伊藤大輔
シチュエーション


いつもと勤務時間は同じなのに何倍にも感じられた日勤も終わり、
ようやく開放感あふれる休日がやってきた。
今日は採血の針を刺し間違えたりとか、お薬を載せたトレーをひっくりかえしたりとか
いつもやっちゃう失敗もすることなく、
看護師長にも怒られないで仕事を終えることができた。
せっかくの合コンなのに、叱られてテンションダウン状態で行っても楽しくないから、
我ながら本当にがんばったと思う。
305号室の池田さんなんて「今日の伊藤さんはやけに張り切ってて逆に失敗しないか怖い」だなんて、
本当に失礼しちゃうよね。
ワタシだって、これでも看護師になって3年も経つんだから!
……3年かぁ。
早いようで短い……違う、長いようで短かった3年間。
看護の専門学校に通っていた時期を入れればもっと長い。
お医者さんを目指していたのもそんな昔だったんだなぁと思い返す。
なんでお医者さんを目指していたのに看護師を目指すことになったか。
医者に向いてないと思ったから? 違う。
看護師の仕事の重要さに気がついたから? ぜんぜん違う。
それは前代未聞の不思議なことがあったから。
誰に話しても「嘘だ」と言うような、ワタシ『伊藤大輔』を看護師を目指す女の子に変えた、
まるでマンガのようなあの日の出来事。

あれは確か5年ぐらい前。
その頃のワタシは医学部に通う大学生で、外科医を目指して猛勉強中。
成績はもちろん優秀で、今のようなヘマをすることもなく、
きっと将来は素晴しい外科医になると周囲から信じられていたんだよね。
ん、信じてない? 本当だから。
で、ある日、同じクラスで学ぶ友人から誘われた合コンでその事件は起きたの。
その合コンはうちの大学病院が経営している看護専門学校に通う看護師のタマゴたちのなかでも、
飛び切りの美人をそろえたというだけあって、みんなかわいい子ばっかりだった。
片や将来が約束されたエリートたち、片やタイプこそ違うけど絵に描いたような美女たち。
それはもう、あれ以上に盛り上がった合コンはないと断言できるほど、
楽しくハジケた合コンだった。
女の子たちは最初からお持ち帰りされるのを期待して、そして男たちも持ち帰る気マンマン。
当然、誰が誰に行くかというバトルが男女双方の陣営で熱く繰り広げられ、
ワタシは結局、服のすそとかにコップを引っ掛けて倒しちゃうようなドジだけれども、
ちょっと幼く見える顔立ちが当時ちょっと好きだったグラビアアイドルに似ていた女の子をお持ち帰りすることに。
で、いよいよ合コンが解散して、楽しい楽しい2次会……となるはずだったんだけど、
その女の子がお酒に酔ったのかフラフラと千鳥足になって、ワタシを巻き込んで電信柱にぶつかっちゃったの。
その時点ではなんともなかったんだけど、いざホテルに入ってヤることを済ませた翌朝、
服を着替えようとしたら何かがヘン。
何の気なしに「いつものように」着替えていた服は、彼女が合コンに着てきた勝負服。
逆に、彼女はワタシが着てきた服を自然に身に着けているところだった。
ワタシがワンピース、彼女がスーツを着ることは自然なんだけど違和感バリバリで、
何かがおかしいといろいろ探ってみると、お互いの免許証や学生証の名前や写真がそっくり入れ替わってた。
つまり、医学部の学生証には彼女の名前と写真が、看護師学校の学生証には自分の名前と写真が。
それだけならまだしも、自分の名前と写真がある看護師学校の学生証の性別は「女」となっていて、
もうお分かりのとおり彼女の性別も「男」になっていた。
名前や誕生日はそのままに、学校や性別だけがそっくりそのまま入れ替わり。

どうしたものかと悩んでいたらチェックアウトの時間がきてしまったので、
慌ててホテルから出たのはいいけれども、2人して途方にくれるばかり。
服装はもちろん、お互い交換したまま。
そのとき、偶然にも合コンをセッティングした加藤と、彼が持ち帰りした女の子とホテルの出口で鉢合わせ。
コレ、経験者じゃないとわからないほど気まずい空気なんだよね。
で、このときなんともいえない雰囲気を打ち破って第一声をあげたのは加藤だったかな。
当然、友達の自分に声をかけるかと思いきや、まるでずっと付き合ってきた親友のように自分と一緒に出てきた女の子にこっそり話しかけていた。
その代わりといってはなんだけど、裕子――加藤と一緒に出てきた女の子――が、
「彼、どうだった? うまくいきそう?」
とか、自分にそっと耳打ちしてきた。
ここにきてようやく気がつく。
あ、自分は彼女と立場が入れ替わっちゃったんだな、と。

その後、自分と立場が入れ替わった彼女とどういう会話をしたのか、どうやって家に帰ったか、まったく思い出せない。
なんせ、家に帰ったらオヤジがすごい剣幕で「女の子が朝帰りなんて!」と怒鳴りつけてきて、
オフクロが一生懸命なだめてるという状況で上書きされてしまったから……。
その後、自分の部屋を見渡すと、昨日とは打って変わってファンシーな女の子の部屋に変わっていたのはよく覚えてる。
通っていた男子校の卒業アルバムは消えうせ、代わりに名門女子高の卒業アルバムが。
サッカー部の仲間と撮った記念写真は、新体操部のものに変化。
教科書や参考書も当然のように違っていて、新臨床外科学の教科書の代わりに
リハビリテーションのそれが、机の中央にでん!と広がっていた。
オヤジに聞いてもオフクロに聞いても、自分は最初から女の子で幼い頃から看護師を目指していたというばかり。
まさかこんな形で「外科医」の夢を捨てることになるなんて思ってもみなかったけど、
それならいっそ!と一生懸命看護師を目指すことに。
でも、外科医に比べたら簡単と思っていた看護師もなかなか試験が難しく、
さらに現場に配属されてからは「目指してよかった!」と心から思えるステキな仕事だった。
こういう天職へのめぐり合わせは珍しいのかもしれないけど、
あの日、あの子と一緒に電信柱にぶつからなければ看護師になってないわけで、
そういう意味では、あの子に感謝しないといけないのかな。
あの子もワタシの代わりに外科医を目指しているのかなと気になってるけど、
名前をメモしておくのを忘れたために、どうなってるかさっぱりわからない。
思えば、あれがワタシの「ドジ初め」だったのかもしれないかな。
だって看護師を目指しはじめてからなぜか、なにもない道で転んだりコップを引っ掛けて倒しちゃったりと、
今まででは考えられないようなドジをするようになったのだから

看護師の制服をクリーニングに出し、色気のない肌色のストッキングとシューズを脱ぎ捨てる。
そして家から持ってきた細い金色のアンクレットを足首に巻いてから、
薄いベージュがかったピンク輝くストッキングに履き替える。
ムダ毛をしっかり手入れしているけど、よく見るとやっぱり男っぽい脚(他人にはそう見えないらしいけど)が、
一瞬にして艶を帯びた極上の美脚へと生まれ変わる。
続いてハンガーにかけておいたパニエを履き、続いて腰の辺りで生地の感じが違う明るい黒のワンピースを身に着ける。
下に履いておいたパニエのおかげでふんわりとスカートのラインが広がり、
よりフェミニンな感じを演出してくれた。
そしてあまり派手にならないような、小さいかわいらしいパールのネックレスをしてから、今度は鏡に向かう。
勤務中は可能な限り薄いメイクを心がけているけれども、
薄いメイクとナチュラルメイクは違うよね、とばかりにメイクを変える。
可能な限りナチュラルだけど、盛り過ぎない程度にマスカラでまつげをぱっちりさせて、ピンクのグロスでつやつや唇に。
今日の合コンで競り負けないよう、しっかりと自己演出も忘れない。
最後は色気なくお団子にまとめていた髪をアップにまとめなおして、ワンピースと同系色のリボンで飾りつけ。
最後に「肩から鎖骨のライン」を切り札として温存しておくためのボレロを羽織って、
下品すぎない高さのヒールを履けば合コン出撃スタイル完成!
我ながら5年前まで男の子だったとは思えない美貌にうっとりしてしまう。
ま、実際、街でモデルにスカウトされたこと、何度もあるけどね。

同僚がセッティングしてくれた「新進気鋭の若手医師」との合コンはワタシが一番最後の到着で、
着席と同時にスタートしてしまった。
端から自己紹介をしていく若いお医者さんたち。
その右から3番目に座っている鋭い目つきをした男性は、他の人が自己紹介しているときも
じっとワタシのほうを見つめている。
やだ、もしかして一目惚れさせちゃった? と思っていると、その人が自己紹介を始めた。

「はじめまして、外科医の大倉亜由美です」

その瞬間、なにもかも思い出した。
彼が、ワタシの運命を変えた「電信柱に激突した女の子」だ。
5年の歳月はロリータフェイスだった彼女を、眼光鋭い大人の男に変えてしまった。
自己紹介後、こっそり集まったトイレでの作戦会議。
今日来た子に、大倉さん狙いを高らかに宣言する。
口には出さないけれど、あれは5年前から運命づけられていた相手。
誰にも譲れない、最高の彼氏候補。
絶対、絶対負けられない女の戦いがここにある。






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