だろう。
兄妹は無論同級生達と遊ぶことも多いが、家に帰ればふたりでゲームしたり、休日は一緒にサイクリングに行ったりと、共に過ごす時間も多かった。

6月も終わり、そろそろ梅雨もあけるという時季のある日曜日。何気なく話をしていたふたりは、来週からプール開きだと言う話題になった。

「はぁ〜、今年もユウウツな季節が来たよ」

実は、この兄妹、スポーツ好きで運動神経も悪くないのに、泳げないのが泣き所だった。
溜め息をつく千剣破に対して、かおるはどこか得意そうだ。

「あれあれ〜、お兄ちゃん、まだ泳げないのぉ?」

自分と同じくカナヅチであるはずの妹の余裕に、千剣破は不審を覚える。

「!も、もしかして……」
「へっへーん、ボク、もう泳げるようになったもーん!」

なんでも、去年そして今年のかおるの担任である先生は体育大卒で、学生時代に水泳の選手だったこともあって泳ぐのが非常に上手く、昨年の水泳の授業で見事に妹のカナヅチを直してくれたらしい。

「かおるの担任って、こないだ家庭訪問に来たあの若い女の先生だよね。美人だし優しそうだし、羨ましいなぁ」
「うん、ホッちゃん──星乃先生は、学校でも人気あるし、ボクも大好きなんだ。お兄ちゃんも、先生に習えば、すぐに泳げるようになるよ!」
「はは、本当にそう出来たらよかったのにね。ふぅ……」

元気がない兄に不審を覚えたかおるが詳しく聞いてみたところ、実は夏休みにクラスの親しい男女数人と海に遊びに行く予定があるのだという。

「このままじゃあ、桐生院さんにも笑われちゃうだろうなぁ」

密かに憧れている少女にカナヅチがばれるのが、どうにも気が進まないらしい。

「そうなんだぁ……お兄ちゃんも先生に習えればよかったのにね」

兄想いな妹が気の毒に思ってそんな事を呟いた瞬間。

『話はすべて聞かせてもらった!その願い叶えて進ぜよう!』

ふたりがいる座敷の天井付近一角にこしらえられた神棚の辺りがピカーと光った。

「「!もしかして……!?」」
『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーーン!』

今時の子供は知らないような口上ととともに、ポンッ!身長15センチほどの小さな女の子が宙に姿を現す。
明らかに人間ではないこの少女の名は、須久那御守(すくなみかみ)。
武内家の守り神で、本人いわく超有名な神様の分霊──分身みたいなものらしいが、子どもの頃に偶然彼女の存在を知ったこの兄妹は話半分くらいに思っている。

「ナミちゃん、久しぶりだね〜」
「2年ぶりくらいだっけ。どしたの急に?」

その証拠に、彼らの語りかける言葉はあたかも「何年かぶりに会った幼馴染」に対するもののように気安い。

「──いや、自分で言うのも気が引けるけどさ、汝ら、自分ん家の守護神である我をもっと敬おうよ」

そろそろ子どもじゃないんだからさぁと、ガックリ肩を落とすナミこと須久那御守だが、言われた兄妹の方は、「何言ってんの、コイツ?」みたいな不思議そうな目をしている。

「ま、まぁいい。ところで……話はすべて聞かせてもらった!」
「話って……お兄ちゃんが未だ泳げないコト?」「おふぅ!」

妹の悪気のない言葉に密かにダメージを受ける兄の千剣破。

「うむ。千剣破は早く泳げるようになりたい、かおるはそれに出来れば協力したいと思っておる。そうであろ?」

兄妹は顔を見合わせ、揃ってコクンと頷く。

「話によれば、かおるの師は水練の達人らしいではないか。要は千剣破がその師に直接泳ぎを習えば問題は解決するのではないかえ?」
「まぁ……」「そう、かな」
「なれば簡単じゃ!」

そして、そのための「方策」をナミから聞いた時、ふたりはさすがに驚いたが、好奇心旺盛(と言うか、歳のわりに子どもっぽい)千剣破が妙に乗り気になり、かおるとしても興味はあったので、ナミの提案は受諾されることとなった。

「よしよし。それでは、ふたりとも神棚の前に立つがよい」

神棚にちょこんと腰かけたナミは、キリリと顔つきを引き締め「キエーッ!」と気合を入れると、手にした大幣(おおぬさ)をふたりに向かって振りかざした。
大幣から、細かい滴のようなようなものが飛び散ったかと思うと、千剣破たちの頭に振りかかる。

「あ……れ?」「なんか……身体が」

興味津津でナミのすることを見つめていたふたりだが、身体に違和感を感じたのもつかの間、そのまま眠るように気を失ってしまった。

***

ちはやが意識を取り戻したのは、それから1時間ほどしてからのことだ。

「あ、ちぃちゃん起きた?」

どうやら、馨の方が先に目を覚ましていたらしい。ふたりでデートに出かけている両親が、まだ帰って来てないようなのは幸いだった。
ボンヤリした状態のまま身を起こすと、すぐそばの座卓の上には、ナミがコースターを座布団代わりに正座して、ポリポリとスナック菓子をかじっていた。
「あ……えっと、あれからどうなったの?」

実はふたりとも、ナミからは「我の神術でふたりの立場を入れ換え、ちはやが小学校に、馨が高校に通えるようにする」としか聞かされていなかったのだ。
できればもっとキチンと説明してから実行して欲しいとは思うものの、やってしまったものは仕方がない。泥縄だが、ナミに詳しい解説をしてもらった結果、以下のようなことが判明した。

1)現在のふたりの立場──武内家の長男&長女、兄と妹、高校一年生と小学六年生……といった諸々が、すでに入れ替わっているということ。
2)この術の効果が及ぶのは、現在はこの家の中だけだが、今夜には町内、明日の朝になればこの街全体に広がり、以後も少しずつ広がっていくこと。
3)術に伴って発生する種々の不都合を極力軽減するため、ふたりの身長を160センチにならして統一したこと。
4)ちはやが25メートル泳げるようになれば、その日の夜に術を解除すること。

「1と2はわかるけど、3はなんで?」

母親似の千剣破は男子高校生としては小柄な163センチ、大柄な父に似たかおるは逆に女子小学生としてはかなり長身の158センチだが、それでも5センチ程の差があったのだが。

「あくまで立場を入れ換えただけじゃからな。逆に聞くが、あまりに背が低い男子や高過ぎる女子は、変に目立つし不都合もあるであろ?衣服の問題もあるしの」

確かに、元のままの千剣破がかおるの服を着るのはサイズ的に無理があり過ぎる。逆も然り。
元に戻れば背丈も戻ると聞かされ、せっかく伸びた身長を減らされてしまったちはやも不承不承了解した。

「納得したようじゃな。それでは、ふた親が戻る前に、お主らの着物を取り換えておくがよい」
「ちょ……「うん、わかったよ」……って、ええっ!?」

ちはやが抗議しようとする前に、馨があっさり頷いてその場でTシャツに手をかける。
そのまま、ピンクのロングTシャツ、デニムのホットパンツ、さらにはショーツまでも、パパパッ!と脱ぎ捨ててしまう。いっそ気持ちいいくらいの脱ぎっぷりだった。

「わわっ、ちょ、ちょっと、兄さん!」

真っ赤になって慌てるちはやは、自分が馨のことをごく自然に兄呼ばわりしたことも気づいていない。

「ん?何?」

対して、スッポンポンな馨の方が、ごく自然体のままだ。

(お、落ちつかないと。ぼくはロリコンじゃないんだから、馨兄さんのはだかなんて見たって……うぅ、やっぱりなんかはずかしい)

矛盾した感情を抱えつつ、何とか呼吸を整え、自分もその場で服を脱ごう……として結局果たせず、風呂場に掛け込んでTシャツとショートカーゴパンツ、トランクスを脱ぐちはや。
裸のままでは落ち着かず、無意識にレモンイエローの(本来はかおるが使っていた)バスタオルを身体に巻いて、胸元までしっかり隠してから、脱いだものを抱えて座敷に戻る。
そのまま互いの服を交換すると、馨の方は躊躇いもなくトランクスに脚を通し始めた。

(こ、こんなの絶対おかしいよ!)

対するちはやの方は、顔を赤くしたまま目をそむけ、交換に渡された衣類を抱えて再び風呂場の脱衣所へ戻り、自らの裸身を恥じるようにそそくさと少女の服を身に着ける。
本来なら、いくら仲の良い妹とは言え、年下の女の子がついさっきまで着ていた服を下着に至るまで平気で身に着けることには、大いにためらったはずなのだが……。
どういうワケか、この時のちはやの脳裏からは、そういった意識がスッポリ抜けていた。

「はぁ〜、やっと落ち着いたかも」

元より夏場と言うこともあって軽装だし、フェミニンな服装を好まないかおるの着ていたものだ。むしろ中性的と言っても差し支えのない格好ですらある。
しかしながら、ちはやは、鏡に映った姿──少女向けブランドのロゴの入ったピンク色のロングTシャツと、ほとんど太腿の付け根までむき出しのホットパンツ姿の自分から目を離せなかった。
中性的とは言え紛れもなくそれは「少女」の装いであり、それを自分が着ていることに違和感を感じずにはいられないはずなのだが、その感覚はごく僅かで、むしろフィット感と言うか、今の状態こそしっくりくるような気がしたのだ。
そんな自分に気づくと、フルフルと頭を振り、ワザと乱暴に洗面台で顔を洗ってから、ちはやは馨達が待つ座敷へと戻った。

「ねぇ、ミナの術って、ぼくと馨兄さんの「立場」を入れかえただけなんだよね?記憶とか性格とかは、いぢってないよね?」

多少落ち着いたところで、心配になったので聞いてみる。

「うむ。基本的にはその通り。しかし……記憶と言うか一部の知識については、交換してある。いくら何でも小学生レベルの知識で、まともに高校生活を送れるとは思わぬであろ?」
「それは……うん、しかたないかも」

体育以外の成績があまり芳しくない千剣破と異なり、かおるは学業面でも秀でた文武両道な子だったが、さすがにそのままでは高校の授業についていけまい。

「代わりに汝には「小六女子には必須の基礎知識」が備わっておる。その点は心配は無用」

これまでもミナは(時には突拍子もないことをしでかすとは言え)、基本的には武内家の守り神らしく千剣破達のことを色々と気遣ってくれてきた。今回のコレも、千剣破の願いを汲んでのことなのだから、悪いようにはすまい。
そう考えると、ちはやも幾分気が楽になった。

「そうだよね。じゃあ、めったにできない経験なんだし、なりゆきにまかせて楽しんでみよっかな!」

いつもの楽観思考を取り戻して一気に顔色が明るくなった「妹」の様子に苦笑しつつ、馨は密かに心の中で呟いていた。

(でも、それにしては、僕もちぃちゃんも、随分元の「ボクたち」とは性格とか変わってるような気がするんだけどなぁ……)

──そう、確かにミナは直接的にふたりの性格に干渉したワケではない。
しかし、立場を交換したことによって、ふたりはそれぞれ「もし自分が女(男)だったら、どうするか」と言うシミュレーションを無意識に行い、その結果に基づいて行動してたりするのだが……それに気付いている者は、この時点ではまだ誰もいなかった。






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