まぞが島物語 巴姫奇譚 源鎮と巴
シチュエーション


この島の名は、「まぞが島」・・日本海にある孤島。
島の南側の海は、潮の流れが速い上に、浅瀬で複雑な海底の地形が広がっている。
また北側の海も、大小の渦潮が無数に発生する危険海域だ。
この一帯は屈強な船乗り達の間でさえも、近寄りがたい海の難所として恐れられている。
島を取り巻くこの悪条件が、古来より人々に敬遠され、現代社会から取り残されてきた所以である。

しかしその危険を乗り越え島に辿り着けば、素晴らしい景色に出会うことが出来る。
手つかずの自然が、旅人を優しく迎えてくれるはずだ。
現代社会から取り残された事で、この島は有史以来その姿をほとんど変えていない。
我が国でも有数の見事な景観を保ち続けている。

島全体を見ると、中央に険しい山が聳え、平地部は少ない。
島の南部には、白くきめの細かい砂浜が広がり、南の国を思わせる。
西部には、小さな浜があって、松の老木が立ち並び、沈む美しい夕日を堪能できる。
東部は突き出した岬から、鬱蒼と緑の木々が生い茂る雑木林地帯になっている。
海岸から中央部にかけて急な斜面になっていて、そこを切り開き段々畑や棚田が造られている。
ここで収穫する作物は、島人たちの貴重な食料となっている。
島人たちのほとんどは、島の西側と南側に住居を建てて集落を形成し、生活を営んでいる。
島の中央部から北側は未開の森林で、島人たちもめったに足を踏み入れない。
北の海岸は、切り立った断崖が続き、まるで海からの侵略者を防ぐ要塞の壁のようだ。
その要塞を守る兵士のように、いくつもの奇怪な形の巨岩群が海中から突き出ている。

この島を訪れる者は少なく、全国に紹介されることは稀である。
奈良時代に編纂された、この地方の風土記の中に、この島の事がわずかに取り上げられている。
『沖合遙かに小島有り。辺りの海荒れ狂い近寄りがたし。北に断崖そびえ立つ。その異様、魔像の如し」
いつの頃からか、この島は「魔像の島」「まぞが島」と呼ばれるようになっていった。

「それっ!行くぞっ!」

源鎮は巴を抱きかかえ、船首から砂浜の波打ち際に飛び降りた。
白い波が飛び散り、水しぶきが二人の全身に降り注ぎ、着物を濡らした。

「ははは、どうだい。気持ちいいだろう。薄暗い船艙と違って!」

源鎮は、巴を抱きかかえたまま浜に上がると、静かに降ろして立たせた。

「この島は まぞが島って言うんだ。俺たちの、いや みんなの楽園なんだ」

巴が辺りを見渡すと、そこには浜の家々から村人達が集まってきていた。
村人達は率先して荷下ろしを手伝い始めている。
その表情はどれも活き活きしてにこやかだ。
人々は親しげに声を掛ける。

「源陳様、お帰りなさい」
「荷物は後で私らが お屋敷に運びますんで」
「早くお屋敷にお帰り下され。曾婆様が首を長くしてお待ちですから」

巴は少し離れて、村人達と談笑する源鎮をぼんやりと眺めた。
源鎮が所在なげな巴に気づき声を掛ける。

「さあ行こう。俺の屋敷へ」

巴はかねてからの疑問を口にした。

「私をどうするつもりなの?」
「えっ?そうだな。とりあえず屋敷に居てもらおうかな。もちろん客人として」
「あなた海賊なんでしょ。罪人なんでしょ。悪人でしょ?」
「ああそうだ。都の奴らから見たら、俺たちは天下の悪党だろうさ」

村の子供達が数人、源鎮の元に駆け寄ってくる。

「げんちんさま」
「げんちんさま あそんで」

「あとでな。俺はこれから このお姫さまを屋敷に案内するんだ」

源鎮は優しく子供達の頭を一人ずつ撫でて応える。

「そのおねえちゃん げんちんさまの およめさん?」

一人の女の子が無邪気にたずねて、二人の顔を交互に見る。

「・・・!」

源鎮は顔を耳まで真っ赤にして俯く。

「あ げんちんさま あかくなってる やっぱり およめさんだ」
「こら!からかうんじゃない!」

源鎮は恥ずかしそうに顔を逸らすと一人で足早に歩き始めた。

「源鎮さん」

巴は源鎮を追いかけて、そばに寄り添った。

「あなた 本当はいい人なのね」
「さっきも言ったろう。天下の大悪党、海賊の親玉だよ」

源鎮は、ぶっきらぼうに応える。

「ううん わかったわ 優しい人だって」

巴は源鎮の右手を取り、自分の左手を絡ませる。

「よかった 私 自由になれたんだ」

巴はほっとしたように呟いた。

豊かな緑の林の中を一筋の道が通っている。
源鎮と巴は並んで東の林の屋敷を目指した。
木立の間から漏れる光の束が優しく二人に降りかかる。

「喉が渇いたわ」

巴は源鎮を見上げて甘えるように告げる。

「そうかい。それならこの道から少しはずれると、水が湧いてるんだ。行こう」

源鎮は巴の手を取ると、林の奥へ入り込む。

「足下に気をつけるんだよ。めったに人が来ない場所だから」

下草をかき分け茂みをしばらく行くと、水のせせらぎが聞こえてくる。
そこには岩の狭間から水が湧きでて、清らかな水が流れている。

「よかった。涸れていない。」

源鎮は湧水を見つけると、ほっとしたように呟いた。
そして両手で水を掬い取ると、真っ先に巴に差し出した。

「ありがと」
巴は源鎮の手から水を飲む。
「おいしい」

「この島じゃ、飲み水は貴重なんだ。」

源鎮は地に膝を着けて、水面に口を付け、ゴクゴクと喉を鳴らす。

「こんな水脈があるのは島の東側だけだ。西側も南側も集落はあるが、川は流れていない」
「なぜ みんなは東側に住まないの」
「みんな嫌うのさ。この林は異界への入口らしいから」
「異界?」
「そんなのは臆病者の戯れ言だと思うけどね」

源鎮と巴は湧水の近くの倒木に腰掛けて話し出した。

「俺の曾爺様は若い頃、仲間と この島へやってきたんだ」
「曾お爺さんは何してる人だったの?」
「もちろん海賊さ。凄い荒くれ者だったらしい。鬼神のようだったって」
「じゃ・・悪い人だったんだ」
「そう!人殺しも盗みもしたし、女だってさらったさ」
「今のあなたと一緒ね」
「違う!少なくとも俺はむやみに人は襲わない。俺が襲うのは偉い奴らの船だけだ」
「偉い奴ら?」
「公家や貴族や・・弱い者達を虐めて儲けてる奴らのことだよ」
「だから私の船を襲ったのね」
「そうだ」
「私をどうする気だったの。異国に売るの?それとも犯すの?」
「そんなことしないさ。あのままだったら、姫様は自害するか、あの船と一緒に海の底だった」
「じゃ 助けたっていうの?私に恩を売る気なの?」
「いや。姫様は自由だ。都に帰りたいなら送るし、好きにしたらいい」

源鎮は、倒木から腰を上げると、巴に手をさしのべた。

「急ごう。曾婆様が待っている」

巴は右手を源鎮に預けて歩き出す。

「源鎮さん 今までのお話だと、曾お爺様を軽蔑してるみたいだわ」
「いや・・ああ、若い頃のままの只の荒くれ者で終わっていたらね」
「悪人じゃなかったの?」
「曾爺様は、曾婆様と出会って変わったんだ」
「どんな風に?」
「この島を豊かにしようって。平和で住みやすい国にしようって。二人で誓ったらしい」

二人は、もとの林の道へ戻っていた。

「あと少しで俺の屋敷だ」
「曾お婆様が待ってらっしゃるの?」
「ああ。親父もお袋も、みんな死んじまって、今じゃ曾婆様が俺の唯一の身寄りなんだ」
「どんな おばあちゃん?」
「とっても優しいばあちゃんさ。島の誰からも慕われてる。もう百才を超えてるけどね」
「私、気に入ってもらえるかしら?」
「えっ? そりゃ もちろんさ。きっと大歓迎だよ」
「曾お婆様はこの島の人なの?」
「いや、それが難しいんだ。よくわからない」
「なにが難しいの?」
「曾爺様と知り合う前は、ずっと遠い世界にいたんだって」

二人の前に、白い土塀が見えてきた。
巴は突然立ち止まり、源鎮を真剣な眼差しで見つめた。

「私、決めた!いつまでも この島にいる!」
「え?」
「私、落ちぶれた貧乏公家の娘なの」

巴は源鎮の両手を握りしめ、訴えるように話し続ける。

「父上が言ってたわ。もう都の公家に力は残っていない。これからこの国を支配するのは武家だって。」
「だろうね。ここ百年は、東国が国の中心になっている」
「だから父上の命令だったの。西国の武家の家へ嫁いで姻戚関係をつくること」
「なぜまた西国なんかへ」
「西国は二度も異国からの襲来を受けたわ。だからその地を守る武家に、嫁ぐように言われたの」
「守護様の女房殿か」
「ちがうわ。その家来の妻よ。二番目の。戦勝の褒美として与えられるの」
「じゃあ 姫様は報償品なのかい」
「そうよ。貧乏公家の姫なんて、ほんとは政略にも役に立たないのに。父上の厄介払いだったのよ」

巴は源鎮の逞しい胸に顔を寄せた。

「そんな男と一緒になるなんていや!私、好きな男の人と自由に暮らしたい!」

源鎮は巴の不意の行動に驚き、巴の肩を押さえた。

「・・と 巴姫 落ち着くんだ」

「もう姫じゃない ともえ そう呼んで 源鎮様」






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