2年前
シチュエーション


指定されたホテルのカフェはすでに満席だったが、ウェイトレスに名前を告げるとすんなり席へと案内された。
テーブルには、頼りがいのありそうな好青年が珈琲をすすっており、 私の姿に気づくと、ニコリと微笑んだ。

「ああ……『倉木眞子』さん、ですね」

問われた名前は、私が「地上」で活動する時に使う偽名だった。おそらく周囲をはばかって気を使ってくれたのだろう。

「ええ。お久しぶり……で、いいのかしら?」

目の前の男性──『緑川進』はちょっとだけ困ったような顔をする。

「うーん……ま、何だかんだ言って、こんな風に落ち着いて話するのはアノ時以来ですしね。顔を合わせる時は、ほら、お互いバタバタしてましたから」

彼の言う「バタバタ」の内容を思い浮かべて、私はクスリと笑みを漏らした。
──普通、敵対して命のやりとりをしたりコトを、呉越同舟で共闘したりするコトを、そんな風に表現する人も珍しいんじゃないかしら?

「フフッ、確かにそうね」

私は椅子に座りながら、彼を軽く観察してみた。
短めに刈り上げた髪と、意志の強そうな太い眉毛。そして浅黒く日に焼けた肌。
洗いざらしのポロシャツにチノパン、麻のジャケットという組み合わせはラフだが、健康的で爽やかな彼の印象にはよく似合っていた。
カップを持つ手がゴツゴツと節くれだっている点も、いかにもアウトドア派な彼の印象とマッチしている。
それに比べて……と、私は窓ガラスに映る自分の姿をチラと眺めた。
軽くウェーブがかった栗色のロングヘアと、おとなしめのデザインのOL向けスーツ。
昼間であることを考慮してに、できるだけナチュラルなメイクに押さえたつもりだけど、それでもどこか女らしい色気が滲み出ている……と感じるのは、自意識過剰だろうか?
それは、珍しく赤系のルージュを引いているからかもしれないし、タイトスカートから伸びる濃いベージュ色のストッキングに包まれたムッチリした脚のせいかもしれない。
テーブルの上に揃えられた手も、細く華奢でよく手入れされており、爪も綺麗に整えられたうえ、鮮やかなオレンジのマニキュアで彩られている。
そして──左手の薬指には、キラリと光る宝石があしらわれた銀色の指輪。

「あれ、もしかして、それ……」
「ええ、先日、「あの人」にプロポーズされて、ね」

口元が幸福そうにほころんでいるのが、自分でもわかる。

「うわぁ、そうなんですね。おめでとうございます!」

何か言われるかと思ったが、『緑川進』は目を輝かせて素直に祝福してくれた。

「フフ……ありがと」

はた、と会話が途切れる。
その間を埋めるべく、紅茶の入ったカップを手にとりながら、私はふと2年前に思いを馳せた。
まさか、あの頃は自分がお嫁に行くことになるだなんて、思ってもみなかった。
だって、当時の私……ううん、僕は、れっきとした男性で、地底人の侵略から地球を守る正義の戦隊「トランセイヴァー」の一員だったのだから。






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