指名手配ミルキー第二話
シチュエーション


「おい、カズヲ」

唐崎はスポーツ新聞を無機質にめくっていた。首を覆うギプスが見るからに痛々しい。

「はいっす?」
「バイバイキンてなんだ?」

画面をクリックし終えたカズヲが出力機から流れ出るプリントを確かめる。

「それ、子供アニメに出てくるキャラクターの台詞っすよ。先輩、どこでそんなん覚えたんすか?」
「別に…どこでもねえよ…」

(んだよ、アニメの台詞か…)

『じゃあね バイバイキン』

頭から離れなかったあの台詞の出典先が判明し、唐崎は肩を回しながらページをめくった。

「痛てぇっ」
「先輩、その首ホントに自分で捻ったんすかぁ?」

背中を丸めて震える7年上の先輩をカズヲが眼鏡を押しながら観察している。

「まさか…それ…」
「うるせいっ、今、俺は新聞読んでんだよ」

年季の入った扉が音を立てて開くと、毎度の如くヒンジが外れる。雷警部がハンカチで
顔を拭きつつ階上から戻ってきた。
上官にたっぷり絞られたらしく、手に持たれた始末書ファイルが半端ではない。
机上へ粗雑に放り投げた。

「あちゃぁ…」

唐崎は指の隙間からそれを覗く。

「聞いてくれ、諸君」

机をファイルで叩いて注目を呼び込むと、決定したばかりの内容を伝達する。

「本課は今からミルキー専門特別捜査班になった」

忙しそうに動いていた課員たちが一斉に止まり驚きの声を揚げた。
プリントアウトしたばかりの資料をカズヲが椅子を倒しながら掲げる。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっす。じゃあ、今、調べてるこの事件はどうなるんすか?」

「ああ、わしも信じられん。信じられんが新しい案件は勿論、継続案件も全て1課と2課へ
回せとの指示だ。我々は怪盗ミルキーを逮捕することだけに特化しろと。おそらくドブ掃除
終わるまでは戻ってこなくていいと云う意味合いだわな」

ただでさえ謎の怪盗とくれば注目度が高いのに、それに加えあの容姿―。

「煩すぎるくらいマスコミが取材に来るからやりにくいんだよな、ったく」

推測で埋まった社会面の見出しを見ながら唐崎が呟いた。

「つまり、あっしらにその対応も押し付けるてことっすかね…」
「ことっすな」

雷が壁に掛かる時計と自分の腕時計を見比べている。

「本日19時からミーティングを行う。各自、あの泥棒小娘の情報をまとめておけ、いいな」

不平の入り混じる溜息が湧き起こったが、雷警部は自席に座り、眉間をつまんだ。

「おつかれさまでした警部。熱いお茶です。どうぞ」
「おお、すまんね…」

卓盆を胸に抱き、女署員が細い手で湯呑みを丁寧に置いた。雷が両手でそれをすする。

「ん…ああ〜いいお茶だわい。千秋ちゃんこれなんだね?」
「よかったです。うちのおばあちゃんが警部さんへぜひこれをと預かってきたんです。
おばあちゃんもきっと喜びます」

髪をピンで束ね、虫も殺さないような質素な顔立ちした女は満面の笑みで喜んだ。
その穏やかな声質と爽やかな清潔感はいつも忙しい3課の男達を自然と癒してくれた。

「警部、ミルキーの件ですが…」

唐崎がラグビー上がりの巨体で華奢な千秋を大きく弾き飛ばしてしまう。

「お、わりいな。名塚、どこか打ったか?」
「いえ…大丈夫です」

なにやら打ち合わせに入った唐崎を名塚千秋は遠巻きに見つめた。
小声で話し合う二人の手元にキラキラと輝くイギリス宝飾展のパンフが見える。

「で、次にミルキーが狙うとしたら……だから…おそらく…」

唐崎の真剣な横顔が警部を睨む。

「名塚さんどうしたの。唐崎くんが気になる?」
「きゃっ」

声に反応し、唐崎と雷が振り向く。
口を丸く開けたまま二人の話を覗いていた名塚は、我に返り、手を振った。

「違います。沙川先輩。私も怪盗ミルキーの逮捕になにかお役に立ちたいだけで…
別に唐崎さんを見てたわけではないです」
「そんな否定せんでもええがな…」

唐崎がギプスを指で引きながら喉を楽にさせた。

「千秋ちゃんもミルキー捕獲に参加するかね?」
「あ…いえ…そいうわけじゃ」
「ふふふ、名塚さんはいいのよ」

盆で顔を隠す千秋の横を沙川が薄笑いしながら横切り、持ってきた資料を唐崎に渡した。
何枚かめくると唐崎が自信ありげな顔つきに変わる。
さりげなく沙川の手が唐崎の腰を撫でたのを千秋は見逃さなかった。

「よし、利香。今度はおまえも一緒に来いや」
「いいわよ、私も特命捜査なんかより通常業務に早く戻りたいし、それに駿也と
私が組めばすぐ解決するでしょ」

長い髪を手で後ろへ流し、沙川が二つ返事で承諾した。
学生時代モデルもしていたその肢体がタイトなスーツに包まれている。
開いたシャツから覗く胸元は男性陣に眩しすぎる。

「あれ、千秋ちゃんどうしたっすか?」

卓盆を抱えた千秋が早速2課へ届け物しようとしていたカズヲの横を通り過ぎていく。

「な、なんでもないですう」

人影をよけながら給湯室の方へ走って行く後ろ姿を、カズヲはプリント用紙の隙間から見送った。






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