バスケ
シチュエーション


体育の時間。
バスケットボールの授業の締めに、3on3のトーナメントを行うことになった。
チームは男女ばらばら。混合のチームもあれば、男子だけ、女子だけのチームもあった。
バスケ部の佐藤健二は仲の良い山本良太と長井悟と組んだ。良太はサッカー部、悟は陸上部で、三人とも運動神経
は良い方である。
案の定、健二たちのチームは勝ち進み、決勝にまで残った。
試合の高揚感とともに、クラスメートの前で得意のバスケットボールを見せられることに健二は勇んでいた。
先に準決勝を終えて、健二たちは決勝の対戦相手が決まるのを待った。
たぶん、同じバスケ部の男子たちだろう。

(そこで勝って、いいところを見せてやる)

健二には好きな娘がいたのだ。
二宮綾、というどちらかといえば大人しい女の子である。色白で、綺麗な長い黒髪をストレートにした評判の美少
女だったが、健二はこれまでさほど気にも留めていなかった。
だが、今年、同じクラスになって、妙に気になり始めたのである。
小学校高学年の女子は男子より発育が早い。
並みの男子よりも背が高い女子もいる。
彼女もまたそうで、身長はさほどでもないのだが、身体つきは既に女らしくなっていた。
最初の頃、健二はただ太っているようにしか思わなかった。
確かに腰回りに肉がついていたが、それは女性特有の丸みといえた。腰のくびれはきゅっと締まり、幼いながらも
スタイルの良さを見せた。そして、その上にある胸のふくらみに気づいたとき、健二は目が離せなくなってしまった。
運動が好きで、外で遊んでばかりいた健二にとって衝撃は大きい。実は自慰を覚えたのも綾の身体であった。
そうした欲望はともかく、好きな女の子にいいところを見せたいと思うのは男の子なら誰にでもあることだ。
だから、決勝戦の相手が決まったとき、健二は目を疑った。

「よろしくね、健二」

すらりと背が高く、ショートカットがさわやかな印象を与える少女、高橋茜は女子バスケ部の部長である。活発な
性格で、綾とは対極の雰囲気だが、学年では男子からも女子からも人気があった。

「お、おう・・・・・・」

確かに、女子で勝ち進むとしたら彼女のいるチームだろう。
もう一人も女子バスケ部の原村千明だった。こちらは小柄だがすばしっこいタイプで、彼女が走るとポニーテール
がふわりと舞って尻尾にように見えたのを練習で覚えている。
この二人の組み合わせは非常に厄介だ。
だが、三人目が解せない。

「よーし、綾、千明、がんばって優勝しよう!」
「おー!」
「う、うんっ」
「・・・・・・・・・・・・」

そうなのだ。茜のチームの三人目は誰あろう、二宮綾だった。
思えば彼女たちはタイプは違うが仲が良かった。バスケの試合に応援に来てもいた。
それでも健二が信じられないのは、綾の運動神経だ。お世辞にも運動は上手いとは言えない。足は遅い方だったし、
体育の授業中の練習でもなかなかシュートが入らなくて悪戦苦闘していた。
チームの中で綾が足を引っ張るだろうことは間違いない。勝ちにこだわる茜の性格からすれば不思議であり、それ
でも決勝まで来てしまうのには驚きだった。

「健二ー、女に負けんなよー」
「俺たちの仇をうってくれー」

彼女らに負けた男子たちだ。決勝戦は男子・女子それぞれの代表の対決となって、クラス中からの注目が集まった。

「おう、任せろ!良太、悟、優勝するぞ!」
「「おお!!」」

綾に勝たせてあげる、というのもありではあるが、健二は頭が回らなかった。
むしろ、男のプライドとして女には勝たなければならない。気合を入れなおして、健二たちはアップを始めた。

「ねえ、やっぱり、私・・・・・・迷惑になってないかな」

綾は心細げに言う。
クラス中に注目されて、元々が内気な彼女は自分のせいでチームが負けることが怖くなったのだ。

「いやー、そんな気にしなくていいよ、綾ちゃん」

あっけらかんと言う千明。この元気少女は勝ち負けより楽しければ良いというタイプなのだった。

「決勝に出られたし。みんなが見てるのってわくわくするじゃん」
「ここまで勝ち残ったのは三人でがんばったからだよ。綾がそんなこと心配しなくて大丈夫。どうせなら、優勝しちゃ
おうよ」
「でも・・・・・・佐藤君たち、すごく上手いんじゃない・・・・・・?」
「まあ、今までで一番手ごわい相手だけど。ちょっと作戦があるんだ」

茜はにやっと笑う。千明が首を傾げた。

「作戦?どんな?」
「とりあえず、私が試してみるから。二人は今までどおりやってて」

茜が視線を逸らせた。その先には、パス回しをする健二の姿がある。

「うまくいけば、綾がうちの秘密兵器になるかな」

ピーッ

教師が笛を鳴らし、試合が始まる。
先攻は茜たちのチーム。健二たち男子三人はゴールを囲むように守りに入った。
ドリブルしながらゆっくりと近づいていく茜。その横から飛び出し、千明が男子チームをかき回しにかかる。

(へっ、そんなもの、お見通しだ)

この二人ならそうした戦法をとってくるだろうと読めていた。健二は千明に悟をつけ、マークさせていた。陸上部の
悟なら千明の動きについていける。
千明がマンマークされたことで、茜はやり方を変えざるを得ない。反対側にいた綾にゆっくりとパスを出した。

「っ!!」

なんということもないパスだが、綾はこぼしそうになりながらキャッチした。あれならいくらでもカットできる。
しかし健二は、ボールを抱きしめるように捕った綾の胸が柔らかそうに歪むのを見てしまった。早熟な果実はやさし
くボールを抱きとめる。一瞬、あのボールになりたいなどと思ってしまい、慌てて雑念を振り払った。
綾はつっかえつっかえしながらドリブルしていく。良太が動いた。彼女はドリブルに精一杯で周りが見えていなく、
隙だらけなのだ。

「綾!」

茜が呼びかけて、ようやく気づいたらしい。茜に向けてパスを放ったが、素早く良太がカットしてしまった。
教師が笛を鳴らした。攻守交替である。


やはり、綾はこのチームで足を引っ張っている。
周りで見ているクラスメートの中にはそのことを野次る者もいて、教師に叱られていた。茜や千明はそ知らぬ風であ
るが、綾は居心地悪げに俯いていた。
健二は罪悪感のようなものを感じたけれど、試合に集中することにした。
千明が良太にボールを返し、試合が再開される。
良太は最初から全速力で突っ込んでいく。健二、悟も両側から上がる。

「パス!」

綾と千明が良太を止めに来て、健二は素早くパスを受けた。
シュートするには少し遠い。
健二はドリブルでゴールへ近づきにいくが、茜がディフェンスに張り付いてきた。

「行かせないよ、健二」

女子の中でも背が高い彼女は健二と身長でほとんど変わらない。パスコースをつぶしてくる技術が巧みで手強かった。

「くすっ」

大人びた、端正な顔立ちがほころぶ。
他の二人も千明と綾がマークしていてパスが回せない。自力で抜けるしかなかった。
それにしても。茜の身体がやけに近い。温かい吐息にドギマギしてしまって、健二の動きが鈍った。
バスケ部で男女混合の練習はときどきやっていた。茜と競り合うことも初めてではない。だというのに、さっきから
彼女を抜けないでいるのはこのためだ。
臙脂色のブルマに包まれた小ぶりなお尻、無駄な肉のない長い脚、そして、綾ほどではないがふっくらとした胸。健二
は茜の肢体から目を離せなくなり、集中できず、勢いを削がれていた。

「フフ」

その微笑が妙に艶かしい。
先ほどの綾の胸も思い出されてしまって、健二の動きはますますぎこちなくなる。

(くそ、なんでこんなときに・・・・・・)

股間が充血し始めて、前かがみになってしまう。

「健二!戻せ!」

悟だ。千明のマークを抜けてきて、健二の後ろに回る。
視線をそちらに移し、パスを送ろうとした、そのときだった。

「ふふっ、だ〜〜め♪」

悪戯っぽく、どこか男の心を惑わす小悪魔のような声音が、耳元でささやいた。

「えっ!?」

気がつけば、茜は触れそうな距離にまで近づいていて、

ふうっ……

生温かい吐息が耳たぶを侵した。
ぞくぞくする、正体のつかめない感覚が背筋を這い上る。

「あ、……ああっ」

途端、すべての力が身体から抜けていった。

「ボールもーらいっ!」

そんな隙だらけの健二からボールを奪い取ることなど、茜にとっては至極容易い。
再び、攻守交替の笛が鳴った。


「どうしたんだよ、健二」
「わ、わりぃ……ちょっと気が抜けてた」

再開を前に、男子チームは集まった。悟がパスを回されなかったことに不満をこぼす。

「頼むぜ。あいつら、思ったより手強い。女子には負けられないからな」

良太も言う。
三人とも、クラスでは運動神経の良さで知られている少年たちだ。運動会、球技大会、マラソン大会といった校内行事
では率先して活躍し、クラスメートから頼られる存在である。そして、そのことに彼ら自身も自信をもっている。
それが、皆の前で女子に負ければ、どうか。
特に茜は女子のリーダー格だ。負けた後しばらく頭が上がらなくなる。
彼らにとってそれは著しくプライドを傷つけることだった。

「よし!やるぞ、即行でボールを奪って、次で決める」
「「おう!」」

意気を上げる二人を横目に、健二はちらっと女子チームに視線を走らせる。

「…………っ!」

綾と目が合った……ような気がした。
いや、気のせいではない。少し不安そうな綾と、相変わらず屈託ない笑いを浮かべた千明。そして、どこか含んだ表情
の茜。
嫌な予感がする。
さっきと同じ手を使ってくるのか。

「もう、惑わされないぜ」

健二は呟き、コートへ戻った。

今度は男子チームが守りである。2点先取で勝ちとなる、単純な3on3。しかし、決勝ともなればクラス中の注目が
集まり、盛り上がる。
歓声を背に、ホイッスルを聞く。
茜のパスを受け、突っ込んでくるのは千明。素早いドリブルで守りの隙間に切り込んでいく。
悟と良太が二枚がかりで止めに行く。
そう。
綾が最初から戦力外なら、茜さえ健二が足止めすれば、戦力的のは男子チームが有利になるのである。
さすがはバスケ部の千明。男子二人がかりにもなかなかボールを奪わせない。けれど、その粘りも援護がなければ
時間の問題である。
健二は茜の動きを牽制しに走る。
残る綾はパスを受けることもドリブルも覚束ない。少し後ろめたい思いが健二の心を痛めたが、最終的には女子に
負けたくない気持ちが上回った。
そんな、迷いを残した健二だから、思わず目を疑った。

「え……?」
「ま、負けないよ、健二くん」

心なしか震えた声音。即座の動きに反応できるとは思えない、硬く不器用なフォーム。
健二の前に立ちはだかって来たのは二宮綾だった。

「うっ、……あ、ああ」

綾は不安と怯えを含んだ表情のまま、じりじりと近づいてくる。
文化系らしい優しげで可愛らしい顔立ち。艶やかで長い黒髪は体育の授業ということで、後ろで一纏めに束ねている。
健二の視界を綾が埋め尽くし、足を止めてしまう。
まるで予想外だったが、考えてみればこれほど有効な作戦もない。
健二を綾が止めていれば、茜は完全にフリーになる。いかに運動神経の良い男子二人でも、茜と千明、バスケ部の
女子二人組相手では分が悪い。
ほの甘い、少女の匂いが健二を包む。いつのまにか健二の方が押され、少しずつ後退していた。

茜は千明の援護に回りながら、二人の様子を観察していた。
一生懸命に健二の動きを妨害しようとマークする綾。距離が縮まるごとに戸惑い、焦りの表情を浮かべる健二。
一瞬、健二と目が合った。
にやっと意地悪く笑ってやる。小馬鹿にしたような、見下すような、嘲笑で。
クラスの情報に敏い彼女は、健二が綾に恋心を抱いていることを知っていた。健二は部活の仲間でライバルといっても
いい相手であり、綾はタイプはだいぶ違うが昔から仲の良い親友だった。
いずれくっつけてやれ、というお節介で二人の仲を確かめていたのだが、こんなところで役に立つとは。
綾には特に何も言ってない。くっつくくらい近づいて健二をマークするように、という指示だけだ。
好きな子にメロメロにされたまま、負けてしまうといいわ。
滑稽なほど術中に嵌まった健二を、茜は嘲笑った。

まずい。
茜の笑みを見て、健二は何事か判然としないながらも危険を感じ取った。
既に千明は茜にボールを送り、二人のパス回しに良太と悟は手が出せなくなっている。

(俺が行かなくては)

そんな焦燥も、目の前の少女の姿に萎んでしまう。
体操服に包まれた、柔らかそうなカラダ。ふっくらとした早熟な果実が服の下で揺れて見えるのは、気のせいでは
ないだろう。そして、細い腰のくびれの下には、艶めかしいヒップとむっちりした太ももがある。ブルマからのびる
太ももは、茜のようなしなやかさではなく、女らしい肉感で男の欲情を煽った。
発育の早い少女の色香は健二には刺激が強すぎた。
こんなに近くでまじまじと見たのは初めてだというのもある。また、綾の大人しい性格のためか、彼女の普段の服装は
やや地味で露出の少ないものばかりだった。体操服は彼女の身体のラインをはっきりと見せ、今どき珍しいブルマが露わ
にしていく。

「……くん、……じ、くん?健二くん?」
「…………えっ?あ……」

完全に綾の肢体に見惚れていた健二は、当の彼女の呼びかけで我に返る。訝しげに見上げる綾の顔。試合中だという
のに我を忘れ、挙句には好きな女の子の身体を貪るように見つめていたのだ。恥ずかしさに健二の頬が熱くなる。

「大丈夫?どこか調子が悪いの?」

対戦相手でも気にかけてしまう優しさというか人の善さが綾にはあった。彼女にしてみれば、なぜ健二が自分のマーク
を抜けずにいるのか不思議でならない。
まさか、自分の美貌とスタイルの虜となってしまっているなどと、夢にも思わないだろう。

「い、いや、なんでも、ない……」

歯切れ悪く答えて、健二が目をそらした、そのとき。
笛の音とともに歓声が上がった。

「「あ……」」

はしゃぐ少女二人と、がっくりうなだれる少年二人。それだけで明らかだった。

「茜ちゃん、千明ちゃん」

綾が二人に駆け寄っていく。茜がV字のピースをし、千明が綾に抱きつく。
クラスの面々の反応も対照的だった。男子たちはため息をつき、男子チームの不甲斐なさをなじった。女子たちは歓声
をあげて、口々に女子チームを称える。その中には、健二を一歩も動かさなかった綾への賛辞も聞こえた。
そして、その合間。茜があの嘲笑を浮かべて健二を一瞥した。
頭に血が昇っていく。まだ1点だ。次で取り返してやる。
健二は頬を思いっきり両手で叩いて気合を入れ直した。

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

健二の気合に水をさすように、授業終了を報せるチャイムが体育館に鳴り響いた。
普通の授業なら皆ホッと一息つくところだが、このタイミングは後味の悪いものでしかない。
担任の教師もそうした空気を知るが故に困惑の表情を浮かべた。

「先生、あとちょっとなんだ。続けようぜ」

男子生徒の一人が言うと、次々と後に続いてがやがや収拾つかなくなっていく。
教師としても、続けさせてやりたい。どうせ後十分もかからないだろう。
だが、この体育は午前中最後の授業で、後に給食の時間を控えていた。
着替えの時間でただでさえ遅くなるのに、これ以上続ければ、給食のおばさんたちにかなりの迷惑をかけることは避け
られない。それは、さすがにまずかった。

「はい、静かに」

一度、手を大きく打ち鳴らして、教師は言う。

「この試合は一旦中断な。次の時間がロングホームルームだから、そこで続きをやろう。先生が体育館に場所とっておく」
「体操服はどうしますか?」
「そうだな。試合の後にも時間が余るだろうから、皆そのままで。それでは、解散。教室に戻ろう」


そんな一連の出来事で、健二たちは釈然としないままに給食を食べている。
クラスの話題はさっきまでのバスケのことばかり。
漏れ聞こえる会話が耳に入るたび、健二は自分が嘲笑されているようでいたたまれない気持ちになった。

(バスケ部の俺が、運動の苦手な二宮を前にして全然動けなかったなんて)

それも、女の子の身体に戸惑って手が出せなかった、なんていう情けない理由だ。

「っ…………」

思い出すだけで、綾の甘い匂いまでが蘇ってくる気がする。そして、あの間近で見た柔らかそうな身体……。
体操服の短パンの中、股間のモノがゆるゆると頭をもたげた。
綾は健二の変化などまるで気づかなかったに違いない。
しかし、彼女の密着寸前のマンマークに、健二は勃起してしまっていたのだ。
自慰を覚えてこの方、健二の性欲の対象は常に綾だった。無意識の罪悪を感じながら、記憶の、想像の、綾を汚し
続けてきた。
それが、その本人が無防備にもすぐ近くに迫ってくる。
健二はつい先日の自慰の記憶にも苛まれ、思わず前かがみになってしまっていた。
茜はそこまで図って健二に綾を当てたのだろうか。
あの、蔑むような嘲りの表情は、少なくとも健二が綾を抜けないと想定してのものであることは間違いない。

(くそっ、女に振り回されてたまるかよっ)

内心、健二はこの試合中断とインターバルに安堵していた。
これで心を落ち着けて再び試合に挑むことができる。

「良太、悟!作戦会議だ、体育館に行くぞ!」
「「「「おう!!」」」」

男子チームの三人以外にも、数人の男子が立ち上がり、教室を走り出ていく。これは男子と女子の戦いでもある。
さっきまでの給食の会話、女子たちの方が元気だったのは気のせいではないだろう。

「いやー、楽しかったー」

千明が屈託なく笑う。
勝ち負けどうこうよりも、とにかく身体を動かすことが大好きな少女だ。
自分は運動が苦手だが、彼女の颯爽とした活躍を見ているだけで楽しい、と綾は感じていた。
次の時間も実質的には体育の授業になって、千明はなによりも喜んだだろう。本当は教室で読書していたりする
方が好きなのだけど、親友の喜びに水をさすつもりはなかった。
それに。
綾も少し、次の試合が楽しみになっていた。
なぜ、健二が自分のマークを抜けなかったのか、未だにわからない。けれど、呆気にとられる綾に次々とかけられた
女子たちの賛辞は純粋にうれしかった。ずっと足を引っ張り続けていた茜と千明の役に立てた、という思いもある。
たぶん、あれはマグレなのだろう。もしくは健二の調子が悪かったのだ。
彼は綾と対峙している間中、視線を彷徨わせ、目が合ったと思えば胸元や下半身をチラチラ見たりしていた。動き
づらそうな前かがみの体勢は、いつもの堂々としたスポーツマンらしい健二と程遠いものだ。頬が少し赤かったので、
熱があるのではないかと本気で心配してしまったが、大丈夫なのだろうか。

「……ねえ、茜ちゃん」

さっきから綾と千明の会話にも加わらず、何事か考えていたらしい茜は、ん?と顔を上げた。

「なに?」
「あの、さ……なんで私、佐藤くんを止められたのかな?」

綾に健二のマークを命じたのは茜だ。彼女なら理由を知っているのではないか。

「そりゃ、ね。綾なら健二ごとき止められると私は信じてたからね」

ニッ、といういつもの笑みを浮かべる茜。けれど、なんともぼかした言い方だ。

「全然動けなかったよね、健二。おかげで助かったよ」と千明。
「でも、佐藤くん……すごくうまいし、バスケ部だし……私が抑えられるなんて、変だよ」

本当の健二があんなものではないことを綾は知っている。
茜や千明の応援にバスケ部の大会に言ったとき、男子バスケ部の試合も見たのだ。背が高くていかにも上手そうな
相手校の選手を何人もドリブルで抜いて、健二はゴールにボールを叩き込んでいた。
あのときの動きとさっきの試合とでは雲泥の差がある。

「綾はもう少し自信を持っていいと思うんだけどなあ」

茜はそう言って野菜スープをかっこみ、続けた。

「じゃあ、作戦会議しようか。逆転負けして、男どもにでかい顔されるのも癪だからね」
「おー!!」
「う、うんっ」

ロングホームルームが始まり、クラスの皆が再び体育館に集まった。
健二たちは昼休みの間、存分に身体を動かして準備し、作戦を練った。
茜と千明の戦術は健二にはわかっている。三人がきちんとプレーすれば負けるはずがないのだ。
健二は、何度も脳裏に浮かび上がってくる綾の肢体を振り払いながら、練習していた。バスケに集中しようとしても、
淫らな妄想が頭を巡り、股間を熱く固くさせてしまう。
いっそのことトイレで抜いてくればよかったかもしれない。
けれど、学校の最中に自慰などすれば、後ろめたさでもう綾の前には出られないような気がした。それに、男子
としてのプライドもある。
幸い、汗を流している内に雑念も払われたようで、昼休みが終わる頃には健二は平静を取り戻していた。良太も悟も
反撃に燃えているし、クラスメートの男子たちも応援に熱が入る。

「な、なんだよ、それ……」

コートで対峙して、健二の口から戸惑いが洩れたのは、茜の格好だった。
鮮やかなブルーのユニフォーム。バスケ部が練習試合などで使うユニフォームに、茜は着替えていたのだ。

「いいでしょ、別に。何着たって変わらないんだから」

しれっとはねつけて、茜は担任の教師に向き直る。

「汗かいてしまったので着替えたんですけど、だめですか?」
「……うーん、ロングホームルームでも授業だからね。本当は部活動と混同してはいけないんだよ。まあ、汗かいた
のなら仕方ない。だが高橋、おまえと原村はバスケ部だからいいが、二宮は……?」
「私の使っていない方を貸したので大丈夫です」
「綾ちゃーん、早く出てきなよー」

千明が呼びかけると、体育館の入り口の陰、更衣室の方から綾が恥ずかしそうに姿を現した。
おおっ、とクラスの皆がどよめく。
体操服のブルマのように、太ももが露わになることはない。お尻のラインもズボンが大体隠してしまう。
しかし、胸元と腋が大きく開いて、上半身はかえって露出が多いのだ。特に綾のようにスタイルが良いと、むきだしの
肩からの二の腕や、僅かにほの見えそうな胸の谷間が眩しい。さらに生地が体操服より薄いせいか、胸の膨らみが
一層扇情的になっていた。
ごくり、と健二は生唾を飲んだ。
男子たちのほとんどが同じ反応を示したに違いない。試合に向けて駆り立てていた女子への敵対心が、みるみる
萎んでいくようだった。
バスケのユニフォームがエロティックであるというだけではない。
体操服なら普段から何度も見ているが、この格好の二宮綾は誰しもが初めてなのだ。

「ね、ねえ、……おかしくないかなあ……」
「ぜーんぜん。よく似合ってるよー、すっごくかわいいよっ」

健二はようやくに振り払った雑念など束の間、再び欲望の淡い火でちろちろと炙られて、頭が真っ白になって
しまっていた。

「じゃあ、始めましょうか」

笑みを含んだ茜の声。それが合図だった。

男子チームの攻めで試合は再開される。
悟が千明にボールをパスし、それが投げ返されたところでゲームスタートだ。
男子チームにはもう後がない。ここで1点取っておかなければ勝ち目がほとんどなくなってしまう。

「いくぞ!」
「「おう!!」」

気を取り直すようにかけ声して、素早くパスを回していく。
一方の女子チームはしっかりとゴール前を固めていた。
茜と千明が左右に、少し下がって真中に綾がいる。

「…………」

その姿を視界にとらえるだけで、健二は集中力が乱れ、足が止まりそうになるのを感じた。
両手を前に突き出し、へっぴり腰気味に踏ん張る、なんとも不器用なディフェンスだが、健二にはあれが抜けそうな
気が全くしない。
それでも、勝つためには綾のところまで行かなければならないのだ。茜と千明のディフェンスを抜いてシュートが
決められるのは健二しかいなかった。
じりじりと距離を縮めていく男子チーム。
焦れて女子が守備隊形を乱すのを待つ作戦だ。今までにもバスケ部の男女混合試合で気づいていたが、千明はこういう
ときに我慢しきれず飛び出す傾向があるのだ。
かくして、予想通り千明は引っかかった。
良太が悟へパスを送ると、猛然と千明がカットに飛び出していく。その穴を埋めるように茜も動く。

(しめた!)

「悟!」

完全にフリーになった健二ががら空きのゴール下へ走る。ロングパスを受け取り、ドリブル。
歓声があがる。女の子たちの甲高い悲鳴も。
綾は通せんぼするように前に出てくる。その表情は緊張で張り詰めていた。
ドリブルを続けながら、最短距離でシュートができるポイントを探す。俯き気味に、綾の方を見ないように。なんて
ことない女子部員だと思い込もうとした。
なんとも男子として情けないが、他に対策が思いつかない。
だというのに。

「はぁ、あっ……ふぅ……あぁっ」

艶めかしいため息が耳たぶをくすぐる。
緊張しているせいなのだろう。綾はやけに息が荒くなっていて、それが妙に色っぽいのだ。

(なんだよ、おい。こんなの反則だろ……)

なんでもエロく妄想してしまうのはこの年頃の男の子としては仕方ないことである。だけれど、それがこのような場面
では、健二にとって歯痒い思いしかない。
背筋がムズムズするような感覚をおぼえ、耳たぶが熱くなっている。

「あ、はぁ……あぅ、んっ……あ、あっ、ふぅ……」
「…………っ!」

綾の吐息に耐えられなくなって、強引に振り切ろうとした、そのときだった。

「やあぁっ」

そんな喘ぎのような声をあげて綾が仰け反る。拍子に、健二は一瞬だがしっかりと、見てしまった。
めくれて胸元がくつろいだユニフォームから、ピンク色の可愛らしいブラが覗いたのだ。
少女の発育中の果実を優しく包む下着。
男子なら誰もが憧れるそれを、決して忘れまいとするかのように網膜は焼きつく。
そして、完全に意識はそちらに向いてしまっていた。

「あ……」

(やべっ!)

とっさにボールを拾い上げたものの、ドリブルが止まってしまったのである。
クラスメートたちもどよめく。一気にシュートを決めるかと思われた健二がこんな些細なミスを犯したのだ。
まだボールは健二の手にあるが、ダブルドリブルになってしまうためにこれ以上動けない。
誰かにパスするか、この位置からシュートするか。
しかし、良太も悟もしっかりマークされていて、パスを受けられる体勢ではない。
少し遠いが、ここで決めるしかない。健二は一つ深呼吸して、ゴールを見つめた。

(いける!)

少し膝を屈め、シュートの体勢に。
綾はどうしてよいかわからないというように、腕を大きく伸ばして妨害しようとするだけだった。
なるべく彼女の方を見ないように、あの荒く艶めかしい息遣いもシャットアウトして、ゴールだけに集中する。
いつも通り、毎日練習している通りにやればいいのだと言い聞かせて。

(う)

そうして、溜めた力を解放するように全身を伸ばした瞬間。股間に違和感が走った。

「ああっ」

なんとも情けない声をあげて、健二はボールを放してしまう。
へなへなと舞い上がったボールは、ゴールの縁に当たって跳ね返る。男子たちから落胆の、女子たちから安堵の
ため息が聞こえた。
だが、今はそれどころじゃない。

「綾、リバン!」
「あ、……う、うんっ!」

リバウンドを捕ればまだ好機はある。逆に捕られれば大ピンチだ。
良太と悟、それに、茜や千明も駆けてくる。しかし、健二たちの方が近い。そして、さすがにバスケ部で、
綾より速く、健二は動いていた。

(く、くそっ)

健二はまた顔をしかめた。股間の違和感。勃起したペニスがトランクスの中で動きを邪魔するのだ。綾の色香に
魅入られた代償として、彼自身の身体が彼を裏切っていた。
さっきのシュートでも、包皮から僅かに顔を出した亀頭が擦れて、健二はバランスを崩してしまった。
狡猾な少女の罠に嵌められ、恥ずかしさと悔しさに煮えくりかえりながら、ボールを追う。


健二と綾はほとんど同時にボールを捕らえた。
なんといっても男子の方が力は強い。健二は女子への配慮も、相手が綾であるという気遣いも失って、無茶苦茶に
ボールをねじ捕ろうと力をこめる。
けれど、綾も負けてはいなかった。
ぎゅっと抱きしめるようにボールにしがみつく。そして、柔らかく早熟な身体が健二の胸に飛び込んできた。

「う、うああっ」

二人はそのまま倒れ込んだ。
綾は全くそんなつもりなどなかったに違いない。けれど、健二にとってはずっと間近で見せつけられ、生殺しに
され続けていたのだった。
むせ返るような熱く甘ったるい女の匂い、幾度も妄想した豊満な肉体。
ムッチリとしたお尻が股間に押しつけられて、健二は危うく果てそうになった。

ピーーーッ

「ストップ、ストップ」

さすがに見かねて教師が駆けこんできた。
健二はともかく、相手は綾なのだ。優しく穏やかで、運動の苦手な少女である。ボールの取り合いになったときも
すぐに手を放すだろうと楽観していたのだが、思わぬガッツを見せて慌てさせられた。
彼らのチームメイトも駆け寄ってくる。

「二宮、怪我はないか?」
「……だ、大丈夫です」
「交代した方がいいんじゃないか?」
「大丈夫です!」

ゆっくりと起き上がる綾を茜と千明が支えた。

「ナイスガッツだよ、綾ちゃん!」
「うん、ありがとう」

少し誇らしげに綾は頷き、ボールを抱きしめた。女の子たちの歓声があがる。

「綾、千明、ここでトドメさしちゃうよ!」
「らじゃー!」「うん!」

試合再開のホイッスルが鳴る。
茜が健二にボールを送り、それを返す。

「ねえ、健二」
「ああ?」

他の誰にも聞こえないような声で、茜はささやく。

「そこ、膨らんじゃってるよ?試合中に何考えてるの?ヘ・ン・タ・イ」
「…………っ」
「あんたこそ交代した方がいいんじゃないのぉ?」
「う、うるせえよ!」
「ふふふっ♪」

だが、もうほとんど試合にならなかった。

「そーれっ♪」

バレーボールみたいなかけ声で茜は綾にパスする。
ゆっくりと山なりで捕りやすいパスだ。普通なら敵チームはいくらでもカットできそうな。
良太と悟がボールを奪おうと殺到する。しかし、明らかに出遅れていた。息も切れ切れで動きが悪い。

「千明ちゃん、えいっ」

そうしているうちに綾へ渡り、すぐさま千明へとパスが送られる。再び走る男子たち。

「茜ちゃん、パース♪」

茜へ。千明へ。綾へ。再び千明へ。茜へ……。
そのたびに男子たちは右往左往させられ、徐々に足元さえおぼつかなくなってゆく。
啖呵を切った健二だが、綾の身体の、お尻の感触が残ってまともに走ることもできない有様だった。
良太と悟ではバスケ部女子二人の相手ではない。
もてあそばれ、なぶりものにされて、動けなくなるまでスタミナを削られていった。

「ほらー、良太くん、しっかりー」
「やーん、惜しいー。がんばってー」

ひどいのは見ている女子たちが男子チームを応援しだしたことだった。

「悟くーん、遅れてるよー。陸上部でしょー」

揶揄するような、からかうような歓声が飛び交う。
最初のうちは他の男子たちも憤激して声を張り上げていた。しかし、ほとんど一方的な展開になってしまうと、
彼らもうつむいて黙り込むしかなかった。
そんな公開処刑は、男子チームが動けなくなり、綾が初めてのシュートを決めるまで続いた。
その後一カ月ほどはクラスの男子は女子に頭が上がらなかったようである。


そして……。

「う、くぅ……」
「おい、どうした、健二」
「す、すいません、先生。ちょっとトイレ行ってきます」
「またかよ。最近おかしいぞ。大会も間近で、スタメンのおまえがしっかりしてくれないとな」
「スイマセン、すぐ戻ります」

慌ててトイレに駆け込む健二は何故か前屈みだった。

「く、くそぉ……なんで、なんで、こんな……」

個室に入り、ズボンとトランクスを下す。半ばほど包皮を被ったペニスが勃起していた。

「う、ううぅ……」

あれ以来、綾とまともに顔が合わせられない。だというのに、綾は少しスポーツへの劣等感が拭われたせいか
活動的になって、健二にも積極的に話しかけてくるようになった。
そのことは悩ましいが、まだ嬉しい部類の変化だ。
けれど、彼女の身体の感触はバスケに結びついて思い出され、そして茜たちから受けた侮辱的な仕打ちも共に
蘇ってくるのであった。
それは部活中、バスケットボールの練習中に、突然健二を襲う。

「ああっ、ああああ……」

そのたびに健二は前屈みでトイレに走るのだった。女子バスケ部からの蔑むような視線を感じながら。
佐藤健二の「不調」はさらに半年ほど続いたようである。






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