愛憎相克
シチュエーション


今日は太陽神ルーの曜日。つまりは、身分の貴賎を問わず仕事や学業を休める休日だ。
ここ、ガーシュナー伯の居城・エッフェルバルト城も、主たる伯爵とその家族はもとより、ごくわずかな例外を除いて使用人たちも週に一度の休養を謳歌している。
否、そのはずだった。
しかし……。

「あら、あなたは?」

芳紀16歳の伯爵令嬢エリスは、お忍びで城下へ抜けだす途中の廊下で、見慣れない顔の侍女と出会った。

「──エリスお嬢様ですね。リリスと申します。一昨日よりこのお城にご奉公にあがっております」

なるほど、新米メイドだったらしい。
聞けば、せっかくの休日なのに、別の地方の出身で親しい知り合いもいないため、町に出かける勝手もわからず、このまま城の自室で休もうかと思っていたとのこと。
少々勝気(というかお転婆)な傾向はあるものの、根は優しいエリスは、気の毒に思い、「よければ、自分について来ないか?」とリリスを誘う。
最初は躊躇う風を見せたものの、エリスが重ねて誘うと彼女も「では、恐縮ですが、お供させていただきます」と首を縦に振った。

──しかし、エリスは気づいていただろうか。
頭を下げたリリスの唇に不遜な微笑が浮かんでいたことに。

城下町に出かけた貴族の娘エリスと侍女のリリスだが、なぜか初対面とは思えぬほどにふたりは身分の差を超えてうち解けていた。
エリスの奢りで美味しいスイーツを食べたり、市場を見て回ったり、庶民向けだけどちょっと高級なブティックで色々試着してみたり……と、楽しい「女の子同士の休日」を過ごす。

ところが、最後に買う服を決めて、元の服に着替えようか……という段になって、広めの試着室に一緒に入っていたリリスの目付きが豹変。
彼女の瞳を覗き込んだエリスは、「あっ」と思う間もなく催眠状態に。
リリスの指示に従い、下着に至るまですべて脱ぎ捨てて全裸になるエリス。
自らも服を脱ぎながら、リリスは虚ろな目をしたエリスに話し掛ける。

「貴女とふたりきりになる機会を待っていたんですよ、エリス様。
よく見てください。わたしの顔、どこかで見たような気がしませんか?」

髪を下ろし、伊達眼鏡を外したリリスの顔は、眼と髪の色を除けばエリスにソックリだった。じつは、リリスはガーシュナー伯爵が地方巡視の際、平民の呪い師であった女に手をつけて産ませた、エリスの異母姉だったのだ。
姉妹でありながら、かたや何不自由なく暮らし、王都への留学も決まっている妹と、苦労して育ち、母が亡くなった後は、父の家で使用人として働くことを余儀なくされた姉。
リリスは異母妹のすべてを奪うことを決意していたのだ。

「そう、今日からはわたし……いえ、わたくしこそがエリス・ロクサーヌ・フォン・ガーシュナーとなるのですよ」

魔法の染色薬で自らの髪を金色に、瞳を碧に変えたリリスが高らかにそう宣言する。

「ち…が……う……わた……し……エ、リス……」
「あら、それではエリスがふたりになってしまいますわ。それに、ホラ……」

素早く別の染色薬をエリスの髪と眼に振りかけるリリス。

「鏡の中を見て御覧なさい。あなたの瞳は何色をしてるかしら?髪の毛の色は?」

後ろからエリスの肩に手を掛けたリリスが、優しげな声色でエリスを鏡の前に誘導する。
鏡に映った自分の姿から目を離せないエリス。

「……みど、り………と……あ、か……?」
「ええ、その通りですよ。そして、その色彩を持つ娘を、あなたは知っているのではなくて?誰だったかしら?」
「……リ、リス?」

リリスの笑みが深くなる。

「そう、先日お城にあがったばかりの、不慣れな新人メイドのリリス。それがあなた」
「わたし、が…リリス……」
「じゃあ、もう一度聞きますわね。あなたのお名前は?」
「──リリス、です」
「はい、よくできました」

暗示が定着したことを確認したリリスは満足げに頷くと、エリスが脱ぎ捨てた高価な絹の下着とドレスを、エリスに手伝わせて身に着け始める。
自らの身支度が済んだところで、今度は先程まで自分が着ていた衣服を着させた。
城勤めの侍女として普段から清潔にしているとは言え、すでに朝起きて着替えてから半日あまりが過ぎている。
春先の陽気に流した汗や、拭ききれなかった尿などで微かに汚れているはずの下着(ソレ)を、高貴なお嬢様であるはずの少女が身に着けていると考えて、リリスの心に倒錯的な欲望が湧き上がってくる。
それは、無垢なる者を貶め、汚す悦び。
少女が丈の短いメイド服に着替え、頭頂部に侍女の象徴ともいえるヘッドドレスを着けたところで、リリス──いや、「エリス」は「リリス」の手を引いて試着室を出た。
傍目には、試着室に入るまでと何ら変わりなく見える、ふたりの娘。
その主従が実は逆転していると知る者は、それを画策した本人ひとりしかいない。

「さて、そろそろお城に帰りましょうか、リリス」
「──はい、エリスさま……」

城に帰った「エリス」と「リリス」は、当然のことながら、それぞれの立場に相応しく、「城主の娘」と「新米メイド」としてその日の残りを過ごす。
あるいは、そのまま何日か経てば、エリスの家族や古株の使用人たちが「エリス」に不審を抱いたのかもしれない。
しかし、その翌日、「エリス」は馬車に乗って王都へと旅立ってしまった。この春から、貴族の子女が集う王立学院へ入学して通うためだ。
一方、残された「リリス」も、まだ城で働き始めたばかりということで、あまり性格なども知られておらず、メイドの仕事に不慣れなことも「新米だから」ということで納得され、いろいろ指導を受けることになった。

その後、「エリス」が再びこの城に戻ったのは、学院を卒業した2年後であり、そして、その頃には、ふたりとも現在の立場にすっかり馴染み、そのまま生涯を「伯爵令嬢」と「メイドとして」過ごすことになるのだった。






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