前嶋涼子
シチュエーション


「ふむ、10時からの顧客は・・・前嶋涼子、24歳か。初めての客だな」

予約表を確認しながら元谷はほくそ笑んだ。
いそいそと棚から香を取り出して炊き始める。
あまり広くはない施術室に甘い、不思議な香りが立ち込めた。

「ふっ。この香で落ちない女はいないからな」

ピンポーン

来客を告げるチャイムが鳴った。

「いらっしゃいませ」

低く、よく通る声で元谷は本日最初の獲物を笑顔で出迎えた。

前嶋涼子は、胸元にフリルをあしらったブラウスに細身のスーツを美しく着こなし、一見すらりと華奢な印象を受ける出で立ちでドアの内側に立っていた。
だが、フリルを形良く押し上げる豊かな胸元と、張りのある腰から太股へのなまめかしいラインを元谷が見逃すことはなかった。

(ほほう…これはこれは)

元谷は内心で舌なめずりしながらも、それを微塵も表にあらわすことのない穏やかな笑顔を崩さぬまま涼子を迎え入れた。
「前嶋様、ですね?お待ちしていました。どうぞこちらへ」
入口でソワソワとどこか落ち着かなげに室内を見回す新規客を、元谷は慣れた所作でラウンジへ通していく。
促されるままにおずおずと室内に入った涼子が、まるで何かの覚悟を決めたかのようにラウンジの椅子に腰を掛けると、すかさず目の前の円テーブルに温かい湯気の立つガラスのティーカップが置かれた。
思わず涼子が顔を上げると、カルテらしき書類を手にしたマッサージ師がにこやかに微笑みかけていた。
涼子の心臓が、ドキン!と跳ねた。

「当店へようこそ、前嶋様。鷺坂様からのご紹介、ということでしたね」
「あ、は、はい、そう…なんです」

涼子は元谷の言葉にそう答えながら、会社の同僚の鷺坂芳恵からこの店の話を聞き出した時の事を思い出して思わず俯き、頬を赤らめた。
その様子を元谷は、先程までの微笑みとは明らかに質の違う歪んだ笑みを口許に浮かべながら舐めるような目線で見つめていた。

「鷺坂様には、いつも御贔屓にしていただいているのですよ」
「え?あ、そうなんですか」

(御贔屓って、芳恵ったらそんなにあしげく通ってたのかしら…)

回想に想像も加わり、益々顔が赤くなる涼子だった。

「はは、そう緊張なさらずに、その薬膳茶でリラックスしてください。お客様方にもご高
評いただいている当店のオリジナル茶です。」

薦められて涼子は、ガラスのティーカップに手を伸ばした。匂いを嗅いでみると、香ばしさに混じって仄かに漢方薬のような香りもするが悪くはない。

「いただきます」

一口飲み、続けて二口三口と口にする度、液体が納まる腹の中が、ぽかぽかとあたたかくなっていくのが感じられた。

「いかがです?お口に合いましたでしょうか?」
「はい!おいしくて、それにおなかがなんかあったまるみたいです」
「ほう、よくお気づきですね。このお茶は体内の血流を良くし、身体をあたためる作用
があるのですよ」

平生、常にエアコンの効きすぎるオフィスでのデスクワークを強いられ、足腰の冷えに悩まされていた涼子には恵みのお茶に思えた。
「へえー、私冷え性だからとてもありがたいです」

涼子は、飲み頃の温度に調節されていたカップの中のお茶を、一息に全て飲み干した。

「それは何よりです」

ゆったりとそう言いながら元谷は、したたるような笑顔でその様子を見守っていた。






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