Je t'aime(非エロ)
山田草太×鮎川若葉


新堂とともにNYへ行き、公私共に彼の支えとなることを決意した若葉だったが、
結婚に関しては新堂の方から「一旦、白紙に戻して欲しい」と言われ、それを承諾した。
表向きには急に海外勤務が決まったからという理由で式や披露宴は延期、というかたちになった。
しかし若葉は昇子の下に残れるよう交渉するという新堂の申し出を断り、
辞令どおりNYの事務所を任される新堂の補佐として渡米することに決めたのだった。

一方、草太はそよ子から別れの手紙を受け取り、
それを読んで自分がいかに身勝手に彼女を傷つけたのかを痛感した。

「オレ……そよ子さんに甘えすぎてました」

すぐさまよそ子を探して駆け回り、会うなり誠心誠意謝罪した草太の姿を見てそよ子は、
ほんのわずか捨てきれずにいた期待が氷の欠片のように溶けてなくなったことに安堵した。
ここで草太がそよ子を引きとめようとする男だったら、心底彼のことを嫌いになるところだった。

「私はもっと、違うかたちで草太さんに甘えて欲しかったです」

でも、もういいんです、とそよ子は濡れた目を伏せて微笑んだ。

「このままフランスに行ってしまうんですか? 鮎川先生のことは……」
「予定どおり、フランスには行きます」

若葉のことはどうするのか、と言いかけたそよ子の言葉を遮って、
草太はきっぱりと渡仏の決意を告げた。

「今のオレじゃ、若葉さんを幸せにすることなんて到底無理です。

まずは胸を張って彼女の前に立てる男にならないと」

「でも……」

そよ子も草太も、新堂と若葉の結婚が白紙に戻ったことを知らない。
おそらくNYで落ち着いたら式を挙げるのだろうと思っているそよ子は、
想い合っているふたりがこのまま遠く離れ離れになって
別のひとと結ばれようとしてるなんて、と胸が痛んだ。

「若葉さんが幸せならそれでいいんです。
でも、オレが若葉さんの前に堂々と立てるようになったとき彼女が幸せじゃなかったら、
そのときは……」

相手が誰であれ奪い取ってでも幸せにします、
と言い切った草太の頼もしい笑顔を見てそよ子はまた溢れそうになる涙をこらえて笑い返した。

「きっと草太さんなら大丈夫です。私も……私の幸せを探します」
「オレも、どこにいてもそよ子さんの幸せを祈ってます」
「お見送りには行きません。ここでお別れです」

そよ子と最後に握手を交わして、草太は凛と背筋を伸ばして立ち去る彼女の後姿を見送った。

若葉が新堂とともにNYへ渡って一年が過ぎた。
はじめての海外での暮らしに戸惑う暇もなく新しい仕事に忙殺され、
慌しくも充実した日々だ。
新堂とはその後、仕事上のパートナとしてはこの上なく良い信頼関係を築いてきたが、
プライベートでは結局、恋愛関係には進展せずなぜか今では
同性の親友同士のような奇妙な関係になってしまっている。
彼を支えたいと思った若葉の気持ちに嘘はかったが、
それは恋とか愛から生まれたものではないということに新堂は最初から気づいていのだ。

「君のおかげで粗悪な類似品が市場に出回るのを防げた、とクライアントも大変喜んでいたよ」
「新堂先生の助言のおかげです。ありがとうございました」

向かい合った席についた新堂と若葉は、シャンパンのグラスを軽く掲げて乾杯をする。
はじめて若葉がメインで任された案件を良い結果でやり遂げたお祝いをしよう、
と新堂にエスコートされたのは以前、東京でも新堂が連れて行ってくれた
フレンチレストランのNY店だった。
あのとき食べた前菜がすごく美味しくて、
新堂がシェフを呼んだらそれが草太だったことを思い出す。

若葉がNYに発つ数日前、草太も単身フランスに渡ったとひと伝に聞いた。
そよ子は今も日本で、昇子の秘書をしている。
あのとき、草太の気持ちがまだ若葉にある、と聞かされても
何もかも放り出して彼の手を取ることは自分にはゆるされない、と思った。
全部、若葉が少しも素直になれずにヘンな意地を張り続けたことが原因で
起こった事態なのだから。
現在は新堂との婚約も正式に解消し、新堂の両親にも再び頭を下げて
父の借金は何年かかっても必ず返すと約束をして一応のけじめはつけた。
婚約解消を申し出たのは自分からだから、と慰謝料を受け取ろうとしない新堂には
金銭ではなく信頼に答えることで返していくしかないと思っている。
直接本人に言ったことはないが、いずれ新堂が独立して事務所をかまえるときは
彼について行き、全力で支えるつもりだ。

「そういえばクライアントの開発担当がしきりに君のことを美しい、美しいって褒めてたよ」
「ええっ? あの、オーウェンさん、でしたっけ?」
「そうそう。で、恋人はいるのか、まさか僕がそうじゃないかってうるさいものだから、
君には恋人はいないけど心に決めた相手はいるようだ、って本当のことを教えておいた」
「な……! 新堂先生っ」

カーッと顔を赤くした若葉は、思わずフォークを取り落としそうになって新堂をキッと睨んだ。
若葉の心がまだ草太にあることを、新堂は知っている。
祝いだとか言って、この店に若葉を連れて来たのも遠まわしな意地悪なのではないかと
ついそんなことを考えてしまった。

「そっ、それにしてもこのフィレ肉のロッシーニ? でしたっけ。すっごく美味しいですねっ」

慌てて話題をそらそうとした若葉に、新堂はにやりと意味深に笑う。

「こういうときは、シェフを呼んで直接美味しかったと伝えるべきだね」
「え? ええっ??」

このシチュエーションには覚えがある。
慌てる若葉を他所に、新堂は近くにいたギャルソンにシェフを呼ぶように伝えた。

そして、ふたりのテーブルにやってきたシェフは――――

「ダ……、そ、草……太さん……」

コックコート姿の草太は、照れたような笑顔で若葉を見おろした。
この一年、忘れたことなどなかったたれ目の優しい笑顔。
今もフランスにいるものだと思っていたので、こうして目の前に現実の草太がいることが、
にわかには信じられない。

「彼、僕と君が結婚したとばかり思ってたらしくて、先月このNY店に転勤が決まったとき、
まず僕に連絡をくれてね」

人妻である若葉に直接連絡を取るのは失礼だという気遣いが、結果は勘違いだが草太らしい。

「聞けば、君は僕と婚約を解消したことも告げてないって言うから。
余計なお世話かもしれないけど、僕からすべて話しておいた」

若葉を巡るライバルだと思っていたときはふにゃふにゃした優男だと思っていたが、
先入観を取り払って話してみてから、新堂は草太の誠実な人柄と料理の腕に
好感を抱くようになっていた。

「じゃあ、僕はデザートは遠慮しておくから」

席を立ち、颯爽と去っていく新堂を草太は丁寧なお辞儀で見送る。

ひとりテーブルに残されて唖然としている若葉に向き直り、
草太は姿勢を正してシェフの顔で微笑んだ。

「本日はようこそお越しくださいました。只今、デセールをお持ち致します」

草太が自ら運んできたデザートの皿には、
ハート型をした鮮やかなフランボワーズのムースとともにチョコレートで
「Je t'aime(愛してる)」と書かれていた。
文字の意味を理解した若葉の瞳から、涙の粒が押し出されて頬を伝う。

「オレは今でも若葉さんのことが好きです。あなたを……幸せにしたい。
その役目をオレにください」
「わたしを幸せにできるのは、世界中であなただけなんです。
わたしもあなたが……草太さんのことが好きです」

顔をあげた先の、草太のはにかんだ笑顔をもっとちゃんと見たいのに涙で滲んでよく見えない。
草太が差し出したハンカチを若葉が受け取ったとき、

「Congratulations!」

という声とともに拍手が起こった。
周囲のテーブルの客たちも、次々と祝いの言葉とともにふたりに拍手を贈る。

「えっ? あ……」

ここがレストランの客席という公共の場だということを思い出し、
若葉はカーッと茹で上げたように真っ赤になった。
草太も顔を赤くして、周囲の客席に

「I am sorry to have disturbed(お騒がせして申し訳ありません)」

と頭を下げる。

「あの、若葉さん。そのデセール、若葉さんのためだけのシュプリーズだから
……食べてくれる?」

本来ならデザートは専門のパティシエが作るところを
このひと皿だけは草太が盛り付けまですべてひとりで仕上げたのだという。
フランボワーズのムースは甘酸っぱくてとても美味しかったのだが、
コーヒーを淹れてもらいデザートを食べ終えるまでの間に席を立つ客が口々に
「I'm very happy for you!」だの「Sweets Are Forever」だの若葉に声をかけていくので、
恥ずかしくてしょうがない。

「もうこのお店には恥ずかしくて来れないよ……」

しかし、後に新堂がこの店を接待でよく使うようになり
そのお供で若葉も頻繁に来店することになるのだった。






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