続・そこはとあるお屋敷
シチュエーション


そこはとあるお屋敷。
夏の朝、風は清々しく差し込む日差しは輝かしい。
燦々と降り注ぐ陽光が夏の盛りを報せるまでの静かなひと時。
緩やかな時間。
朝食後の優雅なティータイム。
給仕するメイドとそれを受ける年若い主人。
でもそれは今日に限っては少し違っている様だ。

「雛子、お茶のお代わりを」
「かしこまりました」

この二人何かが違う。
メイドの動きがぎこちないのはただ不慣れなだけだろう。
その様子を見てやたら主人がニヤついているのも、そのメイドを気にかけているからか。
何が違うと言うのか?

「遥人様、茶葉を取り替えますので少々お待ちください」

お代わりの要求を受けメイドが支度をする。
しかしその言葉に主人が反応を示した。

「雛子ちゃん、言葉使いがなってないわよ〜。最後に『ませ』をつけなきゃ。
はい言い直し」

言われメイドは面食らいながら言い直した。

「ええと、遥人様、茶葉を取り替えますので少々お待ち下さいませ」
「はい、良くできました。偉い偉い、メイドとしてちゃんと覚えておいてね」

主人は完全にメイドをあしらっている。
よくよく二人を見ると、その違和感の正体がはっきりしてきた。
主人の方は娘の様なのだが、何故か男装しているのだ。
まあ、これは服装の趣味と言えなくもない。
だがしかし、メイドの方だ。
遠目に見ては女性とも思えるのだが、仕種などを良く見ればそれが少年だと直ぐに見てとれる。
昨今『男の娘』なるものが認識されるようになって来ているとは言え、
格式に拘るお屋敷の使用人と言う仕事において認可されるものではない。
ならば何故なのか?
答えは男装の娘が謀った事に他ならない。
娘の名前は雛子と言う。
本来はこのお屋敷の使用人で、今メイドの姿をしている少年のお傍付きメイドをしている。
メイド姿の少年の方の名は遥人(はると)、この屋敷の子息であり、
本来は紛れもなく雛子の主人にあたる人物だ。
それがメイド服を着込み、本来は使用人であるはずの雛子の給仕をしていると言うこのおかしな光景は何故か。
訳は雛子と遥人が幼馴染であった事が起因しているのだ。
遥人は雛子の誕生日に彼女が望むものをプレゼントする事を約束したのだが、なかなか答えない雛子。
なかなか決められないとの答えに遥人も待っていたのだが、知らされないまま日にちは過ぎて行った。
そして雛子の誕生日である今日を迎えた朝、雛子の望みが伝えられたのだ。
なんとそれは遥人と雛子が立場を交換すると言うものだったのだ。
一日雛子が主人として過ごし、換わりに遥人がメイドとして雛子に仕える事。
それが雛子の望みだったのである。
雛子の一方的な押しにより名前も交換し、なおかつ衣類も下着に至るまで交換したのだ。
そして雛子はご主人様の立場と遥人をメイドとして扱う事をすっかり楽しんでいると言う訳である。

「だけど、雛子ちゃんは紅茶入れるの上手なのね。知らなかったわ」
「まあ、嗜みの一つって言うのだよ。俺が紅茶好きなのもあるけどね」
「ほうほう、それはお茶の時間が楽しみ楽しみ」

姿はともかくそのやり取りは仲の良い男女そのものだ。

「あっと」

不意に雛子がティースプーンをひっかけ床に落としてしまう。
だがそれを見てすぐ何かを思いついたようで含み笑いを浮かべた。

「ほら、雛子。ぼーっとしていないで拾わないか」
「あ、はい、只今お取り換えをいたします」

言われ遥人は反応し新しいスプーンを用意しテーブルにセットしたその途端だった。

バシッ
「はう」
「こら、雛子ダメじゃないか」

雛子に額を思いっきり叩かれた。
かなり痛い様で堪らず両手で額を抑えじんわり涙を浮かべうずくまる遥人。
その仕種が少し可愛いかったりする。
遥人にして見れば、どこにも粗相のない対応だったはずなのだが、何故叩かれたのか分からない。

「メイドは直接旦那様を見ちゃいけない」

雛子がわざと抑揚のない声で言う。

「本来ならその目を抉られても文句を言えないところさ」
「なんだよそれ。怖い事言うな」

そんな作法は聞いたことがない。
そしてその処罰に慄く遥人。

「ふっふっふ。 by黒執事」
「アニメかっ!」

どうやら、今の件は雛子が好きなアニメのシーンを真似て見ただけらしい。
思わずツッコミを入れる遥人もノリが良い。

「まあ、冗談はさておき。雛子ちゃんのこれからの仕事なんだけど、まずはここの後片付けよ。
調理室に下げたら朝食摂って良いから。食べたら洗いものね。その後は寝室のリネン交換。
次は奥様よりお預している温室お手入れね」
「あの温室って雛子が世話をしていたのか。
てっきり庭師の高井戸さんがしているものだと思ってたよ」
「温室だけは特別なのよ。
ずっと奥様がお世話をされておられたのだけれど、
私がメイドの仕事を専属でするようになってから任されるようになったのよ」
「そうだったのか。知らなかったな」
「さ、無駄話は置いて片付け片付け。しっかり働くんだぞ雛子」

所々素に戻る二人だが、立場交換の方も演じるのを忘れない。

「かしこまりました遥人様」

遥人の方はまだ雛子を自分の名前で呼ぶのが少し恥ずかしい様で、
恥ずかしさを隠すようにティーセットを食器のワゴンに乗せる。

「御用があればお呼び下さい」

ドアの前で退室の際の決まり文句を言いお辞儀をした後、遥人はそのまま部屋をでる。
雛子はその姿を見送り満足そうだ。
遥人はワゴンを押し調理室へ向かう。
調理室とは言ってもお屋敷の厨房とは違い簡易なもので、ほとんど遥人の為にある様なものだ。
使う人間も雛子がメイドの仕事を専属でするようになってからは、ほぼ雛子しか居ない。
このお屋敷では家族がそろって食事をするのは夕食時のみなのである。
朝は各々が自室などでとるのが通常だ。
同じお屋敷に住んで居ながらそれまで顔を合わせない事も多い。
少し寂しい事の様な気もするが、それも仕方がない。
実際の所はお屋敷が広すぎるために移動が大変なのだ。
遥人の部屋のあるエリアはホールや食堂がある場所よりだいぶ離れており、
そのエリア全体が小分けされた遥人の屋敷と言う感じだ。
小分けと言っても一通りの設備は整っており、作りが古い他は高級マンション並みなのだが。

「さて、洗いものか」

キッチンに立つ事などはお湯を沸かす以外にない遥人だが、
洗いものの仕方ぐらいは分かると言うもの。
メイド服の袖をまくると慣れない手つきで洗剤を付けたスポンジで洗いものをこなして行く。
実は食器洗浄機があったりするのだが、
遥人は解っておらずわざわざ手洗いをしてしまったのだ。

「あとは乾いたら棚に戻せばいいか」

洗いものを終えた遥人は、朝食をとる事にする。
この朝食は遥人を起こす前に雛子が用意したもので、
先程雛子に出した朝食も雛子が予め自分で作ったものを運んだのだ。
朝食は雛子に出したものと同じ、ロールパンにオムレツとジャーマンポテト、
サラダにオニオンスープ、デザートにフルーツのヨーグルト掛けといったメニューだ。
ただ雛子の趣味なのか、スープカップがデフォルメされたパステルピンクの熊の顔を模した形をしており少し照れる。
メモ書きに従い、ジャーマンポテトとオムレツをオーブンレンジで温める。
使い方が良く解かっていないようだが、温めボタンを押せば良いとの事でそれに従った。
後は火にかけたスープをカップに注いで準備を整え食事にする。

「いただきます」

いつもと違う場所で食べる朝食は不思議な感じだ。
そしてメイド服を着ていることが余計変な感じだ。
スカートの丈は長いので、よくあるスースーする感じと言うのは無いのだが布地が足に纏わりつく感じがするのだ。
布地も結構な重さがある。
これなら少々の動きや風ではめくれあがる事は無いだろう。
貞淑さをイメージしてデザインされているのか肌の露出がほとんどなく、首元も詰襟になっている。
ただパフスリーブの袖や大きく真っ赤なリボンタイが地味さを感じさせない。
レースとフリルがたっぷりのバッククロスの白いエプロンも相まっている。
いつも見ている雛子のメイド服だが自分がそれを着ているのを見ると遥人は本当に雛子になってしまった様な気がしていた。

そんな事を考えながら遥人が食べていると、突然調理室に雛子が現れた。

「おや?雛子ちゃんまだ食べてたの?そんなにゆっくりしてちゃ仕事は終わらないわよ」

言って流しの方を見た雛子は先程下げた食器が洗われているのを見てため息をつく。

「あのねぇ雛子ちゃん。どうして先に洗いものをしちゃう訳?
今自分の食べた分の食器はいつ洗うのかしら?二度手間になるでしょ。それに食器洗浄機使いなさいって」

その指摘に遥人は自分の手際の悪さに言葉がない。

「まあ、メイド初心者の雛子ちゃんだからしょうがないか。謝れば許してあげるわ」
そう言う雛子の表情は何かを企んだあの含み笑いだ。
左手を腰に当て右手の人差し指を口もとで立てながら言う。

「た・だ・し、かわい〜くご主人様に謝らないとダメよ」

遥人は知っていた。
雛子がそんな仕種をした時は必ず悪戯を思いついた時だ。
そして、その対象はいつも自分であった事を。


「か、可愛くってどんな?」
「そうねぇ、こう両手の指を組んで祈るように上目遣いでこう言うの
『お許し下さい遥人様。雛子は、雛子は遥人様の事をお慕いしております。
遥人様にだけを想い続けております。ですからどうかこのままお傍にお置き下さい』って感じでどうかしら?」
「ちょっと長いって。それに可愛いとか言うより思いつめてる感じだよ」
「まぁ確かに。じゃあ『もう雛子ってばドジっ娘さん♪遥人さまゴメンなさい。てへ☆』でウインクってのは?」
「いまいち感性が古くない?」
「むぅ古いとは何よ。古いとは。だったら自分が可愛いと思うのをやって見せなさいよ」
「えー、いやー、そう言われても」
「出来ないんだったら、さっきの両方やってもらうから。そしてそれを動画で保存して好きな時に楽しませてもらうから」
「うわ、横暴な」

使用人の仕事を放れた時の幼馴染である雛子の顔はいつもこんな調子だ。
だがいざ仕事となれば遥人に付き従いきっちりとメイドの仕事をこなし、一人で何でもこなせる万能さを発揮する。
オンオフのスイッチが確りとしているのである。
雛子はやると言ったらやる娘だ。
ここは遥人が自分で考えた可愛い謝り方をしなければ、
絶対に先程の恥ずかしい謝り方をさせられたうえに携帯で動画保存される事だろう。
遥人はそう考え意を決する。

「べ、別に悪いだなんて思って無いんだからね。
初めてなんだからしょうがないじゃない!初めてなのよ?初めて。私だって頑張ってるんだからね。
遥人さまはもっと私を労うべきよ。
そう、私は悪くないったら悪くないわっ!   …でも、あの、気付かせてくれてありがと」
「おおっ♪ツンデレね。なかなかやるわね」

雛子は今のに大変満足した様だ。
対する遥人は渾身の台詞に恥ずかしさのあまり顔が真っ赤だ。
その表情が照れ隠しをした時のツンデレ娘そのものなので、さらに雛子は御満悦と言うものである。

「完成度高いわね。私を萌え殺す気なの?」

遥人は恥ずかしくて返事が出来ない。

「予想以上に良いものが見られたわ。これはもう永久保存版ね」


言って雛子は携帯を操作しデータをすぐさま保存し保護をかける。

「ええっ!ちょっ!?今の撮ってたの???」

慌てふためく遥人。

「当たり前じゃない。大丈夫これは私だけの至宝の品として門外不出よ」
「そういう問題じゃない、そんなの公開されたら100回は死ねるよ!」
「ふっふー、ご馳走さま〜。重畳、重畳」

悪ノリが好きな雛子だが今日は特に凄い。
遥人がこんなにはしゃぐ雛子を見るのは子供の時以来だ。
これも誕生日のお祝いの一つかとも思い遥人はもう諦める事にし、
さっさと食事を済ませようと、ため息とともにジャーマンポテトを口に運ぶのだった。






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