引退
シチュエーション


街の中央に位置する待ち合わせのメッカと言われる場所に女が独り
少し憂いを帯びた表情は待ち合わせの男の目を惹き、女も無意識に視線を向ける
佇んでいるだけで注目を集める存在感

本来であれば、擬態に扮しているときに存在感を感じさせることはタブーであったが、
いまの女にとって見ればどうでも良いことだった。

(見たければ、見ればいい……)

それに、このほうが静かでいい。餌とも言うべき軟派男たちが気後れして声を掛けてこない。

(それだけ、犠牲者が減るし……)

実のところ、最近は男を捕食していない女は飢餓状態に近かった。食欲が湧かないというべきか、
飢えは感じているのだが、何故か男を求める気にはならなかった。

(いつからだっけ?)

桜舞う季節、同じ待ち合わせ場所で一人の女の子が女の隣に座っていた。少女と女の中間くらいの年頃で、張りのあるまばゆい肌に少し嫉妬したことを覚えている。
ほっそりとした面影、長く黒い髪、落ち着いた佇まいは育ちの良さを感じさせた。男と待ち合わせなのだろう、上気した頬は隣で見ているだけでこっちも幸せな気分にさせられるのだった。

(魔族なのにね)

このような可愛らしい女の子と待ち合わせる男はどんな奴なのだろう?興味が湧いた女は隣の女の子に付き合うことにした。
場合によっては、その男を横からいただいても良い。待ち焦がれた男が見ず知らずの女にさらわれていく時の女の子の絶望はどのようなものだろう?
その絶望に満ちた涙の味は歓喜に満ちた味に違いない。男の後で女の子を襲って精気を吸うのも悪くない。
凹凸は乏しいが品良く育てられた女の子だもの、同性の快楽に堕ちていく瞬間に極上の蜜を吸わせてもらえそうだ。
なんといっても、同性の女から見ても掛け値なしに可愛い。
もし男がタチの悪い奴だったら、女の子の記憶から男のことを消去して餌にしてもいい。
女の子はその後でゆっくりと自分のペットにでもしてしまおうか。使う魔力は昨今の餌事情だと少し痛いが、可愛いペットが手に入るならそれもいい。

よほど女の子のことが気に入ったのか、妄想を転がして時間を潰す女の頭の中では、あられもない姿で随喜の涙を流す女の子の顔が浮かんでいた。

1時間経った。一度だけ時計を見た女の子だったが、上気した頬はそのままに、街行くカップルを眺めていた。
2時間経った。心配そうな表情を浮かべて、しきりに携帯を触っていた。だんだんと、しぼんでいく様が判ってこちらまで辛くなってきた。
3時間経った。さっきまでの幸せそうな空気はどこへいったのやら。背中を丸めて俯いた女の子の姿に、物音一つたてることもできずに隣で座っていた。

(私の可愛いペットを哀しませる男は……殺す)

いつの間にペット確定したのだろうか?女は自分勝手な物思いに気づかずに負のオーラを醸し出していた。
周囲にいた関係の無い者達にとってはたまったものではない。自然と二人の周囲には人気がいなくなるのだった。

4時間経った。若い男が一人、女の子の前に走りこんできた。ごめん、事故で――携帯も――病院で――。漏れ聞こえてくる言い訳にむず痒さを感じながらも女の子の顔を見る。
涙をこぼしながら男の謝罪と受け入れる女の子。しぼんでいた空気がまた膨らんでくる。よほど逢えて嬉しかったのだろう、女が面食らうほどの抱擁とキスを見せ付けてくれたのだった。

(よかったね……)

ホッとして冷めた珈琲を飲む。男から搾り取る苦さとは違うほろ苦さが口にひろがる。

(甘いキスを見せ付けられたあとだもの、苦いくらいが丁度いいよね)

ペットの件は残念だが無理そうだ。こんなに幸せそうなんだもの、引き剥がすのは忍びない。

男と女の子を見送る。しっかりとしがみ付いた女の子は女が蕩けるくらい極上の笑顔だった。良い恋をしているのだろう。
若い男には、事情があったにせよ遅れた罰としてその女の子以外の女性には縁が無くなる呪いをかけておいた。

(ま、ちょっとした嫌がらせだ。その女の子を大事にしないと、タイヘンだよ。ま、がんばれ男の子)

毒を吐きながらも微笑ましい二人に祝福をしている淫魔。自分がおかしなことをし、尚且つ微笑んでいることに気が付いた。

(なんなんだろうね……ま、いっか)

それから数ヶ月、女はヒトと同じ食事をして肉体を維持しているものの、精気の補給をしていないために魔力は薄くなり常に飢餓感が付きまとっていた。
それでも、ヒトの男を捕食する気にはならない。

(待ちぼうけは……辛いからね)

あの時の女の子の笑顔が頭から離れない。自分が捕食するたびに、待ちぼうけさせられる女の子が増えるのだ。

(潮時ってやつかな……)

このまま過ごせば魔力は無くなる。魔族としての本来の姿には戻れなくなるが、現在のヒトとしての姿はヒトの食事でも維持できる。

(そのまま……ヒトとして生きてみようか)

あの女の子の笑顔。あの笑顔が自分にも出来るだろうか?ヒトになり、ヒトの男と恋をして……触れ合うこと、見詰め合うことが嬉しく、幸せに思うこと。
魔族の自分にそれが出来るだろうか?

あの笑顔を見てから自分がおかしくなったのはなんてことはない。あの笑顔に憧れたのだ。周りにいる全ての者を幸せにする笑顔。それに素直に魅かれたのだ。
魔族として、ヒトの負の部分ばかり見てきた自分にとって、あれは世界を壊すに足るものだった。ならば――

(いい男に出会えるといいわね。ね、わたし)






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