替玉お断り
シチュエーション


暖房の効いた教室では、生徒達が懸命に答案用紙の空欄を埋めており、ペンが紙の上を走るカリコリという音だけが辺りに微かに響いていた。
ちなみに、この試験は期末や中間といった定期試験や実力検定ための模擬試験の類いではない。ほかならぬ、ここ、慶聖女学院高等部への入学試験なのだ。
そのため、普通の学内試験などとは桁違いの緊張感が教室中に溢れている。

──キーンコーンカーンコーン……

「はい、終了です。答案用紙を裏返して机の上に置いてください。今から係の者が回収します」

時間終了を告げるチャイムとともに試験官がそう宣告し、裏返しの答案用紙を次々に回収していく。

(ふぅ〜、やっと終わった……)

一様にホッとしたような開放感に包まれている生徒達の中でも、その少女はことさらに安心したような表情を見せていた。
紺色のブレザーと臙脂色のリボンタイ、膝丈のボックスプリーツスカートというオーソドックスな制服からは出身校を特定しづらいが、左胸のワッペンになった校章を見る限りでは、どうやらすぐ近くの公立中学の生徒のようだ。
肩にかかるくらいの長さの髪をやや外跳ね気味にブローし、口元にごく薄いピンク色のリップを塗っている程度で洒落っ気はほとんどない。まぁ、受験時にわざわざオシャレしていても仕方ないが。
中学3年生の女子にしては162センチの身長はやや高めと言えるだろうが、それとてとくに目立つという程ではない。
だが……周囲の女の子たちとはどこか一線を画する雰囲気が、彼女にはあった。観察眼の鋭い者でなければ気付かないような、ごく僅かな違和感。

──もっとも、違和感があって当然だろう。彼女は本当は「彼」なのだから。

「彼女」──いや、彼こと日輪勝貴(ひのわ・かつき)が、高校一年生の男子の身で、わざわざ女装してまで女子高の入学試験を受けているのは、深い……とは全く言えない単純明快な理由があった。
中三の妹、香月(かづき)の代役である。
無論、明らかに違法行為だ。
たとえばこれが、香月が事故でケガしたとか、当日急病でブッ倒れたとか言うなら、まだ情状酌量の余地があるのだが、そんな事実はまったくない。
正月になっても遊び呆けていた極楽トンボな妹が、案の定不合格を連発し、最後の慶聖女学院受験の前日になって「お兄ちゃん、あたしの代わりに試験受けて来て〜!」と泣きついてきたのである。
割かし勤勉で優等生な勝貴にしてみれば妹の受験失敗は自業自得だが、香月を溺愛する両親は、愛娘が高校浪人するかもという状態に耐えられなかったらしい。
揃って勝貴に頭を下げ、替玉受験を頼んできたのだ。

(そもそも、息子に娘の不正入試の手伝いさせる親ってどーよ!?)

だいたい父も母も、我がままで気まぐれな妹に甘過ぎると勝貴は思う。俗に言う「馬鹿な子ほどかわいい」というヤツなのだろうか?
実のところ、兄である彼が優秀でほとんど手のかからない(かつ自立心旺盛な)息子であったため、子供を構いたくて仕方ない父母の愛情が娘に集中している

……という経緯もあるのだが。
ちなみに、勝貴と香月は1歳違いの兄妹ながら、身長は1センチ違いで香月の方が大きく、顔立ちも非常によく似ているため、よく双子と間違えられる。
だからこそ、勝貴としては妹のフリをするのは嫌だったのだが、父・母・妹の家族揃って土下座してくるプレッシャーと、小遣い5000円アップという人参に負けて、結局も替玉を承知するハメになった。
彼が首を縦に振るや否や、母と妹のふたりに連行され、パンツ一丁にさせられた挙句、すね毛はもとより腋の下の気まで処理されたコトに始まり、深夜近くまで「促成・女の子講座」を受けさせられたコトは忘れたい記憶だ。
まぁ、おかげで、こんな風に妹の制服を着て(プラス、抵抗したが下着類もしっかり妹のを着せられた)、女子中学生としてこの学院に受験に来ても、誰にも見咎められなかったのだから、あのプチトラウマなレッスンにも意味はあったのだろう。

──そもそも、こんな替玉事件に加担しなければ、不必要なスキルだったとも言えるが。

(ま、この茶番も無事に終わったことだし……あとは、妹の知り合いと顔合わさないようにさっさと帰るか)

そんなコトを考える「香月」な勝貴だが、言うまでもなく、そんなわかりやすいフラグを立てたら作者の思うツボ……もとい、悪戯な運命の格好の餌食だった。

「あれ、香月ちゃんも、慶聖受けてたんだぁ」

よりによって、共通の知り合いと出会うとは……。他のパラメーターはともかく、勝貴の「幸運度」の数値は相当低いようだ。

「こ、こんにちは、明日香、サン」

目の前の少女に、ぎこちなく頭を下げる「香月」。
彼女の名前は、聖宮明日香(きよみや・あすか)。中学の時に引っ越したものの、それまでは日輪家のご近所さんであり、勝貴と香月にとっては幼馴染にあたる娘だ。
学年的には勝貴の同級生であり、小学校の頃は何度か同じクラスになったこともある。もっとも、同性だからか、どちらかと言うと妹の香月の方が明日香とは親しかったように思うが……。

「直接会うのは久しぶりだね。どう、今日の受験の手ごたえは?」

引っ越してからも、香月とは時折手紙や電話のやりとりなどはしていたようだが、幸い顔を合わせる機会はほとんどなかったらしい。
それが幸いしてか、明日香は目の前にいるのを香月だと思いこんでいるようだ。

「は、はい。その……たぶん、大丈夫、かな?」

勝喜としては、ほぼ全問正解に近い手ごたえを得ているが、今の自分は「香月」なのだから、あまり自身満々なのもヘンだろう。

「そっかー。じゃあ、4月からは私の後輩になるんだネ♪」
「えっと、そうなれたらいいかナ♪なんて」

嬉しそうな明日香に釣られて、つい女の子っぽい語尾で応えてしまう。

(まぁ、今の俺は「香月」なんだから、コレくらいやって当たり前だよな)

男として何か大切なモノを失ったような気がしたが、強引そう考えてスルーする。

その後も、他愛のない世間話(だが、勝喜には冷や冷やモノの会話)を2、3交わしてからふたりは別れ、「香月」は「何とかバレずに済んだ」と深い安堵の溜息とともに帰路についた。

「──ふーん。カツくんたら、おもしろいコトしてくれちゃって。
理事長の娘としては、替玉受験なんて不正をタダで見逃すワケにはいかないけど、幼馴染みの義理やよしみもあるし……」

どうやら、明日香にはすっかりお見通しだった様子。

「!そうだ。確かこないだおもしろいモノを見つけたんだっけ」

急いで自宅に戻った明日香は、物置から一枚、いや二枚の古びた絵を取り出す。

「コレを上手く使ったら……うふふ、愉快なコトになりそ♪」






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