イチゴシロップ
シチュエーション


トントントンと階段を上る小気味のよい足音が近づいてくる。
それすら好ましく感じてしまうのはやっぱりそうなんだろうか。
迫ってくる足音を頭の中で数える。
3・2・1・・・ドアが開く直前に私は筆を置いた。

「メシ行きませんか、カナメさん」
「階下(した)の奴らは」
「あー、部長たちは牛丼行ってくるって」
「ザシは行かなかったのか?」
「オレ、朝昼パンだったんで、夜は野菜食べないと」

こいつのこういうマメというかキッチリした考え方は好きだ。
ちゃんとした家庭で育ったという感じが。

「カナメさんは学食でいいですか? 一緒に行きましょうよ」
「そんな時間なんだな」
「そうですよ。急がないと」

アトリエの戸締りをして電気を消した。心もち足早に学食へ急ぐ。
隣にぴったりと貼り付いて同じ歩調で歩いているのが見なくても気配でわかった。

券売機でザシがA定食のボタンを押したのを確認してから自分は天ぷらうどんのボタンを押した。
トレイに食事を受け取って、テレビから少し離れた場所に座席をとる。
後から来たザシは当たり前のように二人分のお茶をトレイに乗せて持ってきてくれていた。

「今日のメインは肉じゃがだーっ」

子どものように嬉しそうな顔を見ているこっちまで良い気分になってくる。

「これ」

まだサクサクしているであろう海老の天ぷらをザシのご飯の上に置いてやる。

「いいんですか、折角の天ぷらうどんなのに」
「海老、あんまり好きじゃないから」

これは半分本当だ。海老はあんまり好きじゃない。だけど天ぷらうどんを頼んでしまうのは。
やっぱり私はこいつの喜ぶ顔が見たいのか。

「天丼天丼嬉しいな♪」
「食事中は歌うな、行儀悪いぞ」
「はーい」

なんでこいつなんだろう。こんな年下の、子どもっぽい男。

食後は紅茶と自分で決めているので、まっすぐアトリエには帰らずに部室へ行く。
外へ食べに行った奴らはまだ帰ってきていない。おおかたゲームセンターにでも寄っているのだろう。帰りはきっと遅い。
半ば自分専用の荷物置き場と化している広報部用の棚から自分用のティーポットと紅茶の缶を出しているあいだに給湯室にザシはお湯を汲みに行ってしまった。本当に自然にだったので一瞬なんの違和感も感じなかった。

「今日は二人前か……」

冷蔵庫に牛乳が残っているのを確認してからティーポットにミルクティー用の茶葉を二人分セットする。
そして、自分だけのお楽しみの瓶も冷蔵庫から出した。
パタタタ……走らなくていいのに、ザシは急いで帰ってきた。

「お湯持ってるんだから走らない走らない。危ないじゃないか」
「大丈夫っす!ヨユーで!」

この笑顔の源は何だろう。少し分けてほしいぐらいに明るい声。
私は受け取った魔法瓶からティーポットにお湯を入れて、砂時計をひっくり返した。

「ねえ、カナメさん」
「何だ?」
「その瓶、何なんですか。いつも紅茶に入れてますけど」

その視線は私の手元に置かれた『カナメ専用 触った奴は殺す』と書いてある瓶にやられていた。

「シロップだよ」
「シロップ?」
「そう、イチゴのね。とても高価い奴」

まあ、間違いではないかもしれない。私にとってはそんなものだ。

「ねえ、マグカップ取ってくれる」

話題を逸らしたい、と無意識のうちに思ったのかもしれない。あるいは時間稼ぎ。
ザシは私のと自分用のカップを戸棚から見つけて持ってくる。

砂が落ちた。

並べた二つのカップに交互に紅茶を入れて。ミルクと砂糖は各自好きな量を自分で入れる。
――私は砂糖は入れない。ザシはスティック半分――そして私は自分用のカップだけにあの液体を入れる。なみなみと。
ティースプーンで三回転半混ぜたところで、くん、と鼻を鳴らしてザシの顔が近付いてきた。

「いい匂いですね」
「イチゴだからな」
「少し、下さい」
「駄目だよ」
「一口だけでいいですから」

どうしようかしら。
考えている間にその沈黙はYESのサインだと思ったらしい。
パッとカップは奪われて、ザシの口元に運ばれていく。

ゴクゴク……ゴクン。

「――!! !!」

声にならない叫び声とその変な顔に私は思わず笑ってしまった。

「ちょ、カナメさんこれ絶対にイチゴシロップじゃないでしょう!!」

バレたか。っていうか部員なら誰でも知っていると思ったんだけど、本当に知らなかったのかこいつは。

「ウォッカだよ。イチゴを漬けた」
「ど…」

どうして、と唇が動いているが、声にならないらしい。
そりゃそうだ、ザシは普段の飲み会でもほとんど酒らしい酒を飲まない下戸なのだ。紅茶割とはいえウォッカの刺激は強すぎたのだろう、顔が真っ赤になっている。

「校内で飲酒だなんて……じゃあ、僕が」



「飲んであげますよっ!」

どうしてそういう話になったのかよくわからないがザシは私の飲酒を止めたいようだ。
ゴクゴクと勢いをつけて全部飲みほしてしまった。
あーあ。私のイチゴウォッカ。

「カナメさん、僕は……ずっと言いたかったんですけど」

ダメ。聞きたくない。私はザシの分の紅茶にイチゴウォッカを入れて飲み(砂糖が元々入っているのだからそれはそれは甘かった)視線をそらす。

「僕は、貴女のそばに居たいです。できればずっと」
「永遠なんてないと思うけどね」
「そんな悲しいこと言わないで下さいよ、人が決死の勢いで告白してるのに」
「好きということ?」
「そんなストレートに…… まあ、そうです」
「性的な意味で?」
「そんなの……無いとは言いませんけど。どっちかっていうと精神的な意味合いで」
「私はね、他人に愛される資格もないし他人を愛する資格がないんだよ」

え。とザシの口が小さく動いた。

「そんなの……資格とかそんなのないでしょう」
「自分を愛せない人間は他人を愛する資格がない」
「じゃあ、僕が」
「僕が?」
「僕が責任を持ってカナメさんのこと愛します」

なんだそれ。

「愛しますってば!」

「嘘ばっかり」

――男なんて。みんな同じだ。野蛮で。獣よりも醜い。

「嘘じゃないです」
「じゃあ、しよう」
「?」
「確認させてあげる」
「?」

――欲望におぼれた男なんてみんな同じだ。

私は倉庫の鍵を持って手招きした。

――さあ、本音を曝け出せ。

「……っ! カナメさんっ。こんなこと、駄目ですってば!」
「安心しろ、誰も来ないから」
「そういうハナシじゃなくてっ」

ザシはコンクリートの壁に背中を押しつけるようにして立っていた。
その前に私は膝立ちの状態でかしずく。

――男なんて。
――男なんてアレの最中にはそのことしか考えられない生き物のくせに。

私はザシのズボンを膝まで下ろし、下着の上からそれを握る。

「駄目ですって! どうしてこんな」
「こんな? こんなに大きくして?」

布ごしに緩い刺激を与えたそれはもう大きくなっている。
ギュッと握ると充分に硬くなっていることがわかったので残っていた下着も下ろす。
口中に唾液を溜めてから私はそれに口づけた。

「こうして欲しかった?」
「カナメさ…んっ」
「んむっ……」

一息に飲みこむようにして口中に迎え入れる。
雄の匂い。雄の味。
これが彼の味。私を好きだという男の。


最初はソフトに、アイスキャンディを舐めるように舐めあげる。
そして深く、早くなるにつれて加える圧力も増してゆく。
手の動きもつけてやるとザシは顔をゆがめた。

「カナメさん、それやられると」

動きを止めてやろうか。このまま達させてしまおうか。
逡巡しながら私は行為を中断してザシの顔を見上げた。

「それ……反則です」
「何が」
「瞳。すっげーキレイで。」
「バカ」

私はまたそれを銜えた。今度は手の動きにあわせて顔を深く上下し動かす。

――早く。
――早く達してしまえ。

それだけを考えて動く。それだけがただひとつの光であるように。
切なげに漏れるザシの吐息。
口腔内に苦味を感じた思った瞬間

「ごめんなさい!!!!」

ザシはそう叫ぶと私の頭を自分の身体から引き剥がした。


「だって、飲ませるとかありえないですよ」

ティッシュペーパーで後処理をしながらザシは言った。

「私は飲んでもよかったんだけど」
「だ、駄目です、そんなこと」
「それよりどうして、あんなことしたんです?」
「私のこと、軽蔑しただろ」
「ビックリはしましたけど。」
「まだ私のこと好きとか言えるか?」
「好きですよ」
「じゃあ、言葉をくれ」
「?」
「永遠じゃなくてもいいから」
「僕はずっとずっとカナメさんのこと好きですよ。本当に」

こいつは本当の馬鹿かもしれない。
あんな暴力にさらされてなお私のことを好きだというなんて。
だけど、本気かもしれない。
今だけでもいい。永遠なんてなくていい。
こいつがくれる気持ちだけ、今は受け取ってみよう。




「ありがとう」

小声でつぶやく。

「なんですか?」
「独り言だよ」



そして私は紅茶を二人分淹れる。
イチゴシロップ抜きで。






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