哀れで可憐な生き人形
シチュエーション


学校の目の前にそびえる長い長い坂道を、俺は『遅刻坂』と呼んでいる。
距離にしておよそ80メートル。急傾斜のそれは、どうにか遅刻すまいと走る俺に容赦なくトドメをさすのだ。
今日も今日とて懲りずに寝坊をした俺は、いつも通りこの地獄坂を駆け登っていた。
夏も既に本番とでも言わんばかりに、照り付ける太陽が俺のうなじをジリジリと焼く。流れる汗を拭うついでに愛用の腕時計を見遣れば、時刻は無情にも遅刻3分前を指していた。
ちくしょう、このままだと二週連続遅刻の記録をさらに更新しそうだ。しかも、今回は反省文だけじゃすまないだろう。

「おはよ、遅刻王!」

頭を抱えそうになっている俺を、威勢のいい声が風とともに追い越して行く。ポニーテールを揺らしながら必死に自転車を漕いでいるのは、同じクラスの真山チサトだ。
上り坂のせいで思うようにスピードが出ないのか、よろよろしながらそれでも元気にペダルを漕いでいる。

「誰が遅刻王だ。この遅刻女王が!」

言い返しながら、俺も早足でチサトに追いつく。遅刻常習犯達の、いつもの朝である。
ジワジワとやかましく鳴いている蝉達が、そんな俺達を嘲笑っているようだ。

「へへへっ、確かにお互い様か。って!あたし、今日遅刻したら本当にやばいんだってば」

「あ、奇遇だな。俺もだ」

「なら尚更喋ってる暇がないじゃん。今何分前?」

「……2分きった。」

「げげっ、嘘でしょー!?」

相変わらずチサトは朝から元気だ。
目まぐるしく変わる表情を観察しながら、俺は苦笑した。笑ったり慌てたり、落ち着きのないチサトは今日も健在だ。

……が、今はのんびりと談笑しているヒマはない。
見渡せば、通学路に俺達以外の人はいないのだ。
坂はまだ三分の一しか登っていない。どうやら今日も遅刻確定らしい。

「こりゃ反省文と一週間の居残り清掃は確定だな」

「いやー、あたし今日こそは早く帰りたいのにぃ!」

俺だってそうだ。
自業自得とはいえ、毎日の居残りはいささか堪える。おまけに指導する教師は鬼軍曹と異名を持つ鬼塚だ。それだけは遠慮願いたい。
くそう、時間が戻ってくれるならそうして欲しい。
むしろ……

「時間よ止まれ、ってな」

冗談めかしてそう呟いた瞬間、世界中の音が消えた。
やかましく鳴いていた蝉や絶え間無く走る車の音がピタリと止んだのだ。

「あ、あれ?」

自分の耳に異常が起きたかと一瞬だけ疑うが、思わず呟いた自分の声は正確に聞こえてきた。
慌てて周囲を見渡す。周囲を覆う違和感の正体に気づいたのは、チサトの様子からだった。
先程からチサトが動かないのだ。
いや、チサトだけではなかった。正確には周囲のあらゆるものが、その動きを止めていた。
車道を走っていた車も少し前で餌を啄んでいた烏も、どれもひとつとして動かないのだ。そう、まるで時間が止まったかのように。

「チ、チサト……?」

不安になり、俺はチサトに声をかける。
立ちあがって自転車を漕いでいたチサトは、ペダルを踏もうとした瞬間のまま動きを止めていた。
普通ならば、自転車はペダルを漕がないとたちまちその場に倒れてしまうだろう。しかし、自転車はチサトを乗せたまま、見えない何かに支えられるようにその場で静止しているのだ。
まさか本当に時間が止まっているというのか。俺の呟きが、天に聞き入れられたとでもいうのか。

ふと、目の前のチサトを見遣る。時を刻むのを忘れたチサトは、まるで精巧な人形のようだ。
元気よく揺れていたポニーテールも、ふわりと弾んだ状態のまま動かない。
言葉を紡ごうと開きかけた口や、小粒の真珠のような白い歯。俺を見つめていた大きな目、それを縁取る長い睫毛。改めて間近で見ると、チサトの整った顔にドキドキしてしまう。
男子顔負けの活発さを持つチサトだが、動かぬ今ではただひたすらに可憐だ。
慌てて視線を伏せると、今度はチサトの胸が視界に入る。
自転車を漕ごうと前のめりになっているせいで、第二ボタンまで開いたワイシャツから谷間が丸見えだ。
しっとりと汗を吸ったワイシャツは、それでなくても彼女の素肌を透かしている。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
うっすらと浮いていた汗が、形のいい鎖骨を伝って流れて行く。
その様子を見ながら、半ば無意識の内に俺はチサトの胸に手を伸ばしていた。一瞬の躊躇いを押し殺し、思い切ってその膨らみに触れれば、むにゅっと柔らかい感触が返ってくる。
着痩せするのだろう、予想外に大きい。
普段こんなセクハラをしようものなら、もれなくチサトの回し蹴りが炸裂することだろう。しかし、チサトは何食わぬ顔でそれを受け入れる。完全に時間が止まっているのだ。
しなやかの内に秘めた女性らしさを、彼女は知らず知らずの内に弄ばれるしかない。
その事実に、思わず股間が熱くなる。照り付ける暑さが、まるで俺の理性を溶かしてしまったかのようだ。
むしゃぶりつきたくなる衝動をどうにか抑え、俺はチサトの背後に回り込む。
自転車を立ち漕ぎしていたチサトは、尻を突き出した体勢のまま恥じらいもなくパンツを曝している。パンチラならぬパンモロだ。
パンチラ派を自負する俺だが、これもこれで非常に好きだ。無遠慮に尻を撫であげると、スベスベとしたサテン地の下から柔らかい感触を押し返してくる。
バスケをしているだけありほどよく筋肉がついているが、それでも柔らかさは損なわれてはいないようだ。
割れ目に沿うように指を這わせていけば、ぷにぷにとした秘所を捉える。
クラスメイトの、普通ならば決して触れることの出来ない部分。しかも、本人はそれに気づくこともない。
圧倒的な征服感。

秘所を守るこの薄布を取り払うことも、彼女の身体を好きに弄ぶことも時が止まった今ならばたやすいのだ。
心臓の音がうるさいくらいに俺をせめたてる。それは良心の呵責か、はたまた抑えきれない期待感か。
その動悸にせかされるように、俺は哀れで可憐なその生き人形に手を伸ばしたのだった。






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