不良とお嬢様 アナザーサイド
シチュエーション


「はーい、そのままー……いいよー」

目も眩むような大量のフラッシュに向かって、ディレクターさんや編集さんの指示通りに笑顔やポーズを決める。
最初の撮影はレース地のマキシワンピにジャケット風にしたネイビーのコットンシャツ、
髪型はちょっと後ろの方で結んだツインテールに伊達メガネを合わせて。
続いては花柄のトップスをイミテーションパールのネックレスで飾り、
デニムのショートパンツで美脚を活かしたスタイルで前に流した一本縛りで元気な女の子を演出。
最後は花柄のトップスに白いコットンレースのボレロを合わせ、ボトムはカーキのワイドパンツ。
ふんわりしたゆるい巻き髪には細いカチュームでアクセント。
昼前から始めた撮影はたった3パターンの着替えだったのにもかかわらず、
最後の1枚を撮り終わる頃にはすっかり夕方になってしまっていた。

「はーい、お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー」

スタッフさんたちとねぎらいの言葉を掛け合い、心地よい疲れをみんなで分け合う。

「つかさちゃん、今日も良かったよー」

ガーリーなカジュアルファッションで人気のあるファッション雑誌の編集を務める田中さんが、
いつものようにグループフルーツジュースを持ってやってきた。
それを受け取りながら「スタッフのみなさんのおかげです」と返すのもいつも通り。
ある意味恒例となったこのやり取りが、撮影で張りつめていた心を優しく時ほどしていく。

「これでで今月の特集の撮影は全部終わりかな?
今日の撮影のカンジだと、今月号もつかさちゃん効果でバカ売れかな?」
「そんなことないですよ」
「でもね、ホントにつかさちゃんがメインの号は、他の号よりも返本率が低いのよ。
再来月号は思い切ってあなたメイン推しで企画立ててみようかなって編集部内でも話してるところよ」

田中さんはいつも大げさだけれども嘘は言わない。
たぶん、彼女の言っているようにわたしメインの号は売れ行きがいいのだろう。
そんなことを聞くと、自分がファッションモデルとして認められたというのを心から実感して
なんだかうれしくなってしまう。

「ところで、今日この後大丈夫?ご飯でも食べていかない?」
「ええと……今日はこの後から同窓会があって……」
「あら、残念。
……そうだ!せっかくの同窓会なんだから、ちょっとおめかししていかない?」

そう言うと田中さんは片づけをしていたスタッフに頼み込んで、
今日の私服に合わせた最高のメイクを私に施してくれた。

支度を済ませてスタジオを出る頃には、時刻は6時を大きく回っていた。

「やば、遅刻確定だ」

今日履いているブーサンはちょっと高めのヒールなので走るわけにもいかず、
心だけが焦ってしまう。
こういう時に限って、電車も信号のトラブルとかでちょっと遅れているのがもどかしい。
いつもよりも遅れてやってきた電車に飛び乗り、目的の駅まで窓の外を眺めて過ごす。
中学の同窓会。
本当の意味で消し去りたい過去の出来事。
しかし今の自分はあの頃と違う。
そう、今日の同窓会は過去と決別するための大事な儀式なのだ。
今でこそ名門女子大に通い、お嬢様系ファッションモデルとしてお仕事をいただいている身だけれども、
まさかそんな女の子が中学時代どうしようもない不良だったなんて誰が信じるだろうか。
しかも、本当は女の子ではなく、男の子だなんて。
だが、ワタシ――斉藤司は、まぎれもなく男の子なのだ。

きっかけは中学3年の冬、他校の生徒数人相手に大喧嘩して危うく少年鑑別所に送られそうになった次の日。
登校したのはいいものの授業を受けるのが面倒くさくなって帰ろうとしたときに
進路指導の先生に捕まってしまい、
『指導』と称した面倒くさいお説教を受ける羽目になってしまった。
くどくどといつものように中身のない上っ面だけの話を聞き流していると、
先生が封筒に入った書類束を出してきた。
なんでも各方面に頭を下げて、なんとか推薦試験の面接をもぎとってきたらしい。

「高校に行かないといつか後悔することになるから」と泣いて頭を下げる進路指導と生活指導の態度に
「1回ぐらい受けてやるか」という気分になって、推薦試験を受けることになった。
そして当日、自分が受けられるレベルの推薦試験というから不良だらけだとばかり思ったら、
周囲はおとなしい女子生徒ばかりで面喰ってしまった。
しかも、みんなイイトコのお嬢様といった感じで、あからさまに自分が浮いてしまって居心地が悪い。
ちょっとした筆記試験と当日ですら何を話したのか覚えていない面接を終え、
たった3時間程度の推薦試験を済ませたときには、歩くのがやっとなほど疲れ切っていた。
手ごたえはまったくなかった試験だったのだけれども、1週間ほどして届いたのはなんと『合格』の知らせ。
予想外の出来事に進路指導の先生と手を取り合って喜んだのだが、ここで大変な事が発覚した。
自分が先日受験した学校は当初予定されていた男子高の三葉学園ではなく、
同じクラスにいたほぼ同姓同名の優等生『斉藤つかさ』のために用意された
お嬢様学校の三葉学院だったというのだ。
今の今までその間違いに誰も気づかないというのも変な話だが、気づかなかったのは仕方がない。
本来ありえない『男子生徒が女子高を受験して合格してしまう』という事態に対して三葉学院と対応を協議した結果、
『合格したのだから、責任をもってしっかり通う』ということになってしまった。
話によると女子生徒の『斉藤つかさ』も、半ば脅迫に近い説得を受けて男子高である三葉学園に入学することになったという。
不良とはまったく縁のなさそうな女の子が『不良の民間収容所』なんて揶揄される三葉学園に通わされるなんて
生き地獄以外の何物でもない気もするけれども、それはそれ。
こっちだってスカートを履いてお嬢様らしく振舞うなんていう、とんでもない羞恥プレイを強いられるのだ。

しかし人間は慣れるもので、『羞恥プレイ』だなんて思っていたのは最初の2週間ぐらい。
すぐにスカートも恥ずかしくなくなり、むしろ伝統ある紺色のセーラー服に袖を通せることに誇りすら感じるようになった。
それどころか、毎日行われる運針をはじめとした裁縫の練習や、女性らしいマナーを身に着けるための教室、
さらには華道や茶道、着付けや社交ダンスにいたるまで様々な知識を叩き込まれた結果、
1年も経たないうちに『どこに出しても恥ずかしくない立派なお嬢様』へと変貌してしまった。
そうなってくると勉強も楽しくなってきて、卒業する頃には成績も学年トップクラスとなり、
最終的には名門女子大として人気があるソフィア女子大に推薦で進学できるほどになってしまった。
たった1つの取り違えが、まさかこんなことになるなんて、本当に思ってもみなかった。
人生とは本当に何が起こるかわからない。

大幅に遅刻してしまったせいか、同窓会は既に大盛り上がりだった。
盛り上がりについていけるかな?と恐る恐る開場に入ると、ワタシを歓迎する歓声と拍手が鳴り響く。

「『ツカサチャン』久しぶりー」
「こっちこっちー」

在学中は一度も話したことのない、名前もよくわからない女子達が手招きする。
こっちも「久しぶり」なんて適当な相槌を打ちながら、次々に話しかけてくるみんなに愛想笑いを返す。
どうやらみんなワタシが札付きのワルとして恐れられてた『斉藤司』ではなく、
明るくかわいらしい笑顔でクラスの人気者だった『斉藤つかさ』だと思い込んでいるらしい。
思い込みさせたまま、どんどん『斉藤つかさ』としての過去を手に入れていくワタシ。
体育祭でチアリーディングみたいなことをやったのも、
遠足でディズニーランドに行った時、ミニーマウスと一緒に記念撮影をしたことも、
家庭科の実習でみんなと協力してドレスを作ったことも、
いまや全部ワタシがやったことに。
そしてもう1人の『サイトウツカサ』がどうしているのか、探るように慎重に聞いてみると、
部屋の隅の方で煙草をふかしながらビールのジョッキを傾けているのがそうだと教えられてびっくりする。
5年前は『どこにだしても恥ずかしくないお嬢様』だった彼女が、
まるでヤクザの予備軍みたいに迫力のある不良になっているなんて思ってもみなかった。
向こうの方では、過去のワタシがやった悪事の数々が彼女がやらかしたものとして話が盛り上がっている。

ありがとう『サイトウツカサ』さん、ワタシの悪事は全部あなたが引き受けてくれるのね。
代わりにアナタの過去はワタシが貰ってあげるから安心して。

そう心の中でつぶやきながら不良の『サイトウツカサ』の方を見ると、
まるで睨みつけるかのような視線がワタシを射抜く。
ワタシの代わりに不良になってくれた彼女に感謝するように心からの笑顔を作ると、
『サイトウツカサ』は現状の不満をぶつけるかのように煙草を吸い始めた。
その姿がもはや戻れないぐらいほどのチンピラっぽさを醸し出していて、
5年という時間が変えたのは自分だけではなかったのだと、改めて思い知らされるのだった。






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