金曜日の淫夢
シチュエーション


伝統的な妖魔は、月齢を基準に行動を決める。満月だの新月に、各種のイベントが集中するわけだ。
だが、彼女は違う。
獲物の生態を考慮しない狩人は愚か者だ。時が流れ獲物の生態が変わっても、狩りの仕方を変えない者も。
金曜日23時。彼女が狩りに出かける時刻。


男は目を開けた。見慣れた寝室だ。珍しくも夜中に目が覚めたか。

「いいえ、貴方は目覚めていないわ。これは夢」

女の声がする。するのだが……姿が見えない。

「誰だ?」

ベッドの上に身を起こして誰何する。枕元にあるはずの非常ボタンは、何故か無くなっていた。

「こんばんは、寂しい人。人間は私達のことを夢魔と呼ぶわ」

声は奇矯なことを語るが、相変わらず姿は見えない。

「寂しい人? 俺が?」

姿は見えないが、声は近づいている。

「夢魔は、本当なら相手の欲する姿をとって現れるの。でも貴方の心は誰も欲していない。だから私が見えないのよ。
こんなの滅多に無いわ。だから貴方は、滅多にいないくらい寂しい人」

ああ、そうかもしれないな。男は妙に納得した。
経済的には成功したが、自分の周りにいるのは出し抜く相手と自分を出し抜こうとしている者あるいはその両方ばかりだ。
求める人など思いつかない。

「何もかもお見通しというか、さすがは夢というべきか。だが、声はすれども姿は見えずというのも落ち着かない。
できれば、 何でも良いから適当な姿で現れてくれないか?」
「了解。私も姿が無いのは落ち着かないわ」

おどけた返事と共に目の前の空間が歪み、黒いドレスを着た女が出現した。肩を少し超える程度の黒髪、抜けるように白い肌。
顔立ちは東洋人とも西洋人ともつかない。

「あれ?」
「どうしたの?」
「夢魔ってのは、ねじ曲がった角とコウモリの羽根と変な尻尾があって、水着まがいの衣装を着ていると聞いていたんでね」

女は声を出して笑った。

「それも嘘じゃないけれど…こうするには、角や翼なんて邪魔でしょ?」

女はベッドに腰を下ろした。両手で男の顔を挟むように触れ、顔を近づける。目と目が合った瞬間、男は視線を逸らすことができなくなった。
否、女以外の一切が思考から消し飛んだ。

男は女の肩に手をかけ、一息にドレスを引き下ろした。下着は着けていない、一瞬で裸身が露わになる。
物理的にあり得ない? それがどうした、これは夢なんだ。そんなことより、この素晴らしい裸を目に焼き付けることの方が重要だ。
しかし、思う存分裸を見る前に女が顔を寄せてきた。これでは顔しか見えないが、実に美しい顔だ。その顔が徐々に迫り……触れ合った。
女が口づけた瞬間、男は口から射精したような錯覚を覚えた。奇怪な表現だが、唇が触れるだけのキスが与えた快感と、
何かを吸い出されたような喪失感は、他に喩えようがない。
男は女の背中に手を回すと、そのままベッドに引き込んだ。細かな口説き文句など、とっくに蒸発している。先程吸い出されたのは
自制心だったのかも知れない。
衝動の命じるままに女の上にのしかかる。

女の肌は手触り自体、抱き心地そのものが愉悦だった。背中へのひと撫で、乳房へのひと揉みが、男がこれまでに経験した一夜の
快楽全てを凌駕した。
このまま永遠に女の肌を愛でていたいという欲望と、次なる行為を求めて下半身に煮えたぎる牡の本能がせめぎ合い、男の魂を
引き裂く寸前まで追い詰める。

欲望と本能の戦いに決着を付けたのは、なんと理性であった。どこに残っていたのか判らないが、睨み合う欲望と本能に

(両方まとめてやれば良いじゃないか)

と知恵を付けたのである。
瞬時に和解した欲望と本能に尻を蹴飛ばされ、男は女の乳房に吸いついた。その時理性は、わずかな違和感を覚える。吸っているのは
男の筈なのに、何かを吸い出されている気がしてならない。その違和感すら快い。

女は声も上げず、ただ微笑んでいる。だが、男の舌に触れる乳首は硬さを増していた。
腿を抱えて足を開かせる。胸に顔を埋めた男からは見えないはずなのに、何故か女の全身像が解る。美しい容貌が、見事に張った乳房が、
豊かな尻が、滑るような腿が。そして腿の間で男を待っている部分が。

"来て”

何故か耳元で囁く声が届いた瞬間、男は「女」に突入した。

「あれ?」

挿入した瞬間に男は正気を取り戻した。半瞬後、正気は精液と共に体外に噴き出した。
後はもう獣同然……と言っては獣に抗議されるだろう。男は射精機械と化した。
喉も破れよと吠え、女の奥に突き込むごとに注ぎこみ、腰を引く動きでまた放つ。現実にはありえない量と回数は、夢であってすら
男に恐るべき消耗を強いた。
女は男の首に腕を回し、唇と唇を触れ合わせる。
男は、まるで脳から余分の獣欲を抜き取られたかのように、わずかだけ意識を取り戻す。

”もっと、楽しんで”

脳内に直接囁かれるような声に導かれ、男はペースを緩めた。
ゆっくりと突き込んで女の胎内の感触を満喫する。
特に不可思議な仕掛けがあるわけではない。奇怪な媚薬を分泌するわけでもない。だが締め具合、摩擦の程度、最奥の弾力、
何から何までが最適な具合で男を楽しませてくれる。
男は心ゆくまで女を楽しみ、尽き果てるまで精を注ぎこんだ。いくら夢でもこれが限界だ。

女は2度目のキスをした。またしても唇を触れるだけのキス。そして耳元へのささやき。

"おやすみなさい…"

男は、夢の中で眠りについた…


……瞼を通じて、日の光を感じる。どうやらとうの昔に朝が来ているようだ。
男は目を開けた…いや、開けようとした。だが出来ない。まぶたを開けることすら億劫なほど消耗している。
まあ良い。今日は休みだ。
男はそのまま二度寝を決め込むことにした。






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