明日が晴れなら
シチュエーション


40も過ぎれば、見合いの一つでもしてみるか、という気にもなり――。

実家からの帰り、夕時の混み合う国道から逸れ、見なれた交差点で緩やかにブレーキをかけた。
外に目を向けると、傘を手にしている人がちらほらいるのに気付いた。
夜になって雨、の予報だったな――。
曇天の所為で、普段よりもあたりが暗くなるのが早い。

視線を前に戻し、信号からなるべく目を離さずに、虎之助は盛大にあくびをした。

「うおぉぉっ」

体の筋肉も、気分もやっと解れてきた。今まで、緊張していたらしい。
緊張というより、退屈な昼間の宴席を思い出して、自嘲した。
2度目の見合いも、流れるだろう。
相手は、29歳“家事手伝い”、父親は地元企業の役員だそうだ。
四十路のバツイチ男には、もったいない縁談だった。

しかし端から乗り気ではなく、親や親類の顔を立てるためだけに臨んだ見合いだった。
親には帰り際に即答しておいたから、適当に日を置いてから「倅にはもったいない方で」とかなんとか言って、破談になるのだろう。
もっとも、先方から先に断られるのは目に見えている。

小野虎之助、42歳、男、現在独身。
名前負けしてる、と思われそうだが、剣道好きの父親によって有無を言わさず習わされた武道系の稽古事は様々。
父親ゆずりの剣道だけが、唯一大学まで続いたものだった。
体も180センチには届かないが、がっしり体系と姿勢の良さで、冴えない風貌の割にスーツはきちんと着こなして、見てくれは良かった。

「お……?」

携帯の着信らしく、四角い塊がセカンドバッグの中で振動しているのが見えた。
マナーモードにしていたから、聞き慣れた電子音ではない。
メールか、それとも電話か。

「……江崎か。なんだ、こんな時間に」

しかも、今日は虎之助が休みだと知っている筈だ。
――一緒に外回りをしている、同じ会社の江崎紅葉からのメールだった。
携帯には“モミジ”と登録しているが、名前は「えさきくれは」である。

『飲むの付き合ってください。今日8時、主任が連れてってくれる、いつものやっすい飲み屋で待ってます』
それを読み終わると、目の前の信号が青になっていた。

スポーツ用品会社の営業職の虎之助は、江崎紅葉と組んで、主にリハビリ機器販売の担当をしている。
『主任』とは偉そうな肩書だが、役職手当などは付かない。
しいて言えば、次の出世を保障されているにすぎない。

そんな主任の虎之助は、新規開拓、という会社の方針で、数年前から新入社員とコンビを組まされるようになった。
紅葉とは、この春からだ。
虎之助の“ドサ周り”手腕を見こまれてのことと、若い女を同伴すれば相手にもソフトに受け入れられる、という会社の目論見だった。
それに新人教育も兼ねていた。

「時間ねーなー」

自宅はもうすぐ、である。
最後の交差点を曲がった時、フロントガラスに雨粒が落ちてきた。
ラジオからはちょうど天気予報が流れてきている。
『今夜夜半から雨――』

「何を言ってやがんだ、もう降ってきたぜ……ん?」

ラジオからの続きの予報を聞いて、虎之助はにんまり笑った。
今晩帰宅してから、車に積んだ荷物を下ろすことにするつもりだったが。
酔って面倒なら、明日でもいい。
明日は日曜だ。

「車だけ置いて、すぐ行くか」

見合いという堅苦しいイベントを終えた後の解放感と、明日は休みという気楽さが、虎之助の気持ちを最近味わったことが無いくらい、軽くさせていた。

新人らしい、仕事の悩みを聞いてやるのは嫌いではない。
励ましてやれば必ず立ち直る紅葉は、意外に逞しいとわかってきた。
たまに二人で飲みつつ、最近は仕事の愚痴めいたものを虎之助が口にすることもあった。

紅葉を相手に、飲んで、見合いのことも忘れてしまいたかった。
虎之助は友人から誘われた時のような気軽さで、久しぶりに飲みたい、という気分になっていた。


***


「お前、もう出来上がってんじゃんか」

チェーン店のだだっ広い店内の、入ってすぐのカウンターに、小さなおかっぱ頭を見つけた。
週末の夜のことで客がそこそこ入っていたが、江崎紅葉はちゃんと虎之助の席を隣に確保していた。
チューハイかよく飲む梅酒なのか、すでにグラス2杯分飲み終わっている。
しかもかなり酔いが回っている様子だ。
虎之助は、こんなに飲むヤツだったか? と若干不安を覚えつつ横に腰掛けた。

「主任がくるまで、びーる飲まないようにしたんですぅ」
「はぁ?」
「えさきくれは、振られた記念! 主任と共に祝杯を上げたいとおもいましてぇ〜」
「あ、お兄さん注文いいかい?……ナマ中。ふたつ、おねがい」

熱いおしぼりで手を拭きながら、ついでに料理らしいものも注文する。
なにか温かい物が欲しかった。腹は減っている。
虎之助は紅葉のカラミに適当に応えつつ、様子を観察する。
今までそういう類の話をしたことのない紅葉に戸惑いながらも、まずは耳を傾けた。

紅葉は、大学進学とともに実家から遠く離れたこの街にやってきて、就職後もずっと同じアパートで独り暮らしをしている。
大学の先輩だというカレシは、同じ街で就職して、紅葉の卒業後も変わらない関係だった。

紅葉のほうは、その彼との将来も考えていた。
だから実家に帰らず、先輩が就職した街で、会社は違うけれど同じように就職した。
彼と離れたくなかったからだ。

それが、突然、来月地元に帰る、と言いだした。
仕事も紅葉の知らないうちに辞めていた。
半月前に、「別れよう」と切り出されて――今日、答えを出してきた――。

「好きだから、別れてきました」

ぼーっと遠い眼をして紅葉が呟いたところで、注文した物が運ばれてきた。

「じゃー、あたしの恋の終わりに、かんぱーいっ」
「かっ……」

カウンターにそれらが置かれると同時に、虎之助のことなど構わず、紅葉はジョッキを高々と上げると、すぐに喉に流し込み始めた。

「お、おいおい……江崎! 一気飲み、やめろ」
「ぷはぁ。なんだぁ主任、まだ口つけてないじゃないですかぁっ、ほら、ぐいっと空けて! ぐいっとー!」

虎之助も紅葉に強引に促され、ジョッキを傾ける。
自分のペースを邪魔されたのが気に食わないが、いつもどおり最初の一口はこの上なくうまい、と感じる。
虎之助は、喉を鳴らして一気にそれを空けた。

「なんですか、人にイッキすんな、って言っといてぇ」

紅葉は相当酔っているようだ。

「ちゃんと腹に食いモン入れておかんと、悪酔いすっぞ」
「ちゃんと、食べてますぅ。あたしの食べかけの、食べます?」
「いや、いいから。江崎こそ、これ。揚げだし豆腐も食え、ほれ」
「おトーフ好きです、あたしー。好き……すき。好きだったの、主任〜」
「んああ?」
「……ほんっと、好きだったのにぃ……大学のときからぁ……」
「そうか」

ヒョロリとした細い体を折り曲げカウンターに突っ伏して、小動物のような目で下から虎之助を見つめてくる。
その目は座っていて、すっかりとろんと潤んでいた。
長引きそうだな――虎之助は腹を決めて、追加の注文をすることにした。


***


その後、紅葉のペースに巻き込まれ、虎之助は彼女の自宅へ送り届けるハメになった。
タクシーを降り、紅葉を負ぶってアパートの階段を昇ると、一番奥、と小さな声が耳元でする。

酒臭い、生温かい息が耳や首筋にかかってくすぐったい。
それに紅葉の体の重みが丁度よく、柔らかく虎之助の背中が覆われている。
密着した布越しの女性らしい起伏と肌の温もりに、虎之助は落ち着きを失くしていた。

「……スミマセンね〜雨なのにい。濡れちゃいましたね〜」
「……な、なんだ、江崎起きてんのか。なら自分で歩け」
「へへ。バレましたぁ?」

激しくなった雨の所為で、少し歩いただけでも、着ている物に雨がかかってしまっている。
背負った紅葉にかぶせた上着のほうは、しっかり濡れているだろう。
去年、見合い用に新調したのを思い出して、かぶせてやったことを虎之助は後悔していた。

ここです、という扉の前で背中から下ろした途端、紅葉がやはり足をもつれさせた。
思わず薄い肩を抱いてしまい、慌てて手を放す。
紅葉は気にも留めず、バッグの中から取りだした鍵をカギ穴に刺し、くるりと回した。
カチャンと金属音がして、ドアが開けられた。

「ははは、ダイジョウブですから〜。それより、雨宿り、してってくださいね〜。はい、ドウゾー」
「おい、俺はこれで……こんな時間に」
「まだ飲みますよぉ、ハイ! 入って入って」

以外にも力強い紅葉に背中を突き飛ばされて、大柄な体が玄関に転がり込んだ。
ガチャン! 金属の重い音が響いた。



……結局、紅葉の部屋に上がらされて、虎之助はまた絡み酒に付き合わされているところだ。
とはいえ虎之助もすでに立つのもやっと、になっている。
床に座った二人の周りには、ビールや土産物のウイスキーの小瓶、よく知られた銘柄の日本酒の瓶もが転がっている。

「お天気も……あたしの気分どおりの雨なんてぇ」
「……止まない雨はないんだ」
「こんなに降ってたらぁ、ゼッタイ明日も雨ですよぅ……」

濡れた上着は、紅葉が足をもつれさせながら、部屋の隅に掛けてくれていた。
短時間では乾かないだろうが、皺になるよりマシだろう。

「いつもニュースと天気予報は見とけと言ってるだろーが」
「……これからは、見ます見ますぅ……だってもう、まいにちヒマだもん〜」

ワインを一口、ボトルからラッパ飲みした紅葉の目が潤み始めた。
また泣かれると、ヤバイし、面倒だ。

「……晴れるぞ」
「気休めで、デマカセ言わないでくださいー。晴れる訳ないしっ」
「晴れたら……気分も晴れるのかよ」

紅葉は、いつも「朝から天気が良い日は、良いことが必ずある」という、ポジティブな独自のジンクスを信じている。
毎日晴れなら毎日良いことだらけだ、と虎之助は突っ込みたくなるのだが。

「こんな雨でも……絶対晴れるから心配すんな」
「天気予報士でもないのに、主任は〜」

雨もこれだけ降っていると、明日が晴れだとは誰も思わないだろう。
……そうだとしても、紅葉のためにも晴れて欲しいと願いたくなる。

「神様は見てるんですぅ。明日もたっぷり落ち込めーって……だから、雨です。きっとぉ。もうダメですぅ……」

何がダメなんだか……今は何を言っても無駄のようだ。

「晴れたら、元気にはなれそうなのになぁ……」

馴れ馴れしくタメ口をきいているが、普段は分相応、ちゃんと立場をわきまえて振る舞える奴だと虎之助は評価している。
今にも酔い潰れてしまいそうな様子でしゃべり続けるのは、それだけショックとダメージが大きいからだろう。

俯き加減になった紅葉は、今度はワインをグラスに注いでから、それを一気にあおった。
また、堂々巡りの話を話し始める。

「……別れよおって簡単に言うのはぁ、男がそういうモンだからですかぁっ」
「うーん……そーかもなあ。うん。そうだなあ。で、オンナも同じだ」

虎之助も紅葉も、目が半分閉じかかっている。

「へ? そーお? そうかなぁ。あたしは今でも好きですよぉ。先輩のこと大好きなのにぃ」
「早く……そうだ。早く忘れるこったなあ。新しい男でもつくってよ」

虎之助の手から、空っぽになったビールの缶がころころと転がった。

「ワスレル……そうだね。忘れる。忘れたい……」

紅葉は呟くように言って、唇を噛んだ。
ワイングラスをテーブルに置いて、虎之助の肩に頭を持たせかけた。
無遠慮かと思えば、そうでもない。
肩の端に頭を置いて、でもそれ以上もたれてこない。
顎が上向いて、虎之助の眼に、白い喉が眩しく映る。

虎之助の頬から顎にかかる髪の毛が、くすぐったい。
堪らず首を揺らすと、今度は紅葉の髪の香りがふわりとたった。
若い女の部屋にこんな時間に二人きりというのは、マズイしすぐに退散すべきだったと酔った頭で考えるも、うまく思考が回らない。
紅葉はもちろん、虎之助も、相当酔っているのだ。

「シュニンはぁ、忘れたいこと、ありますかぁ?」
「……ある。山ほど」
「えー? 女の人のことでぇ?」
「……俺、バツイチだからなあ」
「へぇえ……元オクサンの他にも、女性ヘンレキがイッパイかぁ?」
「遍歴……誰が! んなもン、この俺にあるわけねーだろがあ」
「……忘れたいこと……かぁ。エヘヘ……同じだぁ」
「おまえー、相当……ヨってるだろ?」

お互いに呂律も回っていない。

「ヤなこと、思い出させるぜ、江崎は」

10年前の離婚。
元妻とは10年近い付き合いだったにもかかわらず、結婚生活は3年持たなかった。
その後それなりに、いろいろあったりしたのだが。
――めんどうになっちまった。そういうことが。

「忘れたいんだ、シュニンも……」
「そうだぞ、俺だって……忘れたいことが、あるんだからな」

紅葉が、もそもそと四つん這いになった。
虎之助の正面に顔を寄せ、じっと見つめる。

「……ねえ、主任……」
「……なんだよ」
「忘れよ……いっしょに」
「ああ?」

日に焼けた強張った頬に、紅葉の手が添えられ――近づいてきたふっくらした唇が、少し厚めの唇に重なった。
虎之助の体は一瞬固まったが、紅葉のキスは止まなかった。
自然に、虎之助も体から力を抜いて、それを静かに受け止めていた。

やがてどちらともなく、舌を絡ませ合いながら、お互いに唇を交合わせ始めた。
くちゃくちゃと音を立て合いながら、紅葉は虎之助の股間に、虎之助は紅葉の胸に、手を伸ばしていた。

「ひどく……ふぁっ……して、くれますか?」
「ちょっ、ベルト……ヒドイって、どのくらい」
「んぁ、メチャクチャ……いっぱい。んはあっ……」
「おまっ、いてぇ」
「あんっ……足、開いてくださいよぅ」
「…………」

紅葉にズボンを脱がされ、強引に下着までずり下された。
あまりのことに抵抗する間もなく、気付けばワイシャツもあと少しで全開だ。

「酷いことして?」
「ばっ……うん?! やめろ、口に入れんな……っ」

酔っているとはいえ、虎之助の逸物はそれなりに元気よく飛び出て、股間に這いつくばった紅葉の頬を軽く打った。

「俺に酷いことを、すんなっ」
「イヤなんですかぁ?……ぁむ」
「うは! う……イヤとかそういんじゃ」
「こへ、ヒホイほと? ふは、主任はキライ?」
「…………う」

尖った舌先が蠢きながら、虎之助の根元から徐々に舐め上がっていく。
傘の部分をぺろぺろと動きまわり、尖端に吸いつかれる。

「んむ……も……おっきい……気持ちよくなりたいですかぁ、しゅにん」
「ぐ……」
「おしる出てます……あ、かわいー」
「…………だから……あぁもう、めんどくせぇんだ」
「ふ……きゃ!」

虎之助はいうなり、紅葉の体をベッドに放りあげた。
紅葉の細い体の上に――ベッドの上にのっそり上がって、虎之助はランニングシャツを脱いだ。
紅葉も仰向けで、背中の下に手を入れてブラジャーをはずしている。

下着がまだあるし、ブラは緩んでいるが胸の上に乗っている状態の紅葉。
虎之助は全裸になったところだ。
紅葉の躰の両側に両手をついて、跨いで、四つん這いで見下ろした。

「……どーなっても、しらねぇぞ」
「はい……もーすきに、やっちゃってくださ……」

酔った赤ら顔で、ひらひらと掌を振っている紅葉が言い終わらないうちに、虎之助がその開いた唇を塞いだ。
動きまわる舌を絡め取り、唾液を啜りあげる。
互いに頭を何度も交差させ、より深く激しく唇を求め合った。

「っは……主任、おもい〜」
「主任って言うな……」
「えっと……おの、さん。ぁあ!」

乱暴に虎之助の手が、紅葉の股間をまさぐる。
――痛い。
虎之助の指が、下着の上から強く窪みを擦っていく。
時々、押しつけるように指を回す。
アルコールの所為で感覚が鈍いから、お互い体の反応は緩やからしい。
しかし紅葉が顔をしかめたのに気付いて、虎之助は動きを止めた。

「痛かったか……悪ぃ」

股間に添えた指を、今度は優しく撫でるように上下させていく。
けれど紅葉は、虎之助に「乱暴にして」と懇願した。

「いいですからぁ、ねぇ……ヒドクくして? お願い。わすれたいの……」

虎之助を見上げた眼に涙が浮かんでいる。

「優しくされたら……わすれられなくなるの」
「おまえな……泣かれたら、萎えるだろ? 俺だって忘れたい事あるよ」

虎之助は動きを止めて、困ったような声で言った。
それを聞いた紅葉は、シーツを掴んでいた手を瞼の上にあてて涙を拭いた。

「一緒に、わすれてくださいよぅ。今夜だけだから、ね? 主任」
「先に泣くな。泣くなら、せめてイク時に泣け……それから、主任て呼ぶな」
「じゃ……おのさん……とらのすけさん?」
「……今夜だけだからな」

また唇が重なる。
虎之助は唇はそのままに、紅葉の胸に手を添えて、乱暴に捏ね始めた。
股間にあった片方の手は、下着内側に指を忍び込ませて、恥毛の中を探りながら、温かな肌に触れていく。

「濡れてない……」

虎之助は顔を上げて呟くと、紅葉の下着を膝まで脱がし、両足首あたりを掴み上げた。
脚を両肩に掛け、その付け根の間に顔を寄せ、繁みを分けて奥の割れ目を指で開いた。

「イヤっ」

容赦なくもぐってくる舌の感触が、紅葉を悶えさせる。
膝裏を掴む腕に触れてくる片手を握ってシーツに留め、指も使ってなおも紅葉を責め立てた。
少しづつ湿り気のある音が、水気の音へと変わっていく。

「はっ……指……じゃなくて、もぉ……」
「なんだよ……?」

濡れたような目で虎之助を少し見つめて、紅葉は突然体を起こし、同時に虎之助の肩を勢いよく押した。

「うわっ」

紅葉の潤んだ目を見て、多少はひるんだ。
紅葉がそんな眼をするなんて、思ったこともなかったからだ。
彼女のことを、今まで、女とは思っていなかった。
いや、虎之助は、紅葉に女を意識しないようにしてきた。

そんな虎之助の一瞬の逡巡を知る由もなく、紅葉は起き上がろうとする大きな体を、今度は押さえつけるように圧し掛かった。
突然のことで、不意打ちをくらったように虎之助はベッドに沈んだ。

「おま……なにやっ……」

虎之助が体勢を崩してじたばたしている間に、今度は紅葉が、もそもそと仰向けの虎之助の体を跨ぐ。
形勢逆転だ。

「もぉ、ぐずぐずしないで」
「誰がだよ……」
「だってー、欲しいんだもん」

とたんに、虎之助の硬くなったモノを紅葉の手が掴んだ。
ぴちゅ……と空気を含んだような音をさせて、紅葉が自分の股間にソレを導いていく。
亀頭はすでに蜜に濡れ始めている。
掌の温かさとは違う、生ぬるい温もりが尖端に触れている。

「かたぁい」

妙に明るい声で言いながら、紅葉は尖端を自分に擦りつけ、腰を落としていく。

「ん……あ――――あっ」

紅葉は、自分の重みで貫かれていくことに、自らそうしておきながら、戸惑うように体を震わせた。
一転して声が切迫さを帯びていく。

「イヤ、やだっ……んああっ」

先ほどまでの積極的な振る舞いと、今の羞恥の表情のギャップが虎之助を煽っていく。

「ダメ……だめぇ……っ」
「自分から……したくせに……」
「だっ……はずかし……すごく大き……くていっぱいで……あんんっ」

次の言葉を待たずに、虎之助は動きだす。
酔ってるから、手加減などという気遣いはしないし、できない。
繋がってしまえばもう後戻りできないと、残った理性でブレーキをかけることもできなかった。
快感に誘われるまま、腰を突き上げる。

「っやああ!」

紅葉も酔ってるから、頭の先まで突き上げられるような感覚に、先ほどまでの羞恥も吹き飛んでしまう。
下から緩やかに突き上げる動きに合わせて、ナカを擦り合わせていく。
虎之助の胸板に手をついて、腰を回し浮かせ、沈ませ……自分で勝手に昇り詰めていく。

腹の上でくねる体に、虎之助は手を伸ばし、想像通りの小ぶりな形のよい乳房を鷲掴んだ。
揺れに合わせてそれを捏ねまわし、つぶれた膨らみのピンクの尖端を、時折指の間で絞るように軽く引っ張る。
そうすると、紅葉は眉間に皺を寄せて、悶えるように上体を揺らがせた。

「あぁ……いいよぅ……とらのすけ……」

我慢できなくなったのか、紅葉は体を前へ倒し、虎之助に胸も腰も擦り付けるように折り重なった。
喜悦の声を漏らしながら縋りつく紅葉を、虎之助は腕を回して抱きしめていた。

――めんどうだ――新人を教育するのは初めてじゃない。
けれど、今回は女だ。嗚呼、めんどくせ――。
最初出逢った時の感想はこれだった。

ここ数年オンナっ気無しの虎之助には、一日の大半を、この20も年下の娘と一緒にすごさなければならないことが、最初は苦痛だった。
男子とは違った気遣いも山ほどしなけらばならない。
とはいえ、最近のオトコどもは、自分の新人の頃とは様子が違い、軟弱な奴らが多いとは感じていた。

現に、紅葉の前の新人は、理系の草食系男子で、頭の回転は速いが行動が遅い。
頭より先に体が動く虎之助とはウマが合わなかった。
入社から1年間の“教育”を終えると、社内異動があってそいつは企画系の部署へ換わっていった。

比べて紅葉は、不器用で頭の回転はそれほど良くない。
ついでに言えば美人でもない。
痩せぎす、という言葉がぴったりの、まだまだヒヨっこみたいな外見だ。
だから取引先では、小娘とバカにされたり、ナメられたりすることもある。
悩んだり、ヘコんだり、時には悔し泣きしたりしながら、それでも紅葉は少しづつ成長してきた。

そんな紅葉を虎之助はハラハラしながらも、最近はやっと距離を置いて見守るようになってきていた。
『根性だ!』という、古臭い虎之助の指導の賜物、ともいえるかもしれないが、紅葉の素直で意外に粘り強い性格によるところが大きいのだともいえる。

虎之助が『主任』だから上下の差はあるし、先輩後輩でもあるのだが。
最近紅葉も仕事に慣れ、自信もついてきた。
少しづつ、一緒になって泣いたり笑ったりできる“同志”になりつつあるのを、実感できるようになってきている。
今では、同僚であり、仕事上のパートナーだと思えるようになっていた。
途中入社で15年目のベテランと1年目のヒヨっこだが、ふたりの関係は良好だった。





紅葉の中へ激しく突き上げてきた虎之助が、ずるずると下がっていく。
しっかりしがみ付いていた紅葉は、それに気づいて慌てて体を離した。

「まだ、終わらないで!」

虎之助は、ぼんやりした頭を軽く振った。
このまま、吐精後の気だるさの中に漂っていたい気がする。
酔いだってほとんど醒めてはいない。
けれど紅葉はおかまいなしに、柔らかくなり始めた虎之助のモノを手で包み込んで、擦り始めた。

「おねがい……まだ……」

虎之助の横に体を寄り添わせ、脚を脚に絡めてくる。
手の動きは止まらず、時折根元から股間の奥の奥へと手を滑らせたり、傘を軽く弾きながら尖端を指先で撫でたりする。

「終わっちゃ、ダメ……」

紅葉は虎之助の耳元で囁いて、軽く耳たぶを噛んだ。
虎之助は、徐々に体が熱を取り戻すのを感じつつ、横を向いて紅葉を抱き寄せた。
首筋から肩、鎖骨の窪みへと舌を這わせ、唇を押しつける。

紅葉を仰向けにして、腕をそれぞれ掴みベッドに留めて、胸の先端に舌をつけた。
紅葉は上から施される愛撫に甘えた声で応じ、すっかり虎之助に身を委ねている。

頭に『理性』という言葉が浮かんでは、紅葉の哀願の声にかき消される。
すでに己の欲望の方が何倍も勝っている。
本当ならキスの時点で、お互い、とどまるはずだった。
いや、酔っていても、突き飛ばしてでもたしなめ、止めるべきだった筈だ。

――壊したくはない。
仕事のこととか、良好な関係とか。
今になって、強く強くそう思えてきてしまう。
そんなことを今さら思ってみても仕方がない。
越えてしまったのだ。

今は腕の中で泣く紅葉をただ、請われるまま抱いていたいと思うだけだった。
紅葉の気が済むならそれでいい、と思えた。
それに、虎之助の体にはまた力が戻ってきていて、自分でも止めることができなかった。

「もっとぉ」

だるさを残した体で、紅葉を四つん這いで跨ぎ、上を向いた膨らみを先端から飲み込むように吸った。

「噛んでよぉ、おねがい!」

紅葉がイヤイヤと首を振り、懇願する。

「噛んで。痛くして、酷くして? おねがい……わたしなんか、もう」

次第に紅葉の声が弱々しくなっていく。
虎之助は言われた通り、硬く尖ったそれを、交互にキリリ、と噛んでやった。
何度も噛んで、少しづつ強くしていき、最後にいたわるように口に含んでやさしく舐った。

「やさしくしないで……。わがまま言ってますか、あたし……?」
「俺がこうしたいだけだ」
「ごめんなさい……ごめ……」
「謝るな。萎えるっていっただろう……」
「泣いて、ごめんなさい。甘えてごめんなさい」
「だから……」

硬さを取り戻したモノを、虎之助は紅葉にあてがった。

「俺が、こうしたいんだ。それだけだ……」

それ以上の言葉を、虎之助は飲み込んだ。
下腹部に滾り始めた熱が、紅葉の中へ押し入っていく。

紅葉が激しく喘いで、背中を浮かせるのをベッドに押しつけ、両膝を曲げさせた。
尻を浮かせ、曲げた両膝を揃えて紅葉の顎の下まで持ち上げて、ゆっくり腰を打ち付ける。

「やっ、はあぁっ、とら……のすけぇっ」

粘性の水音に、時々気体の弾けるような音をさせながら、紅葉の充血したそこに、剛直な虎之助のモノが出入りする。
体中の血が集中してくるのを感じながら、虎之助はそこから目が離せなかった。
普段の頼りないヒヨッコと、虎之助を咥えて舐るような女の部分を持つ目の前の紅葉に、昂りを抑えることができない。

「あ――っ」

びくびくと紅葉が腰を震わせたのは、虎之助が陰唇を探り、膨らんだ芽を弄ったからだ。
できるだけ緩やかな動きに終始し、紅葉が自分を求める声を何度もあげさせる。

「も、もっとっ」

肩で息をしているのは、虎之助を咥えながら軽く達した証拠だ。
柔らかい肉の襞が収縮を繰り返すのをやり過ごし、まだ虎之助は紅葉の中にいる。
虎之助は一息つくと、今度は紅葉をうつ伏せにしベッドに這わせ、無言で再度貫いた。

「うっあっ……あああ!」

虎之助は変わって、激しい動きで抽送を始めた。
這いつくばってそれを受けとめる細い体は、虎之助が腰を叩きつけるたび、激しく揺れた。
肌のぶつかる乾いた音と、対照的なぬちゃぬちゃという湿った水音が響く中、紅葉は何度も嬌声をあげた。

「あっはぁ……もっとぉっ…………ぐちゃぐちゃに……!」

後ろから肩を押さえつけられ。
そのまま、起こされ、座って膝を抱きかかえられて、上下に揺さぶられて。
向い合せになり、虎之助の膝上で跳ねるように揺らされながら――。

広い背中に爪を立て、何度かの絶頂のたび、紅葉は虎之助の肌を噛んだ。

「いいっ……もっと! とらのすけっ、いいの、痛いのがいいの!」

お互いに、勢いで傷つけあった肌の痛みは、酔った体に心地いいとさえ感じた。





虎之助は、目を開けた。
ゆっくりだが、ここが何処だか、思い出してきた。

「………………ああ」

頭が重く、二日酔い特有の痛みが、軽くだがガン……と響いてくる。
腕の中の小さな頭に目を移し、もう一度状況を思い出し確認した。
ため息のような声が、小さく漏れた。

「あぁ……」

寝ボケた頭で、早く出なければ、と思った。
だが、素肌同士の、温もりがたまらなく心地いい。
そして、その生々しい感触が、虎之助をはっきり覚醒させる。
隣で眠る体に、目覚めないでくれと祈りながら、なんとかそっとベッドを抜けだした。

肌蹴て露わになった紅葉の裸身を、軽い掛布で覆ってやる。
虎之助はそこここに散らばった衣服を一つづつ身につけ、立ち上がった。
羽織った上着がほぼ乾いている。
それが、一晩ここで過ごしたことをあらためて実感させた。

バツの悪さに、転がった空き缶や瓶を部屋の隅に一応まとめておく。
ゴミ箱の中に使用済みのゴム製品を見つけ、慌てて傍にあったコンビニ袋に、ゴミもろとも詰め込んで口をきつく縛っておいた。

ざっと片付けを終え、ベッドを見下ろしながら、上着の内ポケットに手を伸ばしかけて気付いた。

「何年も経ってるのに。こんなこと、覚えてんだなぁ……」

5年ほど前にやめたはずの、タバコに手を伸ばしていた。もちろんポケットにそれがあろうはずもない。

――ご無沙汰もなにも、5年以上って、男としてどうよ。

誰かと過ごしたこんな朝は、部屋を出る前、必ずタバコを一本だけ吸った。
気持ちをリセットする意味もあっての、一服だった。
すっかりオンナっ気も無くなった自分が、情事のあとの気まずさを紛らす一服を、今さらしっかり覚えていた。

とはいえ、酔いも醒めて明らかにマズイ事になっているというのに、妙に落ち着いてもいる。
ある意味、非常に無防備、というか。
それがなんなのか、虎之助はこれ以上考えるのを止めておいた。

それより、紅葉の甘やかな喘ぎや哀願の言葉、縋りつく腕の力を、次に会った時にはきれいに忘れられているか、虎之助は自問した。

「俺が、ちゃんとしなくちゃ、いかんだろ」

頭を左右に振りながら、窓に近づきカーテンを思い切り開ける。
シャッと派手な音とともに、部屋に朝日が差し込んだ。

「いつも言ってんだろ……天気予報とかニュースとか。ちゃんと見とけ」

眩しい光が、乱れた部屋を明るく照らしているが、それでも紅葉は起きないようだ。

「予報通りの、快晴になるぞ――江崎」

窓に目を向け、差し込む朝日の眩しさに、慌てて俯いた。
そのまま、もう一度ベッドで眠る紅葉の顔を覗き込む。
赤ん坊のように丸まって眠るあどけない寝顔に胸がツキン……と疼いた。

「……少しは元気、出しとけよ」

虎之助は小さくため息をついた後、静かに傍を離れた。






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