まぞが島物語 時の漂流
シチュエーション


2年前。
あの朝、親父は俺を船に乗せて、本土へ行った。
本土では網元の知り合いという奴が待ってて、そこで捕まったんだ。
そいつは海外研修に行かせると親父に説明してた。
だが、研修なんて嘘っぱちだった。
貨物船や漁船の下働きばかり、させられてたんだ。

俺はアヤに逢いたくて・・毎日そればかり考えてた。
でも俺はいつも、誰かに見張られてて、とても逃げ出す事なんて出来なかった。

一年も経った頃、俺を乗せた船はこの島の近くを通ったんだ。
懐かしい島影を見て、俺は我慢できなくなった。
後先も考えず、俺は海に飛びこんでいた。
泳いで・・泳いで、俺はこの島を目指した。
アヤに逢いたくて・・逢いたくて、必死で泳いだ。

いくら泳いでも、島は近くならなかった。
俺は力が尽きそうで、もう限界だと思って、諦めかけたんだ。
おまけに霧まで出てきて、方角も見失ってしまって。
でも、アヤの顔が浮かんできて、とにかく夢中で泳いだ。
手足を動かし続けた。

気がついたら・・俺はこの浜に打ち上げられていた。
そう、この浜だった。
強い海風が吹いてて、霧はすっかり消えていた。
だけどどことなく違ってた。
なんとなく変だと思った。

浜に流れ着いて倒れていたとき、一人の男の子が俺を見つけてくれた。
男の子は飲み水を持ってきてくれて、優しく介抱してくれた。
不思議に思ったのはその時だ。
その子は粗末な着物を着てたんだ。
いくら辺鄙なこの島でも、今時こんな変わった格好の子はいない。
しかし、この男の子は命の恩人だ。
そう思った。
かけがえのない恩人だと。

男の子は体中泥まみれで、髪もぼさぼさだった。
よく見ると、色白で大きな目をした可愛い子だったけど、その時はよくわからなかった。
名前を聞くと、キョロキョロと辺りを確認してから、片手を俺の耳に当てて小声で教えてくれた。
「みさ」そう言った。
それが みさとの出逢いだった。

フラフラで歩き出した俺に、みさは訊いた。

「どこに行くの?そんなに急いで」
「大切な人が待ってるんだ。きっと 俺を」

俺はアヤに逢いたくて、アヤの家を目指した。
みさも俺の体を支えて、一緒に来てくれた。
でも見つけられなかった。
アヤの家どころか俺の家も見つけられなかった。
港も道も 様子が全然違ってた。
みんなどれも古臭い、時代遅れの粗末な家ばかりだった。
俺は、頭がおかしくなりそうで、きっと違う島に流れ着いたと思った。
しかし、あの山の形も、岬の形も同じだったんだ。
今とそっくり同じだったんだ。

俺は行き場所がなくて、みさの家に身を寄せることにした。
みさが「おいで」と言ってくれたから。

みさの家はこの浜の外れに有った。
みさには両親と二人の兄がいた。
最初は、みんな俺を見て警戒してた。
でも すごくいい人達で、すぐにうち解けてくれた。

何日か一緒に暮らしてる内に、この人達は つねに何かに怯えてるように見えた。
何か強い者に脅迫されてるように見えた。
いや、この家族だけじゃなく、村人全部が。
よく見ると、この村は生気が無く、みんな死んだような村だった。

だけど みさの家族は、ことさら明るく振る舞って、俺をもてなしてくれた。
帰る宛のない俺に、「息子になってずっとここにいろ」と言ってくれたんだ。
みさは俺のことを、ずっと「おにいちゃん」と呼んでた。

そうだ、でも、みさは みんなの前では「みさ」と呼ばれていなかった。
「かいがら」と呼ばれていたっけ。
なんでも、いつも浜で白い貝殻を見つけて遊ぶのが好きだからだって。
・・後になってそれは、嘘だと知ったけど。

みさの家は鍛冶屋だった。
以前は、都で刀鍛冶をしてたらしいが、訳があって、みさが赤ん坊の頃、ここに来たらしい。
銛や包丁なんかが主な仕事で、刀もたまに作ってるって、父さんはなぜかぶっきらぼうに言った。

母さんは優しくて、とてもきれいな人だった。
子供達にも近所の人たちにも分け隔て無く。
もちろん俺にも やさしかった。
ほんとの息子みたいに。

ある日、母さんが派手な着物を着て化粧しているのを見た。
俺は、からかってはしゃいだ。
お祭りでもあるのかと勘違いして。
でも父さんも、兄貴達も、口数が少なくなって、暗い雰囲気だった。
母さんは俺に、こう教えてくれた。

「今夜は源助様の宴なの。私、お手伝いに行かなくちゃならないから。かいがらのこと お願いね」

俺に心配掛けないように、笑って。
つらそうな、苦しそうな笑顔だった。

源助! そう、源助!あいつが全てを奪ったんだ!

源助というのがこの島の支配者だった。
この島は源助が牛耳っていて、村人は奴隷だったんだ。

兄貴がその晩、それまで黙っていたことを教えてくれた。

この家族は、都では名の知れた刀鍛冶の一家だった。
ある日、船で西に向けて旅をしていた。
そしたらこの近海で、海賊に襲われた。
その海賊の頭領が源助だったんだ。
家族5人はその時、捕らえられてこの島に連れてこられた。
当初は、父さんも兄貴達も手打ちにされるはずだった。
でも、名のある刀鍛冶の一家と知って、源助は思いとどまった。
自分たちの武器を作れるから・・。
でも、手打ちの方がよかったのかもしれない、と兄貴は呟いた。
それから、もっと過酷な現実が待っていたから。

源助はとにかく女が好きで、めぼしい女は全部手を付けていた。
母さんも例外じゃなかった。
時折、宴と称して母さんを屋敷に呼びつけ、自分の欲を満たしてたんだ。

みさだって いつ その手にかかるかもしれない。
そう、実は みさは女だと、その時知らされた。
父さんは、みさのことを源助に息子と偽っていた。
最愛の娘が、邪悪な男の手に落ちぬように。
髪も肌も泥まみれにして、育てていた。
呼び名も、本名を隠して「かいがら」とあだ名で呼んでいた。
貝殻は、この島ならどこにでも有る、ありふれた物だから。
目立たぬようにって。

その時、それまでの漠然とした疑問が解けたような気がした。
俺は、何百年も前の まぞが島に流れ着いたのかもしれないって。

翌日、母さんは疲れた表情で帰ってきた。
家族のみんなが気まずそうに黙り込んでいたっけ。


それから一年近く経って、俺もその世界に慣れていた。
もう、アヤには逢えないのかもしれないと、考えながら。

そして・・・その日が来たんだ。
あの 一瞬の喜びを奪った、残酷な一日が。

その日は、俺がこの島に現れて、ちょうど一年目に当たる日だった。
みさは それを覚えてて、こっそり耳打ちした。

「あとで、浜辺に来て」って。

恥ずかしそうな、いたずらっぽい顔で・・はにかみながら。

この浜辺に来てみると、みさは居なかった。
いや「かいがら」と呼ばれている みさの姿はなかった。
待っていたのは、とびっきり美しい娘だった。
黒髪が、風になびいてて、色白の少女だった。
娘らしい着物を纏って、黒髪に白い貝殻で お洒落をしてた。
それが みさだったんだ。

みさは親達に黙って、娘の姿に戻っていた。
おれをビックリさせたかったから。
喜ばせたかったから。
自分の本当の姿を 見せたかったから。

みさの帯には、小さな剣が差してあった。
父さんが、みさのために打った剣だと言ってた。
みさを守る「守護の剣」だと・・

そう、この短剣が、守護の剣。
みさを守るはずだった、守護の剣なんだ。

楽しい ひと時だった。
あんなに笑ったのは久しぶりだった。
みさは俺の手を取って、波打ち際をはしゃいでた。
夕暮れが近づいて 二人で家に帰りついたとき それは起こった。

家の前に あいつが・・ 源助が、待ってたんだ。
みさの帰りを。
源助は、みさが娘だと気づいたんだ。

俺は、みさの手を取って、二人で逃げようとした。
だけど、みさは逃げずに、剣を持って立ち向かったんだ。
源助を討ち取ろうと・・
あんな かわいい娘に、そんな強さがあるなんて 信じられなかった。

みさは知ってたんだ。
この島の不幸の根源が、あいつ、源助だということを。
逃げても だれも幸せにならないことを。

でも、源助には 敵わなかった。
源助は 簡単に攻撃をかわすと、みさの手首を掴み、剣を放り投げた。
それから、嫌がる みさを抱え上げて 屋敷に引き上げていった。

次の日、みさは帰ってきた。
顔も腕も 体中に痣や生傷を付けられて。
みさは もう なんにも話さなかった。
閉じた貝殻みたいに・・

翌日、俺が家を留守にしてた隙に事が起きてた。
みさに元気になってもらおうと、魚を釣ってきたんだ。
でも みさは いなかった。
俺を捜しに浜へ出かけたって 兄貴が言ってた。

急いで浜に行くと。
ミサは源助に捕まってた。
短剣を取り上げられて もがいてた。

逆上した源助は まともじゃなかった。
両親も兄貴達も捕らえられて、浜に連れて行かれた。
俺も、捕まるはずだった。
でも 父さんが

「こいつは流れ者だ!家族じゃない」って

母さんも兄貴達も

「居候のやっかいものだ!」って、言った。

俺をたすけるために。

父さんたちは浜で磔になった。
みさは、それを見せられた後、源助に乱暴された。
みさは泣かなかった。
みさは 最期まで みさだった。
そして この短剣で刺されたんだ。
みさを守るはずだった「守護の剣」で。

源助が引き上げて、俺は駆け寄った。

みさは俺が手を握ると、ほっとしたようだった。
でも、剣が胸に刺さってて、もう どうしようもなかった。
とても 手の施しようがなかった。

みさは最期の力を振り絞って、自分で剣をやっとの事で引き抜いた。
苦しみながら もがきながら 自分で 抜いたんだ。
傷口から 血が 噴き出して、この 浜の砂も 俺の顔も 真っ赤に 染まった。

みさは、その剣を 俺に渡して こう言った。 、

「おにいちゃん これ 受けとって 
これは 私の剣 私を守る剣
私 これから この剣と 一つになって 
私が おにいちゃんの 大切な人 きっと 守るから」

みさの体は、まだ あたたかった。
俺は源助を恨み、みさに誓ったんだ。
愛した人は、必ず守り抜く と。

その時、急に霧が出て、辺りを包んだ。
俺は みさを抱きしめ、離れまいとした。
だが、風が吹いて視界が開けたとき、俺はこの場所に一人で倒れていた。
みさは もう いなかった。

長い夢を見ていたのかもしれない。
いや、ひょっとしたら、この砂浜の記憶が、俺に過去の出来事を伝えたのかもしれない。
でも、俺の手には、この短剣が残されていた。
なにより 俺のこの両手には、はっきりと、みさの体温が残ってるんだ。






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