アンデッドクライ ノーライフグリーフ 2
シチュエーション


「うー、あーもう、ほんとなんだって言うのよ!」

私は今絶賛自室のベットの上で唸っている、天井は高く背中に当たる感触は柔らかい。
無造作に皺を作っているベットは生地から作りから最高級の代物で、一般人として生活してきた私には落ち着かない。
なんでかつては一日の食事すら事欠いていた私がこんな良い生活が出来るのかと言えば、父さんが興した事業が好調だから。だからあの馬鹿親父はこれまでの埋め合わせとばかりに思い出したように色々なものを買っては私の部屋に置いていくのだ。
私が欲しがるものは、全てくだらないと一蹴するくせに。

「あの、大丈夫ですか?」

ああ、余計なことを考えて現実逃避している場合じゃない。
今一番大切なのは、こいつは一体なんなんだ?ってことだ。

「答えなさい、貴方は一体何者なの!」

びしぃ、と私の顔をしたアンノウンに指先を突きつける。
そいつは困った顔であたりをきょろきょろと見渡すと、まるで親に叱られた子供みたいに上目遣いで。

「あの、分かりません」

と言った。

「分かりませんって何よ、分かりませんって!」
「ごっ、ごめんなさい」

私の剣幕に怯えているのだろうか?そいつは顔をかばうような仕草で身を縮ませる。

「目が覚めたら此処にいたんだよぅ」
「此処にいたんだよぅ、じゃないでしょう!」

私はずいっとそいつに向かって一歩踏み込んだ、橙色の瞳が潤み今にも泣き出しそうになる。

「貴方はゾンビなのよね!?本当にもう死んでるのよね?」
「え、あ、あの……その…………」

ああっ、もうはっきりしなさい。

「だったらゾンビはゾンビらしく死んでなさいよ!」

言ってから自分でも随分無理なことを言っている気がしたが、もはや止まれない。

「ひうっ、ごめんなさい。ごめんなさい」

そうやってしゃくりあげながら私に向かって必死で頭を下げるこいつを見ていたら、もう止まれるはずが無い。

「ごめん、なさい、ぼくなんかが生きてて……ごめん、なさい、ごめんなさい」

そいつはぽろぽろと涙をこぼしながら嗚咽交じりにしゃ

そいつはぽろぽろと涙をこぼしながら嗚咽交じりにしゃくりあげる、涙で汚れたぐしゃぐしゃの顔を見ていると心の底に火が着いたみたい。

こいつを滅茶苦茶にしてやりたい。
引き裂き、壊し、磨り潰し、何十人の男たちからレイプされたみたいにズタボロにしてやりたい。
私と同じ顔をしているくせに、私よりずっと可愛い貌(カオ)で泣き崩れるこいつを虐めてやりたい。
私はにこやかな笑みで自分自身の最低最悪の嗜好を押し隠すと、出来るだけにこやかなこいつに向かって笑いかけた。

「いいよ、許したげる」
「――え?」
「私が貴方を受け入れてあげるってこと」

そう言って私はこいつにキスをした。

「ふぐっ!?」

暴れるこいつを優しく抱きとめて、落ち着くようにゆっくりと背中を撫でてやる。こじ入れるように舌を突き入れ、歯茎をしゃぶり、戸惑ったように踊る相手の舌を絡め取る。
ぬちゃぬちゃと言う水音、血と消毒液と私の好物の葡萄の味がする口内を力の限りに蹂躙し、

「私の“モノ”にしてあげる、死んでもまだ心が残っているって言うのなら、その心ごと奪ってあげるだけの話よ」
「あ、ふぁぁ……あがっ!?」

そしてその舌を噛み千切った。

「ひぎっ、ぎっ、いっはひ、らりを、らりをひたん、れすふぁ!?」

驚いたように声をあげるその姿にチクリと罪悪感が刺激されたけれど、私の滾りはますます高まっていく。

「やっぱり、本当にゾンビなんだ」

予想通り血は殆ど流れなかった、変わりにどろりとした紅色の粘液がスライムのようにその傷口からあふれ出る。
そしてその粘液はほんの僅かな時間で店で売っている傷薬のように固まって、千切れた舌に出来た大きな傷口を塞いでしまった。

「だったら、遠慮しなくても大丈夫だよね?」

怯える彼に向かって私は出来る限り残酷そうに微笑むと、口の中に残っていた舌を吐き出した。

「たっぷりと、私の“モノ”って証を刻んであげるから」

着せていた服を引きちぎり、まだ膨らみかけの乳房に刻まれた刺青を舐め上げる。
そこにはヘブンスが入れた刺青がある。

“ヴィティス”

もし私が死産だったら付けられる筈だった名前。
父の働いていた農園で、私が生まれた時一番最初に腐った葡萄の名前。
それは私から見れば本当にくだらない風習で、今もやっているような家があるなら鼻で笑ってしまうけど、でもこの子にはその名前が相応しいとあの時の私は思ったのだ。

「これから、貴方はヴィティスよ」
「――――!?」
「こんにちは愛しくて憎らしい、もう一人の私」

そして私はもう一度“ヴィティス”に向かってキスをした。
彼の唇は鉄臭い血の味しかしなかった。

「で、こんなになるまでやったってかい?」

呆れ顔のヘブンスを前に私はぽりぽりと頭を掻いた。
私の目の前にはあのヘブンスですらあきれるような惨状になっているヴィティスが転がっている。

「うん、確かにちょっと、やりすぎたかも……」

出来るだけ可愛らしく言ったつもりだけど、帰ってきたのはヘブンスの冷たい視線だけだった。

「ちょっとって、君ねぇ……」
「あ、あはは、あははは」

私の笑い声に反応しているのかびくんびくんとヴィティスは痙攣する、笑い声にあわせてびくんびくんすると言うシュールな光景を見ていると再びふつふつと罪悪感が頭をもたげてきた。
うん、やっぱりやりすぎだった。特に達磨にしたのは失敗だ、此処まで運んでくるのは大変だったし。

「そう責めてやるなヘブンス、加減が出来ないのはアムレンシス嬢くらいの年頃の子にはよくあることさね」

そう言って嘴を突っ込んできたのは絶世の美女。

「あ、こんにちはヴェラさん。お邪魔してます」
「おう、まぁ陰気なとこだがゆっくりしていきなさい」

かっかと笑うこの人の正体はヘブンスの師匠で名前をヴェラと言うらしい。
聞いた話だとフリーの整体士で死体を弄るのが三度の飯より好きだとか。
噂だとゾンビを弄れないと発狂するからゾンビを弄れない日は自分の体を弄っているとか、でもそれも所詮噂だろう。いくら改造が好きだからって麻酔をかけず激痛に耐えながら自分の体を弄り回すような人間が居る訳が……
そこまで考えた時、ヴェラさんの白いシャツの裾から覗く縫い痕が眼に入り、私は何も考えられなくなってしまった。

「さてとそれでこの子が話題のヴィティスくんかな?」

ねっとりとした粘つくような視線でヴェラさんはヴィティスを見た、その熱の籠り方は半端ではなくて、傍にいた私ですら思わずぞくりとしてしまったほど。
ヴィティスなら一溜りもないだろうと思ったけど、生憎と両目ともに私が潰してしまったからヴィティスは状況が理解できない。
理解できないなりになんとなく感じ入るものがあるのか、ヴィティスは診察台の上で体のなかで動かせる部分を必死で動かして懸命に抵抗する。

「なるほど、確かにこれは……」

そう言いながらヴェラさんはヴィティスの体をなぞって行く、ヴェラさんの白い指が生々しい傷だらけの白い肌をなぞるたび、舌を失ったヴィティスが苦痛とも官能とも判断つかないうめき声をあげた。

「ぐぅ、ふぐぅっぅぅ!?」
「なるほど、痛覚は感じていないようだ。しかし妙だな、そうなると何故触覚は生きている?」
「麻酔ですかね?」

「いやそうなると痒みや快楽を感じると言う点が不可解だ、形こそ違うものの“痛覚”を介して感じる感覚だからな。むしろ一定以上の痛覚の受容を脳がカットしていると考えたほうが納得できる」

ヴェラさんは確かめるように指をヴィティスの女の子の部分に突き込んだ、そのまま具合を見るように縦横に動かす。

「ふくぁぁぁぁ!?」

攻めとも意識しない無遠慮で無造作な動きに耐えられなかったのか、ヴィティスが声をあげて潮を吹いた。と言うか昨日責めすぎたせいで穴と言う穴がゆるくなっているのかもしれない。
女の子部分の上についている醜悪な形のペニスも栓さえ詰めてないなければだらしなく精液を吐き出していただろう。

「ふむ、感度は良好。これはまったくもって興味深い症例だ。ゾクゾクしてしまうよ、ボクがネクロマンシーの歴史に新たな一ページを刻めるのかもしれないと思うとね」

そう言うヴェラさんの足は小刻みに震え、そしてその太ももはしとどに濡れていた。
視線を辿れば血と脂で汚れたタイトなスカートに眼で見て分かるほどの沁みが浮き出ており、その胸にぶらさがった形の良い二つの塊は白衣の上から見ても一目で分かるほど隆起している。
そして何より怖いのはその眼だ、私も人の事は言えないが相当狂った眼をしていた。
例えるなら何度もオルガを味わった後にさらにその先が待っていたみたいな、全然手入れされていないボサボサの髪が作る影の奥で瞳孔は潤みきり充血しきった瞳を許しながら、ヴェラさんはヴィティスの体をまさぐっている。

「ねぇ、アムレンシス嬢」

ヴェラさんはあえぎ声のような声で私に言う。
その顔を突きつけて、まるで玩具を前にした子供みたいに。

「この子を、うちで買い戻させてくれないか?金ならいくらでも出すし、代わりのゾンビはボクが腕によりかけてこさえよう、だからな?いいよね、いい、だろう?」
「ちょ、師匠」

まだヘブンスは幾分冷静だったようだ、ヴェラさんの困ったような声を上げ――そして汚れたコンクリートの床の上に倒れ付した。

「煩い!お前は黙っていろ」

ヴェラさんが手にしていたペンチでヘブンスの頭を殴り飛ばしたのだと気づいたのは、ヘブンスの割れた額から赤いものが床に流れ出したのを見て。
命に別状がないと分かったのは、ヘブンスが苦い顔で笑いながらうめき声を上げるのを見て。
視界の端に見えた事実に少しだけほっとしたけど、でも私の視線はヴェラさんから少しも離せなかった。

「な?お願いだ、お願いだよぅ」

そう言いながらヴェラさんは信じられない力で私の両肩を掴み、そして……

「お断りします」

私ははっきりと、そう言い切った。






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