まぞが島物語 巴姫奇譚 楠の墓標
シチュエーション


源鎮は屋敷に帰り着くと、真っ先に曾祖母の部屋を訪れた。

「曾婆様 ただ今 帰りました」
「おお・・源鎮か!」

部屋では、曾祖母が布団の上で、午睡をとっていた。
源鎮の呼びかけに目を覚まし、老婆は喜んで応える。

「よくぞ もどった。ささ、中へ。そちの初陣、心配して居ったぞ」

「ありがとう。 でも 大丈夫だよ。もう子供じゃない。」
「そうか 無事で何よりじゃ。さあ 私にもっと顔を見せておくれ」

曾祖母は体を起こし、源鎮の頬を愛おしそうに撫でる。

「源左殿も 子供達も 孫達も みな逝ってしまった。私に残ったのは そちだけじゃ」

「曾婆様 実は 都の姫を連れてきたんだ ここに住まわせたい」

源鎮はできるだけ感情を抑えて、ぶっきらぼうに告げる。

「なに? 娘か それはよい! 手荒なことはしなかったろうな?」
「ああ、弱い者は虐めないよ。曾婆様の教えだし」
「そうじゃ。おなごを可愛がり、島人を守るのが お前の役目じゃ」
「もちろんだよ。この島をみんなの楽園にするんだ」
「どれ、その姫様はどこじゃ? 早う会わせておくれ」
「曾婆様 年の割にせっかちだな」

「生意気を申すな。そちの顔を見れば、その姫様に惚れておるのが わかるのじゃ!」

しわくちゃの老婆の顔がほころぶ。
源鎮が赤面してうつむく。

「私は もう百年以上も生きながらえておる。しかし この命も残り僅かじゃ。早う安心させておくれ」

曾祖母はそう言うと、手串で白髪の乱れを直し、居住まいを正す。
源鎮は照れ笑いを浮かべて、隣の間への戸を開ける。

そこには巴が三つ指を着き、正座で待ちかまえていた。

「おお、よくぞ お出で下さった。ささ、頭を お上げ下され」

曾祖母は声をうわずらせて、優しく声を掛ける。

「姫様 あなた様の名は何と言われる?」

巴は臆することなく、まっすぐに曾祖母を見つめる。

「ともえ と申しまする」

「ともえ ・・!」

曾祖母の顔は、巴と目があった瞬間、今までの優しい表情とうって変わり、険しくなる。
深い皺の間に隠れた目を、大きく見開く。
見る見るうちに顔が蒼白になり、手足が細かく震え出す。

「曾婆様、どうしたんだい?」

曾祖母の異変に気づいた源鎮が、心配して声を掛ける。

「源鎮 此方へおいで」

曾祖母は源鎮の手を引き縁側へ出る。

「あの娘はいかん。即刻、島の外へ出すのじゃ」

巴に悟られぬように小声で話す。

「なんだって?急に なぜ?」
「理由などよい。あの娘はこの島に災いをもたらすのじゃ」
「そんな 酷いよ まだ来たばかりだというのに」
「とにかく島から・・・うっ!」

曾祖母は源鎮に倒れ込んだ。

「曾婆様っ!」


曾祖母が気づいたのは、夕刻だった。
布団の脇には源鎮が、心配気に座っている。

「源鎮 娘はどうした」

曾祖母は優しい顔で語りかける。

源鎮は、小さく頭を横に振る。

「ごめん・・ やっぱり 追い出せない」

「お前は 優しい正直な子じゃ」

曾祖母は微笑む。

「やはり あの娘を好いておるのか」

源鎮は黙ってうなずく。

「そうか 皮肉なものじゃのう。 私が一生をかけて創りあげたものが 今崩れようとしておる」

曾祖母は瞼を閉じて、布団の端を握りしめる。
しばしの沈黙の後、あらためて源鎮を見つめ返す。

「しかし源鎮。そちの思い 必ずしも叶うとは限らんぞ」

「私は昔、惹かれ合う二人の男女が、苦しんだのを知っておる」

曾祖母は、源鎮の手を借りて、ゆっくりと起きあがる。

「よいか 源鎮 覚えておくがよい。神様はな、運命の出会いも下さるし、意地悪もされるのじゃ」

「源鎮 私に庭を見せておくれ」 
「えっ!まだ静かにしてなきゃ」
「よいよい 私の命じゃ ついに その時がきたのじゃ」

源鎮は曾祖母を背負い、庭に出る。

「源鎮 私が死んだら この庭の隅に埋めるのじゃ」
「ここに?」

広い庭の東南角。
そこには小さな井戸が掘られている。
曾祖母はその一角を指さした。

「そしてな 一緒に楠の若木を植えるのじゃ」
「楠?」
「私はその楠となって、この屋敷を・・この島の行く末を見守ることにする」

「私がこの世界へ来る前にいた場所 それは呪われた世界じゃった」

曾祖母は源鎮の背に頬を寄せて、思いにふけるように語り出す。

「私はある時 この世界へ迷い込み 暮らし始めた。そして この世界を楽園にする決心をしたのじゃ」

「しかし どうやら それは徒労に終わりそうじゃ」
「徒労だなんて。大丈夫だよ。この島は楽園じゃないか」
「そうじゃ。お前に全てを託すぞ この島の幸福を!子々孫々、慈愛の心を継がせるのじゃ」
「わかった。きっといつまでも幸福な島にする」

「じゃが もし、我が子孫達が忌まわしい歴史を積み重ねれば・・」

曾祖母の顔が厳しい表情に変わる。

「・・遠い未来。 そうじゃな 七百年の後、一人の娘が私らの子孫に罰を下すじゃろうて」
「七百年 未来の娘?」
「その娘は、度重なる不幸に見舞われながらも、ひたすら耐えて 家族と友に尽くす娘じゃ」

「その娘は運命が連れてくる。この島の風に導かれてな」

曾祖母は独り言のように呟き、だんだん眠りに落ちていく。

「巴姫も・・おそらく巴も 運命の風に 連れてこられたのかもしれん 恐ろしい事じゃ」


翌朝、源鎮と巴に看取られて、曾祖母は静かに息を引き取った。
遺言どおり、その遺体は庭の隅に埋葬され、楠が植えられた。

「源鎮様、曾お婆さまは私がここに居ると、何か悪いことが起こるって おっしゃったんでしょ」
「ああ、でも気にすることはないよ。巴はここにずっと居ればいい」
「うれしい。源鎮様と一緒になれるのね。きっと悪いことなんか起きない。私たち幸せになるのよ」

二人は神妙な面持ちで、楠の若木に両手を合わせた。

「私、曾お婆さまの お名前聞くのも 忘れてたわ」
「そうだったな。あまりにも急だった」
「お名前 教えて」
「ユキ という名前だった。娘の頃は その名前のように色白で 美人だったって」
「ユキさんは きっとこの楠に宿って、何百年も生き続けるんだわ」

巴は井戸から水を汲み、楠の若木に水を掛ける。

風が吹いて、若木を揺らした。
緑の葉の上で、陽を浴びた水滴がキラリと光った。






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