まぞが島物語 祈りは絶望とともに
シチュエーション


桶の水は残り少なくなっていた。

「よいしょっと!」

トメは老婆とは思えない腕力でその大桶を持ち上げた。

「仕上げじゃっ!」

そして、その桶をミサの頭上で逆さにした。

一気に落ちる滝のような冷水が、ミサの全身を襲う。
濡れた黒髪が、ベットリと肌に貼りつく。

「これで、お清めの儀式は終わりじゃ」

トメが不気味に笑った。

ミサは寒さに震えながらトメを見上げた。
大きく澄んだ黒い瞳が慈悲を乞うているようだ。

「トメさん・・教えてください」

ミサは堪えきれず、先ほどからの疑問を口にした。

「貢ぎ物って・・・どういう意味ですか?」

ミサはまだ、これから自分に襲い来る醜悪な現実を知らない。

「それはなミサ、直に分かるで。さあ次は、祈りの儀式じゃ」

トメはミサの質問をはぐらかし、濡れた黒髪を両手で束ね、持ち上げた。

「ミサ、こっちに来なしゃれ」

そして井戸から十歩ほど離れた、小さな社の前まで歩かせ、跪かせた。

「ミサ、この社に奉られている御神体はな、霊験あらたかな神様じゃ」

トメはミサの隣で跪き、社に向かって手を合わせ神妙に拝んだ。

「このお御神体は島の守神、御鎮宝様じゃ。お前もお祈りしなしゃれ」

そしてミサの背後に立ち、自分の櫛でずぶ濡れになったミサの黒髪をとかし始める。

「ミサの今一番の望みは何じゃな?」

ミサはこの場を、逃げ出したくてたまらなかった。
これからとても嫌なことが起きそうだと感じた。

(逃がしてください・・助けてください・・お家に帰りたい・・お母さんに会いたい)

ミサの脳裏には優しい母の顔が浮かんだ。
その顔は、今朝見たばかりなのに、ずいぶん遠く離れたように感じ、懐かしくさえ思えた。

(おかあさん・・たすけて!)

ミサは思い浮かべた母の面影にすがった。
しかしその面影は病気で苦しんでいる母の顔だった。

(おかあさん・・!元気になって!)

ミサは心を決めたように、その美しい目を開けると、トメの質問に答えた。

「お母さんが、元気になることです」

「そうか!そうか!ミサは親孝行な良い娘じゃのう!」

トメは歯のない口を広げ、ミサの肩を軽く叩いた。

「よい子じゃ。よい子じゃ。きっと御鎮宝様はミサの願いを叶えてくれるで」

そして社の前に近寄ると、その古びた扉を開けた。

「ミサ、これが御神体、御鎮宝様じゃ。見るがええ」

ミサの目に、暗い社の中に鎮座する御神体が映った。
それはミサが今までに見たことがない異様な形をした、木製の太い棒だった。

(なんて・・いやらしい・・)

ミサは直感でそう思った。

その御神体は1m程の男根を模した木製の物体だった。
黒光りした巨大な男根が、その社の奥で屹立していた。
それはまるでミサを従えんとするかのように、圧倒的な存在を見せている。

ミサは祈ることも忘れ、呆然とその御神体を見つめた。

(へんなかたち・・へんないろ・・なんだかへんな・・きもち・・)

ミサは男性器というものを知らない。
赤ん坊や小さい男の子のそれは見たことがあった。
それは愛らしく滑稽なものだった。
しかし大人の、それも勃起した男性器を見たことがない。
だからその御神体を見て、それが何を象徴しているのかはわからなかった。
だがそれを見た瞬間、心がざわめき、身体の奥から理解できない澱んだ感情が湧いてきた。
それが性欲だということも、ミサはまだ知らない。

「御神体の立派さに見とれておるようじゃの。ミサ、さ、これをお供えするんじゃ」

トメは両手首を荒縄で縛られたミサに、白い布きれを握らせた。

「これは!」

それはミサが見覚えのある三角布だった。

「そうじゃ。お前がさっきまで穿いとった褌じゃ。」
「これをお供えするんですか?」
「御鎮宝様は男を知らぬ娘の匂いが好物でな。これをお前の手で、頭の部分に被せるんじゃ」
「だって・・きたないです」
「いいんじゃ。御鎮宝様はそれで喜びなさる」
「罰があたりそう・・」
「大丈夫じゃ。よいか、その三角のもっとも汚れた部分を中心にして被せるんじゃ」
「・・・?」
「その時、ミサの願いと一緒にミサの全てを捧げます。とお祈りするんじゃぞ」
「私の全てを捧げる・・」
「そうじゃ。そうじゃ。大切な母様のために、ありがたい神様へお前自身をお供えするんじゃ」

トメは軽くミサの肩を押した。

ミサはその男根に引かれるように数歩進み、社の中へ入った。

(こわい・・)

そして、震える手で巨大な亀頭に自分の陰部を守っていた白布を被せる。

(御鎮宝様、お母さんを助けてください。私の全てを捧げます)






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