神聖騎士エルシオン 魔人ベルゼブブ編
シチュエーション


春休みが明けて、今日から新学期だった。

私立天空学園高校──それが、吉沢朋美(よしざわ・ともみ)の通う高校の名前だ。

二年花組の教室に入る。
ホームルームが始まる前の喧騒が、教室の中を満たしていた。
一年のときと同じクラスになった生徒もいれば、初めて顔をあわせる生徒もいる。すでにメール
や携帯電話の番号を交換しているものたちもいた。
クラス全体が打ち解ける前の、独特の雰囲気だった。
黒板を見ると、自分の席順が張り出されている。
席の前に進むと、二人の少女が歓談していた。
ひとりはロングヘアで長身のスタイル、もうひとりはボブカットで小柄な体つきをしている。

(すごい……綺麗な子)

朋美は思わずため息をついた。
タイプは違えど、いずれ劣らぬ美しい少女たちだった。アイドルも顔負けのルックスに、自分の
ほうが気後れしてしまう。

「あ、えっと……」
「初めまして」

ロングヘアの美少女が涼やかな口調で告げる。
背中まである黒髪は、朋美がため息を漏らすほど綺麗な光沢を放っていた。すらりとした肢体は
モデルのようにしなやかだ。
淡いブルーを基調とした制服の胸元を、豊かなバストが押し上げている。メリハリの利いた体は
高校生離れした色香を醸し出している。

「あたしは月読瞳子(つくよみ・とうこ)。今日から同じクラスね」

その隣から、

「日高蛍(ひだか・ほたる)でーす!よろしくねっ」

栗色の髪の少女が、底抜けに明るい態度で挨拶をした。
瞳子とは違い、小柄な少女だった。肩のところで切りそろえた髪と可愛らしい容姿は、まるでア
ニメに出てくるヒロインのようだ。

「初めまして……私、吉沢朋美です」

朋美は丁寧に頭を下げた。

「わたしと瞳子ちゃんは一年のときから同じクラスなのっ」

蛍が張りのある声で言った。
先ほどからにっこりとした笑顔を絶やさない。見ているとこちらまで幸せになりそうな、太陽を
思わせる笑顔だった。
一方の瞳子は、その名のとおり月──
クールな美貌は笑みひとつ浮かべない。

「吉沢さんとは初対面でしょ、蛍。はしゃぎすぎよ」
「初対面じゃないよー。ついこの間、会ったばかりじゃない」
「えっ?私、あなたたちとは今日初めて会ったと思うんだけど」

朋美が口を挟む。

「……バカ」
「あ……そっか、初対面だね」

瞳子の冷たい台詞に頭をかく蛍。
朋美は、二人の会話の意味が分からず首をかしげた。
と、

「あれ、瞳子に蛍じゃん。二年生でもお前らと同じクラスかよ」

声をかけてきたのは一人の少年だった。短髪を逆立て、大きめの瞳が強い光を放つ。いかにも元
気そうな容貌だ。

「立花くん」

瞳子が振り返る。
少年は、三人の少女の輪に馴れ馴れしく割って入った。

「また一年、俺と一緒でうれしいだろ」

自信たっぷりの態度で言い放つ。キラキラと光る目は、瞳子だけをまっすぐに見ていた。
あまりにもあからさまな態度に、朋美はポカンとなった。
初対面でも一目瞭然だ。
彼は──瞳子に恋をしている。

「今年もよろしくね〜、花太(はなた)」

蛍が嬉しそうに笑った。

「いやー、蛍は素直だよな。瞳子も嬉しいだろ?な?な?」
「嬉しい?どうして?」

瞳子はあっさりと言い放つ。見た目どおりの、いや見た目以上にクールな少女だった。

「ただの腐れ縁じゃない」
「……相変わらずつれないよな。もっと素直になっていいんだぜ?」
「蛍は嬉しいかもしれないけど、あたしにとってあなたはただのクラスメートよ。それ以上でも以
下でもないの」

瞳子が無表情に告げた。

「いや、ほら……俺に対するひそかな恋心っていうか……」
「寝言は寝てからにして」
「ツンデレ属性持ちか、お前。ンな照れなくてもいーだろ」
「……沈められたいの?」

瞳子の視線が絶対零度にまで変化する。

──どうやら花太の思いは完全に一方通行らしい。
報われない恋、というやつだった。

「うう……あいかわらず冷たい」

花太は「ガーン」などとつぶやきながら、暗い顔で落ち込んでいる。三人のやり取りがおかしく
て、朋美は微笑んでしまう。

と、そのときだった。

「っ……!」

脳内で、チカッ、と閃光が走る。


自分にのしかかる巨大な黒い影──
長い髪をなびかせ疾走する少女──
衝撃と爆風──
鋼のぶつかり合う音──
股間を襲う痛み──


瞳子と蛍を交互に見つめた。
心臓がいきなり早鐘を打ち出した。

「あの……」

朋美がつぶやいた。

「私、あなたたちとどこかで会ったことがある?」
「さあ、なんのことかしら」

瞳子が軽く首をかしげた。
クールな美貌がまっすぐに朋美を見つめる。見ているだけで吸い込まれてしまいそうな、神秘的
な黒瞳。

「……ごめんなさい。気のせいよね」


朋美にはすでに忘却した事実であることを──このときの彼女はまだ知らない。



細川三郎(ほそかわ・さぶろう)は実力テストの採点を終え、ため息をついた。新学期早々の実
力テストで、夕方の今まで採点に追われていたのだ。

「やっと終わった……」
「お疲れですね、細川先生」

隣の席の新田典子(にった・のりこ)がお茶を入れてくれる。
典子は二十代前半の若い教師だ。
生徒はもちろん、職員室の男性教師からも抜群の人気を誇る。三十半ばでいまだに独身の細川は、
典子と話すだけでもドギマギとしてしまう。

ナチュラルメイクに近い薄化粧が、清楚な容貌によく似合っていた。上品な口元には塗られた淡
いルージュ。濃紺のスーツとタイトスカートに包まれた肢体は、高校生の少女たちとは違い、二十
代ならではの色香を放っている。

(本当に綺麗だ……)

細川は思わずため息をついた。
もともと出会いの少ない職場だった。同僚の教師の中にも典子に思いを寄せている者は多い。
もちろん、細川もその一人だ。
思い切って彼女にアタックしてみたいが、拒絶されたときのことを思うとどうしても踏み出せな
かった。
と、

「あら、月読さん、百点なんですね」

典子が採点の終わった答案を覗きこむ。

「彼女の百点はいつものことでしょう」

細川が苦笑する。

二年生の月読瞳子。
直接担任をしているわけではないが、教師の間で彼女の名前を知らないものはいない。
学年トップはもちろん、全国模試でも高校一年生のときから一位の座を明け渡したことは一度も
ない。
正真正銘の天才少女。
性格はクールで、少しとっつきにくいところがあり、細川は彼女を苦手にしていたが……

「我々教師からすれば、楽な生徒なんでしょうけどね」

細川が告げる。

と、そのときだった。
突然──体の奥に熱い衝動が走る。
目の前で揺れる、典子の胸元が気になって仕方がなかった。濃紺のスーツを脱がせたら、きっと
成熟した乳房があらわになることだろう。
ごくり、と生唾を飲み込む。

(こんな女とセックスできたら……)

妄想が広がっていく。
もちろん、彼女が自分のような冴えない男を相手にするはずがない。

(セックスできるとしたら、力ずくしかないよな……)

同僚の女教師をレイプすることを、平然と考えている自分自身に気づき、細川は慄然となった。

(何を考えてるんだ、僕は)

「どうかしたんですか、細川先生」

典子が訝しげに首をかしげる。

(力ずくで──)

濁った瞳が端麗な女教師を見上げる。

(力ずくで──犯す)

「細川先生……?」


犯せ。
犯せ。犯せ。
犯せ。犯せ。犯せ。
犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。
犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ犯せ…………


欲望一色に塗りつぶされていく。
まるで心の中に『別の何者か』がいて、それが命令を下しているかのようだ。自分でも戸惑いな
がら、細川は典子に声をかけた。

「ちょっとお話があるんですが、いいですか」
「話?」

典子が首をかしげる。

「その……生徒のことで」

適当な口実をでっちあげた。

「ここじゃなんですから、場所を移しませんか?」

真面目な顔で告げると、典子は真剣な表情でうなずく。
細川は心の中でほくそ笑んだ。
若い教師らしく、典子も教育に理想を燃やしているタイプだ。生徒のことで相談がある、といえ
ば簡単に引っかかってくれる。



「な、何をするんですか!」

ひと気のない校舎裏に、典子の悲鳴が響き渡った。
細川は息遣いも荒く、若い女教師にのしかかる。

「ひ、人を呼びますよ」

キッとにらまれ、細川の動きが止まる。
心の中に躊躇が生まれていた。
自分がやろうとしているのは、まぎれもないレイプだ。
教職者としてあってはならない、犯罪行為だった。だがその躊躇も、心の中を焼き尽くすような
欲情に飲み込まれ、あっという間に消えていく。

「よ、呼びたければ呼べよ。こんなひと気のない場所に、誰が来ると思ってんだ」
「私──教育者としてあなたを尊敬していたのに」
「僕にも分からないんだ」

細川は首を左右に振った。

「ヤりたくてヤりたくて気が狂いそうなんだよ。自分が自分じゃなくなったみたいにな」

半開きの唇から涎が垂れ落ちた。
汚らしい唾液が典子の頬を汚す。

「減るもんじゃないんだし、一発くらいいいだろ?な?な?」
「そういう問題じゃありません!貞操観念とか倫理の問題でしょう!」

真面目な典子が怒声を浴びせた。
だが──細川はもはや、自分で自分を抑えることができない。


犯せ、犯せ……


原始的な欲望を訴える声が脳裏に反響する。

「がぁぁぁぁっ!」

細川は咆哮を上げた。
理性ある大人ではなく、一匹の雄となって。
欲情に支配された男が典子に覆いかぶさった。
タイトスカートをまくり、ショーツに手を伸ばす。布地の上から押し込むと、くちゅ、と水っぽ
い感触がした。

「なんだ、ちょっと濡れてないか?」

細川が訝しげに唸る。

「違います!そんなわけ──」

典子は必死の形相で首を振った。
おそらく女性としての防衛本能なのだろう。女教師の股間はかすかに湿っていた。
いきりたった先端をあてがい、グッと腰を押し出す。
かすかに潤んでいるとはいえ、男を迎え入れる準備の整っていない秘唇は大きく軋んだ。

抵抗をものともせず、下半身全体を押し込んでいく。堅い切っ先が花びらを左右に割って、奥へ、
奥へと突き進んだ。

「ぐ、ああっ!」

典子が動物的な苦鳴を漏らす。


ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ……


肉と肉のぶつかり合う生々しい音が響いた。
堅い雁の部分で、膣の入り口をひっかけるようにして刺激していく。
濃紺のスーツの胸元を力任せに開き、ブラジャーをむしり取った。白く豊かな乳房を両手で鷲づ
かみにし、乳首を吸いたてる。

「はっ……あんっ」

肉交を続けるうちに、女教師の反応は次第に変化する。結合部は互いの体液がまざりあい、白濁
色に染まっていた。
感じ始めているのだ。
犯されながらも、敏感な箇所を責められているうちに。
細川は上体を倒し、見事な半円を描くバストに吸い付いた。先端を口の中に吸い込み、尖りきっ
た乳首を舌で転がす。
弾力のある肉球を揉みしだきながら、腰のピッチを上げていく。
ずちゅ、ずちゅ、と濡れた音が大きく響き、逞しいペニスが深々と突き刺さった。

「はあ……はあ……すごい、硬い」

典子は無我夢中な様子でつぶやく。
知的な女教師の顔が快楽で蕩けていた。

「わ、私……イッてしまう……」

暴力的に引き出された快楽を必死で否定するように、典子は何度も首を左右に振る。
細川は調子に乗って腰の動きに変化をつけた。まっすぐに突きこむストロークから、腰全体を回
しこむような動きに。
膣に入り口付近を擦りたて、敏感なポイントを刺激していく。

「はあ、駄目、イッちゃいそう!」

典子の嬌声が一気に高まった。頬が真っ赤に染まり、うなじに汗がにじんでいる。

「ふふ、感じやすいじゃないですか、新田先生」

細川は満足げにうなった。

腰のピッチを上げ、ラストスパートに入る。
ほどなくして二人に絶頂が訪れた。

「うおおっ、出る!」
「ああーっ、イクう!」

根元まで押し込み、女教師の膣に思いっきり射精する。
同時に、体の中に灼熱感が込み上げてきた。


快楽の波動が最高潮に達したとき、純粋な生命エネルギーである『マギ』が放出される。細川の
ような『封印素体』はそのエネルギーを受け、体の奥底に眠る魔人を覚醒させることができる。


唐突に、そんな情報が脳裏に浮かんだ。
誰に教わったわけでもない記憶。
当たり前のように知っていた記憶。
今の今まで眠っていた……そして今まさに目覚めた記憶。

「封印が──解けたぞ!」

細川が歓喜の声を上げる。
体の中に爆発的な『力』があふれてくる。声に不気味なエコーがかかり、無人の校舎裏に響き渡
った。

「僕は……僕の名は……」

太古の記憶が奔流のようによみがえる。
旧世界の戦いで破れ、封印されていた記憶。
本当の記憶。
そして、本当の姿。


「僕の名は蝿の王」


全身が蜃気楼のようにかすみ、人ならざる異形を顕現した。
蝿の王──
その名のとおり、蝿と人間を混ぜ合わせたような怪人の姿だ。

「僕の名は──ベルゼブブ」


強大なマギの発生を感知し、瞳子と蛍が校舎裏に駆けつける。

「新田先生──」

凄惨な現場を目にして、瞳子がうめいた。
大股開きの格好で、知的な女教師が倒れている。
濃紺のスーツが乱れているところから、魔人によって犯されたのは明らかだった。
レイプされたショックだろうか、それとも怪物を目撃した恐怖のせいだろうか。すでに気を失っ
ているようだ。
その向こうにたたずんでいるのは、封印を解いた魔人だった。
蝿と人間を混ぜ合わせたような、異形の怪人。世界中に散らばった、封印されし魔人のひとり。
そして……神聖騎士にとって倒すべき『敵』。

「変身よ、蛍」

瞳子が凛とした声で告げる。
蛍の元気な声が返ってきた。

「オッケー、瞳子ちゃん」

二人がスカートのポケットから取り出したのは、きらびやかな装飾に彩られた小型のスティック
──神聖騎士への変身宝具だった。

瞳子の宝具はサファイアの輝きを、蛍のそれはルビーの光沢を放っている。二人は輝くスティッ
クを掲げ、謳うような口調で言葉を紡いだ。


「魔力世界へ精神接続──」
「マギエネルギー封印解除──」
「筋肉強化──」
「神経練成──」
「我が象る姿は壮麗なる騎士──」
「我が象る心は神聖なる乙女──」


呪文のように次々と言葉を継いでいく。一つ一つのキーワードに応じて、精神の志向性が高まっ
ていく。
敵を倒すために武装し、聖なる心で悪を討つ。

ごく普通の高校生の少女から、古代戦士としての精神へ……心の中に激しい闘志が灯る。


「武装顕現!ナイトシルエット!」


二人の声が唱和した。

光の柱が立ち上り、瞳子と蛍を包みこむ。淡いブルーの制服が光の粒子となって、はじけ散った。
まぶしい輝きの中、美少女たちの裸身があらわになった。
瞳子のヌードは、高校生としては十分に成熟したものだ。量感たっぷりのバストに女らしいカー
ブを描く腰のライン。引き締ったヒップからすらりと長い両足がまっすぐに伸びている。
一方の蛍は幼児体型に近い。なだらかな膨らみを見せる乳房と、凹凸の少ない体。染みひとつな
い白い肌が清純さを醸し出している。
ひときわまぶしい光がはじけ、二人の裸身に降り注いだ。生命エネルギーである『マギ』が物質
と化し、白い衣装となって二人の体を覆っていく。

瞳子の衣装は──
体のラインを浮き立たせるような、レオタードの形をした紺碧のボディスーツ。優美な金色に縁
取られた純白の衣装。ミニスカートがはためき、健康的な太ももがあらわになる。
風の中でひるがえった黒髪が蒼色へ、闇の中でも強い光を放つ黒瞳が深い紫へと変化する。

蛍の衣装は──
同じくレオタード状の赤いボディスーツと純白のローブの組み合わせだ。エルシオンとは違い、
騎士というよりも司祭を連想させるシルエットだった。栗色の髪が光沢のある紅へと、薄茶色の瞳
が淡い青へと、それぞれ色を変える。

「知っているぞ……」

細川……魔人ベルゼブブがうめいた。

「魔人の記憶が教えてくれる。旧世界からの、我らの仇敵。光のマギを駆り、我らを討つもの──」
「あたしたちは正義の戦士」
「私たちは魔人を滅ぼすもの」

二人の美少女騎士が交互に告げる。

「神聖騎士エルシオン」
「神聖騎士ジュデッカ」

正義のヒロインと悪の魔人が真っ向から対峙した。善の視線と悪の視線が虚空でぶつかり、火花
を散らす。

「正義の味方気取りかよ。青臭い小娘どもが」

ベルゼブブがしゃがれた声で毒づく。

「『気取り』じゃない。あたしたちは正義の味方よ」

瞳子は騎士の誇りを込めて宣言した。


人々を守り、世界を守り、そして正義を守る──


たとえ青臭く聞こえようとも、瞳子にとってそれは絶対の信念だった。
魔人の手から、ひとりでも多くの人を守りたい。
魔人のために悲しむ人を、ひとりでも減らしたい。

そのために瞳子は戦ってきた。

「試してみる?あたしたちの信念の強さを」
「力ずくで、かい?ふん、面白い」

ベルゼブブが舌なめずりをした。

「まず、あたしが行く」

エルシオンが一歩前に出る。

「フォローお願いね、ジュデッカ」
「おまかせ〜。がんばってね、エルシオンっ」

いつもながら彼女の声は明るい。生死を懸けた戦場にはそぐわないほどだ。

「神具召還──」

エルシオンが涼やかな声で呪文をつむぐ。
雷鳴が轟き、虚空から愛用の武器である聖剣が出現した。芸術品のように美しい装飾のなされた
刀身が、陽光を反射して黄金に輝く。
一方のベルゼブブは丸腰だ。神具を使った武器戦闘ではなく、格闘能力や魔術に長けたタイプな
のだろうか。

だが、わざわざ相手の得意分野にあわせて戦う必要などない。
エルシオンは地面を蹴り、雷光の速度で間合いを詰めた。黄金の剣が閃き、ベルゼブブにたたき
こまれる。

「ぐっ」

魔人の体が真一文字に切り裂かれ、青黒い体液が飛び散った。

「やった!さっすが、エルシオン」
「いいえ、まだよ」

後ろでのん気な歓声をあげるジュデッカに、エルシオンが鋭い声で告げる。
先ほどの一撃は、踏み込みも斬撃も浅かった。攻撃が命中する前に、魔人がバックステップして
致命傷を避けたからだ。
近接戦闘は分が悪いと見たのか、ベルゼブブが慌てた様子で後退する。

「遅い」

エルシオンはさらに疾走し、長剣を矢継ぎ早に繰り出した。黄金の軌跡が縦横にきらめき、その
たびに魔人の体が切り裂かれていく。

(いける。このまま押し切って──)

瞬間、ベルゼブブは地面を蹴って、上空に飛び上がった。羽根を振動させて、空中に上がってい
く。

(逃がさない──)

エルシオンは紫の視線を上空に向けた。

「第一段階マギ開放」

涼やかに告げる。
生命エネルギーであるマギが刀身に宿り、凍気となって渦を巻く。

「フリーズレイ!」

刀身から青い輝きが放たれた。刃のように尖った氷の散弾だ。

ベルゼブブの羽が高速震動を開始した。残像を伴いながら、音速の散弾を軽々とかわす。

「遅い遅い」

ベルゼブブが勝ち誇った。

「僕は蝿の王。地上ならともかく空中なら、こんなもんさ。スピード勝負では負けないよ」
「空中戦がお得意ってわけね」
「だったら、これで──」

後衛の位置からジュデッカが叫ぶ。両手に構えた弓に炎の矢が生まれる。

「ブレイズキャノンっ!」

大気を燃やしながら飛来する巨大な炎の矢。

「遅いって言ったろ」

ベルゼブブは余裕を持った飛行で、炎の矢をかわしてみせた。あまりのスピードに目が追いつか
ない。

「こいつ、なんてスピードなの」

クールな美貌をわずかにしかめ、エルシオンは舌打ちした。
どんなに強力な攻撃も当たらなければ意味がない。音速の『フリーズレイ』や『ブレイズキャノ
ン』をやすやすと避けられるということは、相手の動きは音速をも超えているはずだ。

超音速の魔人──
瞳子は戦慄とともに蝿の王を見据えた。

「君たちもまとめて犯してあげようか?ふふ、二人とも美味しそうな体をしているね……」

ベルゼブブは空中を飛び回りながら、欲望に濁った目を美少女騎士たちに向ける。

「まずは……蒼い髪をした君からだ」

羽根を振動させ、猛スピードで降下した。
エルシオンは黄金の長剣をかまえた。

(懐に飛び込んできたら、迎撃してやる──)

紫に瞳をスッと細め、相手の動きに集中する。
いくら超音速を誇ろうとも、攻撃する瞬間は無防備になる。叩くのはそのときだ。
と、

「馬鹿が」

魔人は空中で九十度カーブし、いきなり攻撃目標を変更する。狙いはエルシオンではなく──ジ
ュデッカだった。

「えっ?」

油断していたのか、蛍が驚きの声を上げる。魔人がエルシオンを狙うと見せかけたのは、フェイ
ントだったのだ。

「避けて、ジュデッカ!」

エルシオンが慌てて叫んだ。
ベルゼブブとジュデッカの間に割って入ろうと疾走する。

だが……間に合わない。

ジュデッカの身体能力は、エルシオンに比べて数段劣る。音速の体当たりを避けきれず、小柄な
体が吹き飛ばされた。

「きゃあっ……」

紅の髪の美少女騎士が悲鳴を上げて倒れ伏す。

「弱いほうを先に狙わせてもらったよ。悪く思うな、ふふ」

ベルゼブブが勝ち誇った。
倒れたまま起き上がれないジュデッカに向けて、右手を突き出す。まるで見えない糸に引っ張ら
れるように、小柄な体が浮き上がった。

「第二段階マギ開放──クロスシール」

禍々しい呪文を唱え、魔術を開放する。


ずずずずっ……


虚空を割ってクリスタル状の十字架が出現した。

「な、なに……?」

十字架から鎖が一直線に伸び、ジュデッカの両手両脚に絡みついた。

「きゃっ……!」

小柄な体が引き寄せられ、十字架に拘束される。

「う、動けない」
「磔の刑だ。美少女が獲物だと、なかなかサマになるじゃないか」

魔人が満足げに笑った。
両手と両脚をリングで拘束されたジュデッカは、必死の形相で身をよじる。

「ジュデッカ!」
「こんな十字架くらい、マギを使えばっ」

蛍が元気よく叫んだ。
司祭風のコスチュームに包まれた全身から炎が吹き上がる。オレンジ色の火炎が手足を戒める鎖
を、そして十字架を焼く。
ミサイルにも匹敵する、ジュデッカの『爆炎』の力──
だが、炎のマギエネルギーに焼かれながら、魔人の十字架は傷ひとつ……それどころか、焦げ目
ひとつない。

「そんな……!」
「無駄無駄無駄無駄!」

ベルゼブブが哄笑した。

「そいつに刺激を与えると、リバウンドが来るよ」
「リバウンド?」

蛍が訝しげに眉を寄せる。
次の瞬間、


ずるっ……ずるっ……
ずるっ……ずるっ……


十字架のあちこちから、半透明をした粘液が染み出した。

「お仕置きスライム、だ」

ベルゼブブがふたたび笑う。
ゼリー状のスライムは小刻みに体を揺らしながら、ジュデッカの全身にまとわりついた。白いロ
ーブやレオタード状の赤いボディスーツを染み透り、小柄な裸身に到達する。

「やぁぁっ……なに、これ!気持ち悪い」

蛍が悲鳴を上げた。

「無敵の防御力を誇るバトルコスチュームも、液体に近い体を持つスライムの浸透までは防げない
ようだね」

スライムは不定形の体をくねらせながら、なだらかな胸元や未発達な股間に体の一部を侵入させ
ていく。ぼこり、ぼこり、とボディスーツが内側からいびつに盛り上がる。

「ううっ……ああああっ!」

可愛らしい悲鳴が鳴り響いた。
ジュデッカはあどけない顔を左右に振ることしかできない。幼児体型に近い体が小刻みに震えて
いる。林檎色の頬に緑がかったスライムの一部が付着し、蠢いている。白と赤のコントラストが美
しいバトルコスチュームも、いまや粘液まみれだった。

「駄目……入ってくる……駄目ぇぇっ……!」

(蛍……!)

瞳子の位置からは見えないが、相棒の少女の乳房や秘処は粘液生物の侵入を受けているはずだ。
敏感な乳首を責められ、処女の秘孔にまでその触手を伸ばされているのかもしれない。無垢な体を
汚らしい生物に穢されているのかと思うと、胸が痛くなる。

「ジュデッカを離して!」
「あっ……あああっ……」

エルシオンの眼前で、相棒の少女が体をよじった。快楽とも苦悶ともつかない表情を浮かべ、紅
の髪が、桃色の唇が、白い肌が……次々と粘液にまみれていく。

「ふふふ……」
「聞こえなかったの!離せって言ってるのよ」

常にクールな態度を崩さない美少女騎士が激昂して叫んだ。

鋭い視線にも蝿の王はひるまない。腕組みをして、嘲笑まじりに二人の少女を眺めている。

「このっ……!」

エルシオンは黄金の剣を手に疾走した。
マギの源である魔人を倒せば、十字架は消滅するはずだ。

「おっと、僕に攻撃しないほうがいい」

ベルゼブブはその場から一歩も動かない。
剣を避ける素振りさえも見せない。

(こいつ!?)

「十字架は僕のマギから生み出されたものだが、ある条件付けがしてあってね。それは──」

ベルゼブブの口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
背筋にゾクリとしたものを感じ、エルシオンは動きを止めた。

「僕が死ねば、十字架は溜め込んだマギエネルギーを一気に放出する。平たく言えば、自爆するっ
てことさ」
「くっ……!」
「もちろん、拘束されている神聖騎士の女の子も一緒にドカン、だ。わかるよね、僕が言ってる忌
み?」
「き、貴様っ……!」

瞳子は奥歯を噛み締め、魔人をにらみつけた。

「君たちはもう、僕に逆らえないんだよ」
「…………」

ゆっくりと黄金の剣を下ろす。ジュデッカを犠牲にしてまで、魔人に攻撃することなどできやし
ない。

「素直になったね。じゃあ、まずはこれをしゃぶってもらおうかな」

ベルゼブブが股間を指差す。

「えっ?」

下腹部を覆うプロテクターを外すと、屹立したものが飛び出した。
魔人のペニスは人間の器官と比べて、二回り以上も大きい。先端からは先走りの粘液があふれだ
し、垂れ落ちていた。
白濁した粘液溜まりが地面にできているのを見て、瞳子は気分が悪くなる。

「し、しゃぶるって……」
「フェラチオしろ、って言ってるんだよ、正義の戦士様」

ベルゼブブが嫌みったらしく笑った。

「フ、フェラチオしろって言うの?」

瞳子は恥ずかしさをこらえて叫んだ。
彼女とてふだんは普通の女子高生である。男性器を口で愛撫するフェラチオという行為は、当然
知識として持っている。
だが自分が実際にそれをするのは、全く別の問題だった。
男女交際の経験もなく、いまだ処女の彼女にとってとても従えるような命令ではない。

「ふざけないでよ。誰がお前のなんて」

紫の瞳に怒りの炎を燃やし、魔人をにらみつけた。

「大切なパートナーを助けたいんだろう?なら、僕の機嫌を損ねないほうがいいと思うけどね」
「卑怯者……!」
「僕の機嫌を損ねるな、って言ってるんだよ」

ベルゼブブの瞳が妖しい光を放つ。

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」

同時に、蛍の絶叫が響き渡った。十字架全体が激しい電流を帯び、美少女騎士の全身を撃ちすえ
ているのだ。
可憐な顔が苦痛に歪み、狂ったように紅の髪を振り乱す。

「やめて!」

瞳子は喉を嗄らせて叫んだ。
胸の中を切り裂かれたような苦しみだった。
自分に対する責めなら、どれだけでも耐えてみせる。
だが、蛍が苦しむ姿は見ていられなかった。
たった一人の戦友の、苦しむ姿だけは……

「その子に……ひどいことはやめて」

瞳子の、クールな表情が苦悶に歪む。

「フェラチオ、してくれるね?」

ベルゼブブがふたたび命令する。
白い衣装に包まれた体が小刻みに震えた。
性経験が一切ない少女にとって──それは拷問にも等しい宣告だった。

「ジュデッカに手を出さないって約束しなさい」

エルシオンが凛とした口調で告げる。
蝿の怪人は偉そうに腕組みをして笑った。

「君が僕を満足させてくれたら、あの子には手を出さないよ」
「約束、だからね」

悔しさに奥歯を噛み締める。
先ほどの、ジュデッカの悲鳴が耳元から離れない。
今は魔人の言葉に従うしかなかった。逆らえば、ジュデッカがどんな目に合わされるか分からな
いのだから……

「ああ、約束だ。それじゃあ、僕の前に跪いてもらおうかな」

ベルゼブブが傲岸に命令する。
股間に手を添え、半萎え状態の生殖器官を引っ張り出した。

「くっ……!」
「立ったままじゃフェラチオできないだろ?それとも悪の前に膝をつくくらいなら、仲間を見殺
しにする?」

握り締めた拳が激しく震えた。
ちらり、と横目を走らせ、十字架に囚われた蛍を見つめる。
大きく息を吐き出し、ゆっくりと膝を落とした。魔物の前に跪いた瞬間、あまりの屈辱感で胸が
気持ち悪くなる。

「ふふふ、最高の気分だね。無敵のヒロインが僕の前に跪いているんだ」

ベルゼブブが勝ち誇った。

「さあ、その可愛らしいお口で僕を慰めておくれ」

と、腰を突き出す。

目の前でグロテスクな肉茎が醜く揺れていた。胴体部分は青黒い血管が走り、不気味に脈打って
いる。
瞳子は、饐えた匂いを放つペニスに顔を近づけた。

「うっ……」

あまりの臭気に息が詰まりそうだ。
ひくひくと震える鈴口から白く濁った粘液が垂れ落ちてくる。性経験のない瞳子にも、男性が欲
情した際に分泌される先走りの液体だということは分かった。
思いきって唇を寄せていく。まだキスもしたことのない唇を、異形のペニスに捧げるのかと思う
と悔しくてたまらない。

(蛍を救うためよ)

もう一度自分に言い聞かせた。


……ねちゃり……


亀頭にキスをした瞬間、口の中に耐えがたいほどの苦味が広がった。

(ひどい味……)

形のよい眉をしかめながら、瞳子はおそるおそる魔物のペニスに舌を這わせる。フェラチオのや
り方などわからないが、キャンディーを舐めるような気持ちでしゃぶってみた。

「ふふふ。いいぞ、その調子だ」

ベルゼブブが含み笑いをした。
おそるおそる亀頭を飲み込んだ。

「雁の部分を摩擦するんだ」

(かり……?)

魔人の命令に瞳子は戸惑いを隠せない。
たしか男性器の先端にある出っ張った部分のはずだ。雑誌などの知識をたよりに、瞳子は反り返
った部分を唇で引っ掛けるようにした。

「ははは、よくなってきたよ!よし、そろそろ出すぞ!」

ベルゼブブが腰を小刻みに揺する。瞳子の蒼いロングヘアをつかみ、喉元までペニスを押し込ん
できた。

「んぐっ」

息がつまり、美少女騎士は小鼻を膨らませてあえぐ。
ベルゼブブは下半身を押し出し、なおもペニスを突きこんできた。エルシオンの口の中を性器に
見立てたピストン運動だ。


──じゅぽっ、じゅぽっ……


太くたくましいものが唇や頬をこすり、喉元を強く打つ。

「出るぞ!ちゃんと飲み込めよ」

どくん、と肉棒が爆ぜるのを感じた。口の中に苦味のあるスペルマがほとばしる。

「うっ……」

あまりにもひどい味に、思わず吐き戻しそうになった。だが口内をペニスで塞がれ、頭を固定さ
れていては吐き出すことさえできない。
ごく、ごく、と喉を鳴らし、瞳子は魔人の精液を嚥下させられた。

「ぐっ、うう……」

たまらなく不快な体験だった。舌の上に塩気のある体液が残っている。喉の奥に粘液質のザーメ
ンがへばりついている。

(いや、気持ち悪い……)

きつく閉じた瞳から涙がにじんで、こぼれ落ちた。最後の一滴まで飲み干すと、ようやく魔人は
美少女騎士の口から肉竿を引き抜く。
ベルゼブブは半分萎えたペニスを揺らしながら、愉快げに笑った。

「どう?僕のザーメンは美味しかっただろ」
「うう……」

瞳子はその場にうずくまって咳き込む。舌から喉まで精液の残滓がこびりついているような錯覚
がある。恥辱と屈辱で全身の血が逆流するのを感じた。
ベルゼブブが頭上から声をかける。

「一回じゃ満足できないな。上の口の次は、下の口にブチこませてもらおうかな」

「下の口って……きゃあっ」

突然押し倒され、エルシオンは少女らしい悲鳴を上げた。
細身とはいえ魔人の体は重い。
四肢を押さえ込まれ、美少女騎士は動きを封じられてしまった。
ベルゼブブの、蝿そっくりの容貌が間近に迫る。唇を奪われそうなほど魔人の顔が接近する。興
奮の吐息が頬をなでると、背筋がゾクリと震えた。

「い、嫌っ!嫌よっ!」

瞳子は体をよじり、必死で抵抗する。
ベルゼブブの手が、白い両脚を強引に割り開いた。ミニスカートをめくり、蒼い布地に覆われた
股間へ亀頭部を近づけていく。先ほど一度放出したばかりだというのに、魔人のペニスはすでに硬
度を取り戻していた。

ひくひくと物欲しそうに痙攣する鈴口からは、透明の汁がしたたっている。ねちゃり、と音を立
てて、美少女騎士の股間に魔人の亀頭が密着する。


犯される──


原始的な恐怖にエルシオンは言葉を失った。ベルゼブブのマギは、この間のカマプアアに比べて
格段に高い。いくらボディスーツに体を守られているとはいえ、この体勢ではいずれ防護を破られ
てしまう、

ベルゼブブが腰を押し出すたびにスーツの股間が歪み、へこんだ。二人の性器が密着した部分か
らわずかに煙がたちのぼる。魔人の放つエネルギーが少しずつボディスーツを侵食している。

「駄目……駄目よ」

エルシオンが首を左右に振る。
と、

「やめてぇぇぇぇぇっ!」

ふいに、ジュデッカの絶叫が響き渡った。

「やめてぇぇぇっ!」

絶叫とともに、神聖騎士を磔にしていた十字架が炎に包まれた。オレンジ色の業火が弾け、十字
架は跡形もなく爆発する。
爆風で、エルシオンもベルゼブブも大きく吹き飛ばされる。

「ぐっ……」

全身から煙を吹きながら、戒めから開放されたジュデッカが地面に転がった。
司祭を思わせるローブは黒焦げで、あちこちが破れている。無残な有様だった。

「蛍……どうして」

瞳子は呆然とつぶやく。
蛍は全身のマギを暴走させ、自らを戒める十字架を焼き払ったのだ。だがそれは自爆に等しい行
為だった。
蛍はその代償に──体中を焼け焦げさせている。

「だって……瞳子ちゃんにエッチなことしてほしくないし」

蛍が悪戯っぽく笑った。
間違いなく、全身に激痛が走っているだろう。白い肌はあちこちに裂傷が走り、鮮血と火傷で覆
われている。
それでも彼女は笑っていた。
瞳子に心配をかけないために。

「蛍……」
「戦闘中はジュデッカ、だよ。瞳子ちゃん、自分で忘れちゃ駄目」

痛々しい微笑に、胸が暗くなる。目尻に浮かぶ涙で視界がにじむ。

「……待っててね、すぐに手当てしてあげるから」

黄金の剣を拾い、エルシオンがゆっくりと立ち上がった。
と、

「ふん、さっきまで僕のチ×ポをしゃぶって喘いでいたくせに」

ベルゼブブが忌々しげに吼えた。

「もう正義の味方気取りか?淫乱な騎士様」
「許さない──お前だけは!」

紫色の瞳が怒りに燃えた。
聖剣を振り上げ、氷の散弾を放つ。

「フリーズレイ!」

無数の氷弾は、しかし、素早く空中に飛び上がったベルゼブブによって、全て避けられてしまう。

「忘れたのかい、僕のスピードを」

蝿の魔人は正義の騎士を嘲笑するように、空中を自在に駆け巡る。

「蝿の王は超音速で飛翔する。本気を出せば、君ごときがついてこれるスピードじゃない」

音よりも早く飛行しながら、衝撃波を繰り出す。

「くっ……!」

エルシオンはなす術がない。
強烈な風圧を受け、十数メートルも吹き飛ばされる。

「どうすれば──」

紫の瞳が動揺に揺れた。
ベルゼブブが上空から少しずつ近づいてくる。
先ほどまでのような超音速の動きではなかった。

「怖いか?怖いだろうね。僕を傷つけた報いだ」

獲物をいたぶり、楽しんでいるのだろう。あえてスピードを落とし、だんだんと近づいてくる。
瞳子は口元で何事かをつぶやいた。魔人に気づかれぬよう、ごく小さな声で呪文をつむぐ。
蝿の魔人がさらに接近する。

「フリーズレイ!」

ふたたび瞳子が仕掛けた。

「悪あがきを!」

氷の散弾は先ほど同様、あっさりと避けられてしまう。衝撃波で土煙が舞い上がり、エルシオン
とベルゼブブの間の視界をさえぎった。

「せいぜい恐怖して死ぬがいい」

たちこめる土煙を吹き散らし、ベルゼブブが肉薄する。

超音速の体当たり──
甲高い音とともに、エルシオンの体が砕け散った。四肢がちぎれ、胴と首が千切れ、文字どおり
粉々となって地面に転がる。

「バラバラだ、はははは!」

魔人の哄笑が響き渡る。

「はははは……は?」

笑みが、途切れた。
気づいたのだろう。
地面に散らばったエルシオンの肉片が、氷のかけらへと変化するのを。

「えっ……?」
「氷で作ったダミー人形よ」

ベルゼブブの背後に回ったエルシオンが冷然と告げた。神術で作った氷の人形は、幻覚効果をと
もない、本物と寸分たがわない姿となる。

「さっきのフリーズレイは攻撃じゃない。土煙を吹き上げて、煙幕を作るためのもの」

凛とした口調で説明すると、ベルゼブブは怒りの声を上げた。

「だ、騙したのか、卑怯者!」
「魔人に卑怯者呼ばわりされても、ね」

瞳子は小さく鼻を鳴らした。散々手こずらされたが、ようやくチェックメイトだ。

「そして──いくらお前が超音速を誇ろうと、この距離であたしの攻撃を避けるすべはない」

「し、しまっ……」
「最終段階マギ開放──」

エルシオンの全身がひときわまぶしい蒼のオーラに包まれる。背中にエネルギーの翼が広がり、
白銀のティアラが頭部を彩った。
美少女騎士が黄金の剣を振り上げる。美しい装飾のなされた刀身が、サファイアの光に包まれて
いく。

それは──瞳子の会得した最強の神術。全エネルギーを聖剣に込め、あらゆる物質を氷結破壊す
る絶対の切り札。
エネルギーの翼を広げ、エルシオンが飛翔する。天空から地表のベルゼブブに向けて渾身の斬撃
を放つ。


「オーロラ・ギガ・ブレイド!!」


青白く輝く巨大なエネルギー刃が一直線に伸びていき、魔人の体を両断した。余剰エネルギーが
爆光と化し、周囲を蒼く照らし出す。衝撃波の嵐が吹き荒れ、地面に小さなクレーターが形成され
る。

「ぐお……おおお……おお……お……」

断末魔の絶叫を残し、蝿の王は塵も残さず消滅した。
後には、失神した細川教諭が地面に倒れているだけだ。その側には虹色に輝く宝珠が転がってい
る。

封印の石。
世界中に散らばった百八つの宝珠『封印の石』をすべて集め、ふたたび『神殿』に封印し直すこ
とこそが、神聖騎士の使命だ。
瞳子は小さく息をつき、宝珠を拾い上げた。

「回収、完了──」



【魔人ベルゼブブ編・終わり】






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