機装怪盗PTフィズ
シチュエーション


「いたぞ!…あそこだ!」

警改人間(警察用改造人間)の一人が指す方向にサーチライトが集まる。
その光に照らされた噴水…天へ溢れる水流の頂きに少女は立っていた。

膝の上まである鎧のような白いブーツ、
中世の貴婦人が着るドレスを超ミニにアレンジしたようなワンピース状の白い衣装、
二の腕まで保護するゴスロリグローブも、小さな羽の付いたリュックもやはり白。
それを彩るアンクレット、ブレスレット、コルセットなどのピンクや金の装飾……
ただ、頭部だけは…所々ウェーブの効いた長い金髪の上に…
ハイテクを思わせるヘッドフォン状のインカムを装備。
そこからヘッドマウントディスプレイと思われる半透明のバイザーが伸びている。

半透明故に幼さの残る端正な顔もかなり遠くからでも瞳まで視認出来る。
その顔が可愛らしくも挑発的に微笑む。それでいてどこか愛らしい…
既に世界中の注目の的である怪盗『Fizz』の可憐な姿。

その怪盗に多数の警改人間達は噴水の周囲を固めるだけ。
そう、常識で考えれは噴水の立ち上る水の上に立つなど無理だから…ではなかった。
どういう理屈か『Fizz』は宙を自在に舞う。飛べるのだ。
だから噴水の上に立つことも不可能ではない。
…警改人間の一人が少女怪盗まで一気に跳躍、肉薄するが…途端に少女は姿を掻き消す。
…視覚や聴覚、臭覚など認識能力を強化された警改人間すら欺く立体映像……

『Fizz』が多用する技の一つ。これまでも何度となく警官達の注意を引き付けきた。

「みろ!…あそこだ!」

別の警官が叫ぶ。その怪盗も実体である保証は無いが…警官達は追うしかない。
先程の跳躍よろしく警改人間は運動能力も強化されている。
その彼らより早い速度で怪盗は疾走するのだ。
…それでも警官も負けてはいない。数で勝る彼らは袋小路に少女を追い込んだ。…が、

「な?……消える?!…やはり虚像か?」
「いや待て!…うわっ!」

屈強な警官が不意に転ぶ。幻影には不可能…実体を持つ怪盗の仕業に間違いない。
…光学迷彩。これも『Fizz』の能力の一つ。虚像と実体…どちらも消えるのだ。

これが捕獲に困難を極める理由の一つでもあるが…
…最大の理由は。

「…警察の皆様、ホントにごめんなさい☆…お仕事、いつもお疲れ様です♪」

街灯の上に立つ怪盗少女はそう言って頭をペコリと下げる。

「それじゃあ…お休みなさい…またね☆」

怪盗の身体がふわりと夜空に浮かぶ。
ふわふわドレスのミニスカートが夜風にめくれるが…
幾重にも重ねられたペチコートが下着の露出を許さない。

タンポポの花のようなお尻をツンと突き出すと…光の矢のように離脱する。
こうなると監視衛星の超探知能力ですら追尾不可能…
今宵も怪盗少女の一人勝ちだが…警官達は全く悔しそうではない。
職務には全身全霊で臨むがその上で逃げられたのだ。恥じることではない。
あの可憐な怪盗を捕えずに済んだ…そんな安堵すら浮かぶ。
『Fizz』の最大の武器は『皆から愛される』…その魅力にあるのかも知れない。


「……急がなくっちゃ!……今日のは生放送だから…スタジオで速報やるかも……っ」

夜空を翔ける怪盗少女は独り言を囁きながら光学迷彩全開でTV局へ突っ込む。

『桃木 志由様』と書かれた控室まで駆け抜けると装備を慌ただしく脱いでいく。
…ブーツはヒールだけではなく中身まで上げ底…シークレットシューズだった。
標準サイズに見えたバストはブラを外すと…少女特有の初々しい膨らみ…
ゴスロリグローブも生地が厚く紅葉のような小さな手を大きく見せていた。
金髪のウィッグを取りインカムを外すと髪は美しい黒に…少々長いめのおかっぱに……

そう…特定の層から圧倒的指示を受けるロリ系アイドル…
彼女…『桃木 志由』こそが『Fizz』だったのだ。

控室にはフリルの可愛いショーツだけの志由以外誰もいない。
それでも少女は独り言のように問う。

「服はどこ?…どんな衣装?」

その言葉が終わる前にスゥっと可愛い衣装の少女が現れて指で示す。

「こんな衣装でそこにある。急いで!…本番まであと5分!」

志由は双子だった?!…その場に誰か居たならそう思っただろう。
声も姿もそっくりの志由が志由に向かって言ったのだ。そして半裸のほうの志由が謝る。

「ごめんね、すぐ着替えるからデコイも楽屋に戻して…」

言いながら可愛いミニドレスを着ていく志由に既にそれを着ている志由が消えながら…

「てゆか間に合わないからトイレで交替ね…服を投影すれば余裕なのに…」

姿が消えると声も志由のものではなくなる。同じ年頃の少女の声だが…

「だから…裸で歩けるわけないでしょ!…立体映像は触れないんだから……///」

見た目は着衣でも志由本人の皮膚感覚は裸…。恥ずかしいに決まっている。

「その『触られたらバレる』ホログラムに身代わりさせてるのは誰よ?」

言い返す声の発信源は…鏡の前に置かれたクマのぬいぐるみ……

「仕方ないでしょ!…急に仕事入ったんだもん!
 あとお願い、…いつもごめんね、ピーチ♪」

ピーチと呼ばれたクマのぬいぐるみは仕草で溜め息を表現して駆け足の志由を見送る。

………

トコトコと歩き志由が散らかしたフィズの衣装を片付けるクマのぬいぐるみ…
これこそが普通の少女である志由が怪盗と成れる理由にして唯一の味方だった。
あらゆる電子機器をその管理、支配下に置ける超テクノロジーの結晶。
『闇の世界』…その異常な科学力の産物だ。
現実の…一般の世界の裏で全てを牛耳る彼ら。だが志由にとっては両親の仇敵……
志由は彼ら『BARTENDERS』の悪事を白日の元に曝す為に怪盗となったのだ。
形見である超テクの塊、ピーチを公開する手段もある。
だが、巨悪はあらゆる手段…マスコミによる情報操作でそれを封殺してくるだろう。
一介の少女にそれを防ぐことは出来ない。
だから逆に情報操作しようもない派手な事件を起こす。
…彼らの武器であるマスコミを利用して自らを世間に注目させる。
こんな超技術が存在することを世に知らしめる。
自分の身をピーチで守りつつ戦う唯一の手段…それが『怪盗』だったのだ。

(でも……危険すぎる……)

クマのぬいぐるみから立体映像が浮かぶ。…ピーチと呼ばれる超AIの本来の姿……
身長は志由と同じくらいながら…シルエットは大人の女性そのもの。
巨乳とは言えないが形の整った双乳、くびれたウエストに桃のような成熟したヒップ…
羽根こそないが『妖精』と言う形容が1番しっくり来るだろう。
全体に大きくウェーブのかかったピンクの長髪から覗く美しい顔に憂いが浮かぶ。

…『Fizz』の正体が敵にバレた瞬間に敗北は必至。
怪盗としての特性上、敵はいくらでも罠は仕掛けられる。
『Fizz』が世に出て三ヶ月……これまでは『敵』の気配を感じなかったが……
自分達だけの特権である超技術を遊びのように晒されて黙っている訳がない。

(これまで動きが無かったのは必勝を覆さないため……)

超AIは思う。いずれ来る『組織』の者との戦いは厳しいものとなるだろう。

(………それでも………っ)

志由を護りたい。美しい電子の天使は決意を眼差しに込める。

その想いが試される時が間近に迫っていることまでは……
流石の超AIにも予測不可能だった…………。






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