今日の獲物
シチュエーション


今日の獲物は街で見かけた、とある若者。

ひときわいいにおいのするこの男は、さぞかし美味しい精を吐いてくれるだろう。


サキュバスはアパートの部屋に超常的な力を使って鍵を開けずに入り込み、
布団で寝ている若者の枕元に立つ。

男の欲望を誘わずにはいられない魅惑的なボディ。
サキュバスの凹凸もあらわな肢体は、わずかな薄布だけに覆われてむしろ全裸よりもエロティックで。

妖気をまとわりつかせながら、サキュバスは男の枕元でしなを作り、甘い囁き声を投げかける。

「ねえ…」

「楽しい事しようじゃない」

「ねえってば…」

「なんで起きないのよ!」

今まで、どんな男でもその匂いと妖気だけでビンビンにさせて目覚めさせていたサキュバスは、
多少プライドを傷つけられて実力行使に出る。具体的には男の布団を剥ぎ取ると、その身体に馬乗りになる。

・・・それでも男は起きようとしない。

苛立ったサキュバスは、その豊満な胸を男の顔にこすり付けると、甘い声で囁く。

「きもちいいこと、しましょうよ」

「ほら、こんなにぐちょぐちょになってるのよ?」

「おっぱいがこんなに張ってきちゃうの・・・」

どんな誘惑の言葉を囁きかけても男は起きない。
サキュバスはもう半ば怒っている。

「何をしているんです?」

ようやく目が覚めた男の声がする。
しかし、それは今までサキュバスが誘惑したどの男とも違う口調で。

男はサキュバスをまるで重さがないもののように軽々と、でも丁重に跳ね除けると、
部屋の電気をつけた。

明るくなった部屋の布団の上には、女の子座りをしてる、薄布しかまとってない美少女。


男はため息をつくと、サキュバスに言った。

「どうやって入り込んだのか知りませんが、嫁入り前の若い娘さんが、そんな格好で男性の部屋に入ってきてはいけません」

「え?」

「あの、私のこの身体を見てもなにも思わないの?」

男ならば、理性を一瞬で失うほどの魅惑的な身体。
男性の妄想を具現化したようなエロチックで美味しそうな肉体を誇示して見せる。

今までどんな男も、一瞬で暴走させることができた魔力が、この男には通用しない。

「服を着なさい。こんな夜中に、親御さんが心配してるんじゃないんですか?」

まるで自分の存在が無視されたかのようで、サキュバスはついカッとなってしまった。

「えい」

胸の先端だけをかろうじて覆っていた薄布を外し、桜色の可憐な乳首を見せ付ける。
どんな男も一発で魅惑してきたその乳房にも、男は反応するどころか実に意外な反応を見せた。

パチン

小さくはない、乾いた音が部屋に響いた。
熱い。サキュバスはそう感じていた。そして、頬から次第に伝わってくる熱くて痛くてヒリヒリする感覚。
自分が男に平手で叩かれたのだ、と気づいたのは数秒経ってから。

サキュバスは呆然としてしまっていた。
今まで、男にこんな事をされた事は無かったから。

そんなサキュバスに、男は何かを手渡す。

「これを着なさい。今日はもう遅いからこの布団で寝るといい。後の事は明日考えましょう」

替えのパジャマを渡すと、男は狭いアパートの台所になにやら毛布を敷いている。

「あの…」
「いいから。女の子なんだから身体を冷やしちゃいけません」

「…」
「さあ、寝なさい。なにか悩みがあるなら明日聞いてあげます。今日のところは寝なさい」



薄赤い常夜灯をぼんやりと見ながら、サキュバスは心の中に、生まれて初めて感じる何かに戸惑っていた。
自分の魔力が通じなかった相手。
自分を平手打ちにし、女として扱わなかった唯一の男。

屈辱と、怒りと、そしてなにやら形容しがたい感覚。
男の顔を、男の声を思い出すたびに身体の奥から湧き出てくる、不思議な感覚。
その感覚の事をサキュバスは知らない。
人間どもがその感覚をなんと呼んでいるのか、サキュバスは知らない。


それが「好き」という気持ちだということを。






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