谷底に咲く白い花
シチュエーション


後悔先に立たず。あれは、名言だと思う。
昨日泊まった"春のせせらぎ亭"の女将から、

「クレニア峠は道が険しいから、暗くなる前に越えないといけませんよ」

と、事前に警告されていた。十分、理解していた。
だが、同時に、歌われるほど有名な、クレニア峠の谷底を一面に埋め尽くす"常白草
(とこしろくさ:白い五枚の花弁を持つ花を一年中咲かせる)"を見てみたかったのも事実で。
人の背丈の十倍はあろうかという崖の上から、飽きもせずに常白草を見つめつづけて。
道の半分も進んでいないのに、気がつけば夕方。
慌てて道を急いだ結果、足元がひどく不安定な場所に差し掛かったときに、足元の岩が
崩れて、道を踏み外してしまい、そのまま崖の下へと転がり落ちてしまった。
今、私の目の前には、崖の上から眺めていた常白草が咲いている。
それは、とても美しいが。
これから、どうしよう。
転がり落ちた直後に、身体の状態はたしかめていたが、誠に残念ながら、右足を
くじいたか、ひびが入ったか、あるいは、骨折してしまったらしい。立ち上がろうと
すると、激痛で力が入らず、立つことができない。当然、歩くのは不可能。
持ち物といえば、常に旅路を共にしてきたリュートと、護身用の短剣。それから、
背負い袋の中に価値の無いガラクタが多数。あとは、頭の中にしまってある無数の歌。
とりあえず、現状を打破できるような持ち物は、何もない。

しばし周囲を見渡して。
状況が、これ以上悪くなる可能性は、ほとんど無いことに気がついた。
まあ、人通りが絶無ではないし、誰か通りかかったときに助けを求めればいいさ。
とりあえず、寝ようか。暗くなってきたことだし。
そう結論を出すが早いか、マントを身体に巻き付け、背負い袋に縛り付けた毛布に
くるまり、背負い袋を枕にすると、ごろんと横になった。
視界いっぱいに白い花が咲いていることを確認してから、目を閉じる。

不意に、身体をゆすられていることに気がついた。
かなりの時間、眠っていたらしい。あたりはもう、真っ暗だ。
月明かりに照らされた常白草が、月光を反射しているおかげで、思っていたよりは
明るい。
そして、その明かりの中に、人影があった。

寝ぼけた目でじっと見つめる。
女性だ。

年齢は、僕とほとんど変わらないように見える。
薄い緑を基調にした服は、街の流行からは少し遅れているが、このあたりの娘さん
なら普通に着ているような服だ。
顔は、ずば抜けて良いわけではないが、悪いわけでもない。強いて言うなら、中の上。
ただ、新雪のように白い肌が、とても印象的だ。
そんな娘さんが、僕をじっと見ている。

「大丈夫ですか?」

呼びかけられて。
それが幻では無いことに、やっと気がつく。

「あ、あ、その、えーと。大丈夫。じゃ、ないです」

あわててかえした返事は、我ながら、なんとも言えない頭の悪さで。

「あそこから落ちてしまいましてね。足を、やられたみたいなんです」
「怪我をされているのですか?」
「ええ、まあ」
「見せてください」

そう言うと、彼女は僕の右足の様子を見て。

「とりあえず、添え木をしますね。痛かったら、言ってください」

スカートを裂いて包帯状のものをつくると、どこからか木の棒を仕入れてきて、
手早く右の足首を固定していく。

「あ、す、すみません」

申し訳ない気分でいっぱいの僕に、彼女は笑顔を見せて。

「困ったときは、お互い様ですよ」

添え木のおかげで、なんとか立つくらいはできるようになった。
とはいえ、彼女に「杖を使って、右足をかばうように歩かないとダメですからね」と
クギをさされた。まあ、この足で無理はできないか。

「あの、何から何までありがとうございます」

深々と頭を下げる。
感謝してもし足りないくらいだから。
そして、感謝するついでに。

「あと、あの、上まで昇るのに手を貸していただけると、大変、助かるのですが」

我ながら、なんとも情けない。

「ええ、当然ですわ」

そう、笑顔で答えてくれる彼女。
助かった。
少なくとも、この谷底で夜を明かす必要はなくなったようだ。
だが。

「あの、私も、ひとつ、お願いがあるのですが……」

それまで、明るい表情を見せていた彼女の表情が曇る。
一瞬、その表情の変化にとまどう僕。でも。

「なんなりと、お申し付けください。僕にできることなら、何でもしますから」

偽りの無い気持ちを伝える。
それを聞いた彼女は、意を決したのか、僕にひとつのお願いを投げかける。

「私を、抱いて、いただけますか?」

「……え?」

何か、激しく聞き間違えたようだ。
命の恩人に対して、なんと酷い聞き間違いをしたものか。恥ずかしくてたまらない。
だが、どうやら、聞き間違いでは無かったようで。

「あ、あの。わ、私を、抱いて、いただけると、その、大変、嬉しいのです、けど」

彼女の白い頬が、赤く染まっていく。

「あ、いや、その、えーと……」
「はしたない女と思われるのも仕方ありません。その、どうしても。というわけでは
ありませんし……」

命の恩人に、これ以上恥ずかしい思いをさせるわけにもいかないので。
状況に途惑いながらも、彼女のお願いを聞くことにする。
でも、せめて、これだけは聞いておきたい。

「あえて理由は聞きませんけど。その、それは、大切なことなんですか?」
「……私にとっては」

ひどく真剣で、思いつめたような表情。

「というか、僕、足の怪我を見てもらったうえに、そんな役得でいいんですかね?」

彼女は、小さくうなずいた。
ふと、何かに気づいたような表情を見せた彼女は。

「あと、もうひとつ、お願いが」

そう、申し訳無さそうに言う。

「もう、こうなったら、何でも言ってください」

毒喰わば皿まで。というやつだ。もう、何をお願いされても、驚かずに聞いてあげよう。
という気分になっていた。

「今だけでかまわないのです。私を、真剣に愛してくださいませんか?」

そう言う彼女の表情は、やはり真剣そのもの。

「……努力します」

そう、言うしかなかった。

なんとも幻想的な光景だ。
青白い月明かりの下。
鈍い常白草の輝きに包まれて。
新雪のように白い肌を持つ娘と。
唇と、肌を重ねている。
彼女は、抱きしめると恐ろしく細く、軽かった。
地面に敷いた毛布とマントは、地面の冷たさを完全にはふせぐことができなかったから。
座った姿勢で彼女と向き合い、彼女を愛しはじめる。
まあ、理由や状況はともかく。吟遊詩人なんて職業をやっていると、こんな風に旅先で
出会った女性と関係を持つことも珍しくはない。
でも。
真剣に愛して。とは、どういう意味だろう。
そして、重要なことに気がつく。
やはり、相手を真剣に愛するつもりなら。
それは、知らなければならない。

「僕の名前はクラナス。君は?」
「私、ですか?」

名前をたずねただけなのに、彼女はきょとんとした表情で。

「あ、エ、エレン。です」
「エレンさん?」
「はい……」

なぜか、自分の名前を名乗っただけなのに、とても恥ずかしそう。
だから。

「エレン」

まっすぐに見つめて彼女の名を呼ぶと、彼女の頬が朱に染まっていく。

「恥ずかしい……です」

うん。理由はよくわからないけど。なんだか可愛い。

遠慮なく、エレンの身体に触れていく。
胸はもちろん、首筋や、肩、背中、わき腹も。
唇と舌で胸を愛する一方で、エレンの身体を降りていく手が、彼女の太腿に達する。
外側を這っていた手のひらは、膝のあたりで内側に転じ、そこから上にのぼっていく。
そこには、エレンの秘所が隠れていて。
茂みをかきわけて、隠されたその部分を指でこじあける。
そこは、すでに濡れていた。
愛の証を指ですくい、ひときわ敏感な陰核を探す。
指先にわずかにふれたその場所に、エレンの愛液をたっぷりとまぶした指で撫でる。

「あ、ふ……うんッ!」

艶のある喜びの声が、エレンの喉から漏れる。
エレンの肩に手をよせて、上体を少しずつ倒し、横にする。
横になった彼女の足を開かせて、指で愛していた部分に、顔を近づけた。
それが、何を意味するかわかったエレンは、顔を両手で被う。
ふ。
開いて入り口が見えるエレンの花園に、そっと息をふきかける。

「ひゃう?」

思いもよらない感覚が襲ったのだろう。エレンは変な声でそれに答える。
舌で触れた。

「ふあ、ああッ!」

襞をかきわけ、入り口に舌を差し込み、蕾を舐めまわす。
舌での刺激が加わるたびに、エレンは悦楽の証を奥からじわじわと溢れ出させて。
女性の香りが、僕の鼻腔に行為の成果を届ける。
それまで舌で愛していた入り口に指を入れ、腿の内側に唇を這わせると、そこを
強く吸って、愛の証を残す。

エレンの目は、もう、耐えられないと言っていた。
エレンの身体を抱きしめながら、先端をエレンの入り口にあてる。
僕の視線を受け止めたエレンは、小さくうなずくと、僕の唇に唇を重ね、僕の舌を
味わう。
それを合図に、エレンの中に一気に突き入れた。

「あああああッ!」

背中が弓のように反り、身体の中に侵入してきたものを、受け入れようとする。
エレンの中にたまっていた愛液があふれ出て、僕とエレンの結合部を濡らす。
下にひいてあるマントと毛布にも、それが広がって、シミをつくった。
突き入れられた衝撃に、呼吸が荒くなるエレン。

「エレン。大丈夫だった?」

耳元でささやく僕に、エレンはこくこくと、幾度かうなずいた。

「ダメ、です。ひ、久しぶりすぎて、た、耐えられません……」
「じゃあ、たっぷり感じてくれると嬉しいな」

ゆっくりと、エレンの中で前後に動く。先端が抜けそうになるところまで戻り、
そこから再び奥を目指す。
ただ、単調な運動にならないように、天井をなぞるようにしてみたり、床をこする
ようにしてみたり、動きに変化をつける。
それが、しっかりエレンに喜びを与えているようで。
奥に突き入れるたびに、息を吐き出し。
引き抜くたびに、息を吸う。
呼吸すらも、僕の動きに合わせるようになっている。
つながったまま、エレンの身体を引き起こす。

「今度は、エレンが動いてみて」

耳元でそうささやくと、エレンはじっと僕を見つめた。

「こ、こう。ですか?」

腰を浮かして、すとん。と落とす。

「ん……なかなか、いい、ね」

今、自分が感じている喜びを、素直に伝える。

それが、エレンの心に火をつけた。
自分が喜べるように。そして、僕を喜ばせることができるように。
いろいろ工夫しながら、腰を動かしはじめる。
それにあわせて、僕はエレンの胸や結合部付近を愛撫する。

「あああ……ク、クラナスさん。な、なんか、すごい、です……」
「僕も……」

唇を重ね、貪るように求め合う。
舌が絡まり、互いの唾液が混ざり合う。
荒い呼吸は鼻腔をくすぐり、彼女の身体から漂う香りが、僕をより狂わせる。
エレンの動きが、激しさを増してくる。
一番深いところに届いたところで、彼女の腰を押さえて。もう一度、その軽い身体を
横に倒す。
そこから、一気に加速した。
つながりあった場所からは、粘着質な湿った音が響いて。
僕のものは、限界に達しそうになっていた。
エレンの身体が震えて、エレンが僕のものを締め付けてくる。

「クラナス、さん。す、好き。……好きです!」

その言葉が、引き金となる。
僕の動きに彼女があわせて。僕の頭が、悦楽に焼かれていく。

「エレン。僕も、君のことが」

その後に言いたい言葉があったのに、言えなかった。
エレンの一番奥深いところで、僕は欲望の証を解き放った。
突き入れたまま、腕で体重を支えながら、エレンの身体に自分の身体を重ねて、
肌と肌で触れ合う。
僕の体重をすべてかけてしまっては、エレンが壊れそうだから。
そんな僕の行為を察したのか、エレンは少しずれて、僕の横に移動した。
互いに、向き合うようにして横になり、互いの身体を抱きしめる。

二人で毛布に包まり、事後の余韻にひたる。
行き摺りの関係ではあったが。エレンが愛しい。
エレンの髪をそっと撫でて、彼女の顔を見ようとする。
なぜか、恐ろしく眠い。
睡魔に襲われ、朦朧とする意識の中、彼女が優しく微笑んでいるのが、ちらりと見えた。
エレンの声が、はるか遠くから聞こえるかのように、小さく。でも、はっきりと響く。

「私、捨てられちゃったんです。
私を抱いて。結婚を約束してくれたあの人は、他に好きな女性がいて。
その女性は、私と比べることが間違ってるくらい、身分の高い人だったんです。
あの人、私と別れるときに、誘ったのは私だった。って言いふらして。
使用人ごときが、ご主人様のご子息を誘惑するなんて。
結婚前に関係を持ったなんて、とんでもない女だ。
そう、みんなに言われました。
だから、私、何もかもが嫌になって、ここに来たんです。
もう、誰も信じない。
もう、誰も愛さない。
そう、思ってました。
ここであなたを見つけたときも、このまま放っておけばいいと思いました。
でも。
やっぱり。
私、誰かに愛してもらいたかったんです。
もう一度、誰かを真剣に愛してみたかったんです。
だから。
ありがとう。
最期にあなたに逢えて、本当によかった。
私、あなたのことを、忘れません。
絶対に……」

気がつけば、僕はぐっすりと眠っていたようで。
道端に横になっていた。
道端に。
飛び起きる。
あたりを見回すが、エレンはいない。
眼下には常白草が咲く谷底があり、常白草は風に吹かれて揺れていた。
足元を見る。
古く苔むした木の棒が、これもずいぶん古ぼけた浅い緑の布の切れ端で、しっかりと
結び付けてある。
僕の記憶にあるものとは、かなり違うけど。
あれは、夢じゃなかった。
夢じゃなかったんだ。
あたりをもう一度見回す。
やはり、彼女はいない。
ふと、視界に白いものが入った。
常白草の花のように。新雪のように白いそれを手に取る。
多分、人骨。
指、だろうか。
普段なら、人骨などという気味の悪い物を取り上げたりはしないのだが。
なぜか、それがとても大切なものに思えて。
迷うことなく、懐に入れた。
クレニア峠の常白草が歌われるのは、悲恋の歌。
恋人に捨てられた女性が、悲しみのあまり身を投げた谷底を、彼女の肌と同じく
白い花が、彼女の涙と骸を糧にして育つ。
だから、常白草は一年中白い花を咲かせるのだ。といった内容の歌だった。
僕は、この体験を歌にするべきなのか、しばし迷い。
これは、僕だけが知っている、僕だけの歌にしようと決めた。






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