怪盗十六夜2
シチュエーション


話は、怪盗十六夜が調教師の屋敷に侵入する前の晩に少しさかのぼる。
その日、完全に秘匿されたネットワークを介して極秘の会議が開かれていた。
『月光』と呼ばれる閉鎖回線にアクセスできるのは、この町に15名しかいない『満月会議』の会員のみ。つい先日まではそうだった。

「本日も『十三夜』と『小望月』は欠席ですね」

『新月』という名前でログインしている者の、ボイスチェンジャーを介した男とも女ともわからない声が電子の空間に響き渡る。
このネットワーク上の空間にいる者は、それぞれ新月から満月に至るいずれかの月齢を名乗っている。文字のみで参加する者もいるし、声を直接発する者、まったく喋らない者もいた。

「これで一か月の欠席続きだね。既に物理的にアクセスできない状況に置かれていると考えるべきじゃないかな?」と子供のように変声された声で言ったのは『十一夜』。
「例えば、警察に拘束されているとかね」と『既朔』が合成音アイドルの奇怪な抑揚で発言する。
「わたくしの直感では、先日逮捕された水師と人材派遣の胴元が『十三夜』と『小望月』かと」と『上弦』から文字が打ち込まれた。

彼らは互いの素性を知らない。満月会議はそもそも犯罪多発地帯と化した『月と約束した町』の本性を隠蔽するために場当たり的に連合しただけの存在だ。
共同して町を管理していくという意識だけはあるけども、互いに信頼などしていないし仲間意識も存在しない。
もちろん町の最有力な15人となれば互いの本名を推測することも可能だ。しかしそういった詮索をしないことがこの組織の最大のルールだった。
そのため『満月会議』の構成員が音信不通になった時には、何が起きたのか推測することしかできない。

「我々は互いの素性は知らないが、これまでの活動で互いの力量は身にしみているはずです。『十三夜』『小望月』の両名もまた、裏でも表でも大きな力を持った存在だったことは疑いがない。そしてこの街の有力者が打倒された例は極めて少ない」
「怪盗十六夜……」

ネットワーク上がにわかにざわめきの坩堝と化した。その名前の持つ大きな存在感はすでに影となって満月会議を覆っていた。

「怪盗十六夜か……」
「我が欲するこの世に二つとない宝ここにあらず、そう書き残すだけで何も盗まぬ奇怪な盗賊のことだな」
「しかも屋敷の主人の悪事を暴いていく。警察など我らの思うがままですが、悪事の証拠を公開されては街の秩序を守るために逮捕させざるをえないです」
「たとえ悪事を暴かれたのが満月会議の構成員であったとしてもね」

悪事の証拠を大々的に公表されてしまった人間が逮捕されなければ『月と約束した町』が悪徳の温床であることがばれてしまう。
そうなったら観光客のよりつくはずもなく、ただの犯罪者の巣窟になってしまってはどう考えても惨めな末路しか待っていない。
『満月会議』がこの街で利益を上げ続けるには『月と約束した町』を美しく幻想的な観光の名所であると偽り続ける必要がある。
怪盗十六夜はこの矛盾を鋭く突いて満月会議を自縄自縛のジレンマに陥らせたのだ。

「我々の力が我々を縛るとは」
「悪魔のような娘だな」
「でもそう考えると一つおかしいよね」
「なぜ人身売買の証拠が公開されていないんだ?」
「奴の目的は何なのだ」

『満月会議』の主な収入源は人身売買である。当然だがその構成員は多かれ少なかれ皆この犯罪に手を染めている。そして人身売買の証拠を公開すれば『満月会議』に有効なダメージを与えられるはずだ。
だがこれまで怪盗十六夜は人身売買に関してだけは証拠を公開していない。満月会議を恐れているために証拠を手にしても握りつぶしているのかもしれないが……

「それに関して、私に一つ報告したいことがあります」

『新月』が変声機ごしに真面目な声を発した。

「怪盗十六夜の目的が何か。それは彼女自身が既に明かしています」
「と言うと?」

「我が欲するこの世に二つとない宝、ここにあらず」

怪盗十六夜の置手紙に残された、彼女を象徴するセリフ。

「それには隠されたメッセージがあると?」
「ところでイザヨイというのは日本の言葉で『満月の翌日の月』を意味するそうです。なんとも謎めいた言葉ではありませんか」

突然の話題転換にわずかに場がざわめいた。

「つまり怪盗イザヨイは日本人だということ?」
「それよりも、イザヨイというのは我ら『満月会議』を明らかに意識した名前だな」
「満月に翳りをもたらすもの……あるいは、満月を追う者という意味か」

実は十六夜というのは怪盗少女たる望月陽炎の先祖が十六夜忍者と呼ばれていたことに起因するのだが……

「我々満月会議、そして日本人。これらのキーワードを結びつけると一つ思い当ることがありませんか?」
「先日さらった日本人の高校生か。確か……ユイ・タカラとか言ったっけな」

修学旅行でこの街にやってきた高校生の集団の中でもとびきりの美少女が二人いた。それが望月陽炎と高良唯。
観光客に手を出すのは基本的にご法度なこの街において、満月会議の誰かが堪えきれずに手を出して高良唯をさらったことは既に誰もが知るところだ。
ただし今、誰が唯という少女を所有しているのかは、さらった本人だけしか知らない。
『新月』の言葉は続く。

「彼女の姓であるタカラは宝と日本語で発音が同じです。そしてユイというのは日本語で『ただ一つ』を意味する『唯一』という言葉を暗示する」
「ならば怪盗イザヨイの言う『我が欲するこの世に二つとない宝』とは」
「誘拐された高良唯という少女のことでしょう。つまりあの言葉は、『自分は高良唯を探している』という我々へのメッセージに違いない」

怪盗の出現と誘拐された少女を関連付けて考えることができるのは、さらった当事者である『満月会議』の人間以外にない。
つまり、怪盗十六夜の目的が『満月会議』だけにわかるように意図されたメッセージだったのだ。


「イザヨイの正体はユイ・タカラの家族か友人、あるいはそれに依頼された者だ」

『新月』が結論付けた。まだ高良唯の親友である陽炎にまでは特定していないものの、恐ろしい嗅覚で怪盗十六夜の正体に迫っていた。

「そしておそらく人身売買の証拠を公表していないのは我々に対する脅し。高良唯にもしものことがあったら証拠を公開するぞ……とね」
「……なるほど!」
「さすがは『新月』。冴えていますね」
「メッセージというのは相手に受け取らせる意図があるから放つもの。我々に受け取ってもらいたくて送られたメッセージをたまたま私が受け取れただけで、別に自慢するほどのことではありませんよ」

謙遜する『新月』だったが、賞賛されて気分が高揚しているのは声の調子でわかる。

「つまり怪盗イザヨイには高良唯という少女を餌として使えるということ。そして唯という少女に危害を及ぼさない限り、人身売買の証拠は公開されないということ。これがわかっただけでかなり対策が変わってきます」

実際に怪盗十六夜は親友の名前を出されたことに激高して不利を承知ながらも調教師の屋敷に突入したのだから『新月』の読みは見事だった。

「そして人身売買の証拠を確実に隠蔽するためには、怪盗イザヨイを捕らえて吐かせるしかないということです。拷問なり調教なりで、ね」
「楽しみだ……」

それこそよだれをたらさんばかりの声が漏れた。それはこの場の総意でもある。

「彼女の行動パターンを解析して次に狙われそうな有力者をリストアップしておきました。むろん私には満月会議の皆様の素性はわかりませんが、リストに名前のある方はより念入りに警戒されるとよいでしょう。
特に軍用犬調教師の方……誰とはいいませんが……のところに訪れる可能性が高いと思います。それでは各自怪盗への備えを怠らぬよう……」
「いつもながら『新月』の手配に抜かりはないな」
「実りある会議だったね!」
「次に会うときは、怪盗イザヨイの泣きわめく姿を見せてもらいたいものだわ」

満月会議の面々が次々にログアウトしていく。怪盗少女への備えと、彼女に対する拷問や調教の準備のために。
そして……『新月』もログアウトすると、端末の前で微笑を浮かべる。

「うふふ。陽炎……あなたは最高のお友達ね……」

ボイスチェンジャーをはずしてみれば、それは日本人の少女の声音だった。
かくして怪盗十六夜を狙う罠は、すでに彼女が調教師の屋敷に浸入する前の晩に張り巡らされていたのだった……

場面は怪盗十六夜が調教師の屋敷に浸入した夜へと戻る。
二階の隅にある客間の窓から飛び込んだ怪盗十六夜、望月陽炎を出迎えたのはやはり犬だった。
窓枠に手をついてひらりと降り立った少女の足へと、部屋の隅の死角から飛び出した数匹の犬が飛びかかる。
しかし犬たちの突進はひらりとかわされ、勢いあまって壁に激突した。陽炎の姿はその時には既に宙を舞っている。

「熱烈なお出迎えね!」

次々と飛びかかってくる犬たちを右へ左へかわしながら、陽炎は部屋の扉に手をかけた。
ドアノブが回された瞬間、ドアが内側に吹き飛ばされるような勢いで開いた。廊下側で待機していた犬たちが扉に体当たりをしたのだ。
ドアノブを握っていた陽炎は扉で撥ね飛ばされたはずだったが、部屋の内に突入した犬たちはどこにも怪盗少女の姿を見いだせなかった。
その時、陽炎は犬たちの真上にいた。扉の向こうで犬たちが待機していると察知した彼女は、ノブを回すと同時に真上に跳躍して開いた扉の上に音もなく降り立っていた。
犬たちが部屋の中を探っている間にドアを盾にして陽炎は廊下に出た。すぐに右手から突撃してくる犬の群れが見えた。

「一体何頭いるのっ!?」
『日本人を出迎えるのだぞ? 敬意をこめて101頭に決まっている』
「そんなに……?」

思わず萎えそうになった気力を親友への想いで奮い起こす。陽炎はあらかじめ把握しておいた間取りを思い出しながら、犬たちに向かって身がまえた。
人間を大きく上回る瞬発力と体力を秘めた獰猛で巨大な軍用犬。陽炎のような非力な少女がひとたび喰らいつかれれば、抵抗する余裕もなく牙と爪の餌食となるだけ。
しかし反応の速さはフェイントへの弱さと同義である。そして陽炎はフェイントに最も長じた種類の人間……忍者だった。

「十六夜忍法、水月!」

右に逃げると見せかけて身を沈め、飛ぶと見せて退き、身構えたと思いきや羽のように相手の頭上を飛び越える。
絶妙にして変幻自在のフェイントを前に、犬どもの爪も牙も陽炎の影すら捕らえることがかなわない。

「いける!」

十頭近い犬の半ばまで突破した陽炎は、フェイントの影を右に見せた上で大きく跳んだ。
突進した犬が自分の足元を抜けていくのを見ながら羽毛のように犬の群れの背後に着地する。
しかしその瞬間、陽炎の細い脚になにかが絡みついた。

「え……?」

思わず足元を確認するより早く、右足がもぎ取られるように後ろに引っ張られた。

(そんな……!?)

着地のバランスを無理矢理に崩された陽炎は、受け身すら取れずに地面にたたきつけられる。

「あぐっ!?」

肺から空気が絞り出されてあまりの激痛、酸欠、苦悶に陽炎は胸を押さえて身をよじった。

(痛い……痛い……)

涙の浮かんだ瞳で、それでも生存本能にしたがって手足で地面を掻きながら、必死に後ろを振り返る。
そこにいたのは当然ながら獰猛たる犬の群れ……しかし犬たちはこちらにとびかかってはこない。その必要がなかった。
動いている時には見えなかったが、犬たちの口には目に見えないほど細い糸が咥えられていた。
そして陽炎が跳躍した瞬間に犬は糸を空中に振り回し、彼女の右足首を見事に絡めとっていた。
そう、今、犬たちの咥えた糸は縄となって陽炎の足を完全に縛っていた。哀れにも地に落ちた無力な獲物はすでに犬たちの口の中に捕らわれていたも同然だった。
あまりの恐怖に陽炎の全身がすくんだ瞬間、犬たちはことさらにゆっくりと陽炎の体を引き寄せて行った。

「い、いや……! いや!」

引きずられる体、近づいてくる犬どもの群れ、その恐怖が陽炎を突き動かす。
手足をばたつかせて必死に地面をつかみ足の縄をほどこうとした。
しかし抵抗の甲斐もなくずるずると地面を引きずられた陽炎は犬の群れへと引き寄せられていく。

「あ……あ……」

地獄の番犬のような軍用犬の巨体がどんどん迫ってくる。
体重で言えば陽炎の二倍はありそうな力の塊のような体躯は興奮で震え、剥きだされた牙は獲物を引き裂く瞬間を今か今かと待ちわびている。
想像をはるかに超える恐怖が陽炎を襲った。今の陽炎は調理台の上に置かれた哀れな餌だった。
犬たちがその気になれば陽炎の体は一瞬で血と肉のミンチへと変わる。失禁しないのが不思議なくらいの恐怖が陽炎を金縛りにした。

「やめて……やめて……」

ついに彼女は抵抗をやめて必死に体を丸く縮こまらせてしまった。がたがたと震える体、歯の根は合わずにカチカチと震え、目からはついに哀願の涙さえ零れ落ちた。
犬どもがのっそりと歩き出し、身を固くする怪盗十六夜の柔らかい体に興奮で熱を持った鼻面を押しつけた。

「や……っ」

びくっと身を震わせる陽炎の耳元で一頭の犬が高々と咆哮した。屋敷どころか街全体すら震わせそうな獰猛な叫びが少女の可憐な耳を貫いていく。

「ひあ!」

魂すら吹き飛ばされるような咆哮によって少女の戦意は完全に打ち砕かれた。

「ゆ、許して……もう許して……」

頭を抱きかかえるようにした両手に、犬が器用にくわえた紐を縛りつけ、大きくばんざいをさせるように両腕を左右に引っ張った。

「なにを……する……つもりなの……」

仰向けになった体を腕で隠そうとするが、拘束する軍用犬にとっては陽炎の腕力など虫けらに等しい。怪盗装束を豊かに押し上げる胸元と帯に締められた腰が、完全に無防備に犬どもの鼻面の前にさらされた。

「やだよ……」

いやいやをする陽炎だったが、軍用犬は自重する様子などさらさらなく、陽炎の拘束されていない方の足にも縄を縛り付ける。

「ひ……っ」

何をされるか本能的に察した陽炎が足をぴったりと閉じる。しかし必死の抵抗などなんの甲斐もなく、犬たちは陽炎の足を強引に左右に引っ張って行った。

「い、いやぁ……」

ついに怪盗十六夜は手足の自由を完全に奪われた。標本のように大の字になり、両手両足をそれぞれ犬の支配下に置かれてしまっている。
せめて足を閉じようと、あるいは無防備な胸を守ろうと、彼女は必死に身をよじるが、強引に開かされた腕も足もまったく自由にならない。
陽炎の顔が覆面ごしにも真っ赤に染まっているのがわかる。全身に力を入れているからだけではない。服こそちゃんと着ていれどほとんど恥辱と言っていい姿勢のせいだ。
だが……彼女の苦難はそれで終わらなかった。

「え……っ?」

軍用犬が次々と陽炎の体に群がり、彼女の乳房やおなかのにおいをすんすんと嗅いだ。身を固くした少女にいきなり牙をむき出して、そして抵抗できない肉体に牙を突き立てた。

「いやあああっ!」

陽炎がぎゅっと目を閉じ首を振って絶叫した。
しかし予想に反して痛みはなかった。恐る恐る目を開けた陽炎は、ひっと泣きそうな顔になった。
群れをなす軍用犬の牙には怪盗十六夜の装束が断片となってこびりついていた。犬は陽炎の服だけを切り裂いたのだ。安心などできるはずがなかった。
しかも犬たちはただ陽炎を剥こうとしているわけではない様子だ。

(わ、私の装備を……奪ってるの……?)

犬がすんすんとにおいをかぐたびに、どういう理由でか怪盗十六夜の装束に仕込まれた道具や武器が看破され、服ごと引きちぎられる。
足袋に仕込んでいた蹴り用の寸鉄は生地ごと持っていかれて、小さな足が剥き出しになったところを戯れに犬になめられて陽炎の口から悲鳴が漏れた。
膝から足首、また肘から手首を覆う生地にも針金が仕込まれていたので、鉄より固いのではないかと思われる犬の牙がまとめて持っていく。
彼女の顔は特に犬に念入りに嗅ぎまわられたが目元を覆う覆面には何も道具を仕込んでいなかったため、犬たちは「ふん……」と残念そうに唸って鼻面を引っ込めた。

(こんなに隠し道具を持ってくるんじゃなかった……)

陽炎は泣きべそをかきそうになった。道具をたくさん隠し持っていただけに犬たちの発掘作業も入念を極めた。
お気に入りの怪盗衣装はずたずたに引き裂かれて、肩やおへそ、太ももの柔肌が剥き出しとなって犬のねばつく呼気にさらされる。
さすがに下着には仕込みがなかったので犬の牙は免れたが、懐に挟んでおいた携帯食糧を持っていかれるついでに斬り裂かれてしまった。
和風の怪盗装束でも下着だけは女子高生に相応のものだ。豊かな乳房を隠すブラジャーは支えを切られて二つのふくらみの上にポンと置かれているだけ、秘所を隠す下着は今にも千切れ飛びそうなありさまだった。

(いや……こんなの……早く終わって……)

水着よりもきわどい露出状態で半裸と言うよりだいぶ裸に近い。全身に衣類の残骸を絡みつかせたまま陽炎はあまりの羞恥に目を閉じて、この時間が早く過ぎ去るようにと祈ることしかできなかった。

「おやおや、なんともいい眺めではないか」
「ひっ!」

唐突に声を掛けられて、陽炎の口から甲高い悲鳴が漏れた。

「や、やだ……見てるの……?」
「ああ、一部始終をじっくりと」
「変態……見ないでよ……」

犬に見られるのと人に見られるという意識とでは天地の開きがある。未だかつてこれほど男に肌を見せたことはない。
陽炎は顔を真っ赤にしてもじもじと身をよじった。その動作で双丘を包む下着がずり落ちそうになり慌てて動きを止める。

「駄目だな、犬が肌を見せるのを恥ずかしがっていては」
「私は……犬じゃないわ……」
「そうかね?」

軍用犬調教師が不思議そうにつぶやくと、唐突に彼女のそばの犬が彼女の頬をべろりとなめ上げた。

「ひっ……!」
「落ち着きたまえ。それ、犬と一緒に深呼吸だ」
「きゃあっ、やめなさい、変態ッ!」

今度は犬の鼻息で下着を吹き飛ばされそうになり、陽炎はじたばたしながら身をよじった。
だがこのやり取りで少しだけ恐怖が紛れた。犬たちが獰猛な野獣ではなく、調教師の意思のもとに統率されているとわかったから。

「変態……か。それでは、この変態のもとに来てもらおう」

陽炎の手足を紐で拘束していた犬たちがやおら立ち上がり、一方向へと歩き出した。
彼女は身をよじって抵抗するが、犬たちの断固とした力に抵抗できず、床をずるずると引きずられていく。

「ちょ、ちょっと……ちょっと待って!」

陽炎は顔を真っ赤にして叫んだ。
彼女の秘所を隠す千切れかけた下着が、床にこすられてますます危うくなってきていた。このままでは下着がとれてしまう。

「うっ……」

陽炎は必死でおなかに力を込めると、腰を浮かせて下着を床から離した。その分背中がこすれて乳房を隠す下着の方が危うくなるが、背に腹は代えられない。
腰を突き上げるような卑猥な姿だったが、性の知識に乏しい陽炎はその態勢に羞恥を覚えるより先に、下着を守ることで精いっぱいだった。

「やっ……やだっ……」

必死で顔でいやいやをしながら腰を浮かせ、胸の下着がずれないように体をよじる姿は、当人の自覚はないがとても嗜虐心をそそった。
磔とも晒しとも引き回しとも違う、人間御輿とでも呼ぶべき道行き。そのすべてを追う視線があることに彼女は気づいていない。

(早く……早く終わって……)

幸い今度は長くは続かなかった。地下に下りたと思ったら先行していた犬が器用にドアを開け、陽炎は中に運び込まれた。

「ようこそ私の雌犬よ」

ソファーに座り壁のディスプレイを眺めていた男が立ち上がって陽炎を出迎えた。
偉丈夫と言っていい男だ。精悍な顔立ちにローブに包まれた筋肉質な体躯を見る限り、調教師としてだけでなく軍人としても一流であるとの評判は伊達ではない。
じかに聞く声も渋いバリトンで、なかなかに魅力的と言ってよかった。ただし変態であることを除けば……
一方、陽炎は壁のディスプレイに目が釘付けになっていた。

(と、録られてる……)

彼女が半裸に剥かれていく光景と人間御輿の一部始終が、彼女の悲鳴や哀願とともに克明に記録されているのだ。
顔はかろうじて覆面で隠されているとはいえ、こんなものが世に出回ったなら自分はもう生きていけない。
だが今の陽炎には優先するべきことがあった。

「唯は、唯はどこ?」
「ん? 何の話だね?」
「珍しい日本の雌犬がいるって……言ったじゃない!」

陽炎のさらわれた友人である高良唯がこの屋敷にいると匂わせた言葉だった。いるとしたらここしかない。

「おお紹介しよう」

調教師はソファーの後ろから何かを引き出してきた。とても唯とは思えないほどの、それは……

「秋田犬と呼ばれているそうだな。ハチコウという犬の話を聞いた時は三日三晩泣きあかしてしまったよ」

どこからどう見てもただの犬。陽炎の親友なんかではなかった。
陽炎の顔が一気に険しくなった。先ほどまでの泣きべその顔はあっさりと消えた。

「だましたのね」
「嘘は言っていない。君が誤解しただけではないか?」
「でもだまそうという意図はあったでしょう」
「……あった」

ごく正直に調教師は認めた。

「じゃあもう用はないわ。帰らせてもらいます」
「両手足を縛られた身でどうやって帰るというのだね?」
「こうやってよ」

陽炎は口元をもごもごした。桜の花びらのような可憐な唇から銀色の何かが顔をのぞかせる。

「それは、犬笛!?」

調教師が驚く。陽炎のおもてに会心の笑みが浮かぶ。

「切り札は最後までとっておくものでしょう?」

陽炎の加えた犬笛から人には聞こえぬ音波が響き、彼女を縛る犬が口にくわえた紐を落とした。
拘束を脱した陽炎は手足のひもを解くと、片手で胸を隠しつつ後ろに下がった。その顔に、不敵な笑み。
犬たちは従順にこうべを垂れて、その場の支配権は完全に陽炎に移っていた。

「なぜ私の犬への命令手段を知っているのかね?」
「あなたがただの調教師なら命令を知る方法はなかった。しかしあなたの育てているのは軍用犬……つまり兵器。兵器は誰にでも扱える規格がないと意味がない」

陽炎はあらかじめ調教師の育てた犬を別の施設から一匹盗み、犬笛での命令方法を完全にマスターしてからこの屋敷に挑んでいた。
軍用犬なら与えられた命令には絶対に従い、陽炎と調教師の命令が競合したら行動不能に陥るだろう。そうでなければ兵器としての信頼性がない。そこまで読み切っての行動だ。

「では先ほどの悲鳴や哀願は演技だったのかね?」
「必ずしも、そうではないんですけどね」

陽炎は内心の震えを押し殺して強気を装う。
犬の獰猛な牙に恐怖を感じたのは本当だし、裸にされそうになった時は本気で恥ずかしかった。
切り札の犬笛を使わなかったのはあくまでここに潜入した目的が親友の安否を知ることだったからだ。この部屋に連れ込まれるまでは無力な獲物を装う必要があった。

(でも、他の装備が全部奪われてしまった)

犬笛は本当に最後の切り札だった。失敗したらもう本当に後はない。
この部屋の入り口はすでに軍用犬が固めており、いくら陽炎でも犬笛なしでは脱出は不可能だ。
もしなにかあって作戦が失敗したら、陽炎は再び犬の牙に囚われる運命から逃れられない。
今の陽炎は絶望の泥沼に藁一本で浮いているような、極めて危険な状態だった。

「犬に命令できない以上、生身では私の方が上手です。降参しなさい」

右手に握った犬笛をいつでも吹けるよう構えながら陽炎は降伏を迫る。その手足が怯えに震えているのを調教師に見られないよう、声だけは強気を装って。

「ふむ……そうするしかないようだ」

調教師は両手を上げた。陽炎は想像以上の安堵が全身を浸すのを感じた。ここまで身と貞操に危険が迫ったのは初めてだった。

「まず私の映像を完全に消去してもらいます。それと……私に服を貸しなさい」

やや顔を赤くして陽炎は矢継ぎ早に命令した。男の前で裸同然でいることなど、意識してしまっては恥ずかしすぎた。そこに彼女自身気付いていないごく僅かな隙があった。

「その前に一つ片づけておかなければいけないのだが、いいかね?」
「……あとにしなさい」
「いや、男にはどうしても処理しなければならないのがあってな」

調教師は何とローブの前を勢いよくはだけた。露出狂そのものの動きで自らの股間を剥き出しにし、絶大といっていい肉棒を天に向けてそそり立たせた。

(な、なに!?)

まったく唐突に出現した生まれて初めて見る男性器。それも射精寸前にまで勃起したものを見て、陽炎の思考が一瞬だけ固まった。
その瞬間に調教師は全身全霊を振り絞るような絶叫を上げた。

「伊賀の水月!」

その股間の雄物が倍近くにまで膨れ上がり、次の瞬間に溜弾のような質と量の白濁液が撃ち出されていた。

(なにあれぇっ!?)

飛んできたのがナイフだったら陽炎はかわすことができたはずだ。
だが射精というあまりにも衝撃的な、というより馬鹿馬鹿しい攻撃を前に彼女の反応は致命的なまでに遅れ……結果として、直撃を受けてしまった。
ばしゃあというバケツでもぶちまけたような豪快な音。彼女の肩、胸、顔の下半分、そして右手に、ねっとりとした白濁の塊が炸裂してこびりついた。
少女に向かって射精することは男の破廉恥な願望といえるが、ここまで堂々としていてはむしろ男らしさしか感じない。

「き……きゃあああ!」

陽炎は絶叫した。性に稚拙な彼女でもそれが何なのかは噂だけだが知っていた。
その場でじたばた足踏みして唯一無事な左手で必死に顔を拭くが、むしろ肌に精液がすりこまれるような錯覚を覚えた。

「あ、あ、あなたっ、なんてものひっかけてくれるの!」
「そんなことを言う余裕があるのかね?」

調教師は妙にさっぱりとしたいい表情で陽炎の右手を指差した。
陽炎が恐る恐る右手を見る。そして心の底からの恐怖に震えあがった。
彼女が右手に握っていた銀色の犬笛が、べとべとの精液まみれになっていたのだ。

「ふははははっ! さあ、犬に命令するがいい! 私の精液にまみれたその笛に口をつけられればの話だが!?」
「あ……」

陽炎は精液でべとべとの犬笛を思わず見つめた。内部まで粘体に覆われた笛は、たとえ口をつけても音など出るとは思えない。

(う……)

陽炎は、絶望の淵ですがっていた最後の切り札が粉砕されたことを悟った。
犬を失った調教師を無力と侮った陽炎の油断。いや、油断しなくても、犬笛を射精で狙撃されるなど予想できたはずもなく。
棒立ちになって呆ける陽炎に、数十頭の犬がじりじりと迫った。もう抵抗する手段も逃げ出す手段も何もない。

(そんな……もう……)

打つ手は完全に尽きた。
絶望に冒され、顔に施された白濁の化粧をぬぐうのも忘れて、陽炎はぺたんとその場にお尻をついてしまった。覆面に隠された目元から涙が次々に溢れて伝った。
牙を剥き出して近寄ってくる犬たち。その強靭な四肢を前にして陽炎の背筋を恐怖が貫く。

「やだぁっ!」

身も世もない叫びを発して陽炎は必死に跳んだ。がむしゃらな飛翔で犬の包囲を抜けようとする。
しかし犬の反応の方が早かった。先ほど陽炎を捕らえた者よりもさらに太く固い縄を軍用犬はすでに口にくわえていた。四方八方から放たれた縄の網が蜘蛛の巣同然に彼女を覆った。
哀れ蝶のごとく、跳躍した直後には陽炎の手も足も縄に絡めとられ、もがく肢体を一気に引きずり下ろされて受け身も取れないまま地面にたたきつけられる。

「いたい……痛いよ……」

背中を強く打って、怪盗少女の覆面の下に涙がにじむ。衝撃で胸を覆う下着がどこかへいってしまい、ふるんと剥き出しになってしまった白いふくらみを必死に手で隠す。
再び立ち上がろうとしても、犬たちが動き回って彼女の体に二重三重に縄を巻き付け、バランスを崩して何度も転んでしまった。そのたびに縄がさらに絡んでくるという悪循環。

「やだ、やだっ!」

パニックになって手足をばたばたさせると縄がさらに絡みつき、跳躍どころか身を起こすのが精いっぱいなまでに自由を奪われてしまう。
この時には既に犬はただ縄の一端をくわえて立っているだけだというのに、陽炎が自分で自分の自由をどんどん奪っていってしまう。
本来は人が犬を縄で繋ぐものだが、今の陽炎は犬に家畜同然に繋がれてしまっていた。もう……逃げられない。

「や、やだ……こないで……」

じりじりと近づいてくる興奮した犬から、お尻を引きずって陽炎は後ろに下がる。もう芋虫のように這う自由しか彼女には与えられていない。その自由もすぐに奪われるのは明白だった。
秘所を隠す下着がついに千切れて地面に落ちたが、それよりも軍用犬への恐怖が勝った。
服を完全に失って女の子の大事な部分を手で隠しながら後ろに這って行った陽炎は、ついに部屋の角に背中がぶつかってしまった。

「やめて……やめて……」

涙を流して陽炎は哀願した。そこには凛々しい怪盗十六夜の面影はまるでなく、ただ猛獣の恐怖に怯える無力な少女がいるだけだった。
犬たちはことさらにゆっくりと嬲るように少女に迫る。壁の一角を完全包囲されて、少女にはもうどこにも逃げる場所はなかった。

「いや……やだよ……」

肌色の柔らかい肢体を必死で縮める怪盗十六夜を、今度こそ犬どもは引きずり倒した。
犬どもの山のような体躯の中に、ぶるぶると怯えて震える少女がついに囚われた。今こそ犬たちが少女を思うがままに蹂躙するときだった。
必死にそむける顔から覆面をはぎ取って美しい顔をあらわにし、ばたばた暴れる細い手足を器用に縄で縛りあげた。

「いやあああああっ!」

手と足と胴とをがんじがらめにきつく固く縛りあげられた全裸の少女が、ついに泣きわめいて絶叫した。軍用犬は勝利の勝鬨を上げた。
泣きじゃくって暴れまわる少女を前足で抑えつけ、剥いた牙で縄を強く引き絞るたびに、少女の体は壊れた人形のように無理な姿勢にねじり上げられ、隠すすべのない乳房やお尻、そして秘所が搾り上げられるように晒される。

「痛い、痛い! やめてっ、おねがいだから……やめてええぇぇ……」

犬たちが乳房に嬉々として鼻面を押しつけ、ざらついた舌で秘所を舐め上げるたびに、陽炎は悲痛な叫びを上げた。
無理な体勢による呼吸困難で陽炎の意識がかすれる。悲鳴が途切れ、反応が弱くなるたびに、犬どもは綱を引き絞った。

「ひいいっ……」

少女は両足を開いたまま無理矢理に反りかえされ、後頭部がつま先にくっつくほどの海老ぞり状態で豊かな乳房と秘所をおしげもなくさらした。
大輪の花束のような裸体に、犬どもが舌を這わせ牙を甘く食い込ませる。陽炎は気絶することも許されず、痛みと恐怖に泣き叫ぶ。

「痛いよやめてよおっ!」

犬どもがその体位に飽きたらまた綱を引き絞り今度は両足を真横に開かせる。怪盗の柔軟な関節はよく開脚に耐えたが、180度を超えて開かさせられると、苦痛のあまり息の詰まった陽炎は首を左右に振って瞳から涙をこぼれさせた。

(こんな……恥ずかしい……痛い……はずかしい……いたい……)

ぴったりととじていたはずのお尻も秘裂もわずかな隙間を開いて、ふるふると震えながらも張りつめた股関節にここぞとばかりに五匹ほどの犬がいっせいにむらがった。
ざらざらした舌を未成熟な性器――陰核や膣内、尿道やお尻の穴にまで容赦なく這わせ、ヤスリで削るような刺激をあたえる。

「ひっ、いゃ、ひゃん、ひゃああん!」

敏感な部分への強すぎる刺激に、陽炎は途切れることなく悲鳴を上げる。それによって犬たちは少女の弱点を学んだらしい。
股間に群がっていた犬たちが一斉に退き、少女が思わず安心の吐息を漏らした瞬間、ひゅんとうなった縄が少女の股間にぴったりとあてられていた。

「ひっ……」

綱の両端を犬たちが獰猛な顎の力で引くと、少女の股を引っ張り上げるほどにきつく綱が食い込んだ。

「や、や……やめて……」

力のない哀願を漏らす陽炎の姿は犬をさらに興奮させるだけだ。犬どもが力いっぱい綱を引くと、少女の一番敏感な部分を荒縄がごりごりと擦り上げた。

「ひやあああああああっ!!」

陽炎が身をよじるがどこにも逃げられない。舌による責めをはるかに上回る股縄責めの破壊力に、少女は痙攣すらしながら悶え苦しんだ。
味をしめた犬たちは、さらに次々と縄を咥えて、少女の乳房を絞り上げると先端の可愛らしいピンク色をも激しく縄で擦り上げた。

「ふあっ、ひいっ、ひゃ、ひゃめてぇえ……」

息も絶え絶えの様子でひくっひくっと全身でしゃくりあげる少女に、ゴリゴリゴリとえげつない音を立てて縄の責めはいつまでも続いた。

(ダメ……もうなにも……かんがえ……られないよ……)

立て続けの責めは陽炎に思考する余裕を与えず、少女の全身は抵抗する力を失って犬になぶられるままに身悶える。
縄は複雑な知恵の輪のように少女の自由を幾重にも奪い、引き絞るごとに華奢な裸身を万華鏡のようにきりきりと変形させ、女の子の大事な部分を様々な体位で犬たちに提供する。
日本の縁日に詳しいものなら、宝釣りを想像するだろう。だがこちらは非常に良心的だ、どの縄の先にも大当たりしか存在しない。
どの縄を引き絞っても、怪盗少女のあられもない緊縛姿を様々なバリエーションで鑑賞できるのだから。

「ゆるして……おねがい……」

陽炎はすでに犬たちの玩具だった。苦痛と恥辱、恐怖と絶望の底に叩き込まれて、泣いて許しを乞うだけの少女を、飽きることなく犬どもはいつまでも嬲り続けた。
敗北した怪盗十六夜の悲鳴と犬どもの咆哮は、満月から一つ欠けた月夜にどこまでもどこまでも響いていった……






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