不良とお嬢様
シチュエーション


あんなに輝いていた夕日は高層ビルの彼方に姿を隠し、
代わりに飲み屋の客引きがどこからともなく湧き出てきた。
蚊のようにまとわりついてくる鬱陶しい奴らをサングラス越しの視線で払いのけながら、
初めての街を我が物顔で練り歩く。
向こうから歩いてきた大学生風の集団が避けようとしないので、
その中でも一番ガタイのいい奴のわざと肩にぶつかって睨みつけてやったら

「ごめんなさい」とすぐに頭を下げて、ケンカに負けた子犬のように逃げていった。
トライバルタトゥー風のシルバープリントが施された黒いロングTシャツと揃いのスウェットパンツが
ジャラジャラと音を立てるぶっといシルバーのウォレットチェーンと
禍々しい意匠のクロスペンダントを引き立たせたオラオラ系ファッション。
そんな服を身に纏っているだけでもなんとも言えない怖さがあるだろうに、
短く刈り込んだ金髪と黒いサングラスがそれをさらに際立てる。
実の家族ですら恐る恐る話しかけてくるほどの威圧感がある今のオレを前にして、
たかがリーマン程度がどうにかできるはずがない。
まぁ実際相手が喧嘩を吹っかけてきてもボコボコにする自信はあったが。

「あー、会場行く前にヤニでも入れてくか」

目に留まったコンビニ横の灰皿に惹かれるように立ち止まり、
ポケットからいつものようにセッターを取り出して火をつける。
肺だけでなく、頭の中まで満たしてくれるような、独特の辛味がある紫煙を堪能しながら、
道行く人々をボーッと眺める。
土曜日だけあって友人同士で集まって飲むようなヤツらが多く、
合コンなのか綺麗に着飾った女の子もちらほらと見受けられる。
あの中の1人ぐらいお持ち帰りできないかな? なんて考えながら、
すっかり短くなったセッターを地面に投げ捨てて潰すように踏み消す。
横に灰皿があるというのに思わず習慣が出てしまい、ちょっと苦笑い。
しかし拾うのも面倒くさいので、そのまま放置して立ち去る。
どうせコンビニの店員がかたずけるだろう。

「もうこんな時間か」

ふと時計を見ると、時刻はもう6時半を大きく回っていた。
確か開場時間は6時半だったか。

「ま、少しぐらい遅れても問題ないだろ」

そう呟いて、オレは新しい煙草に火をつけた。

7時過ぎになって訪れた同窓会は金のない学生が飲んで騒いでと楽しめるように、
赤い看板系居酒屋の宴会場を借り切って行われていた。
店員に案内されて宴会場の前へとたどり着くと、
精いっぱいおめかしをしているがどちらかと言えば『残念』な部類に入る女子2人が
わざわざ受付として待ち構えていた。
ご苦労な事だ。

「ええと……北東京市第4中学校3年C組の同窓会に参加される方ですか?」

眼鏡をかけたぽっちゃりをさらにぽっちゃりさせた女が、恐る恐る訪ねてくる。

「決まってんだろ」
「ええと、名前を……」

こんなタイプのヤツと話したことがないのだろう、少し震えながら名前を聞いてきた。

「つかさ。斉藤つかさ」
「ええと……」

受付係のもう1人が、名簿を上から順に眺めていく。

「ほら、『サイトウツカサ』って2人いたじゃない。男と女で」
「あ、そうだったっけ」

名簿を見ながら受付の2人がヘンに盛り上がる。

「えっと、斉藤くん? じゃ、会費4000円になります」
「ほらよ」

俺が会費を突きつけると、受付は名簿の出席欄に丸をつけた。

小さな声でオレについて話し合うブス2人を軽く睨みつけ、会場の中に足を踏み入れる。
すると、さっきまで盛り上がっていた会場内が一瞬凍りついたかのように静まり返り、
また何事もなかったかのように会話が始まった。
しかし、会場内のヤツらがオレを見る目でわかる。
話している内容はさっきまでと全然違う。

「不良だ」「斉藤だっけ?」「なんでアイツ来たんだ?」

そんな空気がひしひしと伝わってくる。
そのムカツく空気を気合で押し黙らせるように、部屋の隅の方にどっかと座り生中を注文する。
ほどなくして出てきた生中を一気に呷り一息つくと、
どこぞの物好きが声をかけてきた。

「ええと、斉藤……くんだよね?」
「……お前は?」
「ほら、学級委員だった高橋だよ! 久しぶりだなぁ」

成績は普通だったが生真面目だった男子の学級委員は、卒業して5年経っても相変わらずだった。

「ああ、高橋か。久しぶり」

大学生らしく少しだけ垢抜けた感じのするメガネは、同窓会で浮かないようにと彼なりに気を配っているらしい。

「ねぇ斉藤くんはいま何やってるの?」

面倒くさい質問。

「工務店で働いてるよ」
「そうなんだ」

ちょっと嬉しそうに相槌を打つバカメガネ。
どうせ内心では『お前と違って俺は大学生だぞ』とか思っているに決まっている。

バカメガネの他愛のない話に付き合っているうち、
見た目こそ怖いがそこまで恐れるほどじゃないと気付いたのだろうか
どんどんと周囲に人が集まってきた。
しかしどいつもこいつも大学に通って、やれ単位がどうだ、
サークルがどうだといった話しかしやがらない。
話を適当に合わせるのもめんどくさくなってくる。
3杯目の生中を飲み干し、ヤニ切れに耐え切れずセッターに火をつけた頃、
誰かが持ってきた卒業アルバムがテーブルの上に広げられた。
5年前の卒業写真。
等間隔に並んだ5年前の個人写真を肴に、様々な思い出話に花が咲き始める。

「ほらほら、斉藤くん。昔もツッパってたんだね」

バカメガネが指差す先には、半分眉毛がなく短髪を赤く染めた
『いかにも不良です』といった少年の顔写真があった。
写真の下には『斉藤司』と書いてある。
その写真を見ながら、やれ校内で先輩5人相手に大喧嘩して勝っただの、
タバコ吸って停学食らっただの、7歳年上の女と付き合ってた噂があっただの、
『オレの武勇伝』で盛り上がるクラスメイト達。
そんなどうでもいい話にうんざりして怒鳴りだしたくなった時、
開場の入口の方から男子共のどよめきにも似た歓声があがった。
何事かと思い視線を動かすと、

「ごめんなさい、遅くなっちゃいました」

細かい花柄のマキシワンピースにショート丈のデニムジャケットを羽織り、
明るい茶色に輝くロングヘアをゆるくふんわりした巻き髪にまとめた
1人の女性が微笑みながら会場に入ってきた。

「遅いよ『ツカサチャン』」
「こっちこっち! 早く座って!」

グラビアアイドルですらかなわないような笑顔を振りまきながら現れた彼女は
あっという間に女子グループの中心となり、話に花を咲かせている。

「斉藤、ずいぶんと美人になったなぁ」
「あんな娘、彼女に欲しいよな」

女子グループから離れて座っている野郎共の話題も、一瞬にして彼女一色に染まってしまった。

「そういや、彼女も『サイトウツカサ』なんだっけか」
「こっちの『サイトウツカサ』とは大違いだな」

大分酔っぱらっているのか、口の悪い連中が笑いながらオレを指差す。
両手でカシスオレンジの入ったグラスを持ちながら、
他愛のない話題でかわいらしく笑うサイトウツカサ。

「しっかしかわいいなぁ、サイトウ」
「昔っからかわいかったけどな」

誰かが拡げっぱなしになっていた卒業アルバムを指し示す。
そこには艶やかなロングヘアにぱっちりした瞳が特徴的な少女が写っている。
名前欄には『斉藤つかさ』。
ここにいる誰もがこのいかにもお嬢様然とした写真の女の子が、
あそこで両手でカシスオレンジの入ったグラスを持ちながら、
他愛のない話題でかわいらしく笑うサイトウツカサだと思うに違いない。
だが、このオレこそが、写真の少女の『斉藤つかさ』であり、
あっちのお嬢様風女子大生が手のつけられない不良として名高かった『斉藤司』なのだ。
誰も信じないだろうけど、これが現実なのだ。

事のきっかけは中学3年の冬、受験シーズンまっただ中。
オレも当時は普通の女子で、進路をどうするか悩んでいるところだった。
普通に高校受験をするか、それとも学校側が勧めるお嬢様学校の三葉学院の推薦を受けるかどうか
頭を抱えて考えに考え抜き、
最終的に三葉学院に行くと結論づけたのだった。
しかし推薦試験の当日、受験票に書いてある試験会場を訪れてみると何か様子がおかしかった。
お嬢様学校のはずなのに、試験会場には怖そうな不良少年しかいないのだ。
何かがおかしいと思いながら面接を受け、しばらくして合格通知が届いたとき
大変なことが発覚した。

そう、オレが受けに行った高校はお嬢様学校として名高い三葉学院ではなく、
不良学生の吹き溜まりとして有名だった三葉学園だったのだ。
慌てて先生に問い詰めてみると、クラスにいた同じ読みの名前を持つ不良生徒『斉藤司』に受けさせるはずだった高校の試験をオレが受け、
代わりにオレのために用意された三葉学院の推薦試験を『斉藤司』が受けたのだという。
しかも偶然とは恐ろしいもので、不良の斉藤司が三葉学院の試験に合格してしまったとのこと。
単願推薦のシステム上、合格したからには絶対に通わないといけないと諭され、
オレは結果的に不良男子ばかりが詰め込まれた三葉学園へと通うことになってしまったのだ。
朱に交われば赤くなるとはよく言ったもので、最初は恐々通学していた三葉学園だったが、1か月、3か月、1年と通ううちにどんどんと周囲になじんでしまい、
今では5年前の少女の面影すら感じられないほどの『男』へと変化してしまった。
たぶん、あっちのサイトウツカサもお嬢様学校の雰囲気にのみ込まれてああなってしまったのだろう。
オレもちゃんと三葉学院に通っていたら、あんなお嬢様っぽくなれたのかな……
なんて思いながらサイトウツカサを見つめたら、一秒視線が交わった。
ほんのわずか一瞬だけ勝ち誇ったような顔をした後、また口角を上げた作り笑顔で愛想を振りまき始めた。
そのしぐさがなんとも憎らしく、そして現状の立場の差を見せつけられたかのような気分にさせられ、
そのイライラを鎮めるため最後の1本だったセッターに火をつけるのだった。






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