おいてけ
シチュエーション


「はぁ? 魚がクーラーボックスから消えた? アンタね、つくならもっとマシな嘘にしなさいよ!」
「いや、嘘じゃねーって。池の中から『おいてけ』って声がして、帰ってみたら釣った魚が全部消えてたんだよ」
「バカバカしい……どうせ一匹も釣れなかったのが恥ずかしくてそんな作り話をでっち上げたんでしょ?」
「――! だったらお前が直接行って確かめてみろよ!」

商店街の魚屋の前で、こんな会話が繰り広げられていた。
むきになって声を張り上げた少年に対して、少女は呆れたようにため息をついた。

「はっ……そこまで言うなら行ってきてあげてもいいけどね。もし嘘だったら、そうね――裸でこの商店街をお散歩してもらおうかしら?」
「だ……だったらそっちこそ、嘘じゃなかったらここでストリーキングしてもらうからなっ!」
「はいはい。お望みどおり、そんな怪談みたいなことが起こったらストリーキングでも何でもしてやるわよ。どうせ嘘に決まってるし」

余裕の面持ちでやれやれと肩をすくめる少女。

「ま、ちょうどよかったわ。どうせこのあたりの釣りポイントにも飽きてきたし、今から行って確かめさせてもらうわ。アンタも一緒に来る?」
「悪いけど、俺は今日一日親父が留守でここの店番任されてるからな。釣り終わったらここに戻ってきて確認させてくれよ」
「構わないけどね……念のため聞いておくけど、本当に釣れるんでしょうね? 行ってみたけど魚が一匹もいませんでした、じゃ話にならないわよ」
「心配すんな、俺が行ったときは2時間でボックスが一杯になるくらい釣れた」
「どうだか……ま、アンタの露出プレイ、楽しみにしてるわね」

ふふんと鼻を鳴らして、少女は止めてあったマウンテンバイクにまたがると、少年に聞いた場所へと自転車を走らせた。

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「ふーん……いかにも『穴場』って感じのスポットじゃない」

人気のない、夜になればそれこそ幽霊でも出てきそうなさびれた場所だ。もっとも、幽霊なんてさらさら信じていないが。
少女はマウンテンバイクに積んであった釣竿を組み立てると、早速釣りに取り掛かった。

「ま、あいつの話だから本当に釣れるかどうか怪しいもんだけどね……」

40分後。

少女は水面から竿を引き上げるとため息混じりに呟いた。

「まったく……あいつ、2時間でボックスが一杯になったなんて、ずいぶん適当なことを言ってくれるじゃない」

持ってきたクーラーボックスは既に釣り上げた魚がぎっしり詰まっていた。

「やれやれ、これを見せたときのあいつの顔が楽しみね」

予想をはるかに上回る釣果に、意気揚々と帰り支度を始める少女。
もはや完全に少年から聞いた奇妙な体験のことなど頭になかった。

「ふふん、ま、流石にストリーキングは可哀想だから、お昼ご飯驕りくらいで勘弁してあげようかな」

独り言を呟きながらマウンテンバイクにまたがると――

『おいてけ』

突然辺りに響いた声に、少女は慌てて自転車から降りて周囲を見渡した。
今までと変わらず、人の気配は全くない。
耳を澄ましてみるが、聞こえるのは小鳥の声や風のざわめく音くらいだ。

「……空耳、かしら。あいつにあんな事言われたから――」

恐らく、風の音か何かを聞き間違えたのだろう。そう判断して再びマウンテンバイクにまたがると、

『おいてけ』
「っ!!」

聞き間違いなどではない。間違いなく、誰もいないはずの池のほうから声をかけられた。

「だ、誰よあんた! ふざけないで出てきなさいよね!」
『おいてけ』
「誰が置いてったりするもんか! 言っておくけどこの魚は私が釣ったんだから私のものよ!」
『おいてけ』

会話が成立しているのかいないのか、声の主は同じ発言ばかりを繰り返す。
ついに少女は痺れを切らした。

「ふん――そんなに欲しければ、奪い取ってみなさいよ! できるものならね!」

幸いにも、少女の持っているクーラーボックスは全面プラスチック製の透明なものだ。
中が常に確認できる以上、少なくとも「家に帰ってみたら中身が消えていた」などということはありえない。
ペダルに足をかけると、それ以上振り返ることもせず、一目散に商店街へと漕ぎ出した。
小さくなっていく少女の背中に向かって、声は最後に一度だけ『おいてけ』と繰り返した後、静寂が訪れた。

・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

「はぁ、はぁ――これだけ離れれば、もう大丈夫かな……」

人気のない林道までたどり着き、少女は一旦足を休めて自転車に積んだクーラーボックスを確認する。
相変わらず中身は釣れた魚で詰まっており、一匹たりとも消えているようには見えない。

「ふふん……なんだ、幽霊だか妖怪だか知らないけど、たいしたことないじゃない……くしゅん!」

思わずよぎった寒気に小さくくしゃみを一回して身を震わせる。

「――にしても、だいぶ冷え込んできちゃったわね。とっとと戻ってあいつに報告しなきゃ」

といっても、ここまで来れば商店街は目と鼻の先である。
念のためクーラーボックスを常に監視しながら少女は再び自転車を走らせた。

もう薄暗く、人通りもまばらになった商店街を自転車で突っ切っていく。
たまにすれ違う通行人が、何故か皆ぎょっとしたような表情で少女の方を振り返っていくことに、少女は気づいていなかった。
ほどなく、先ほどの少年の待つ魚屋が見えてくる、どうやらまだ彼は店番をしているようで、店内で接客している姿が見える。

少女は自転車を止めてクーラーボックスを持ち出すと、それを店先にどんと置いて少年に対して叫んだ。

「ふふん――待たせたわね! 言っておくけど、あの約束は忘れてないわよ! ほら、目ん玉かっぽじってよく見てみなさいよ!」

およそ女の子らしくない言葉遣いでまくしたて、得意げな笑みを浮かべて両手を腰に当てて仁王立ちした少女が少年の表情を見遣る。
少女の予想以上に少年は驚いたようで、口をあんぐりと開けて客から受け取った代金を床に落としていた。
いや、彼だけではない。店の中にいた数人の客たちが、皆狐につままれたような顔つきで少女を眺めている。

「あら、どうしたの? もしかしてあまりに見事すぎて言葉も出ないのかしら? ほら、正直に感想を言ってみたらどう?」

「――え!? えーと……その……」

声をかけられて我に返った少年はしばらくどう答えるべきか考えあぐねた末、ようやく言葉を紡ぐ。

「まさかまだ生えてないとは思わなかったけど……とりあえず逮捕される前に何か着たほうがいいんじゃないか?」

「へ? 何を言って――」

全く意味の分からない応答に少女は不思議そうに自分の体を見下ろし――

自分がスニーカー以外何も身に着けていないことに気づいた。

「――え?」

少女の二つの胸のふくらみは完全に外気に晒され、そしてまだ毛の生えていないことをひそかに気にしていた秘所は、まるで全員に見せ付けるように突き出され――

「ぃ……」

あまりの羞恥にその姿勢で固まったまま、少女の目に涙が浮かび始める。

「いやあああああああ!」


――それ以来、件の池は男が釣りに行くと帰る途中に釣り上げた魚が全て消えうせ、若い女が行くと魚の代わりに服が消えてしまう、という噂がまことしやかに囁かれることとなった。






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