客人
シチュエーション


人気のない山奥にひっそりとある小さなコテージ。そこにビジネスバッグを持った一人の若い男が入っていく。
草木のにおいが香るこの場所で少しくつろいだ後、男は裏庭へと歩き出した。するとそこには、茂みに隠された大きな木蓋があった。
男が蓋を開けると、地下へとつながる階段が顔を出す。男は一応周囲を警戒しながら慎重に下りる。
部屋が6つほどあるこの巨大な地下室は、過保護な父親が有り余る財力をつかって男に与えたものだった。暑さに弱いという一人息子のために、父が避暑地として造らせたものだ。
男は父の溺愛ぶりを逆手に取り、目的のための空間を用意してもらった。もちろん暑さに弱いなどと言うのはウソであり、地下の間取り作成には積極的に口を出した。
空虚な通路に男の足音だけが響く。と思うと、突然男はある部屋の前で立ち止まった。あらかじめ決めておいたわけではなく、適当に選んだかのような動作だった。
鞄を持っていないほうの手でゆっくりと扉を開ける。
その部屋はひどく広く、設備も整っていた。トイレ、風呂、洗面台といったものが備え付けられており、アパートの一室と何ら変わることがない。
ただ、台所はなく、住むには食糧を買い込む必要がある。それでも、人が暮らすには十分なスペースだ。
そんな空間にもかかわらず、部屋には四隅に長めの円柱が伸びている奇妙なベッドが一つあるだけだった。
しかし何よりも驚くべきは、その上で両手足を縄で柱に固定され、口をガムテープで塞がれている一人の裸婦がいることだ。
女性は20歳そこそこだろう。長身なモデル体型であり、艶やかな黒髪が白布のシーツに広がっている。顔立ちは非常に整っており、この姿を見ればどんな男でも理性が保てないほどの美女だった。
男はスーツを脱ぎ、最終的にパンツ一枚の姿になった。しかしビジネスバッグだけは再び手に持った。
悠然とした足取りで女性に近づく。その顔は妙に楽しげだ。一方、女性は恐怖の表情を隠そうともしていない。
いや、できるはずもなかった。なぜなら、この女性は目の前の男によって、誰にも発見できない秘密の地下室に監禁されているのだから。

「やぁ、お目覚めみたいだね。ちょっと開けてみてよかったよ」

女性は悲鳴を上げようとしているが、口内の布と唇を覆うテープのせいで声にならない呻きを出すだけたった。

「それじゃ、また休もうか。人間、寝るのが一番だよ」

彼は一瞬鞄を開けようとしたが、躊躇ったあげく中止した。鞄を床に置き、女性の頭側のほうにある医療装置らしき機械に手を伸ばした。
そして、吸入マスクを取り、女性の鼻と口を覆った。女性は顔を左右に動かして激しく抵抗している。両手足も、縄がほどけないかという期待を込めてもがいている。
彼女は、これから自分の身に起こることを知っているとしか思えなかった。そんな様子を見て、男は静かに下卑た笑みを浮かべる。

「安心しなよ、食事はいつものように点滴でしてあげるから。それに、僕はそこら辺の野蛮なオスどもと違って、君の体をむさぼったりしないからさ」

男はスイッチをオンにした。その瞬間、シューッという音が室内に響いた。吸入マスクを見ると、煙が充満している。

「んっーーー、んぅ、んむぅっー」

必死に声ならぬ声を上げながら、麻酔から逃れようと頭を激しく揺らす女性。しかし、男が空いている手でそれを押さえつける。
それでも女性は全身で抵抗した。豊かな乳房が大きく揺れ、額は汗ばんできた。吸引マスクには水滴がつき始めている。

「ダメだよ、ちゃんと嗅がないと。漏れたらもったいないでしょ。補充するの結構面倒なんだから」

「むぅっーー、んっ、んんー…」

女性の潤んだ瞳が徐々にまぶたで隠されようとしていた。

「んっ…うぅ……んぅ………ん……」

男は、彼女の今にも閉じられそうな目を食い入るように見ている。そして男の目には官能の色がはっきりと読み取れる。
眠ろうと、いや眠らされようとしている女性を見て、興奮の極みにいることは間違いなかった。

「ん………ぅ……………………」

女性が完全に意識を失った。と同時に、男は恍惚の表情となって射精した。

男は鞄の中からビニール袋と新しい下着と缶ジュースを取り出した後、今度は汚れたパンツを袋に入れて鞄にしまった。
新しい下着を穿き、たった今眠りについた美女の寝顔を眺めながら、男はジュースを飲み干した。

「それじゃお休み」

女性の頬や髪をなで回した後、男は点滴の針を白く細い腕に刺した。そして着衣や荷物を持って部屋を出た。

男が次に向かった部屋では、背丈の小さな女性が同様に縛られながらもすやすやと寝息を立てていた。小柄で童顔ながら胸にはたわわな実がある。
あまりに幼い外見のため少女と勘違いしそうだが、彼女は大学4年生であり、とっくに成人している。
なぜ男がそこまで彼女について知っているかというと、早い話が服を脱がしたときに落ちた学生証を見たからだ。
男は彼女の目覚めを待った。彼は無理矢理起こすことはしなかった。少しでも寝顔を見るという至福の時を味わっていたかったのだ。
2時間後、彼女が覚醒した。そして男の顔を見るなり悲鳴を上げた。しかし、彼女もまた猿轡をされていたため、悲鳴は単なるくぐもり声にしかならない。
男は苦笑しつつ、彼女に近づき、そして猿轡をほどいた。

「やあ、お目覚めみたいだね」

彼女が今度はよく通る叫びを上げた。しかし、当然助けに来る者などいない。

「あんまり下品な声を出さないでよ」

目覚めたばかりだが、彼女はすでに目から涙を流していた。

「そんなにこの状況が怖い?だったら、いい夢が見られるよう、また眠ったほうがいいよね」
「ねえ……お願い…もう、帰して」

彼女の悲痛な懇願に、男は耳も貸さなかった。代わりに、ビジネスバッグから小瓶と大きめなハンカチを取り出した。

「ようやく手に入れるすることができたんだ、これ。記念すべき第一号は君にしてあげるね」
「いや、何それ……」
「クロロホルムだよ。ほら、よく探偵ドラマとかであるでしょ。ハンカチを口と鼻に当てられた人が意識を失う、なんてことがさ」

男は小瓶の蓋を開け、ハンカチに中身の液体を染みこませ始めた。

「いやだ、やめてよ。ねえ…………やめろってんだよ、この変態野郎!」

彼女は恐怖に耐え切れなくなったのか、急に怒りを発した。もしかしたらせめてもの抵抗だったのかもしれない。

「あーあ、起きている女はこれだもんな。すぐ汚い言葉で人を非難する。寝ている女性は天使みたいに美しいのに……」

楽しそうに頬を緩ませている男は、クロロホルムを滴らせたハンカチをすぐには使わず、何を思ったか彼女の両手足の縛めを解き始めた。

「さあ、これで君は自由の身だ。さらに僕の後ろには扉があるよ」

男は右手に湿ったハンカチを持ち、左手で扉を指さした。しかし、彼女のほうは上半身を起こした後、ぴくりともしない。

「どうしたんだい、自由はすぐそこだよ。まさか全裸で外に出たくないなんて言わないよね」

この状況が愉快でしょうがない、と言いたげな男はわざと彼女から遠ざかった。それでも目だけは離さない。

「確かに寝ている女性は綺麗だ」

男が喋っている最中に、ベッドの上にいた彼女は脱兎のごとく扉へ駆けだした。

しかし、男はその背後にあっさりと追いつき、扉を開ける寸前であった彼女の体を左手で押さえ、右手のハンカチを口と鼻に当てた。

「んぅっっ!んぐぅーっ、んむぅっーー」

彼女は力の限り抵抗した。しかし、小柄な女性の力では敵うはずもなかった。

「でも、一番綺麗で興奮するのは……こういう理不尽な力によって眠らされようとしている女性の姿さ」
「んんっっー、んっ、んぅ」

男はより状況を楽しむために、彼女に恐怖を与えようとした。そこで、趣味ではないが彼女の立派な乳房を揉みしだき始めた。

「んむぉーーーっ!むぅーーっ!」
「ははっ、頑張って抵抗しないと。眠ったら何をされるか分からないよー」

彼女の抵抗が少し強くなる。だが、薬が効いてきたためか、力は段々と弱まってきた。

「ほら、僕のアソコが君のお尻に当たってるよ」

男の陰茎は彼女の体つきのために膨らんだのでは決してない。
男が興奮させられるのは、眠らされつつある彼女の苦しげな顔、必死のもがき、切ないくぐもり声なのだ。

「んっ…んうぅ…んっーーーー」

彼女の声のトーンが弱まりつつあるとき、男は急に彼女を離した。より楽しむためなのかもしれない。
彼女はぐったりしつつも、懸命に扉を開けようとしている。苦しそうな喘ぎ声が室内に響く。
男は獲物を引き倒した。彼女は軽い大の字になって天井を仰ぐ。そこに男がマウントポジションのような形で彼女に被さった。

「じゃあ、もう一回嗅ごうか」

湿ったハンカチが再び鼻と口に当てられる。しかし、彼女はなんとか呼吸を止めていた。

「まったく、そんなことをしても無駄なのに。眠る時間が延びるだけだよ。一生息にしないつもり?」

そう言うと男は、彼女の華奢な首を左手で絞め始めた。

「あぐぅっ…かっ…」

彼女は弱々しくも必死にもがく。
首にかけられていた手が引っ込んだ。すると、生存本能によって彼女は空気をむさぼるように吸った。当然クロロホルムも吸い込む。

「ん…んぅ……ん…」

抵抗が収まる。彼女は意識を失い、眠りの世界へと落ちた。
男はその瞬間の表情を絶対に見逃さない。すべてはこの時のためにあるのだ。
満足げな顔つきで眠らせた女性を見つめながら、男はまたもや射精した。

「たまには食事でも与えてあげようかな。君はここ最近点滴ばかりだったからね」

男は彼女をベッドの上に運ぶと、四肢を縛ることなく放置した。枕元に4つのパンと2つの缶ジュースを残して。

「たまには運動とか入浴とかもさせないとね。明日この部屋に入るときは催眠ガスでも投げ込まなきゃ」

しかし、手元にクロロホルムがあるのだからわざと脱走させて鬼ごっこするのも悪くない、と男は思った。

「いやー、管理って大変だな」

コテージの寝室で彼は一人つぶやいた。
現在は満室状態だ。つまり、6人の女性を監禁していることになる。そのすべてに気を配らねばならない。快楽のためとはいえ、実に骨が折れる。

「でも、そろそろ新入りさんもほしくなってきたな」

さすがに毎回同じ女性たちでは飽きてきてしまう。マンネリ防止のためにも新しい人材が必要だ。

「それに、同じ部屋に複数の女性がいるものオツなものだ。一方が眠らされようとしているとき、もう一方は次は自分かもしれないという恐怖の中でそれを眺める」

その場面を想像し、男は射精感を催した。もう替えのパンツはないので、自分のモノを鎮めるために男は空想を打ち切った。

「よし、新しいターゲットを探すとしよう」

そう決心したとき、男の携帯電話が鳴った。それは父親からだった。

「もしもし、父さん。……うん、今日もダメだったよ。営業の仕事って難しいね。全然慣れないよ。
あっ、でも父さん、いや社長のような管理職も大変でいらっしゃいましょう。特に女性の部下なんか扱いづらいんじゃないですか。
ははっ、管理ってやっぱり大変だね。……そうそう、黙ってれば綺麗な美人なのに、喋ると残念な人ってたくさんいますもんね。
……はい、分かりました。うん、無理はしてないよ」

男は電話を切ると、すぐさま車に乗り込んだ。
そして、自分の楽園であるコテージ、いや地下室を名残惜しそうに見た後、不気味な笑みを作りながら山を降りていった。

簡素な住宅街にある木造アパートに、若い女性が入っていく。それ自体は何でもない光景だが、異常なのはそれをほくそ笑みながら眺めている男がいることだ。
不審な男とその女性とは、年齢がそう変わらない。しかし、どう見ても恋人の帰りを待っていた彼氏という構図には見えなかった。

「じゃ、行きますか」

独り言をつぶやきながら、男はさきの女性の部屋へと歩いてった。
この男は、親の有り余る財力を利用して、山奥に秘密の地下室を持っていた。そしてあろうことか、そこに6人もの女性を監禁しているのである。
彼女たちは男の汚れた欲望を満たすためだけに集められた、まさに道具だった。
だが男の欲望とやらは、強姦することでは決してない。ここが普通の犯罪者と一風変わっていた。
男の目的は若く美しい女性を無理矢理眠らせ、その寝顔を見、その寝息を聞くことだけ。それ以外では性欲を感じない、この男はそういう性質だった。

男は次なる〈客人〉を街で物色していた。そして、彼のお眼鏡に適ったのがあの女性である。
彼女のあとを慎重につけ、住処を見つけた。下調べの結果、女性はあのアパートの一室で一人暮らししていることを突き止めた。これで迷う必要はなくなった。
男は彼女が眠りにおちいる姿を想像するたび、理性を保てなくなった。だからこそ《招待》の計画を実行しようとしているのだ。


呼び鈴を鳴らす。すると、女性が姿を現した。やや茶髪がかったボブカットに、くりっとした大きな目。人好きしそうな顔の美人だった。
いくら昼間とはいえ警戒がなさ過ぎるのではないか、と男は思った。しかし都合がいいので本心では笑っていた。
男は全くデタラメな会社名を言い、自分はそこのセールスマンだと伝えた。

「実は、若い女性にぴったりと思える商品がありまして――」

天性の人なつこさで女性の心構えを解いた後、男はより彼女の関心を引くためにこう言った。

「お食事のときは大体何か飲み物を飲むじゃないですか。そこで、我が社の開発した、太らない水というのがあるんです」

女性は明らかに食いついた様子だった。普通の人ならまず信じないが、この女性はどこか世間知らずのところがあるのかもしれない。
男はこんなにも上手く行ったことを心の中で喜んだ。もちろん、表情には出さない。

「お食事と一緒にこの水を飲んで頂ければ、水に入った化学成分が脂肪を分解し、いくら食べてもあなたのそのスレンダーな体型を維持できるというわけです」

男はさらに一言付け加えた。

「味は普通の水と全く変わりません。さらに、今はお試し期間ですので、一本無料で差し上げます」
「無料ですかぁ。じゃあ、一本だけもらっちゃおうかな」
「ありがとうございます。もし気に入っていただき、継続購入を希望されます場合はこちらにご連絡ください。あっ、お値段ですが、何とスーパーで売っているペットボトルと変わりませんよ」

男は名刺を差し出した。当然真っ赤な偽物である。本来の会社から支給された、本名の入った名刺をこの男が使ったことなど一度もない。

「それでは、こちらがその水でございます」

そう言って男はビジネスバッグからラベルのないペットボトルを取り出した。もちろんその辺の自動販売機で買ったミネラルウォーターだ。
ただし、その水にはすでに睡眠薬が溶かし込まれている。

「どうです、ちょっと味見してみたら。さっきも申したとおり、普通の水と全く同じですが、万一あなたの舌に合わないとも限りません」
「そうですね、じゃあ……」

女性はキャップを空けた。もう男の罠にかかったも同然だった。
しかし、男はなぜか満足できなかった。獲物が手に入るというのに、全く高揚感がないのだ。
そこで、男はあることを思いつき、実行した。すべては満足を得るために。

「実はですね、その水には睡眠薬が入っているんですよ」

彼女は、男が突然言い出したことを理解するのに数秒かかった。その隙に、男は女性を押し倒し、玄関から室内へと侵入した。

「い、いやっーー…むぐっぅ」

叫び声を出すその口は、男の手によって塞がれる。女性の手足の自由を奪うために男は体を絡みつかせた。
それが済んだ後、転がったペットボトルを拾う。中身は十分残っていた。

「さあ、飲もうか」

男はと、女性の口と自らの手の間に隙間を作り、ほの赤い小さな唇に飲み口を押し当てた。
むろん女性は口を開くはずもない。そこで、男はもう片方の手で強引に開口させ、ボトルの先を口内に突っ込んだ。

「あぐっ…むごぉっ」

女性は何とか舌でボトルを押し返そうと試みるが、すでに水が大量に注がれている最中だった。
男は水を漏らさせないよう、再び彼女の口を左手で塞いだ。そして、今度は右手で鼻も塞ぐ。

「うぅっ、むぅーー」

必死に抵抗しても水を吐き出すことができない。しかし、飲み込むわけにもいかない。
女性は息苦しさで手首足首をばたつかせるだけだった。

「飲んだ方がいいよ。このままじゃ窒息死しちゃうよ。大丈夫、君を犯そうってわけじゃないからさ」

そんな言葉を信じるはずもなく、女性は抵抗を続けた。
しかし、1分ほどで呼吸の限界が来たのだろう、彼女は生命を優先させるために水を飲まざるを得なかった。
彼女の喉が鳴り終わるのを確認し、男は鼻から手を離した。

「効き目が出るまでもう少し時間があるから、口だけはまだ塞がせてもらうよ。うるさい叫び声は嫌いなんだ」

女性は懸命に声を出す。しかし、その音は確実に外へは届かないだろう。

徐々に女性の目がとろんとしてきた。が、彼女は目を大きく見開き、眠るまいとしている。
男は心の中で、

「ああ、その眠りにつこうとしている姿も、それに抵抗しようとする姿も、実にきれいだ」

とつぶやいた。男の陰茎はズボンの上から見ても分かるくらいそそり立っている。
女性の抵抗が小さくなる。それと同時にまぶたが完全に閉じられた。
やがて彼女は完全に停止した。深い眠りに堕ちた証拠に、すやすやと寝息が聞こえてきた。この瞬間に男は射精した。
男は辺りが暗闇に包まれるまで寝顔を眺めていた。暗闇に紛れて女性を車に運ぶつもりだし、それに何よりまったく飽きない。
自分の人生はこのためにあるのだ、と男は確信していた。性欲でも趣味でもない、純然たる生きがいそのものなのだ。
さらに辺りが暗くなったとき、男は行動を開始した。
まずバッグから麻酔薬の染みこんだ白いハンカチを取り出し、女性の鼻と口に当てた。

「ん……」

少し目を覚ましかけていたのか、女性はかすかに呻いた後、再びぐったりとする。

「これでよし、と」

そして男は女性を運び出そうと、その細い腕を自分の肩にかけた。
外へは、泥酔してしまった女性を車内へ運ぶというシナリオで出る。これなら万が一誰かに見られても安心だ、と男は予測していた。
新たな〈客人〉の迎え入れに興奮し、妄想をたぎらせていた。――その時だった。

ピンポーン、と部屋のチャイムが鳴る。男は胸をどきりとさせ、はっとした。玄関の鍵を迂闊にも閉め忘れていた。
もう一度チャイムが鳴った。そしたまた、恐らく友人であろうこの部屋の住人の名前を呼ぶ若い女の声も聞こえてきた。
今から鍵を閉めて居留守を決め込んでも間に合わない!
そう判断した男は、ハンカチを握りしめ、丁度眠っている女性が見渡せる位置にあるふすまの中へと忍び込んだ。
扉が開く音が聞こえた。と同時に、若い女性の「ひっ」という短い悲鳴が聞こえた。男はふすまを少し開け、様子を窺う。
そこにいたのは、黒髪を短いポニーテルにし、遠目から見ても分かるほどの曲線美を持った麗人だった。
彼女を見た瞬間、男は自らの危機であるにもかかわらず、舌なめずりした。〈客人〉がもう一人運良く飛び込んできた、と思ったのだ。

「ちょっと、アケミ!大丈夫!?」

友人が必死に呼びかけるも、当然返事はあるはずもない。
すると、友人は狼狽しながらも自身のバッグから携帯電話を取り出した。恐らくは救急車でも呼ぶ気だろう。
男は、ふすまをそっと開け、外に出た。
不幸にも友人である女性は男に背を向けてしまっていた。だからこそ、男は外に出たのだし、また女性は男に気づかなかった。
男が電話を耳に当てている女性にひっそりと近づく。もちろん、右手に持ったハンカチを構えて。

「あっ、もしも――んむぅっ!」

女性が電話口の相手と話すその瞬間に、男のハンカチが彼女の口と鼻を覆った。

「んーー、んんーーっ!」

突然の出来事に携帯を手からこぼした。が、何が起こったかは分からずとも、両手でハンカチを引き剥がそうと試みている。
抵抗が思いのほか強い。さっきの女性――アケミとは比べ物にならないほどの力だ。
必死に抗っている顔を男がちらりと見ると、少し勝気そうな子であった。なるほど、これは結構な強敵かもしれない。
そう思うと、不思議と男は笑みを浮かべ、より強く彼女を抑えにかかった。

「んっーーー!んぅーーーー!!」

なかなか鋭いくぐもり声だ。相手を威嚇しようという意図もあるかもしれない。だが、それは男を興奮させる媚声以外の何者でもなかった。

「んぅーー!んぅ……んっーー」

少しずつだが声が弱まってきた。男は止めを刺すためにさらにハンカチを押し当てる手に力を込めた。

「んっ………ん……ぅ………」

女性はがっくりとうなだれた。完全に堕ちたのだ。男はその寝顔をうっとりと眺めた後、勢い良く射精した。

思わぬ収穫が手に入ったことにより、男は舞い上がっていた。たった今眠らせた女性のバッグをあさる。
すると財布の中から免許証を発見した。名前はサユリ、歳は19。
ということは、友人であるアケミも多分同い年だろう。一応確認してみたらそうだった。
二人ともこれまでの〈客人〉の中では一番若い、最年少だ。専門学校に通っている学生らしい。
男はしばらくサユリの寝顔をなめ回すように見ていた。勝気そうな女が従順に大人しく眠っている。
このギャップが楽しめるのも、昏睡の醍醐味だ。男はそう思い、いよいよ《招待》の実行に取り掛かった。
ことは思いのほか上手く運んだ。闇夜に紛れ、誰にも見つかることなく二人の美女を車へと運べたのだ。
男は助手席にサユリを乗せ、後部座席にアケミを横たえた。
念のため発進する直前にも二人にクロロホルムを嗅がせた。これで秘密の地下室に着くまで目を覚まさないだろう。
四肢を縛れる特殊ベッドはすでに6つの部屋すべてに1つずつ追加してある。だから二人なら余裕で《招待》できる。
男は、この二人を同室にしようか、それともあえて赤の他人と一緒にさせようかと空想をふくらませた。
そして、今後はどんな方法や手段で〈客人〉たちを穏やかな眠りへと誘ってあげようかという計画も練りながら、夜のドライブを敢行した。






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