続・そこはとあるお屋敷 その3
シチュエーション


「母上!?」

温室に現れた人物、それは遥人の母親であった。
そして横にはお傍付きのメイドが温室のドアを開け控えていた。

「あらまあ、似合っていますわね遥人」

遥人を見て開口一番そんな言葉を口にする。
遥人の母親はとてもおっとした人物だ。
それはそのまま雰囲気に表れており、ほんわかした空気をいつもまとっている。

「奥様、段差にお気を付け下さいませ」

手を差し伸べエスコートするメイドは、紗雪(さゆき)と言い遥人の母親とは対照的にクールビューティーな雰囲気を持つ。

「あの、母上、これには少々事情が」

遥人は焦りながら今の状況を説明しようとするが、対する遥人の母親は特に気にも留めていない様でふんわりとした笑顔で答える。

「存じておりましてよ。今日は遥人と雛子さんが入れ替わっているのでしょう?」

そのもの事実を言い当てられ言葉を無くす遥人。

「お誕生祝いでしているのですってね。なんだか楽しいですわね」

事情が全部知れているのをみて思わず雛子の方を見る遥人。
雛子はただ悪戯な笑みを浮かべるだけだ。

「坊ちゃま、この事は屋敷中の者がすでに存じておりますので。そもそもが奥様と雛子のお戯れなのですから」
困惑する遥人に紗雪がそっと説明をする。

「あらダメですわよ紗雪さん。わたくしの事までばらしてしまっては」
遥人の母親は楽しそうに言う。

まるで少女の様な笑み。
もともと外見が若く40を過ぎている風には到底見えない遥人の母だが、あどけなく笑うその様はいっそ幼い様な印象すら受ける。
童顔と言われる遥人だが、その顔は完全に母親似であり紛れもなくベビーフェイスは母親譲りなのだ。


「母上まで一緒になっていたのですか?」
「そうですのよ遥人。いいえ、今は雛子さんとお呼びしなければいけませんわね」

遥人は頭を抱えたくなった。
そう言えば母はこう言う人だったと。
ほんわか温かな雰囲気は母性を感じさせるし、普段の立ち振る舞いも優雅で気品がある。
だが昔から少々茶目っ気がでると、よくよく人を巻き込む性格でもあるのだ。
遥人も小さい頃からいろいろ被害にあったものだ。
例をあげるときりがないので詳しい事は割愛させて頂く。

しかしながら母親が主謀者の一人なら、遥人も雛子を演じるのを続けなければならないとい言うもの。
だいぶ割り切ったとは言え、雛子以外の人物の前で演じるにはやはり恥ずかしい。

「これは母上様、温室の様子をご覧になりにいらしたのですね」

躊躇っている遥人を見て雛子が遥人の母親に声を掛ける。
もちろんあのオーバーアクションも付けてだ。

「あらあら、まあまあ、今日の遥人はひと味違いますのね」

それを見て喜ぶ遥人の母親。

「そう、俺は昨日までの遥人ではないのです。今日の俺は貴公子、白薔薇の貴公子遥人となったのです」

キランと効果音すら聞こえてきそうな決めポーズで、白薔薇を遥人の母親に差し出す雛子。
もう完全に悪ノリだ。

「あらまあ、素敵な貴公子様ですわね。それでは白薔薇の貴公子様、ご一緒にお茶などいかかでございましょうか?」
「光栄に御座います。それではお茶はこちらで用意致しましょう。雛子お茶の用意を」
決めポーズで指示を出す雛子。

「はい、かしこまりました」

言われ遥人は取りあえず返事をして見たものの、お茶の道具など用意はしておらず戸惑う。

「坊ちゃま、道具はこちらに」

そこへ紗雪が耳打ちし茶具の入ったカゴを見せた。
最初から温室でお茶をする計画だったのだろう。
もともと遥人の紅茶の作法は母親にここで仕込まれたものである、
なのでメイド姿の遥人にお茶の給仕をさせようと考えるのは解かりやすい流れだ。
もうこうなれば遥人としてもノリを崩さず対応するしかない。

「では、ご用意致しますので薔薇の花など愛でつつお待ち下さいませ」

紗雪よりカゴを受け取り、母親と雛子の方を向き一礼すると遥人は温室に付いている簡易キッチンに向う。
そう、この温室には何故か簡易キッチンが備わっている。
遥人の母親が温室でお茶をしたいと望んだ事から備わったのだ。

「紗雪さん、雛子さんのお手伝いをお願い致しますわ」
「仰せつかわりました」
紗雪も後に続く。

勝手知ったるなんとやらで、
遥人は簡易キッチンのカバーを外しキャビネットよりケトルとおしゃれなカセットコンロを取り出しセットする。

水はカゴから取り出した硬水のペットボトルのものを使用した。
これは母親が英国式にこだわる為だ、ここの水道は軟水になっている。

実際の所は軟水の方がおいしい紅茶が入れられるのだが、
それには技術がいるし間違うと美味しくないものが出来上がってしまったりもする。
ならば硬水が駄目かと言うと、ミネラルの多い硬水ならば必要以上に濃くなりにくく、
茶葉の量や抽出時間の気を使う必要はあまり無いため、ほぼ一定の味となる利点がある。

むろん遥人に技術がない訳でもなく、軟水を使用しより美味しい紅茶を作る事も出来る。
事実朝には軟水で雛子に美味しい紅茶を出しているのだから。

何故硬水を使うのかと言われれば、お茶は美味しさだけを求めるものではなく、
好みに合わせる持て成しがあってこそのものなのだと、そう遥人の母親は教えてくれていたからだ。

「坊ちゃま、私はテーブルのセッティングをしてまいります。それと今からは奥様にならい坊ちゃまを雛子として対応させて頂きますのでご了承を」
紗雪は至極真面目に遥人に告げ、テーブルに向う。

この紗雪と言うメイドは普段よりほとんど笑う事がない。
だがそれゆえに毅然とした態度は厳かさと品において他の追随を許さないとも周囲より評価を受けている。
雛子も同じお傍付きメイドと言う職種から密かに憧れを持つほどだ。

紗雪は遥人の母親がこの屋敷に来る前は遥人の父親のお傍付きメイドをしており、
年の頃もどう計算してもアラフォーなはずだが、年齢不詳さでは遥人の母親と良い勝負だ。
当然遥人の事は生まれた時から知っており、遥人にとっては叔母の様な存在でもある。

「紗雪さん、相変わらず手際良いな。あれってもう手品の領域だよ」

紗雪がスッとテーブルクロスを広げると一挙動でそれは皺も弛みも無く敷かれており、
次の動作では音も無くソーサーとティーカップが準備されていた。
お茶請けのスコーンも用意され、そこにメープルハニーにマーマレード、アップルジャムが小鉢で添えられている。
まったく無駄な動きが無い。
天衣無縫とはこの事だろう。

「雛子、お茶の方はどうですか?」

あっという間にセッティングを整えた紗雪が遥人に声を掛ける。

「あと3分ほどでお湯が沸きます」
「そうですか。ではその間に雛子には一つ良い事を教えておきます」

それは文字通りの事か、それとも注意なのかは、その表情からは伺えない。
遥人は思わず緊張してしまう。

「奥様はマシュマロを使ったウィンナーティーが大好きです。
そこに星形にくり抜いたナッツやスプレーチョコをトッピングするのをいたく気に入っておいでなのです」
「そうなのですか?」
「察しておいでなさい」

紗雪の言わんとする事は、つまり母親と今度お茶をする際には遥人がそれを作ってあげてほしいと言う事なのだろう。
屋敷の奥方にとってお茶会は立派な仕事であり、体面を保つためにどうしても見栄は必要である。
そう言ったお茶など出せるはずもない。
だから偶の身内とのお茶会ではと言う事なのだろう。

何故にそんな事を今言うのかと言えば、お茶の事に関し使用人は口出し無用と仕来りにあるからで、
今なら遥人は雛子なので提言しても問題ないと判断した為だ。
お屋敷のお茶会は全て主人かそれに連なる者が仕切る事になっているのだ。
いちいちなんでも面倒なのだが、それが格式と言うものらしい。

「紗雪さん、お湯が沸きましたので奥様達をお呼び願えますか?」
「分りました」

紗雪の案内で母親と雛子は席に着いていた。
母親と雛子は期待顔である。

さて、ここからが遥人の腕の見せどころだ。
紅茶を入れる為にまずティーカップをソーサーごと右手で持つと左手はティーポットを持つ。

普通に淹れるならティーカップを手に持つ事はしないのだが、
遥人がやろうとしている淹れ方は普通とはひと味違うのだ。
そのままティーカップの乗ったソーサーを下の方に下げ、ティーポットを右に高く掲げる。
足をクロスし背筋が多少反る様な姿勢で一瞬止める。
その姿はバレエのポーズのクロワゼに近い。

そしてその高さから、ティーポットを傾けるときれいな放物線を描いて一筋の紅が流れてれカップに注がれていった。
カップに紅茶が満たされるとターンを切り母親の前に置き、
今度は雛子の前のティーカップをソーサーごと手に取ると同じ様に紅茶を注ぐ。
少し行儀が悪い様に思えるがその動きはあくまで優雅だ。

一見ただのパフォーマンスに見える高い所からの注ぎ方だが、実はこれにも意味はある。
高い所から勢いよく注ぐ事によってカップに入る際に強く当たり、その時にお茶の中に空気が多く混ざるのだ。
それにより、硬水だったものがまろやかになり口当たりが良くなるのである。

ちなみに軟水で行う場合は、一杯目と二杯目で紅茶の濃さが違ってくるので調整が難しかったりする。
この技は極めると紅茶を注ぐ際に虹が見えるそうだが、遥人はそこまででは無い。

「どうぞ」

遥人は最後に一礼を行う。

「おお〜」
「雛子さん、なかなかのお手前ですわね」

遥人の妙技に思わず雛子は拍手を送っている。
母親も満足そうだ。

「でも雛子さん、最後の礼は少し違っていましてよ。
スカートなのですから裾をもってレヴァランス(上体を傾けまたは膝を曲げてするお辞儀)ですわ」

母親が言うのは良く舞踏会などでドレスの女性がするあのお辞儀の事だ。

「失礼しました」

いかにもな女性的仕種を強いられ、遥人は恥ずかしながらもスカートの裾を持ちお辞儀をしなおす。

「改めましてどうぞ」
少し照れているのか顔が赤い。

「素晴らしいですわ」
「グッジョブよ!」

よほど気に入ったらしく、母親と雛子はとても嬉しそうだ。
遥人は照れながらもそのまま紗雪の隣まで下がるとそこに控えた。

後は二人のお茶会である。
雛子はまたあの大げさな演技で遥人をやっており、母親もそれを楽しんでいる。

「エクセレント!このスコーンは最高だよ」
「まあ、そのスコーンは紗雪さんに作って頂いたのですわよ」
「マーベラス! 紗雪さん」
「はい。何でしょう?」

呼ばれた紗雪が返事をする。

「こんな素晴らしいスコーンを焼ける貴女は素晴らしい。俺と結婚して下さい!」

その雛子の声に思わず慌てたのは遥人だ。

「雛子!?」
思わず前に出ようとしてスカートに足を取られ転びそうになる。
「落ち着くのです」
言われた紗雪は居たって平然としており、転びそうな遥人を支えてくれていた。

「あらあら、困りましたね。遥人が言いますならそれも出来ますが、少々ややこしいですわよ?」
代わりに答えたのは母親だ。

「紗雪さんは先々代の当主の娘に当たりますから、あの人にとっては年下の叔母に当たるのですわよ。遥人にして見ますと伯叔祖母になりますわね」

これには寝耳に水である。

「知らなかった」

お屋敷の人間相関図とは得てして複雑だったりするものだ。

「母上、先々代はどのようなお方だったのですか?」
雛子は興味を抱いた様で質問をする。

「そうですわね。わたくしがお屋敷に来た時には既に隠居されて居られたようですが、何でも愛多き御人だったそうですわよ。
紗雪さんはご存じありませんの?」

話をふられ紗雪が答える。
「申し訳ございません。私も先々代様の事は記憶にあまり無く。ただいつも女性に囲まれていた様に思えます」

要するに女好きだったのだろうか。
以外に紗雪の様な人物があちこちに居るのかもしれない。

「母上、決めました。俺は先々代の様な人物になります。手始めに雛子を自分のものにして見せますよ」
「ちょっと、それは無し」
「落ち着きなさい雛子」
「あらあら、まあまあ」

あの雛子クオリティーで突拍子もない事を宣言する雛子に、取り乱してまた紗雪に助けられる遥人に、その状況を楽しむ母親。
賑やかなお茶の時間だった。
この後も事ある事に雛子は遥人をからかい、紗雪がなだめ、母親がそれを見て嬉しそうにすると言った光景が続き、
あっという間に時間は過ぎた。

母親は屋敷に引き上げようとしており、遥人と雛子はそれを見送ってから自分たちも戻る事にする。
遥人にとって長い一日はまだまだ終らないが、一区切りは着いた様な気がした。

「坊ちゃま」

温室を出ようとする紗雪が不意に遥人に耳打ちしてきた。
何かあるのかと遥人も真剣に耳を傾けると、紗雪はいたって厳かに言う。

「坊ちゃまから、雛子の香りがいたしますよ。坊ちゃまの香りと合わさってとても可愛らしい乙女の様な香りになっています」

その言葉に赤面して固まる遥人。
つい忘れていたが、遥人は雛子が脱いだメイド服を下着を含めて着ていたのだ。
わざわざ匂いが付くようにと、汗をかいて染みている状態でのものをだ。
今更になって他人に指摘されると恥ずかしいでは済まないほど動揺もする。

「とても可憐です」

そう言い残すと紗雪はその場を離れて行った。
遥人は固まったまま母親と紗雪を見送り、雛子に声を掛けられるまでその後もしばらくそのままだったと言う。
存外に紗雪もなかなかにお茶目であった。






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