深淵に咲く花
シチュエーション


隔絶された園だった。しん、と冷えた空気に満ちている。連なる山脈の、開けた洞穴を抜けた先、
左右を稜線に挟まれた行き止まり。
谷底に生まれた窪みのような場所で、役目を終えた男が静かに生きていた。小さな庵の中で、
こほっ、こほっと、咳をいくらか零す。

「まいったなぁ……」

赤い血が、ほんの少しだけ、綺麗に散った。

男はときどき、麓の村に降り立った。やることは大体決まっていた。いくらかの嗜好品を買い
込んで、時に酒場の一角に腰を下ろし、世間の噂話に耳を貸し向ける。要するに暇だった。

「おい、聞いたかよ。帝国の王子が、ついにご結婚されるらしいぞ」
「本当かい。相手は誰だ」
「西の果てにある "砂の国" の美姫だって噂だ」
「へぇ、いちどお目にかかってみたいもんだよな」
「やめとけ。おめーじゃ見向きもされねーよ」

たった、それだけの会話。
それでも、安酒場で交わされる世間話は、男にとって世界のすべてに等しかった。

「――こほっ、」

軽く咳をした後で、店主にむかい、錆びた銅貨を三枚置いた。

「ごちそうさま。ところでなにか仕事はないかな。実はね、そろそろ金が尽きそうなんだ」
「仕事……?アンタ、この村のモンじゃねぇよな」
「うん。この店の窓から見える山脈の、えぇと、 "あそこらへん" に住んでるよ」
「はぁ?」

露骨に、うさんくさそうに見られた。あわてて、身振り手振りで説明を補足する。

「いや、本当なんだって。ほら、こう、ぐにゃっとなってるトコの、」
「聞いてねぇよ」

グラスを拭きながら、店主は面倒くさそうに言い放った。気まずい空気を感じつつも、これで
ダメなら諦めるからとばかりに、男はなおも食い下がってみた。

「ホント、なんでもいいんだよ。面倒ごとも大歓迎。ただし犯罪除く」
「だからよぉ……。ん?」

男は身だしなみさえ整えれば、まだまだ精悍な顔つきの若者だった。ついでに、無邪気で
人好きのする印象を持ちあわせていた。だが、それよりも傍らに置かれていた長剣が、少し
だけ店主の気を引いた。

「アンタ、剣士か?」
「よくぞ聞いてくれた!僕の唯一の特技がコレで、実家は東国の、」
「うるせぇだまれ。とにかくよ、裏山の薬草畑に魔物が出たらしいんだわ。そいつを退治して

くれんかね。かなり手強いらしいが、手配書を作ると金がかかるってんで、半端に放置されてんだわ」
店主は、本当にとりあえず、という感じで言ってみた。しかし男は予想外に食いついた。

「そうそれ!そういうのが単純でいい!詳しく聞かせてよ」

なんだコイツ。そう思いつつ、実は人のよかった店主は、自分の知っていることを一通り話した。
そして、日が変わる頃合になって。

「ただいま。とりあえずトドメ刺してきたけど、どうすりゃいい?」

男が、自分の背丈はある魔物の首を引き摺って、店に戻ってきた。

男はどうやら、相当に強かった。気まぐれに村に降りて、仕事がありそうな時は日銭を稼いだ。
酒場の店主と同様に、最初はうさんくさそうにも思っていた人々も、次第に、この男に信頼をお
くようになった。護衛や輸送などの仕事もできるかと言えば、男は素直に頷いた。律儀に、それ
らの仕事を確実にこなしたが、要するに暇だった。

「なぁ、おまえさぁ、オレらの村で暮らさないのか?」

一年が経ったある日、酒場の店主は言ってみた。
男は曖昧に「それもいいかもね」と返した。
その夜、谷底の小さな庵の中で、こほっ、こほっと、また咳を吐いた。
赤い血が、たくさん、散った。

さらに一年が経った。男は村の住人になろうと決心して、身支度を整えていた。
要するに孤独には勝てなかった。

「新しい門出には、いい日和だ」

陽光のまぶしい、雪解け水がしたたり落ちた早朝。
男は、浮かぶ青空のような髪を短く切った。髭もそった。服も一応、新しめの
やつに着替えておいた。それだけで、十分すぎる美丈夫に変貌した。

「あーえー、本日は、お日柄もよく、えー」

挨拶にうかがった村長の家屋を前に、マイクのテスト中。そして、妙に豪奢な
馬車が止まっているのを見た。

「―――さま?」

とっさに、自分のことだと気がつかなかった。もう、誰にも呼ばれることのない
はずの、捨てた名前だった。思い出したのと同時に、うっかり振り向いていた。

「やはり、生きておいでだったのですねっ!」

馬車の扉が開く。現れたのは、肌を大きく露出したドレスをまとう、褐色肌の
美女だった。従者が止める間もなく飛びだして、男の下に駆けよった。胸に飛
びこんでくる。
柔らかく、温かく、懐かしかった。

「もう、絶対に離しません……っ!」

我に返ったときには遅かった。背に回された両腕を振りほどくことは叶わず、
口付けられていた。



隔絶された迷宮の奥。魔力を秘めた白い灯火が、ふわり、ふわりと漂う深淵
の一角。魔王の居城とは程遠い、人工的な小さな小屋がある。

「――あっ、あっ、あぁぁあああっ!!」

内からは、快楽にまみれた、呂律の回りきらぬ嬌声が響きわたる。人の形を
した姿が四つ、そこにはあった。

一人は青年。床に横たわり、うつろな眼差しで天井を見上げていた。残る三人
は、紅茶にミルクを溶かしたような、うすい褐色肌の娘たちだった。青年を取り
かこみ、彼の "魔" を食らっている。

「はぁ、ぁぁっ、すごい……。まだ、こんなにたくさん出るなんて……」

娘たちの一人が、快楽に酔いしれる。まぶしい金色の髪と、眠たそうな飴色
の瞳、甘くとろけそうな柔肌を持ち、男の腰のうえに跨る。激しく、肉を打ち合
わせるように、腰を振るった。

「はっ、はぁッ、はあぁんっ!」
「……う、あ、ぁ……」

白濁した液が、結合した秘部から散る。気持ちよさげな娘とは裏腹に、青年
は空と変わらぬ双眸で力なく、その様子を見つめる。開いた口元からは、唾液
が垂れていた。

「……ぅ、っあ、ぁ……」
「うふふ、もうオシマイですの?随分とがんばってくれましたもの。ご褒美を、
あげないと、いけませんわ、ねっ……!」

言いつつ、ぱん、ぱんと、腰を振るうのを止めはしない。精を出しつくし、萎
えたモノを激しく咥え込んで離さない。

「んっ、んふぅっ!ふぅ、ふ……っ!こうして揺れると、わたくしのお腹のな
か、貴方の精気が、たっぷり波打ってるのを感じますの……!」

いくら出されても満足せず、淫らに男性器を求め、嬉しげに悲鳴をあげた。

「はぁっ、はぁああんっ!堕ちた貴方の顔、すごく素敵ですわ。それから、
この奥に刺さった、あなたのおチンポもぉ……ッ!」

ちりぢりに金髪を乱し、淫らに汗が散る。それすらも、麻薬のように肌に染
み込んで、青年の神経を犯した。

「あぁんっ、ダメですわっ、おチンポが萎えてきちゃう。もう、熱い精液は打ち
止めなの、か、しら……ぁ!」

大きな乳房がたぷん、たぷんと揺れ動いた。
膣に咥えた男根を、決して離そうとはしなかった。

「ぁ……ぅぁぁ……」

大の字に広げられた青年の両手が、ぴくっと動いた。指先がなにか意味のあるもの
を掴もうと動くが、叶わない。

「アリシア姉さま。この方、まだ意識が……」

青年の右腕をぎゅっと抑えるのは、野ブドウ色の髪と、それより少し薄い、紫水晶の
色を宿した瞳を持つ娘だ。残る二人の女と比べ、いくらか幼い顔立ちをしていた。

「くふふっ、たいしたものよなぁ」

そして反対の左手を握るのは、妖艶な笑みを浮かべた、夜色の髪を揺らす美女だ
った。わずかに身じろぎするだけで、晒された巨大な乳房が、たっぷん、と揺れ動く。

「ここまで上物とはの。所詮は宝の噂を聞きつけた、浅ましいオスであろうが。よい。
実によい "魔" を秘めておる」
「お姉さまぁ、どうせでしたら、魚の餌にするまえに、名前を聞いては如何かしら?」

肉棒を咥えていながら、くすくす、腰を振るう娘が笑いかける。

「珍しいな、ウルスラ。おまえが贄に興味を持つとはの」
「えぇ、わたくしもっ、はぁん……!おどろ、いて、ますわ……ぁ」
「どうせ今宵にでも尽きる命ではあろうがの。まぁ、よい。フィノ、逃げ出したりせぬよう、
しっかり抑えておれ」
「……はい、アリシア姉さま……」

三人の娘のうち、長女である黒髪のアリシアが動いた。ひたひたと、青年の頬に
手を添える。

「わらわの妹が、おまえの事をいたく気にいっておるぞ。名を応えよ」

細い指先が青年の唇をなぞっていく。寝言をつぶやくように応じた。

「……エリオット……」
「ふむ、帝都のオスにありそうな名前かのぅ」
「うふふっ、エリーって呼ぶと、ちょっと可愛すぎ、るかしら……。そうね、エルって
呼ん、で、さしあげ、ま、すわ……ぁぁっ!」

はぁ、はぁ、はぁ、と。
腰をふるウルスラの動きが、次第に緩慢になっていく。

「おまえも限界が近いのであろう?そろそろ私と変わらぬか」
「そ、んなっ、ずるいわ、お姉さま、これはわたくしの……あぁっ!?う、うそっ、
また固くなってき――ひゃあああぁっ!?」

身体を持ちあげる。大口を開けて涎を垂らし、自らの膣内で動く異物を嬉しげに
締めあげた。

「まだ動くか。ウルスラよ、まだ続けるのかえ?」
「あんっ!あひぃんっ!お姉さまぁっ、ダメっ!今夜は、ダメェッ!絶対にダ
メですのぉッ!!」

腰を上下に動かして、だらしなく痴態に染まる妹の姿をみて、姉は仕方あるまい
とばかりに、笑ってみせた。

「よかろう、最後の一滴まで絞り尽くしてやれ」
「は、ぃっ……。あっ、あぁ、エルぅ!わたくしをっ、こんなにっ、満足させたのは
貴方が初めてですわぁっ、ん、、ん、うぅーーッ!!」

激しさを増していくウルスラを見やり、アリシアもまた、エリオットと名乗った青年
の胸に、舌と歯で刺激を与えていく。そして動かぬ妹をみた。

「どうした、フィノ」
「え?」

一心に腕を抑えていた一番下の妹が、思い出したように顔をあげた。

「な、なんでしょう、アリシア姉さま」
「こちらが問いたいところよ。呆けておらず、今のうちに精気を食らっておけ。この
男は上物だがウルスラにかかっては、明日まで待つまいぞ」
「アリシア姉さま……」
「なんぞ、まさかこの男が気にいったかえ?」
「い、いえっ!そういうわけではありませんっ!」
「ならばよい。精気を吸い尽くした後は、また谷底にでも捨てておけ。冒険者という
存在は、いらぬ日差しのように、いくらでも降り注ぐからの」

愉快そうに笑うアリシアは、形のいいエリオットの顎骨をそっと撫でていく。首筋
にも指を這わせながら、爪先でくすぐるようにひっかける。

「どれ……。わらわも味見をさせてもらおうぞ」

ウルスラが、脈に爪を当て、力を込めて押す。皮膚がぷつっと千切れ、男の首
から赤い血の珠がこぼれでた。

「……ぁ、ぐぅ……」
「どうした。もう抵抗する気も失せたか?我らが贄よ」

血の雫を舌先で舐めあげる。ちぅ、ちぅと、吸い上げる。エリオットは口を
開いたまま、反応をみせなかった。

「つまらぬ。どうやらここまでのようじゃの。くふっ、ふっ、仕方があるまい。
トクベツに、わらわが手伝ってやろうぞ……」

背筋を這うような微笑とともに、アリシアの唇が、エリオットの耳元に寄
せられた。

『――闇を知る我、命ず。<滅せ> よ。汝が理性を』

『――肉を知る我、命ず。<生ぜ> よ。汝が情欲を』

『――炎を知る我、命ず。<爆ぜ> よ』

アリシアの唇が "魔" を謡う。
遮ることのできない音は呪文と化し、エリオットの頭蓋を反響した。

「……ぅ、ぉ、ぁ、あ、あ、」

彼の内側に在る、エリオットたらしめる、欠片が狂う。

「理性を失い、オスのケダモノと化すがよい。この場ですべてを出しきり、
あとは永劫の眠りに堕ちよ」
「ぁぁあああああア――――」

あふれ、喉を通り、胸に落ち。
手足を染めあげ、全身を巡り、抑えきれない咆哮となり、

『アアアアアアアアアアアアアアア!!!』

あふれた。慟哭がほとばしった。
エリオットの半身が、繋がったウルスラの奥を激しく突く。突き上げる。

「ひっ、ぎいいぃううーーーっ!?」

肉棒は硬度を増し、熱がうなりをあげ、抉るように、膣奥へと進む。

「ま、待ってぇ!まっへぇッ!そんなしゅごいのでっ、奥はらめですのっ、
おチンポらめぇっ!きちゃらめにゃのぉおーーッ!!」

白目を剥きかけ、だらしなく開いた口から真っ赤な舌がはみ出した。ひ
たすら狂ったように突き上げれば、同じく、狂ったような悲鳴が返る。
ぎゅうぅっと、膣内が圧縮され、一息に射精欲が昂ぶる。

「んはあぁぁぁーッ!!イ、ぐぅ!だひて、だひてぇっ!エルのせーえ
きっ、わたくしのなかぁっ、びゅーしてええぇっ!!好きぃ!エルのお
チンポ、だいひゅきですのぉーーーーッッ!」
「はぁっ、あっ、あぁあ……ッ!」

肉がぶつかり合う音が、小屋のなかで木霊した。すでに何度も達した跡
があり、しっかりとこびり付いたその場所をめがけ、再び精を吐き出そうと
する。

「ここまで耐えた贄は、おまえが初めてよ」

アリシアは、エリオットの手のひらを自分の秘部に添えつけた。むきだし
になったクリトリスに指を重ね、自慰をするように擦っていく。

「ここまで焦らされては、さしものわらわも……んぅっ!」

挿入の振動で、ぴくっ、ぴくっと動く指先に、たまらず声をあげた。ウルス
ラもまた限界だった。

「も、もう、わた、くし、ら、らめぇえーーーッッ!!!」

何度目かの絶頂を迎え、大きく仰け反った。同時にエリオットの意識が白
に染まり、びゅぐぅぅっと、腹を膨らませるほどの精を種つける。
あとは、意識が闇に傾いでいく、その時だった。
三つの肉体が激しく絡み合った間に、手が添えられたのは。

「エリオット様……」

色濃い紫水晶のような瞳が、静かに彼を見つめていた。そのなかに、うつ
ろに輝く、蒼の瞳が重なった。

『――環を知る我、命ず。<<我を受け、再生せよ>>』

"魔" をつぶやき、静かに触れあった。
野ブドウ色の髪が二人の顔をおおい、青年の頬を優しく撫でた。

「ん……」

吐息が重なる。おそれるように舌先を絡めていく。

とろりと落ちる唾液は肉を通じて、魂の奥底へ溶けていった。



微かな明かりの下で、男は娘を抱いた。
最初こそ、純粋に人肌に餓えてもいたが、そんなものは快楽のまえに、あえ
なくけし飛んだ。獣が肉を食らうように、乱暴に女を抱いた。

「いやああああぁーーッ!!」

ぬめる血の跡が、男の独占欲をも満足させた。一度、膣中で果ててしまえば、
あとは止まらなかった。
自分のモノに刺し貫かれ、涙をこぼし、苦痛に顔を歪め、死にそうに喘いだ。
それでも必死に両腕を回してくるのが愛しかった。十指の爪が突き刺さったが、
それすらも心地良かった。

「――き、好き、好きなのっ!忘れられなかったの!ずっと探して、求めて、
欲してっ――あああああぁぁッ!!」

請われるままにねじ込み、柔らかな肌を揉みほぐした。熟したばかりの果実
はひたすらに甘かった。いくら吸い込んでも、次から次へと汁があふれだし、
据えたような匂いばかりが、強く広がる。
そしていよいよ言葉に違わず、気を失いかける直前だった。

「……もっとぉ」

処女であったばかりの女が、男の上に圧しかかってくる。すっかり萎えた男
根を両手で支え、ぬめる舌先で舐めあげる。

「もっと、コレが、欲しいのぉ……」

さすがに戸惑った。体力の尽きない娘の乱れ様に、得体の知れない不安を
感じたのもある。だがそれよりも、肉に直接口づける行為を、高貴な身分であ
る彼女にはさせてはならぬと感じた。

「"姫さま" それは――」
「やめて。その名で呼ばないでと、さっきも言ったばかりよ」

少しわざとらしく、口を尖らせてみせた。そしてそのまま、萎えた男のモノに
音を立て、口付ける。

「んっちゅっ……」

ぞくっ、と背筋が震える。あまりの気持ちよさに顔が歪む。

「ふふっ、勇者サマ。こうすると気持ちがいいみたいですのね」
「仕返しですか?」
「えぇ、もちろん」

女を遠ざけようとすれば、むしろ楽しそうに、年相応の愛らしい微笑を浮かべ
て、男に近づいた。その子猫のような大胆さと甘えっぷりに、苦笑して言葉を
返した。

「身分とか、そのほかにもいろいろ、問題があるんですけども」
「離れたいならそうすればいいわ。でもお忘れにならないで。わたくしはこの
二年、貴方をずっと探し求めてきましたのよ」

くすくすと、笑って手を延ばす。

「いいえ、もっと長い間だわ。貴方が旅の途中で、私の国におとずれた時から
ずっと待ってた。無事に帰ってきたら、添い遂げると確かに約束しましたのに、
ウソツキ」
「いやぁ、すみません。忘れたわけじゃないんですけどね」
「本当かしら……」

女は微かに首をふる。そして激しくキスをした。

「もう離さない。絶対どこにも行かせない。逃げられなくしてやるんだから。
だから、なんだって、してあげる……」

顔を沈め、一息に根元まで飲みこんだ。
不慣れに動かす舌遣いだったが、それでも充分だった。男のモノは大きく
膨れあがっていく。

「……まいりました」
「んううぅっ!?」

ぐっと、両手で頭を抑える。根元まで咥えさせてやる。
呻く声に隠して、こほっ、こほっ、と咳を払った。
見えないところへ、まぁまぁの、血が散った。



「……ぅ」

青白い灯りを見て、エリオットは目を覚ました。
身体がひどく辛かった。平素からかかさず鍛錬を行っていた肉体が、寝起き
とはいえ、激しく疲労を訴える。

(それにしても、さっきの夢はエロかったな。あぁ、なるほどそういうことか?
いや待て、夢精して朝から起きられないとか、そんなバカな……)

寝起きで、頭が上手く働かなかった。

(ここは何処だ)

エリオットは、自分が見ている小屋の屋根にも、なにか違和感があるなと感じ
た。雪山の麓にある民家は、無骨ではあるが丈夫な造りをしている。対してこ
の小屋はなんというか、一言で "大雑把" だ。

(俺が泊まったのは確か、一泊で銀貨一枚の良心的な安宿だったはず。防音
と断寒の対策が異常にしっかりしていた反面、メシがヒドかった)

エリオットは思い出す。
"醗酵した謎の生き物の内臓を油で揚げただけヨ☆" という、得体の知れない
料理を出された時は、素直に死を覚悟した。ひどい臭いだった。

(世界は広しと感じたな……)

慣れれば病みつきになっちまうんだぜと、親指を立ててスマイルを浮かべた
老夫婦は、実は、自分を騙すことに命を張ったジョークを実行しているんじゃ
ないか。そう思った。思った瞬間、老夫婦は健啖そうに、もさもさ食った。エリ
オットもまた、慎重に一口運び、直後、

「失礼、ちょっとトイレへうげえええ!!」

吐いた。

(いや、そこまで思い出す必要はあるまい。というか思い出したくない)

寝起きで頭がボケていた。
一つ、吐息をもらす。木々の間から、妙に暖かい隙間風を感じる。さらに思考
を拡散させていく。

(うん、なんだ?)

身体が、妙に柔らかい物に包まれている。特に、二の腕に触れる弾力のある
膨らみは一体?

「……すぅ……」

頭の霧が少しずつ晴れてゆく。耳に聞こえたのは、確かに寝息だった。

(酒の勢いで女でも抱いたか?いや、そもそも俺は昨晩……)

なにか引っかかった。嫌な感じがした。やはり目を覚まそうと、疲労をうったえ
てくる上半身を起こして、見た。

「……ん」

自分の隣に、紫色の髪をした可憐な少女が、寄り添うように眠っていた。衣装
は大切なところだけを隠した、水着のような薄布だ。しかも半透明に透けている。

(ふむ。いいんじゃなかろうか)

だいぶスッキリしてきた頭で、エリオットはそう判断した。

(胸は小振りでやや小さいが、よい形だな。揉めばさぞ柔らかいに違いあるまい。
というか、おっぱい揉みたい)

いつもどおり、正常な判断を終えていた。
直後に「いかんいかん、冷静にならねば剥いでしまうわ」と目を反らす。少し離
れたところにも、抱き合って眠る二人の美女がいた。やはり同じような衣装で、
やはり大事なところが透けていた。

「おいおい、どうなってるんだ、素晴らしいな」

思わず言葉がでた。
エリオットは基本的に素直で、欲望には忠実な男だった。

(俺は見知らぬうちに、ハーレム界に飛び込んじまったのか!?)

真顔で思案にふける。この三人は、美しさの本質は異なるが、どれも "絶世の"
と形容詞をつけてもいい美女だお持ち帰りしたい。五秒で結論づけた。
そこまで考えたところで、記憶の引きだしが開く。

(俺の武器……!)

己の両手を広げ、握りしめる。本調子にはほど遠く感じたが、満足に動くことを
確認する。戦える、と直感する。

物を隠せるところなどない小さな空間を見まわす。不思議な香が、薄煙を
あげる部屋の中央に、

(あった)

エリオットの荷と長剣が、柱にもたれかかるように置かれていた。ふと、今
の自分が一糸纏わぬことに気がつく。ここまで着ていた服が、上から通した
紐で吊るされていたからだ。
妙な違和感があった。これではまるで、

(遭難したところを、救われたようだが、昨晩のアレは……)

記憶が錯乱しているところが、まだあった。
宿をでたところまでは、覚えている。
迷宮にたどり着いたところまでも、覚えている。
女たちとの行為も、覚えている。
しかし、その間、たどり着いた直後のことが、うまく繋がらない。

「……あの」
「!?」

振りかえる。さっきまで閉ざされていた瞳が開いていた。紫水晶のような
双眸が、エリオットを間近で見つめていた。少し寝癖のついた彼女の顔。そ
れを支える細首を絞めるべきかと、一瞬迷う。

「あの、その、お、おはようございます……」
「は?」

そして一瞬で、気が削がれた。あまりにも無防備で隙だらけ。おまけに覆う
もののない自分のモノを目に入れて、うっすら頬を赤らめる。初夜を過ごした
かのような態度に、かなり焦った。

「お荷物は、そちらにまとめてありますので」
「あ、あぁ……」
「私は、外で水を汲んできますね」
「あっ、おい、ちょっと待ってくれ!」
「はい?」

邪気のない、その後ろ背に手をのばしていた。すべてが演技だとしたら、ま
んまと騙されたものだなと、胸の内で自嘲する。

「水を、いやできれば湯を浴びたいんだが、無理かな」

おいでませ、秘境の湯。
迷宮の深淵は、巨大な空洞であり、極楽だった。
果てしない先に広がる眼下には、大密林と呼ばれる深い森が広がっていた。
左右には、すべらかな石壁が真っ直ぐにそびえ、天まで延びているように思え
る。
足下の石床もまた、大理石かと見紛うような、おうとつのないものだ。違って
いるのは、それが淡く七色に輝くこと。空からは雪のように白い光の粒子が、ふ
わふわ漂っているということ。

(……迷宮の深淵は、すごいな。まさか温泉が広がっていたとはな……)

かぽーん。

迷宮内とは思えない空間と、明るさ。そして心地よい湯の感覚に、冴えかけて
いた頭が、ふたたび麻痺していく。

「湯加減はいかがですか」
「あぁ、とてもいいよ。えぇと……」
「フィノと申します。エリオット様」

娘がにっこり、微笑みかけた。

(さすがに、湯浴みは冗談のつもりだったんだがなぁ)

まさか両足を伸ばして、楽に泳げるほどの広さがある泉で、一息つけるとは
想像すらしなかった。

「もう少し、あたたまっていかれます?」
「ぜひ」

間髪入れずに応えた声は、危機感ゼロだった。フィノは泉のふちに立って両
手を伸ばし、エリオットの側で沈んでいた "珠" を操作する。

「――火を知る我、命ず。<爆ぜ> よ」

フィノが "魔術" で生みだしたらしい球体が、陽のように橙色に輝いた。湯と
なった水の温度がさらに上昇し、エリオットの身体を芯から温めていく。
うっかりすれば、眠りに落ちてしまいそうな心地のなかで、エリオットは言った。

「フィノ、よければ一緒に入らないか」
「えっ!?」

惚けた頭がそんな言葉を紡ぎだしていた。フィノの頬がほんのり赤くなり、つら
れるようにして "熱球" が暴走する。水の温度がさらに上昇し、ボコボコと滾るマ
グマのように泡立った。

「おぉ!?燃えてきたぞおおぉーーッ!?」
「あっ、やだっ!――火を知る我、命ず。<滅せ> よ!」

フィノが叫ぶ。熱球は瞬時にカキーンと凍りついた。水面をピキピキと薄氷が張
りはじめる。

「死んでたまるかァっ!!」

凍死を回避。トビウオの如く水中から飛び出したエリオットは、用意してあった布
に包まり、しばらく全裸で震えていた。

迷宮の中は、春先になると、意外に暖かい。
厚手のインナーと、ジャケットを羽織るだけで、とりあえずは凍死を回避した。下は
皮のズボンを履き、ここまで用いた底の厚いブーツを履きならす。腰には、愛用の
長剣を帯びる。

「フィノ、聞かせてほしいことが、いくつかある」
「はい、応えられることでしたら」

静かな、波のような表情で、フィノは小さく頷いた。凍死させかけたことを気にしてい
るのかもしれない。

「ここは天国か」
「……え?」

ただ、的外れのような質問に、大きく瞼が開いた。

「いや、割と本気で聞いている。俺は死んだわけではないのか」

エリオットの言葉を耳にして、フィノはもう一度、あどけない少女の表情でほころん
だ。

「天国じゃありません。ここは数ある迷宮の一つ、その深淵です」
「そうか。こんなに明るく、居心地のいい場所だとは聞いていなかった」
「えっ、誰からですか?」
「俺の恩人で、剣の師だ。俺が言うのもなんだか変わり者でな。腕は立ったが変人だ
った。こんなところを目にすれば、観光名所にすれば儲かりそうだとか言いそうだ」
「あはは、面白いことをおっしゃりますね」

嫌味でなく、本心からそう思っているように、愛らしく笑う。野ブドウ色の髪がさらりと
揺れた。

「でも、ここは空間を捻じ曲げて、結界を施しているんです。集まってくれた精霊は、
人が多きところを好みません。観光名所になってしまえば、正しく深淵に戻ってしまう
でしょうね」
「それはもったいない。次にもう一つ、問うてもいいかな」
「はい」
「昨日の、あの小屋で交わった記憶のまえ、迷宮に入った直後の記憶がないのだが。
君は知らないだろうか」
「……え?」

ぽふっと、フィノの表情に朱がさした。照れた風に、もじもじする。

「お、覚えていらっしゃらないのですか?」
「あぁ、なにか気がついたら、マグロ状態だった」

エリオットも、困った風に頭をかく。後頭部の途中が、妙にでこぼこしていた。

「っ、どこかで頭を打ったか?」
「あの……。おっこちてましたよ、エリオット様」
「うん?」
「入り口付近で、足を滑らして、頭をぶつけて気絶して。斜面をずるー、ずるーっと滑
り堕ちて、クレバスに落下して。激突する直前で、アリシア姉さまが、あまりに不憫だ
ったからって魔術で助けてました。あとはその……。そんなわけです」
「そうだったのか」

正に、衝撃の事実。上手いこと言った。

「エリオット様、元気だして」
「ありがとう。君は優しいな、フィノ」
「いえ、そんな」

むしろその優しさが辛かった。しかし綻ぶ表情に向かい、そんなことを言えるはず
もなく、沈んだ気持ちを押し隠し、もう一つ秘めていた質問を与える。

「フィノ、最後の質問だ。俺が耳にした話では、君たちは "魔女" だと聞いたが、
その真相を教えてもらえないだろうか」

笑みが消える。エリオットはそっと長剣に手を添えた。

「……私たちは……」

居合いで抜けば、フィノの首が飛ぶ距離だった。威圧する気配を隠さずに、美
しい少女を正面から見据える。眦は哀しげに落ちていった。

「魔女ですか……。えぇ、その通りでしょうね」
「古の財宝を数多く持ち、迷い込んだ冒険者を食らうという噂もか?」
「エリオット様も、財宝を求めて来られたのですか?」
「それも一つの目的だ。冒険者とはそういうものだ」

マッピングする前にうっかり事故で死にかけたがな。などと言えば、変人の師
匠にすら「名乗っちゃダメだよ、それは」という顔をされそうだが、気にしない。

「それも真実です。私と二人の姉さまは、通常の人や動物と違い、自然の "魔"
を取り込むことができませんから」
「君たちは、元々は人間なのか?もしや、異世界の悪魔とでも契約したのでは
あるまいな?」
「……」

間をおいて、紫水晶の瞳が瞬いた。薄赤い唇が動く。

「過去、そうした人を、知っています」
「それは君の姉さんか?」
「違います。私と、姉様たちは "夢" なんです」
「……夢?」
「はい。私と姉様たちは―――」

『――闇を知る我、命ず。<現せ> 黒蛇 』

なにかが、高速で飛んでくる。
黒き焔をまとう鞭の如き一打が、少女の背を、したたかに打った。

「フィノ!?」
「お喋りが過ぎよう、妹よ」

蛇のように高速で宙を這い、そして不意に消える。背後の空間が不自然にゆら
ぎ、見れば、アリシアが現れていた。片手には対となる黒翼を象った、いびつな
杖を握っている。

「まさか、ここまで愚かしくあったとはな。"魔" を無為に使いおって」

深淵に近い闇の瞳に、静かな怒りがともっていた。

「……ねぇ、さま……」
「もう少し、痛めつけてやってもよいのだぞ」
「よせッ!」

七色に輝く石材の上、エリオットは、膝をついて倒れたフィノのもとへ駆けた。
剣を鞘から抜き放った瞬間だった。

『――水を知る我、命ず。<化せ> 氷柱 』

背後の泉がうなりをあげる。意志があるかの如く、大渦を描くように空中を巻
き上がる。エリオットが振りかえった瞬間に、それは真冬の滝のごとく、瞬時に
凍りついていた。

「朝駆けは感心しませんわよ。エリオット?」

その上に、羽切れのように軽い音を立てて降り立つ、美女の姿がある。眠た
そうな飴色の瞳が、にっこりと微笑んだ。
てのひらをそっと、エリオットに向ける。

『 <<氷柱、矢となり、爆ぜ、その者を、滅せ>> よ』

氷柱が轟音をあげ、細かく砕け散っていく。
無数に分かたれたそれは呪文の通り、ひき絞った矢のように襲い来た。

エリオットは反射的に、抜いた長剣を足下にある石床に穿つ。

「<エンチャント・シールド>!」

キィンッと、硬質な音が広い空洞内で反響する。
瞬き一つする間もなく、彼の長剣は <石の大盾> に変化を遂げていた。

キィンッと、硬質な音が広い空洞内で反響する。
瞬き一つする間もなく、彼の長剣は <石の大盾> に変化を遂げていた。

大盾は主である男を、身をていして守る騎士のように広がり、表面を激しく削られ
ながらも、氷柱の矢を防ぎきる。

「驚きましたわ。最近の剣って、便利ですのねぇ」

宙を踊るようにしながら、砕けた氷柱から、ふわりと飛び降りる。ウルスラが笑う。

「それにしても、エルったらひどいですわ。昨日、わたくしとあんなに激しく愛しあっ
たのに、もう妹に乗り換えましたのね」
「悪いが、俺の信条とする恋愛には、相互理解が不可欠なんだ」
「それってつまり、お互いがキモチよければいいのでしょ?」
「…………」

エリオットが、石盾からひょこっと顔をだし、わずかに首を傾げた。

「……う、む……」
「うふふ。否定しませんのね」
「待て。そうだ。それで死んでは元も子もない」
「時にはツラい人生を、最高の幸福で終われるのですから、よろしいのではなくっ
て?」
「すまない。少しだけ考える時間をくれ」
「痴れ者が……。闇を知る我、命ず。<現せ> 影狼 』
「うおぁっ!?」

声のとどいた方角、アリシアが手にした杖の先端から、影絵そのもののような
シルエットをした狼が牙をむく。大きさは通常の狼と変わらぬが、地は駆けず、
宙を蹴った。四本の足がない。開いた口腔と、並んだ牙だけが不気味に赤い。

「くそ!真剣な議題の途中だろうが!<ディス・エンチャント>!」

変わらぬ硬質な音が一度。盾は本来の姿に一瞬で戻る。
エンカウント。
一人と一匹が相対する。

「フィノ、最後の質問だ。万物の霊薬、エリクサーとも呼ばれるその薬の素材となる
"深淵に咲く花" を知っているか」

笑みが消える。エリオットはそっと長剣に手を添えた。

「それは……」
「君は素直だな」

剣を居合いで抜けば、フィノの首が飛ぶ距離だった。威圧する気配を隠さずに、美しい
少女を正面から見据える。眦は哀しげに落ちていった。

「エリオット様も、財宝を求めて来られたのですか?」
「冒険者とはそういうものだ。遺跡の盗掘者と大差はないさ」

マッピング前にうっかり事故で死にかけたがな。などと言えば、変人の師匠にすら「名
乗っちゃダメだよ」という顔をされそうだが、気にしない。何故ならば、その人はもう、

「――死んだんだ」
「え?」
「俺の師は、病を煩っていてな。不治の、というわけではなかったが、俺が出会ったとき
にはもう手遅れだったらしい。血をひたすら吐いて、笑いながら、死んでいったよ」

エリオットが自嘲するように、少し笑う。

「俺はバカだった。最後の時まで、気がついていなかった」
「……エリオット様、いくら "花" があったとしても、死の底に沈んだ人が蘇ることはあ
りませんよ」
「わかっている。ただ、墓に添えてやりたいんだよ。この剣を継いだ、どうしようもない

バカ弟子の、ケジメみたいなもんさ」
エリオットが剣を抜きはなった。自身の上空へと掲げる。
ほころびの欠片が一つとしてない白銀の刃が、光る。

「それにしても、フィノ。君たちは元々は人間なのか?もしや、異世界の悪魔とでも契
約したのではあるまいな?」
「……あく、ま……」

間をおいて、紫水晶の瞳が瞬いた。薄赤い唇が動く。

「過去、そうした人を、知っています」
「それは君の姉さんか?」
「違います。私と、姉様たちは "夢" なんです」
「……夢?」
「はい。私と姉様たちは―――」

『――闇を知る我、命ず。<現せ> 黒蛇 』

なにかが、高速で飛んでくる。
黒き焔をまとう鞭の如き一打が、少女の背を、したたかに打った。

「フィノ!?」
「お喋りが過ぎよう、妹よ」

蛇のように高速で宙を這い、そして不意に消える。背後の空間が不自然にゆらぎ、見れ
ば、アリシアが現れていた。片手には対となる黒翼を象った、いびつな杖を握っている。

「まさか、ここまで愚かしくあったとはな。"魔" を無為に使いおって」

深淵に近い闇の瞳に、静かな怒りがともっていた。

「……ねぇ、さま……」
「もう少し、痛めつけてやってもよいのだぞ」
「よせッ!」

七色に輝く石材の上、エリオットは、膝をついて倒れたフィノのもとへ駆けた。剣を鞘か
ら抜き放った瞬間だった。

『――水を知る我、命ず。<化せ> 氷柱 』

背後の泉がうなりをあげる。意志があるかの如く、大渦を描くように空中を巻き上がる。
エリオットが振りかえった瞬間に、それは真冬の滝のごとく、瞬時に凍てついた。

「朝駆けは感心しませんわよ。エル」

その上に、羽切れのように軽い音を立てて降り立つ、美女の姿がある。眠たそうな飴色
の瞳が、にっこりと微笑んだ。
てのひらをそっと、エリオットに向ける。

『 <<氷柱、矢となり爆ぜ、その者を滅せ>> よ!』

氷柱が轟音をあげ、細かく砕け散っていく。
無数に分かたれたそれは呪文の通り、ひき絞った矢のように襲い来た。エリオットは反
射的に、抜いた長剣を足下にある石床に穿つ。

「<エンチャント・シールド>!」

キィンッと、硬質な音が広い空洞内で反響する。
ごごっ、と地の岩に光の亀裂が入った。剣の一部を再構成するかのように集ったそれ
は、瞬き一つする間もなく武器の本質を変えていた。
エリオットの長剣は、もはや剣でなく <石の大盾> と呼ぶべき武具だった。
大盾は主である男を、身をていして守る騎士のように広がり、表面を激しく削られなが
らも、氷柱の矢を防ぎきる。

「まぁ!驚きましたわ。最近の剣って便利ですのねぇ」

宙を踊るように、砕けた氷柱からふわりと飛び降りる。そっと素足を石床につけ、ウル
スラが笑う。

「エルったらひどいですわ。昨日、わたくしとあんなに激しく愛しあったのに、もう妹に乗
り換えましたのね」
「悪いが、俺の信条とする恋愛には、相互理解が不可欠なんだ」
「それってつまり、お互いがキモチよければいいわけね?」
「…………」

エリオットが、石盾からひょこっと顔をだし、わずかに首を傾げた。

「うふふ。否定しませんのね」
「すまない。少し考える時間をくれ」

真顔で応じた時だった。

「痴れ者が」

アリシアが厭そうに眉をひそめていた。

「贄よ、抗わず素直に糧となり死んでゆけ」
「悪いが、"深淵の花" を持ち帰るまで、そんなつもりはない」
「"深淵の花" じゃと……?」

アリシアが、ぴくりと反応をこぼす。そして、

「……ふふ、はははっ!」

笑い出した。エリオットもまた、訝しげに眉をひそめる。

「なにがおかしい」
「おぬし、あの花の効用を知っておるのかえ?」






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