ありふれた日常
シチュエーション


ありふれた日常、いつも同じではないが特別過ぎる事など何もなく、
慌しくもなければ穏やかでもない。
小さな会社の小さなオフィスには伝票を整理する女性とパソコンで書類を作成する男性の姿がある。
取り立てて珍しい事は無い。

「よし、終わりっと」

男の方が一言呟く。
名前は大幡 和貴(おおはた かずき)入社3年目の20代。
基本に忠実が信条な草食系男子で、紺のスーツ姿が正に青年サラリーマンそのままだ。

「あら、出来たの?」

声に反応し女も声を掛ける。
女の名前は柚原 美輝(そではら みき)経理と一般職を兼ねている。
和貴とは同い年ではあるのだが、入社は2年ほど早い。
淡いラベンダー色のリボンブラウスにネイビーチェックのベストと同色のタイトスカートの姿はキャリアウーマンと言う訳でもなく、ただ女性職員と言った感じである。
毛先にゆるいパーマの掛かった今風のロングな髪型が尚更そう見せるのかもしれない。

「研修の復命書だけだからね」

今日は土曜日でこの二人以外の職員は出社していない。
和貴にしても先日まで参加していた研修の復命書を作るために出てきただけだった。
美輝に関しては、昨日早退し出来なかった仕事を片付けるためだ。
どちらも個人の都合によるもので、サービス労働なので出社も退社も自由だ。
帰りは戸締りをした後ビルの警備に鍵を渡せばいい。
ビルには同じようなオフィスがいくつもあり、一括して管理されている。

「じゃあ、もう帰るの? こっちはまだ全然終らないのよね」

美輝はため息をつく。

「袖原さんどうしたの?なんかはかどってない見たいだけど」

和貴が言うとおり確かに仕事の進み具合は芳しくない様子が見て取れる。
集中が出来ていないのだ。

「そうなの、昨日早退したでしょ。でもまだ調子良くなくて」

言う美輝の表情は暗い。

「そうなんだ。手伝おうか?」
「ん〜。ありがたいけど、伝票整理だけだから分担するより一人でした方が良いのよね」

心配する和貴にだるそうに美輝が答える。

「でも、その様子だとちょっとほっとけないかな。本当に具合悪そうだし。薬とか飲んだ?なんだったら病院に行った方が良くないかい?いま当番病院調べるから」
「いや、病院は必要ないわよ。私が調子悪いのって、あの日だからなの」

あまりに和貴が心配しだした為、美輝は体調不良の原因が生理である事をお決まりの隠語で伝えた。

「あの日って、俗に言うあの日の事?」
「そう、女の子の日」

その答えに和貴は納得するとともに、どうして良いのか行動に困る。

「ふぅ〜、やっぱり薬飲むかな。眠くなるからとも思ったけどこのままじゃ集中できないし、ちょっと行って来るね」

言って美輝は席を立ちオフィスを出て行く。

「ああ、無理しないでね」

和貴は取りあえず見送るしかなかった。

更衣室の中自分のロッカーよりバッグを取り出す美輝。
相変わらず具合は悪そうだ。
中より薬を取り出そうとした手がふと止まる。

「あれ、そう言えばこのアクセってこの前の」

バッグの中にはごくシンプルなシルバーのネックレスが2本あり、本当にそれはどこにでもありそうな変哲のないものだ。

「たしか、『うつし換わりの首飾り』だっけ」

それは4日ほど前の事、露店で購入したものだった。
その露店はパワーストーンやタロット、アミュレットなど売っている俗に言うおまじないグッヅを扱った物で、
なんとなく気が惹かれた美輝はつい覗き込んだのだ。
そこではそう言ったグッヅの他にも、アクセサリーも置いてあり値段も1000円均一とお手頃で、
衝動的に欲しくなってしまい購入したものである。
その時の売り子が、このネックレスはうつし換わりの首飾りと言うもので、
病気で身動きのできない者が元気な者と立場入れ替えて一時的に病気を肩代わりしてもらうと言う目的で創られた物のレプリカで、
しかも中古品との説明をしていた。
売り子は使い方やその効果など事細かに説明してくれたが、美輝としては2本でお得としか思わなかっただけで、
そんな胡散臭い説明は真剣には聞いていなかたのでうろ覚えなのだが。
その記憶を頼りに美輝は使い方を思いだそうとした。

「確かお互いに首飾りを身につけ、呪文を唱えた後に契約の言葉を交わすだったかな?
これって生理も効くのかな」

普段ならそんな事をしようとなど思わないはずだったが、
そのネックレスを見ていると何故か試してみようと言う気持ちになり美輝はそのままオフィスへ戻るのだった。

美輝がオフィスに戻ると、和貴は直ぐに声を掛けた。

「袖原さん、具合どう?」
「いや、あまり。ところで大幡君、少しおまじないに付き合ってくれない?」

美輝は早速とばかりに話を切り出す。

「おまじない?」

唐突な事に面を食らう和貴。

「そう、おまじない。ちょっと私の生理を肩代わりしてもらうおまじない」

その言葉にさらに面を食らう和貴。

「なんだよそれ?そんな事本当にできるの?」
「さあ?でもその為の道具があるのよ。ものは試しで付き合ってもらえない?
生理が無くなれば伝票整理なんてあっという間に終われるから。ね、お願い」
「まあ、良いけど」

美輝の言葉に押しに弱い和貴はあっさり承諾する。

「じゃあ、早速このネックレス着けてくれる?」

言うが早いが美輝は和貴の首にうつし換わりの首飾りをつけ自分にも着ける。
そして、うろ覚えな呪文を唱える。
どこの言葉とも知れずもちろん意味など知る由もないものだ。

「ウィルドイングダエグ…… ニイド」

呪文を唱え終ると首飾りが淡い緑色の光に輝きだす。

「うぉ、すご本当になんかなるんじゃないか!?」

その現象に驚きを隠せない和貴。

「じゃ、次は私が台詞を言ったら、大幡君はこう答えて『我は汝を受け入れ、我を貸し与えん』って、OK?」
「ああ、OK」
「じゃあ行くよ。『我は願い訴える。我の枷となりし患いを汝に移し我とする、我汝を借り受けん』」
「『我は汝を受け入れ、我を貸し与えん』」

契約の言葉を和貴が言い終えた途端、首飾りの光が強くなり、それは膨張しあたりを緑色の光で包みこんだ。

光が収まり、目が慣れて来るとそこは先程と変わらないオフィスだった。
ただ和貴は身体に物凄い不調を感じていた。
腹部が痛み腰部が物凄くだるいのだ。
加えて股間部に違和感がある。

「どうしたんだ?本当に生理を肩代わりしたのか俺」

自分の身体を見下ろしてみる和貴。
目に飛び込んだのは、さっきまで美輝が着ていたネイビーチックのベストと同色のタイトスカート、
そこから延びるストッキングをはいた足だった。

「んな!?」

一瞬慌てて、身体が入れ替わったのかとも思ったのだが、その考えは違ったようだ。
なぜならば、目の前に和貴のスーツを着た美輝が立っていたからだ。

「うわぁ〜、なになに大幡君のその格好?って私もか」

その反応に和貴は思わず聞き返す。

「ねえ、これってどう言う事?これがおまじないの効果?」
「うーんそうかも。そう言えば身体がすごく楽だわ」
「こっちはすごく悪いよ。お腹と腰が特に。これって生理の感覚な訳?」
「たぶんって言うか、きっとそうだよ。おまじない成功したみたい」
「そうなんだ。生理の感覚を体験するなんて。あう」
「うん、ありがとね。これで仕事がはかどるわ」

お礼を言われたものの、和貴はどうも釈然としない。
おまじないで生理を肩代わりしたのは成り行きとして仕方がない。
しかしなぜ、服装が入れ替わっているのか?
不調を感じる身体で和貴はその疑問を美輝に尋ねてみる。

「袖原さん、なんで服が入れ替わってるんだ?」

その質問に美輝は、露店での説明を思い出しながら和貴に答える。

「なんか、この『うつし換わりの首飾り』って病気を肩代わりしてもらうだけじゃなくて、立場そのものを交換する物らしいよ。
詳しくは分んないけど、私と大幡君の立場がそのまんま入れ替わる見たいなの。
つまり今の私が大幡君で大幡君が袖原美輝になったってことかな?
周りの人から見たら私は大幡君にしか見えないし、大幡君は私にしか見えないって訳みたい」

その答えにますます虚脱する和貴。

「おまじないが発動しただけでもアレなのに、そこまでの効力なんて。
まったく、どうせなら身体が入れ替わってしまう方が面倒くさくない気がするよ」
「こう言うのは得てして融通の利かないものなのよ。たぶん。
あ、それと怪我とかでの時は移した方に傷は無くても痛みはあるし、そこから出血もある見たいよ」
「それってつまり」
「そう、大幡君には膣は無いけど、そこの部分からは出るものは出るって事。」

うろ覚えの割にいったん思い出すと、次々に説明が出て来る。

「そうだ、大幡君そろそろナプキン取り替えた方がいいかも。経血で汚れているはずだし」
「えー良い別に」
「取り替えた方がいいよ。漏れても困るし、汚したままずっと着けていたら臭くなるわよ。一緒について行ってあげるから」

そう言い美輝は小さなポーチを取り出すと、和貴をトイレへ連れ出した。

「ちょっとまって、ここって女性用」

連れてこられた和貴は、トイレの前で慌てる。

「良いのよ、大幡君は私なんだから。それに今日は誰も来ないわよ。ナプキン替えるのもこっちの方が良いだろうし」

そう言いながら美輝は和貴を中に連れポーチを渡すと個室へ連れて行きドアを閉め、自分はドアの外に控える。

「ええと、どうすればいいのかな?」
「まずは、下を脱いでトイレに座って、あ、脱ぐときスットキング破かないようにね」
「スカートってどう脱げばいいの?」
「右横にホックとファスナーあるでしょ?それを外して、ズボンと同じようにして大丈夫よ」
「了解」

和貴は言われた通りホックをはずしてスカートを下す。
ストッキングも言われた通り破けないよう慎重に下した。

「あ、ショーツ脱ぐときは血が他のものに付かないように気をつけてね。血ってなかなか落ちないから」

言われて和貴は色気のないサニタリーショーツを慎重に下す。
とたんむわっとした臭いと、経血で汚れたナプキンが現れる。
その事に動揺しつつも、取りあえず和貴は便座に座った。

「座ったよ」
「そしたら、ポーチから新しいナプキン取り出して、広げてから外紙はがして古いのと交換するの。
古いのは丸めて外紙にくるんでそこのごみ箱に捨ててね」

和貴は言われた通りの手順でナプキンを付け替えて行く。
男子トイレにはない個室のごみ箱はこう言う時に使うものかと少し関心もしていた。

「できた?出来たら今度はウォシュレットのビデで洗ってね。最後に拭いたらOKだから」

ビデのボタンを押すとノズルから温水が出て前の方を洗浄する。
その時だった、今まで感じていた腹部の痛みが急に酷くなったのだ。

「はう、な、なんか腹痛が酷くなってきたんだけど」

加えて股間部にも激しい痛みが襲う。

「ちょっと、大幡君大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」

あまりの痛さに、脂汗がにじむ和貴。
手探りでビデを止める。

「もしかして、いま出て来る最中?あ〜酷いんだよねソレ。代わってもらってごめんね」

痛みと不快感に和貴は声が出ない。
そのうち、陰嚢の下あたりからどろりとした赤黒いかたまりが出て来る。
それを見た和貴はさらに気分が悪くなる。

「ちょっとダメっぽい。しばらくここに座ってるから、袖原さんは仕事片付けてきてよ。後で行くから」

それだけを何とか伝えると、和貴は座ったまま壁にぐったりと寄りかかる。

「そう?ほんとゴメンね。すぐ終わらせるから」

美輝はそんな様子を悪いと思いつつも、仕事を終わらせて早く元に戻ってあげなくてはとオフィスに戻ったのだった。

美輝がオフィスに戻ってからしばらくしてから和貴が戻ってきた、その表情はだいぶやつれている。
美輝は和貴を直ぐに椅子に座らせると、薬とミネラルウォーターを差し出す。

「これ飲んだらいいよ。効くから、眠くなるけどね」
「ありがとう、生理ってこんなに辛いんだね」

和貴は差し出された薬をミネラルウォーターで服用し、一息つく。

「いえ、こんなに酷いのはあまり無いんだけど今回は特別だったみたい」
「そうなんだ」
「すぐ終わらせるから、楽にして待っていて。と言っても横になれるようなところなんてないしね。ゴメンね」

美輝は心底すまなそうにしている。

「いいよ。取りあえず座っていれば大丈夫だと思う」

和貴は席に着くとそのまま机にうつ伏してしまう。
ファンデーションがブラウスの袖に付いてしまうが、
入れ替わりで化粧まで美輝のしていたものがそのまま自分の顔に移っていたなど気が付かない和貴が気にする事は無かった。
やがて、薬が効いてきたのか少し身体が楽になって来ると、そのまま眠ってしまったのだ。

「大幡君、終わったよ。大幡君?」

美輝が眠っていた和貴を揺り起こす。

「あ、うん。寝てた?」

揺すられ和貴も目を覚ます。

「ありがとう。おかげで順調に仕事が出来たわ」
「お役に立てて何より、でももう生理は勘弁してほしいかな」
「でも、大幡君のその格好案外似合ってるかも」

そう言い美輝は改めて和貴の姿を確認する。
タイトスカートにベスト、リボンブラウスにストッキングにパンプスのその姿は化粧もしている事もあり、
ちゃんとした女性職員に見える。
ブラジャーもしているせいか胸もあるように見えるし、ウエストをしぼったベストが腰を細く見せるので尚更だ。

「さ、元に戻ろっか。このネックレスを外せば戻れるはずよ」

言って美輝はうつし換わりの首飾りを外そうとする。が、何故か外れない。
いくらやっても留め具が外れないのだ。

「あれ?おかしいな。大幡君ちょっと外してもらって良い?」

今度は和貴が美輝の首飾りを外そうとするが、これもうまくいかない。
やはり留め具が外れないのだ。

「駄目だ、外れない。どうしよう?」
「困ったわね。外さないと元に戻れないわよ。でもこのままと言う訳にもいかないし。
うーん、もったいないけど切っちゃおう」
「えーっ、良いの切っちゃって?」
「良いの良いの。このままだと困るだけだし。確かペンチがあったはず」

どこからかペンチを取り出した美輝は和貴にそれを渡し、首飾りを切るよう促す。

「じゃ、行くよ」

受け取った和貴は首飾りのチェーンをペンチで挟み力を込める。

「あれ?硬いな、えいっ!」

思いっきり力を込めた途端、ゴキッと言う音とともに欠けたのはペンチの方だった。

「うわ、ペンチの方が壊れちゃったよ」
「どんだけ硬いの、この首飾り」

さすがにこうなってはどうこう出来ない。
この事態に二人はしばらく思案巡らせるが、外せない物は仕方がない。

「仕方がないわ。取りあえず場所を移しましょ。大幡君いまは薬が効いていて良いかもしれないけど、
また生理痛が来たら困ると思うの。だから休める所に移動してからまた考えるのでどう?」
「良いけど、それってどこ?」
「私の住んでいるマンション、わりと近いのよ。電車使って20分ぐらいだから」
「いいの?お邪魔して」
「良いも何も、大幡君と私は立場が交換されているんだから、今はあなたの住んでいる所になるのよ」
「ああ、なるほどそう言う理屈になる訳だ」
「さ、分かったら更衣室行って着替えて来てくれる?」
「え?着替えるって」
「それは仕事着だから、通勤服に着替えるに決まってるじゃない。そして着替えるのは大幡君、分かった?」

美輝はそう言うと和貴を連れ更衣室に向うのだった。

更衣室はビル内のテナントで共用である。
その為立場を交換し和貴になっている美輝が中に入るといろいろ問題があるので美輝は外で待っている。

「これに着替える訳か」

美輝のロッカーを開け、中にある服を見て和貴はげんなりとした気持ちになる。
ロッカーの中に美輝の通勤着がつるされているのだが、
和貴のイメージとは裏腹にそれはフェミニンなものであったのだ。
今の服は入れ替わるときに自動的に着ていたものだが、今度は自分で着替えないといけない。
その事が和貴には恥ずかしく、躊躇いが出てしまっている。

「でも、待たせてるのも悪いしな」

まず着ているものを脱がなくてはいけない。
ベストとスカートを脱ぎブラウスも脱ぐ、
そうすると下着女装をしている姿になる訳で意識すると余計恥ずかしくなる。
特にブラジャーをしているというのが変な感じだ。
トイレでも下着は見ていたが、あの時は痛みでそれどころではなかったから改めて見ると変な倒錯感が芽生えそうだ。
幸い姿見がある訳ではないので、下着女装をしている自分の姿を見て嫌悪感に陥る事は無かったと言うのは良かったのか。
脱いだ衣服はハンガーにかけしまっていく、
ブラウスは袖の所が汚れていたのでどうするか迷ったが持ち帰って後でどうするか美輝に聞く事にした。
そして改めて今着る服を確認する。
まず、トップスはブラウンで小花柄の胸元にリボンブローチがあしわられたベロア地のもので
腕やローウエストにギャザーが入っている。
ブラウンの色合いが落ち着いて見えるが、小花柄が可愛らしさを醸し出すものだ。
ボトムはブラックのショートパンツでふわりと広がった裾にレースのフリルが付いており、他にも白いレースで飾られている。
他にはレギンスがあり、こちらは裾が花柄のレース仕様になっている他はシンプルな黒だ。
後はアウターのコートとブーツ、フットカバーがある。
中に着るものは良いとして、問題はコートだ。
それは白いAラインの女性らしいデザインで、
ネックラインのファーと袖口のリボンが可愛らしく裾を飾るスカラップ刺繍もそれに相まっている。
極めつけはラインを強調させる大きなリボンのベルトである。
しかも裏地にはローズ柄が使われており、まさに姫系と言うか愛され系全開な品なのだ。
人の趣味はそれぞれだが、普通会社の通勤にこれは着てこないと思われる。
ブーツの方はスエード素材でダークブラウンのロングブーツだ。
前面をレースリボンで編み上げてあるが、リボンは飾りで実際は側面のファスナーで着脱するものの様だ。
フットカバーは白の花柄レースで、素足でブーツを履かないための靴下代わりのものだろう。

「見ていても仕方がない、寒いし着てしまおう。レギンスが有るみたいだからストッキングも脱がないと」

和貴は声に出すことで恥ずかしさを紛らわす。
着ないといけないと分かっていても、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかも、それは朝に美輝が着ていたものなのだ。
そう考えるとますます躊躇ってしまう。
しかしながら、もたもたしていると美輝を待たせる事になってしまうと思うと意を決するしかない。

まずはレギンスからはき始める。
これは問題なくはく事が出来た。
ストッキングの様に肌に密着するが、厚手のため温かい気がする。
次はトップスを着た。
デザインはともかく着方は普通の服と変わるもではなくこちらも問題なく着る事が出来る。
続いてボトムのショートパンツをレギンスの上にはく、
はくには問題ないがウエストが閉まるかを杞憂したが問題なくホックもファスナーもする事が出来た。
ここまでは一通り滞りなくこなせたが問題はブーツだ。
まずはフットカバーを履く、足の甲が包まれない慣れない感覚に違和感があるが履くのに難しい事は無い。
そして問題のブーツを手に取る、サイズが合わないだろうと言う事もあるのだが、
側面のファスナーを下しそのまま足を入れると言う作業が割と大変だった。
座って出来ればいいのだが生憎な事に更衣室にはそんなスペースが無く、立ってするしかないのだ。
ふくらはぎの所がどうしても引っかかりなかなか上がらない、
それでもレギンスをはいているのですべりが良くそのおかげでなんとか上げる事が出来き、
ファスナーを閉めると足がぴったりと収まる。
不思議な事にサイズも大丈夫だった。
しかし、問題はここからだった。
反対の足にブーツを履こうとしたのだが、8cmあるブーツのヒールでバランスが取れず片足立ちが出来ないのだ。
悪戦苦闘するがなかなか出来ず、ついには後ろのロッカーに寄りかかって何とか履く事が出来たのだった。
ブーツを履き終え、一息つくとあの可愛すぎる白いコートを着る。
コートのリボンは最初からあつらえてあるもので、ベルトはその裏にある留め具を通すだけでいい。
ネックラインのファーがくすぐったい。
これで着替えは完了した。
和貴はロッカーからブラウンの合皮バッグを取り出すと、小さく畳んだブラウスと持たせられたポーチをしまう。
このバッグもシンプルに見えるがギャザーフリルと持ち手の所に同素材のハート形のチャームが付いていて可愛い系のものだ。
正面に付いている小さなプレートをみるとLIZ LISAとある。
それを見て和貴はこの美輝の服の系統を納得した。
LIZ LISAと言えば愛され系で人気の有名ブランドだったからだ。
まさかそれを自分が着る事になるとは思わなかっただろうが。
とにかく着替えが終わった和貴は更衣室を出る事にした。

「さて、だいぶ手間取っちゃったな。早く行かないと」

一度自分の姿を確認し、少し恥ずかしくなりながらも和貴は更衣室を出ようとしたのだが、
その途端再びあの腹部痛みと腰のだるさが襲ってきた。

「う、まただ。我慢できないほどじゃないけどさっき見たくなったらまずいな」

慣れないブーツのヒールと生理の倦怠感からうまく歩く事が出来ない。
ふらつくと言うよりも平らな床にも関わらずつまずく様にのめりながら歩きようやく更衣室から出る事が出来た。
廊下では和貴のコートを着た美輝が待っており和貴に声を掛ける。

「大幡君可愛いわ。私の服なかなか似合っているわね」
「女の人ってすぐになんでも可愛いとか言うよね」
「そう?本当に可愛いと思ったんだけど」
「可愛いのは俺じゃなくてこの服装なんだと思うよ っうぉ」

そんなやり取りをしつつ和貴が歩きだそうとした途端、足がひっかかり前にのめりに体勢を崩した。

「おおっと大丈夫? そのコートお気に入りなんだから転んで傷めたりしないでよ?」

それをすかさず美輝が抱きとめる。

「ごめん、ありがとう。ブーツって慣れなくて歩きづらいし、さっきからまた生理痛がしてさ」
「もしかしてもう薬の効きめ無くなったの?」
「なんかそう見たい。我慢できないほどじゃないけど」
「そっかぁ、でもあまり続けて飲むのも良くないし。

我慢できるって言ってもこのまま電車で帰るのって耐えられないかもね。タクシー使おうか」

「そうした方が助かるよ。女の人ってすごいね、毎月この痛みに耐えて普通に生活してるんだからさ」
「そう言われると代わってもらってゴメンね。
でも今回のは特別つらいのかも、昨日はどうにもならなくて早退しちゃったし」
「それは仕方がないよ。これだけ辛いんだからさ」
「ありがとう。じゃあ、鍵を返してタクシーで帰ろっか」
「うん、そうしよう」

そうして和貴と美輝は鍵を管理室へ帰した後、タクシーを呼んで美輝のマンションへ帰って行ったのだった。

タクシーを降り着いた美輝のマンションは割と立派なものだった。
タクシーの運転手にこのちぐはぐな格好を見て何か言われるかと思ったが、
入れ替わった立場通りに見えていたらしく、ごく普通にしか会話をしなかった。
ただ、和貴は女性として美輝は男性として話し掛けられていたが。

「さ、中に入るわよ」

美輝に促されるまま中に入りエントランスでバッグからキーケース取り出し鍵でオートロックを解除する。
和貴の足元がおぼつかない為、美輝が寄り添い支えながら部屋まで案内する。
他の住人とすれ違う事は無かったが、傍から見るとふらつく女性を男性がエスコートしている様に見えているだろう。

「ここが私の部屋よ。今はあなたの部屋って事になるけど」

部屋の玄関のドア開けて中に入ると、フローラルブーケの良い香りがする。
美輝は靴を脱ぐとすぐに中に入って行った。

「御邪魔します」

和貴もブーツを脱いで後に続こうとしたが、ブーツを脱ぐのがまたひと苦労だった。
座って脱ごうとしたのだが、ファスナーを下してもなかなか脱げないのだ。
結構力を入れてようやく脱ぐ事が出来た。
脱ぐと解放された足が軽くなった様な気がする。

「あう、なんかり力んだらまた調子が悪く」

ふらつきながら中に入るとキッチンとリビングがありその横が寝室の様だった。
リビングは毛足の長い絨毯に白いテーブルと可愛いクッションが置かれていた。
和貴は取りあえずコートを脱ぎテーブルに着く。
すると、奥の部屋から美輝が出てきた。

「あ、その格好」

美輝の姿を見て和貴が驚く。
美輝は和貴のスーツを脱いで自分の部屋着を着てきたのだ。

「ん、これ?男物のスーツで居るのもなんだなって思って着替えたんだけど。
なんかサイズが大きくなっていてびっくりしたわ。
きっと立場を交換したから、私のものは大幡君のものになって服とかのサイズも大幡君に合うようになっちゃっていたのね」
「ああ、なるほど。それで袖原さんの服やブーツが着れたのか」
「そう言うことみたいね。さ、大橋君も着替えた方がいいわよ。ナプキンも取り替えた方が良いしね。
あ、夜用にした方がいいわね」

言って美輝は和貴をトイレに連れて行きナプキンを交換させると寝室へ連れて行った。
寝室はリビングとは違い美輝の趣味が強く出ているのか、ベッドリネン類やカーテンが姫系で統一されており、
アロマオイルを焚いた安らぐ香りがしていた。

「生理の時って私の場合身体が冷えるのよ。だから温かくて楽な格好した方が良いのよね。
だからいつもこのフリースのもこもこパジャマを愛用しているの。あとこのルームソックスを履くといいわ。
昨日私が着て洗濯していない物で悪いんだけど、これしかないから我慢してね」
差し出されたのはクリーム色に白い水玉の柄で首元はハイネックになっており

裾にはフリルが付いて両ポケットにはリボンの飾りが付いたものだ。
ルームソックスもお揃いのものである。
それと一緒にUネックのシャツも渡される。
これまた女の子っぽさが全面にただようパジャマではあるが、今の和貴の恰好からしてみればそう変わるものではない。
確かに生理はまたつらくなってきているのだ、それならば楽な格好の方が良いだろうと和貴は思い素直に受け取る。

「ありがとう」

服を脱ぎブラジャーを外すと途端に楽になった。
シャツを着てパジャマを着ると確かに温かく着心地が良い。

「着替えた?」

着替える時、隣の部屋に行っていた美輝が戻ってきた。

「どう?楽で良いでしょ?そのパジャマ」
「うん、良い感じだよ」
「たぶんまた生理痛つらくなると思うから、薬飲んで寝ていたら良いわ。
首飾りを外す方法は何とかしておくから。ほんと変わってもらってゴメンね。はい、お水と薬」
「ありがとう」

和貴は礼を言うと受け取った薬を飲む。

「その薬、実はピルなんだ」
「え?ピルって確か避妊薬だよね?」
「そう、そのピルよ。大幡君って痛み止めがあまり効かないみたいだから」
「ピルって生理痛にも効くんだ」
「まあ、即効性があるものじゃないけど、ホルモンバランスに作用して体質を改善させる効果があるからきっと効くと思うわよ。
毎日同じ時間に飲まないといけないけど」
「って俺が生理に対する体質改善してどうするんだよ。ずっとこのままなの前提?」
「それもそうよね。私が自分で試そうと思っていたから、そこまで考えずにやっちゃったわ」
「首飾りの事と言い袖原さんって、思い付きで行動しちゃうタイプなんだね」
「割とそうかも。でも最終手段として一番即効性で効果があるので座薬って言うのが有るけど使う?」
「座薬か、いや、どうしてもひどくなったら使わせてもらうよ」
「ん、りょ〜かい。じゃあ、寝る前にメイク落として来てね。クレンジングオイルはシャンプードレッサーの所にあるから。
化粧水と乳液も使って良いからね」

言われ和貴は洗面所に行き鏡に映った自分の顔を見る。
少し崩れてはいるがメイクをされた顔は女性に見えない事もない。
美輝のメイクがそのまま自分の顔に移ったせいか美輝に似ているように見える。
メイクとは凄いものだと和貴は妙に感心してしまった。
そこでまた生理痛を感じ、和貴はクレンジングオイルを手に取るとそそくさとメイクを落とす。
洗顔後肌が突っ張る様な感じがしたため、化粧水も使って見るととても気持ちが良く、
乳液も使って見ると肌がしっとりして和貴は良い気分になる。
メイクを落とし和貴が寝室に戻ると美輝がベットメイクをしてくれていた。

「寝るときは仰向けになって腰の下にこの丸めたタオルを入れて、膝を立てて寝ると痛みが和らいでいいわよ」
「ありがとう」

和貴は礼を言うとベッドに入り言われた通り腰の下にタオルを入れ仰向けで膝を立てて寝てみた。
すると、本当に腹部の痛みが和らいだ。
痛みが和らぐと共にアロマオイルの香りなのか美輝のベッドからする良い匂いに緊張が解け和貴はそのまま眠りに落ちてしまった。

「眠るの早っ」

それを見て美輝は思わず突っ込んでから部屋を出て行ったのだった。

次に和貴が目を覚ました時には美輝のマンションのリビングだった。
テーブルの上にはノートパソコンが広げてある。
意識すると生理痛も消えていた。
元に戻ったのかと思っていると寝室からパジャマ姿の美輝が出てきた。

「首飾り外れて元に戻ったよ。あう、身体がだるい〜。」
「外す方法わかったんだ。良かった」
「うん、外す時にもね、呪文が必要だったみたい。
私度忘れしていてさっき思い出したの」
「それって結局全部袖原さんのせいだったんじゃないか」

散々振り回され職場でしか付き合いの無かった美輝の性格が和貴はなんとなく分かった様な気がした。
完全にトラブルメイカー気質だと。

「ところで大幡君、あなたが今着ている衣類すぐに脱いで洗濯機に入れておいてくれる?」

言われて和貴が自分の恰好を見てみると先程まで美輝が着ていた部屋着を着ていた。
しかも入れ替わっていた時と違ってサイズが合っておらず小さい、
ブラジャーが食い込みショーツが股間を圧迫する。
人のサイズの合わない服を無理に着た完全な女装だった。

「入れ替わっているときは大橋君が私の服を着ていても嫌じゃなかったけど、なんか戻ったらやめてほしくなって」

和貴も入れ替わっているときは恥ずかしはあったが、
美輝の服を着る事に強い抵抗は無かったのだが今は死ぬほど恥ずかしく違和を感じていた。
素早く寝室から自分の服を持ちだすと洗面所横の洗濯機のある所に行き、急いで着替える。

「でも、これって良く考えると入れ替わってるの袖原さんが自分の服を着たからじゃないか」

思わず一人愚痴る和貴だった。
和貴がリビングに戻ると美輝がぐったりしていた。

「今日はいろいろ迷惑かけてゴメンね。
知っての通り私は生理でダウンしているから今日はお礼出来ないけど、今度必ずするから」
「別に良いよ。ある意味貴重な体験だったしね。それよりお大事にね」
「ありがと」
「一人で大丈夫?」
「薬飲んでベッドで休んでいれば大丈夫だと思う。食事とかは玄米ブランとかあるから大丈夫。
動けない訳じゃないから」
「そう。でも本当に大丈夫?」
「心配してくれるのは嬉しいけど、大幡君が居ると逆に落ち着かないから」
「なんか俺警戒されてる?」
「生理で情緒不安定なんだから、予防線張っているのよ。察してくれると嬉しのだけど」
「それは悪かったよ。そこまで言われたら、帰るしかないか」
「分かればよろしい」

美輝がそう言うのだから大丈夫なのだろうと思った和貴はそのまま玄関へでる。

「じゃあ、また月曜日会社で」
「またね」

美輝に見送られ和貴は帰って行った。

「ふぅ〜、帰ったか」

一人になった部屋の中で美輝はため息をつく。
そしてベッドに向うかと思いきや、何故か洗濯機の所に行き中から和貴が着ていた衣類を取り出す。
それを眺めにやける美輝。
危ない笑顔だ。

「大幡君には言わなかったけど、実は私って生理になると性欲が増すタイプなのよね。」

そう言い衣類の中よりパンツを取り出し匂いを嗅ぎだした。

「むふふ、大幡君が履いたパンツ」

そうして美輝は一人エッチを始めだすのだった。

果たして、今回の事態は美輝が意図的に仕組んだものなのか、そうなのかは美輝本人のみが知るところである。
ただ、和貴は確実にこれからも美輝に振り回される事なるだろう。
そしてそれが、2人の当たり前となれば、それもまた『ありふれた日常』とされるのだろうか?
それこそ誰も知るところではない。






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