純愛ぱるぷんて(終)
シチュエーション


たまたまその日は一人で電車に乗った。
寝坊したから一本遅れるとメールを貰ったので、先に改札を出て待つ事にした。
コンビニの前で立っていると、他校の女子が数人こちらを遠巻きに見てこそこそとやっている。なんか気分悪いなあと知らん
ぷりして携帯を見るふりをしていたら、あっという間にその娘達に囲まれてしまった。

「ねえ、あんたS高の増田の今のカノジョ?」
「……何か?」

上からともいえる無遠慮な物言いに少しカチンときたけど、こちらは一人。分が悪いし関わりたくない。
ふーん、と値踏みをするような目つきで上から下まで視線を往復させると

「意味わかんない」

と吐き捨てるように言って駅を出て行った。
『今の』がやたら強調されていたことにかなり動揺しているらしい。
胸のあたりがきゅうっとなった気がして、なんとなくそこを押さえてみる。
こんな事して楽になれるわけなんてないのに。

数分後、改札の向こうに増田くんの姿が見えた。

「ごめん。間に合う?」
「速歩きすれば大丈夫」

少し寝癖の残る頭を気にしながら触る顎に、見慣れないものが見える。

「ヒゲ剃ってる暇なかった」
「えっ!?」
「そんな驚く事かよ」

もっと大人になってからだと思ってた。

「だらしないのは、嫌かな……やっぱり」
「仕方ないよ。時間無かったんでしょ」
「女にだらしないのはやめたから勘弁して――あ、3分だけ待って、パン買う」

休み時間に食べる朝食を買いにコンビニに入る。
来るもの拒まずの男だ。さっきの女の子達だってそう思ったから近づいてきたのかもしれない。
だけどそうはいかなかった。思惑通りにならなかったからこそ、私にあのような言葉を浴びせていったのだろう。
私が気に病む事など無いのだ。

「これ払ってきてくれる?」
「え、自分で払いなよ」

千円札と一緒に商品を数点渡される。

「これ何?お菓子?」
「ゴ……」

無言でそれらを押し付け店を出てやる。

「恥じらう千代に買わせるのがいいのに」

知るか!エロゲス。

* * *

そういえばデートなどというものをまだしていない。
学校の行き帰りを一緒にするのみで、どこか満足していた私と違い、向こうはそれが不満らしかった。
早紀には呆れられ、

「そりゃそうでしょうよ。増田可哀想」

とまで言われた。曰く、これまで来る者拒まずで自然と不自由する事の無かった男にとってはそりゃあ苦痛だろうとまで。
変われば変わるもんだ、あれだけ嫌ってた筈の人間に対して。
それは彼氏(今の所お友達から状態らしいけど、時間の問題だと思っている)の友人であるからというだけでなく、親友である
私を見てるとわかるのだそうだ。

「明日の事なんて何が起こるかわからないじゃない?まして人の心なんて尚更。――ああ、好きだなあ、って自然にでしょ?
なろうと頑張ってそうなるもんじゃないじゃない」

目から鱗、ってこの事かしら。
頭で感じるものではなく、心に素直に湧き出る気持ちが、きっと自分自身の従うべきものなのだろうと思う。


「家にでも来る?」

特に悩むこともなく、週末の予定が決まった。
特に行きたい場所もあるわけじゃなし。海とか行けなくもない距離ではあるんだけど、そんな気分でもない。
何よりも少しの好奇心が後押しをした。男の子の家なんてそうそう行ける機会はないから。
初めての駅で降り立ってからきょろきょろしてたら、前からやたら目つきの悪い恐いお兄さんがやってきた。他人のフリ、
というわけにもいかず片手を上げて応える。

「ちょっと風邪ひいたかもしんね」
「大丈夫?」

大きなマスクで隠れた顔から細い目が長い前髪からちらちらと覗く様は、お世辞にも良い人相とは言い難い。

「さっき中学の同級生に会って、放火魔か切り裂き魔みたいってゆわれた」

そうねーともそんなーとも反応し難い事を言われて、愛想笑いを浮かべながらバスに乗り込んだ。

「おう、増田んちの育坊か。なんだバスジャックか」

田舎町ののどかな風景と言って良いのだろうか。運転手のおじさんの挨拶ギャグはどうも日常茶飯事らしい。

***

「おじゃましまーす」

誰にともなく玄関で声を出しつつ靴を脱ぐ。

「気遣わなくていい。留守だし」

そう、と言ってから、一瞬ほっとするものの、すぐに別の緊張がやってくる。
ここまで来て『じゃあまたの機会に』ってのも変だし。

「怖じ気づいた?」
「誰がっ」

そもそも何を考えてそんな発言をするのか。下手に家族がいて挨拶やら何やらで神経をすり減らすより全然楽じゃないか。
増田くんの後に付いて階段を昇ろうとしたところで脇の襖が開いた。

「うわっ!……あれ、お兄ちゃんか」
「なんだお前まだ居たのかよ」
「今から出んの!あ、もしかして彼女さん?」
「こ、こんにちは」

ふ〜ん、と私を確かめるように見るが、その目つきはこの前の女の子達とは明らかに違った。前者はどこか挑戦的な値踏みに
相応しい不快な何かを醸し出していたが、きらきらと澱みの無い素直なそれは逆にこちらがたじろいでしまいそうな程だ。

「やればできんじゃん」

ぽーんと兄の背中を叩き、

「ふつつかな兄ですが。どうぞごゆっくり〜」

と賑やかに妹は去っていく。

「いてえなあいつ。後で覚えとけよ」

玄関を睨みながら顎で階段へと再び促される。

「妹さんいくつ?可愛いね」
「うるさいだけだ。今中3」

二階の奥の部屋に通されると、勧められるまま床に落ち着く。

「ケーキ買ってきた。うちの近所のだけど一応何種類か選んできたから、後で妹さんにも」

一応数種類あるのだが、うまく好みに合うだろうか。

「成実(なるみ)の……あ、妹なんだけど。あんなのに勿体無い」

そう言いつつも私達が二人で食べる分を確保している時、選んだケーキのうち一つを余分に持ってきたらしい皿に移していた。
その間にペットボトルの飲み物をコップに移してから一息ついて、何気に部屋のあちこちに目をやってみる。

本箱の隅に見覚えのある小箱があったのを見つけ、何とはなしに手に取ってみる。

「!――あ、それはっ」
「……なに、これ」

私の記憶が正しければ、これは先日私にレジに持っていかせようとしたのと同じ物だ。ていうか多分あれだ。
今更だけど、男の部屋に入るというのは、既に色々なあれこれを了承しているといった事に当たるのだろうか。

「そんなんじゃないけど」

私の手にあるそれを一旦取り上げたものの、思い直したようにまたゆっくり手のひらに乗せられる。

「中身見てみる?」
「ばっ――まさかっ!!」

ほんの一片でも頭の中にその考えが無かったなどとは正直言い難い。けれどはっきりと言われてしまうと、素知らぬ顔して
押し込めておいた下心を見透かされてしまった恥ずかしさをうまくあしらう事ができない。

「俺のこと言えないじゃん」
「一緒にしないで!」

投げつけてやろうと振り上げた手を掴まれ、引き寄せられるとあっと言う間もなく互いの距離が無くなっていた。
制服のカッターシャツとは違う、頬に当たるTシャツの感触と柔らかさに眩暈がした。
いつもの日常とはまた違う時間にいるのだという違和感と新鮮な気持ちに、もう少し身を委ねても良いとまで思えてしまう。
何も聞かずに唇を塞ぎ、体重を掛けてくる彼を押し戻すことも忘れた。
背中に敷いてあったラグのごわつきを感じても、吐息混じりに被せられる唇の暖かさを受けるのに夢中になっていった。

「風邪移さないようしなきゃな……」

呟きとは裏腹に、指先は私のチュニックの裾を摘んで捲ろうと動く。

「ちょっ、言ってる事とやってるこ……」

さっきよりも体重が掛けられたせいか、合わすというよりも塞ぐと言った方がしっくりくるような、力の籠もる重たいキス
をされた。
コトンと小さく床に転がる小箱を横目で見て、すぐ視線を私の上下する胸の膨らみに落とす。
それを覆う布地の下にするりと手を滑り込ませ、ごそごそと形を確かめるように手のひららしき温もりが、中に着込んだキャミ
のカップを包み込んでいるのがわかる。

ブラ部分のカップを軽く引き下げた感触と同じくして、胸の先辺りを擦り当てられ身を縮めて目を瞑った。

「正解?」

やだって横を向いてみても、小刻みに転がされる乳首のピリピリとした妙な刺激に、呑み込んだ声とも溜め息ともつかない
喉の奥から来る何かを必死にごくりとする。

「そういう顔するから、シたくなるんだって」

恐る恐る上を見ると、細い目を吊り上げて意地悪く薄笑いを浮かべた。
ごそごそと盛り上がって形を変える服の中身で何をしてるのか、服を着てるのに、目に出来ない動きが弄られる胸に感じて
るせいで自分が凄くイラヤシイと思えてしまう。
動きを止めて裾から出てきた手が、ほっと息をついた間に今度はスカートの裾から引っ張り出したキャミを強引に捲り上げ
ると、胸の引っ掛かりからカップを持ち上げる。
首の下まで押し上げられたしわくちゃになったキャミの下は、どんななのかは容易に想像がつく。
不意に、ニヤリと不適な笑みを浮かべた。

「なに?……なによ……」
「え?なにが?なんもないけど」

嘘だ。ほんの一瞬ではあったが、口角が上がったのを見逃しはしなかった。

「こんな時に……余裕だな」

剥き出しになった胸に直に下りてきた手が、包み込むようにゆっくりと膨らみを揉み始める。

「ちがっ……!そんっ」

こんな時だからこそ、増田くんの気持ちや考えが知りたくて、少しの動きにも反応してしまうのだと思う。
初めは片方だけだったのが、身体を支えていた方の腕を空いてるほうの胸にまわし、一度に両胸を撫で回す。
そのためか、さっきより彼の重みを強く感じる。

思い切って私も腕を伸ばして、そっと首から肩に向けて触れてみる。

――不安、なんだもの。
胸に向けられていた目がこっちに向いてきて閉じられ、今日だけで何回目かのキスをした。
決して不真面目とは思えない言動でさっきから身体を求めているのだけはわかるけど、私がどのように映されているのかまでは
理解できないから。

何回かキスするうちに、段々息苦しくなってきた。
数本の指で摘み擦られる胸の痺れるような気持ち良さが襲ってきて、どっちにも集中できずに呼吸だけが荒くなる。

「――んっ!?」

塞がれた唇から洩れ損ねて鼻先から抜ける声が予想外に甲高くて、一瞬だけ我に返った。

「いや……あのっ――んぁっ!」

強く押された胸の中心を小刻みにつつかれる。

「いい声出すじゃん」

やっと唇を離したかと思えば、そんな。
膝の間に割り入ってきた身体が再びのしかかってきて、両手を顔の両側にそれぞれ押さえつけられる。
何してんだろう、私は。

「い……や」

首から下はまともに見られるような状態ではなかったが、見られたとしても直視はできない、したくないような格好で、初めて
来た、それも人の部屋で、はしたない声をあげている。
首筋に軽く息を吹きかけながら

「嘘つき」

と低い声が責めてくる。

「だっ……あの。ほら、いきなりだし」
「ダメなの?」

そう訊いておきながら、またすぐ唇を塞ぐ。
返事聞く気なんかないじゃない。
目を開けると見下ろしてくる顔がある。その瞳に映ってるのは紛れもなく今の私で。

「……きなんだけど」
「は?」
「なんかすっごい好きなんだけど」

だから。

「だからする……の?」
「うん」
「や……だって言ったら?」
「……俺の事、好き?」
「うん」
「えらく簡単に言うな」
「だって本当だし」
「じゃ、なんで嫌がんの」
「恥ずかしいもん」
「……」

しなきゃ、信じてもらえないのかな?
ゆっくりと倒れ込むように身体を重ねてきて、首筋に再び顔を埋めてくると、ふっと息を吐く音がして、同時に広い肩幅が
上下に揺れた。

「そんだけ?」
「?……ん、まあ、そう」

後はまだ早いよとか、やっぱり怖いよ――とか色々無いこともないんだけれど、ね。

「なら全然大丈夫だな」

鼻先を突き合わせて来ながら、不敵な笑みをまた浮かべる。

「どうせすぐ関係なくなるし」
「ちょっ――あっ!?」

急に視界から消えた、と思ったら、彼の頭は私の胸の位置に。
さっきは指先で弄んでいたそこを今度は唇で軽く挟み、時折なにか動く――多分舌で――。

「っや……やぁ……」

なま暖かい濡れた柔らかさが包み込んでは転がし、つつき、吸い上げられて疼く。
背中が軽く仰け反って震えた拍子に両手首が自由になった。
その手は自分を押さえつける塊を跳ね除ける事はなく、夢中になって身体を貪るその頭に抱き締めるよう乗せる。
整髪料の香りと、それのせいか少しごわごわとした黒い髪の毛が軽く肌に刺さるように擦れるのが、なんだか変な感じ。
反対側の胸先へと唇を移し替えて、片方の手はスカートを捲り上げ、太ももをさすり出す。
ショーツのゴムを指で引っ掛け浮かす。

「尻あげて」
「あ……うん……え?――やだ、や、ちょっと、だめっ!」

いくら何でもそれは、それは。

「何で。脱がなきゃ」
「だってそんな事したら……」
「したら?」

そんな事聞く!?

「じゃあこのままでもいいけど、困るのはそっちだと思う」
「困るってな……」

おへその上に置いた手を、するっと下着の中へと滑り込ませる。

「いやっ!――やっ」

そんな所を何の躊躇いもなく触ろうとするなんて!!
脚を閉じて抵抗しようと思ったら、それより先に彼の曲げた膝の押し戻す力が強くて間に合わない。
何本かの指がアノ辺りを探っては耳を覆いたくなるような湿った音を立て始めた。
同時にまた胸に顔を埋め、さっきのように吸いついてくる。
指先がすーっと這って、何かを探し当てた。

「――っぁあっ――」

触れた瞬間、腰が抜けたかと思うような衝撃が走る。喉の奥から今まで出した事のないであろう声が、意思とは無関係に押し
出される。

「んっ!いや、いやぁ、やぁぁンッ」

胸とあそこと一度に弄られ、もうわけがわからない。

「嫌だって言ってるくせに」
「なにっ……ぁ――!?」

じわりと身体の奥から何かが溢れ出すのがわかった。

「濡れてんだよ」

ほら、と指を下着から抜き出し、目の前に翳される。

「だから嘘つきだっつってんの」

耳元で息を吹きかけながら、またその指を私のそこに戻す。

「どうする?このままじゃ濡れたパンツ穿いて帰んなきゃだけど。それとも」

意地悪く見下ろしながら、口元に薄く笑みを浮かべた。

「いっそ穿かずに帰る?」

ゆっくりと指で押し開くようにそこを探り、再びぬるぬる動き出す。
どこをつつかれれば気持ち良いのか、さっきので解ってしまった私の身体からの要求が、力の抜けたほぼ無抵抗になった開きっ
ぱなしの両脚の中心に熱をもって流れ出ている。

「んな事できないっ」
「させねえって」

もう一度言われる。

「だからお尻をあげて下さい」
「……丁寧に言われても」
「俺以外に見られていいんだ?これじゃあのAVみたく……いでっ!」
「ばか!やだもうっ!!」

こんな時に何を思い出すんだ。
下着に掛かる手をぱちんと叩いてはねのけた。それから、キャミを直そうとしてその手を握られる。

「冗談。ごめんって」
「デリカシー無さ過ぎ」

本当どうなの?そういうトコ。明け透けというよりやっぱゲスい!

「でも俺男だし」
「知ってる」
「頭の中はそういうもんよ?」
「そうかもしれないけど……」
「今だってもう、何つうか、限界なんだけど」
「はい?」
そういうゲ……増田くんの視線を辿ると、私の全身を、それこそな……舐め回……すというか。
「いやあぁぁっ!?」

捲り上げられたチュニックとブラトップを直そうと暴れて、その手は頭の上に押さえられる。

「今更何言ってんの?」
「だってこんな、みっともな……」
「今までアンアン言ってたくせに」
「っく……」

さっきより少し乱暴に下着の中に手がねじ込まれる。

「身体は正直なんだよ?」
「……ぁ」

湿りを帯びた指が容赦なく攻めてきて、どくどくと全身の血が駆け巡る。つま先や背中まで不思議な痺れが伝わってくる。

「見る?」

そう言って私を押さえていた手を離した。
強い快感から解放され半ば朦朧としながら目をやると、ジーパンのファスナーを下ろしている。
あの手が今私の両腕を動けなくする程の力を出すのだ。それも自分では細いと自慢するには気が引ける両の手首を一度に、
片手で。

あの指が、私の――。
――あ、また、じゅ、って。
やっぱり、マズいかも。

「これ」

それだけ言って、私の右手を盛り上がったボクサーへと導いた。

「硬いだろ?」
「うん」
「普段はやわらけーの。でも、今はこんな」
「へ、へぇー」

知らんがな!平静を装ってるけど、心の中はバクバク色んな何かが大騒ぎを起こしてる。だってどうすりゃいいわけ!?

「だから身体は正直だってわけ」
「は?」
「嫌よ嫌よもとか言うじゃん?」
「な!何よそれー!!」

言う?そういうこと言う?

「エッ……エロいの観すぎなんじゃないのっ!?」
「いや、最近飽きた」

もーやだー……。

「そうは言ってもここはこんなだし」

私に自分のを触れさせたまま身体を沈めてショーツの上から縦に指を滑らせる。

「嫌なんて言いながら、何でこんなに濡れ」
「言わないで!」

その引っかかる感じから見なくてもわかる。ていうか意地悪い?このひと。

「勃ってる」
「見ればわかるよ」
「違う、そうじゃなくて。……おっぱい」
「えっ……あ」

見慣れてる筈のふくらみの上にあるぽっちが、ぴんとまあるく硬くなって乗っていた。
それをぱくっとくわえてちろちろと舐め始めた。

――あ、気持ち、イイ。
最初より転がされる感じがはっきりとして、それがじんわりと下半身にまで広がっていく。
私が声を洩らす度に、彼のそれがピクピク震えて、熱く、布地の下でぬめりを帯びて湿ってゆくのが指の腹に伝わってくる。

「……ねがい」
「ん?」

ゆっくり口を開けてくわえていたモノを離して顔を上げる。

「やっぱり……脱がせて」

言っておいて恥ずかしくて顔を背けた。

素直にお尻を浮かせてショーツを脱がせて貰うと、ベッドに掛けてあったスポーツタオルを下に敷かれた。

「あ、もう我慢できない。俺、まじ無理」

脱がしきらないでふくらはぎに白い布を引っかからせたまま、腕を伸ばして何かを探している。
やっと取りあげたのは、さっき私が見つけた――言わばこんな状態に突入してしまった原因。

「これも取ろう」

スカートも脱がされ、半裸状態で寝転がっている私のそばで彼もボトムだけを取り去る。
ぴんと勢い良く飛び出したそれは、思っていたのより奇妙に色形で、何とも形容しがたいという感想。
こんなのが、と思ってるうちに薄い膜が被せられ、再びのしかかってくる。

「俺は違うんだけどさ」

わかってたけど、ちょっとずきんときた。

「貰うね」
「んっ……!っあ――はあっ!」

くちゃくちゃとさっきより少し大きく聞こえた後、悪戯していた指がそれよりももっと逞しいモノに替えられて、これまで
何にも赦したことのない場所に入り込んでくる。
初めては痛い。それは常識だ。知らないけど皆がそう言うから。
文字通り逃げ腰になる私を彼の身体も追い掛ける。
言われるように深呼吸して力を抜くよう努力する。
どこかで無理やり何かをこじ開ける音がするような、そんな幻聴まで起こりかけた。
腰を僅かに沈めつつ、胸の先を指の腹でつつきながらキスしてきて、ふっと息を吐いた拍子に中が奥まで広げられた気がした。
私を見て小さく頷くと、小刻みに腰を動かし始める。
擦れる痛みに唇を噛み締めると、軽くキスされた。
動きが進むにつれ痛みにも慣れてくる。私の口元が緩むと同時にまた動きが強く速くなり、段々と腰の振りが大きくなる。

「ああっ――!」

肌のぶつかる弾けるような乾いた音がして、反するように膝の裏側から腿につうっと汗が流れ落ちた。

「……きだ」
「増……」
「好き……んだ――千代、がっ!」
「あっ――私――」

ぐっと今までの中で一番強く腰を突き出してきて、大きく震えて息を吐き出した。

「……いく……み……くん」

ジンジンと痺れる痛みに繋がったままの身体を抱き寄せて、強くしがみついた。

***

「ばか!スケベ!エロゲスっ」吹っ飛ばされた下着を拾ったのに返さず、鑑賞し始めた男をノーパンのまま罵った。
「スカート先にはくから」
「近くにあったんだもん!」

コトが終わってしまってから、徐々に意識がはっきりし、素っ裸の下半身を思い出すと一気に現実に引き戻された。
手慣れた様子でさっさと身仕度を整える増田くんを尻目にもたもたとキャミを引き下ろし、足下にあったスカートを見つけて
慌てて穿いた。

「千代は、スケベじゃないんだ?」
「ないっ」
「ふーん」
「何よ。何が言いたいわけ?」
「確か新品だったよな……下着」
「なっ!!」

確かに、ブラキャミも下もおろしたてだけど。ていうかそんなのがわかるのって……どうなの?

「男の部屋に来るのに、何も期待しなかったとでも?」
「それは、そうした方が良いって言ったから……」

早紀に今日の予定を話したら、どこも気を抜いちゃだめよって言うから。

「間に受けたわけね?」
「そうかも……」

そりゃあ少しも考えなかったって言えば嘘になるけど、こんなに進むとは予定外だったとも言えないこともない。まあ、結果
なるようになったわけだけども。
やっと返して貰ったショーツを身に着ける。汚しちゃったかな、ちょっとやだな。でも替えなんて持ってないし。次は最初
に脱いじゃった方が良いのかしら――って、次って!!

「何考えてんの?」
「ひゃっ!?」

後ろから抱き締められて、下着の上からお尻をなでられる。

「やっぱりエッチな妄想してない?耳朱くなってる」
「してなっ……やっ」
「……もっと濡らしちゃおうか?」
「何考えてんの!だめっ」
「濡れちゃうってわかってんのな」
「違うもん!やだ触るな」
「余所ではしないから」

それは困る。当たり前でしょ!って言いたいけど、元々そうしたモラルに欠けた所があった男にそれって通用するんだろうか。

「……誘われたら?」
「そういうのやめたっつったでしょ。だから千代で満足させて」

そんな事言われても、それはそれで困る。

「ます……」

――ダンダンダンダンダンッ!!

「育実いるかー?」

激しい階段を駆け上る音と威勢の良い声に驚いて、彼は後ろに、私は前に吹っ飛ぶように離れた。

「育実また雑誌やるわ――あ、あれっ?お客さん?」
「あ、お、お邪魔してます」
「いらっしゃい。俺こそ邪魔してごめんねー」
「何だよ!勝手に開けんな」
「あれ成実の靴だと思ったんだよ。あ、俺こいつの兄ちゃんです」
「小松原です」
「育実の事ヨロシクね。優しい奴だから。――あ、じゃこれお前いらんな?友達にやれや」

紙袋を床に置くとき、じーっと部屋の隅を見つめる。その先を辿ってみると、私があっと思った瞬間増田くんが落ちてた物を
引ったくった。

「あー……兄ちゃんなんも見てないから」
「うるさい!早く帰れっ」
「増田くん、そんな言い方」
「いいからいいから。……あ、無くなったらうちから持って来」
「いらねえってば!」

ニヤニヤと笑うお兄さんと真っ赤になってムキになる彼。
あれ?増田くんてこんな人だったっけ?

お兄さんが帰ってからは、嘘みたいに静かな家に戻った。嵐の去った後のよう。

「鍵掛けてないの?」
「留守じゃなきゃな。この辺じゃ普通」

平和なんだな。ちょっと離れると違うもんだ。

「な、なんか面白いお兄さんだね」
「うるさいだけだよ。バカがつく程明るいとも言うけど」
「そんな……何かほら、持ってきてくれたんじゃないの?」

私が指した紙袋を複雑な目で見て溜め息をつく。

「いらん気遣い過ぎなんだよ」
「なんで?優しいじゃない」
「中身見てみ?」

何をそんなに嫌がるのか。不思議に思って中身を覗いてみてやっとそれを理解した。

「引いた?」
「あ……あはは」

多分私、今、顔にタテ線入ってる。
見た目はマンガや週刊誌のようだけど、所々それ系の記事が目に付くわ、何となくだけど、袋とじまで破ってそうだわ。

「そうやって俺やら外山に回してくれんのよ。自分が苦労したから俺らにはそんな事させたくない、らしい」

や、優しさなのかそれは。

「弟思いのいいお兄さんじゃない?」
「弟思いねえ……」

精一杯フォローしたつもりだったが、どうも納得いかない様子。

「彼女いるのにそーゆーもん持ってくるか普通」
「それは私が居るとは思わないからじゃ」
「いや、あの人にはそうした恥じらいとか気遣いとかはまるで無い。さすがに成実――妹には言わないけど」
「仲悪いの?悪気はないと思うんだけど」
「悪くはないけど……よくわからん。義理の兄貴だから。――姉貴の旦那なの、あの人」

そうなんだ。ああ、そう言えば女きょうだいだけなんだっけ。

「可愛がられてるんじゃない?」
「そうかあ?……そりゃ、向こうも女ばっかの三人姉弟だから立場は同じなんだろけど」
「だったら尚更そうだよ。男の子同士だから仲良くしたくてたまらなそうじゃない」

『育実』と彼を呼ぶ声と、私に彼をよろしくと言った笑顔の中に残る真摯な眼差しが思い違いでないのなら――いや、きっと
そうだ。
あの人の愛する妻の血を引く彼を、愛おしく想わない筈はないだろうから。

「あの人にはどうしたって勝てない。姉ちゃ……姉貴を人目もはばからず嫁が嫁がってのろけてすげー大事にするし、俺や成実も
自分のきょうだいみたく守ろうとしやがる。バカのくせにくそ真面目だし嫁に見つかって怒られてもエロ本読んで勉強だとか
ゆーし。つうか隠せよ」

勉強って……。まあ、何だか一度会っただけだけど、取り繕った感じがしなくて、妙にすっきりとする。
ていうか多分素直すぎてあんまりは怒れないよね、奥さん。

「許されるんだよ何もかも」

しょぼんと丸まった背中にらしくないと思いながら、私は何となくそれに気が付いてしまった。

「……増田く……育実くんは育実くんでいればいいと思うよ」

細っこい目を少しだけ丸くして、首を伸ばして私をまじまじ見る。

「なりたい人になろうとするんじゃなくて、今の自分を大事にして欲しいと思う」

無理して明け透けな自分を作ろうとして、多分予想と少しずつずれてしまったのだ。現実はそううまくゆくものじゃない。

「だから。私の前だけでも」

本当は臆病なひとなのかもしれない。
男だから誰かを守りたいって気持ちがあって、誰かに――愛されたいって願いもあって。
それを隠すためには強くありたい。私だってそう。
そのために、自分の瞳にそう映る誰かになろうと鏡の中の自分を造り上げようとしてたんだ。
私にとってはそれがどんな人間なのかよくわからないでいる。でも彼には居たんだ。近付きたいと思える誰かが。

「育実くんには育実くんの良さがあるよ。多分不器用なんだと思う。けど」

あの人とは違う。
自分をどんなにさらけ出してるようでも何かを無理してるから、どこかちぐはぐして時に誤解を生む事もあったのかもしれない。

「私は……育実くんが好きだよ」

そうじゃなきゃいくらなんでも、あんな真似できるわけないじゃん。

「幻滅とかしないの?つまんねーちいせー男だって」
「最初にしたからもういい」
「……あんまりアレも上手くないし」
「?――知らないよっ!!」
「今更隠しても仕方ないから」

別にどうでもいいんだけど。知りたいわけでもないんですけど。

「自分から押し倒したの、初めてだわ」
「……あ、そう」

もしかしたら喜ぶとこかな?ここは。

「私わかんないもん」

――でも、嫌じゃなかった。そう小さく呟いてみたら、ちゃんと聞こえたみたいで、今までで一番優しく肩を抱かれてキスされた。

「じゃ、二度目ある?」
「……私以外、拒んでくれたらね」

ぎゅっと抱く腕の力が強さを増した。

「ずっと、いくみくん、て呼んでいい?」
「うん。――千代」
「なに?……育実くん」
「いっぺん電車で尻さわ……いてっ!!」

背中に回していた手で思いっきり肉を摘んでやった。

「痴漢と一緒じゃん変態!」
「じゃ、今なら?」

これは犯罪じゃないとばかりにお尻を揉んでくるし。
――結局、男の本性ってこうなわけ?

「風邪移したら看病してあげるからさ」
「ばかっ」

あんまり裏も表も実は変わらないんじゃ?と不安が募る私だった。






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