片山×薬×遼子
片山保×鳴海遼子


もう、ほとんど眠っているのかもしれない。
意識がアルコールで溶けて、ここちよく無意識の海を漂っているように見えた。

「んふふ…。史郎ちゃん…」

誰に抱かれた夢を見ているのか、目を閉じたまま遼子は微笑んだ。
片山は腕に抱いた遼子のうっすら開いた唇の奥へ、大振りな丸い錠剤を入れ、
舌に乗せる。
ミネラルウォーターを口に含むと、遼子と唇を合わせて流し込んだ。
零れ落ちた水が遼子のシャツを濡らすのも構わずに、舌で錠剤を喉の奥へと押し込む。
そのまま暫く遼子の舌を嬲りながら、片山は薬の効き目が現れるのを待っていた。



「相談?わたしに?」

電話口で片山はおずおすと言った。

「他に相談できる女性がいればいいんですが、生憎職場にそういった女性はいないし、
鳴海さんに話すのも気恥ずかしい内容なんですよ。実は、今付き合っている彼女の
ことを相談したくて。俺が忙しすぎて、すれ違いが続いてもう駄目になりそうで…。
もし、遼子さんが良ければですが、相談に乗っていただけませんか」

口からでまかせだった。
だが遼子はすぐに食いついた。

恋愛の相談なら任せて、とか、他でもない片山さんの相談なら乗ってあげなきゃね、
お兄ちゃんだってお世話になってるし、といいつつも、その言葉の向こうからむき出し
の好奇心が垣間見えた。

スキャンダリズムはジャーナリズムではないと普段は息巻く遼子だが、他人のプライベート
を覗けるチャンスをみすみす見逃す程大人しい性格では、雑誌記者はつとまらない。

待ち合わせをしたチェーン店の居酒屋で、片山がさりげなく勧めた酒を遼子はぐいぐい
と飲んだ。
ビールから始まり、ワインに焼酎、日本酒と度数が増えていくのもお構いなしに飲み
続けた。
いつしか片山の相談はそっちのけで、遼子は自分の恋愛(というより片思い)と職場の
同僚(主に鷹藤)への愚痴を語り続けていた。
そして、遼子は思惑通り酔いつぶれた。




「遼子…さん」
「あれ…。ここ、どこ…」
「俺の部屋ですよ。遼子さんちょっと酔っちゃったんで、部屋で休んでたんです。
憶えてます?」
「ん…、なんだか頭がぼんやりする…」
「飲みすぎちゃいましたね。お互い」

「あっ」

ようやく、遼子は自分が置かれている状況に気付いたらしい。
片山の腕の中、シャツのボタンが全て外され、その下のブラジャーがあらわになっている。

「かっ、片山さん、わたし…」

遼子は慌ててシャツの前を合わせると腕で自分を抱くようにして隠した。

「どうしました?」

片山は優しく問いかけながら、酔いのせいなのか、羞恥のせいなのか、熱を持った遼子
の耳たぶを口に含んだ。

「きゃっ…。どうして、片山さん」

遼子の耳元で片山は囁いた。

「俺が彼女とうまくいっていない、っていったら片山さん寂しいんだねって慰めてくれた
 じゃないですか。俺、誤解しちゃいますよって言ったのに、遼子さんが、お互いに
 寂しいんだからいいじゃないって…。だから、俺…」

片山は切なげに言った。もちろんこれも口から出まかせだ。
酔って意識がない状態で自分が誘ったと信じ込ませるための嘘だった。
片山を誘うも何も、遼子は酔いつぶれて眠りこけていただけだ。
遼子の罪悪感につけこむ片山の言葉は続く。

「憶えてないんですね。俺、嬉しかったんですよ、遼子さんにそう言ってもらえて。
 だけど、遼子さんが嫌ならもう止めます」
「わたし、誘っちゃったんだ…」
「遼子さんは優しい人だから。悪くなんかないですよ。俺、調子にのっちゃって」
「片山さん、ごめんね…」
「いいですよ。だけど」

片山が遼子の眼を真正面から見つめた。

「こんなお願い厚かましいかもしれないけど、キスだけしていいですか。そしたら、諦められますから」

片山はその嘘を一瞬自分が信じてしまいそうになるほど、心をこめて言った。

「えっ。キス…」

異性とつきあった経験をほとんど持ち合わせない遼子は、見てわかるほど動揺していた。

「で、でも、わたしのせいだもんね、こんな風になったの。…き、きすだけならいいわよ」

逡巡するような様子を見せてから、背を伸ばすと、遼子は眼を閉じた。

「ありがとうございます。…遼子さん」

二人は唇を重ねた。
遼子にあの錠剤を仕込んで、ちょうど30分。
スイッチを入れる時間だった。

遼子からすれば軽く重ねるだけのキスのつもりだったようだ。
唇の間から片山の舌が侵入してきた時、腕の中で跳ねるような動きをしてそこから逃れようとした。
だが片山の舌が口内の全てをつまびらかにするように動き回り、遼子の舌を絡め取り、
吸い始めるとその動きが止まった。肩を掴んでいた手が、次第に首へと回され、片山を抱き寄せた。
そこで片山は唇を外した。

「キス…だけですから」

恍惚の表情を浮かべたまま、遼子が片山を見た。

「キスだけ…」
「キスだけじゃ、駄目ですか」

「もっと…」

そう言った時、恍惚の表情から普段の遼子の顔へ変わった。
自分の言葉が信じられないような顔をして、遼子が片山を見た。

「もっと?」

遼子の喉にキスをしながら答えを促す。片山の首に廻された遼子の腕に力が込められる。

「教えて下さいよ、遼子さん。どうして欲しいのか」
「片山さん、わたしおかしいの、だけど…」

喘ぐように遼子が言った。
返事の代わりに、片山は遼子を押し倒した。

どんな女も同じだ。
薬飲んだら、自分から足を絡めて、結局は腰を振るんだ。

鳴海さんが喉から手が出るほど欲しいくせに、手を出さずに、眼を覆い、耳を塞いで
真実から遠ざけ守り育ててきたあなたの妹もそうなんだよ。
神聖でもなんでもないただの雌に、あんたはかしずいているんだ。

片山は鳴海洸至のことを畏怖し、崇拝に近い感情を抱いていた。
刑事としても、犯罪者としても。
非情にして狡猾。冷酷で苛烈。障害は全て粉砕し、己の理想へとただひたすらに進む。
片山からすれば全てを兼ね備えたように見える洸至のたった一つの瑕疵。

それが遼子だ。

洸至に守られて生きながらえているくせに、洸至の計画の邪魔をする。
気に入らなかった。
勘が良く、一度真実の匂いを嗅ぎつけたら、しつこくそこから離れようとしない。
洸至も片山もそんな遼子には手を焼かされている。
それに何の手も打たない洸至も気に入らなかった。
洸至が遼子に時折見せる甘さも気に入らなかった。
だから、洸至が守り慈しむ存在を、引きずり落としたくなった。

もちろん、このことを洸至に知られたら爆弾を抱かされるか、鉛玉をぶち込まれるか
ロクな死に方はしなさそうだが、計画が大詰めを迎えている時に手をこまねいて遼子が
動き回るのを見ているのは我慢ならなかった。


「駄目よ…片山さん」

遼子が片山の胸を押す。理性の最後のあがきにも似たその動きは、あまりにか弱く、
逆に片山を愉しませる。
ベッドの上に横たわる遼子に覆いかぶさるようにしながら、遼子の服を脱がせ、下着
だけにすると、その体を眺めた。
暗がりで浮かぶような肌の白さ。
大きすぎない胸、そこから流れる腰までの見事な曲線、それに続く足は長く形がいい。
普段服の下に隠れている遼子のスタイルは片山が思った以上に良かった。

「お兄さんに知られちゃうかな…」

ブラジャーをはずし、上へずらすと、既に固くなった乳房の先端がこすれたのか、遼子が甘い声を出した。

「あんっ…。お、お兄ちゃんには編集部の女の子と飲んでるって…んっいやっ」

軽くひと撫でしただけで、ひどく感じているようだ。
薬の効き目に片山はほくそ笑んだ。

「いやって言ってるのに、すごく、固くなってる」

まだまだ夜は長いというのに、すでに遼子の息は荒い。
先端に吐息をかけると、遼子は声を出して反応した。
やわらかな乳房に吸いつく。
だが、先端だけは存在を忘れたように唇も指も触れず、乳房を手のひらで揉みしだき、
舌で撫でまわすだけにした。

「ん、…あ、か、片山さん」
「どうしました」
「お願い…」
「何です」
「やめて…」
「やめてもいいですけど、本当にいいんですか」
「…」
「言えないんじゃ、わからないなあ」

少し間が空いた。

乳房を揉みしだかれながら、遼子はもどかしそうに体をくねらせ続けている。
決定的な何かを求めて、片山を見つめた。

「…わたし、おかしい、どうしよう」

消え入りそうな声だった。

「遼子さん、すごく、かわいいですよ」

顔を赤らめ背けた遼子の頬にキスをすると、片山は乳房の先端に吸いついた。
鼓膜を犯すように卑猥な音を立てて吸った。
同時に、空いている方の先端を指で強く転がす。

「あああああああ」

薬で押し広げられた感覚と、引き延ばされた快楽が遼子に一気に押し寄せた。

「まだ、胸しか触ってないんですよ…。楽しみだな、遼子さんがこれからどうなるか」

唾液と汗で遼子の胸は濡れて光っている。
荒い息と、あえぎ声と片山が立てる湿った音が部屋に響き渡る。
片山は胸に吸いつきながら、遼子の下着に手を伸ばす。
向こう側が透けて見えるほど、股の部分が濡れていた。その部分からは濃厚な雌の匂いが漂う。
下着の上からそこに触れた。

「だめっ」
「遼子さん、だめならここでやめますけど。そしたら、この濡れた下着をはいて遼子さん
帰ることになりますよ」
「やめて…そんなこと言わないで」
「じゃあ、続けて欲しかったら、そう言ってください。わたしの…に触ってくださいって」

卑猥な言葉を遼子の耳元で囁いた。

「片山さん…」

暗闇の中、遼子の眼が濡れて光っている。せつなげに喘ぎながら、片山を見つめた。


「言えない?」

片山の胸の中で、遼子が軽く首を振った。

「そうかあ」

最も敏感な部分にあたるように下着の股の部分を引っ張ると、股間に食い込ませる。

「ひゃっ」
「こんな下着穿いて帰るんじゃ、帰りに痴漢にあっちゃうかもしれませんよ。
 だって、すごくいやらしい匂いしてますから。お兄さんも驚いちゃいますよきっと」
「やめ…て、そんなこと言わないで」

薬のせいで、こらえるのもつらいはずなのに、遼子は最後に残った理性のか細い糸に
まだ縋りついているようだ。

指二本で亀裂をなぞる。だが、もっとも敏感な部分から巧妙に指をずらしたままだ。
下着の上から往復するだけなのに、下着から溢れ出たものが太ももから垂れ、シーツに零れ落ちた。
何かを催促するよう遼子の腰は本人の意思を離れて片山の腕に押し付けられ、くねっていた。

「遼子さんの体の方が正直だなあ」
「んんっ…」
「遼子さんの許しもなく触れないから、こうするしかないんですよ。俺だってつらいんです」

そう言うと、親指で遼子の最も敏感な場所を軽く、あくまでも軽く撫でた。

「いゃっ、あっ」
悲鳴にも近い声をあげ、遼子がのけぞる。
薬の効力は全身のすみずみにまで行きわたり、軽く触れただけで脳が痺れるような
快楽が走るはずだ。

「ほら、欲しいでしょ。言って。ちゃんと言ってくれれば」

またそこに触れる。羽根で撫でるような優しさで。
それはもどかしさを募らせるだけで、遼子が求める刺激からは程遠いはずだった。
何かに耐えるように、遼子の腕に力が込められる。
片山は舌を遼子の耳に這わせ、その汗を味わう。

「言って」

片山がささやくが、遼子はまたも小さく首を振った。
もう理性だって蕩けてなくなりそうなくせに、なんで堪えられる。
片山だって、自身が堪えられないほどたぎっているというのに。

「片山さん、…いつもと違う人みたい…。そんなに、悲しいの、彼女が遠くなるのが。
まるで怒ってる…みたい」

押し寄せる波に耐えながら、遼子が潤みきった眼で悲しげに片山を見た。
片山の中で何かが弾けた。
遼子の下着を剥ぎ取ると、いきなり指を遼子の中に突きいれた。

「ああああんっっ」

叩きつけるように指を動かし、根元まで突きいれるたびに、遼子の敏感な部分をも
押しつぶすように嬲る。

「んっふっ」

ここまで来てどうして俺のことを思いやる。
雌になれよ。堕ちてくれよ。
指を増やす。叩きつけた指の付け根に泡が出るほど溢れ出ている。

「あっ、あんっ」

あんたの兄さんが知らないところで、堕としたいんだ。
自分から体をすりよせ、快楽を督促するような女だと証明したかった。
片山の指で遼子は乱れ続けているが、時折せつなげに片山を流し見る。

まるで憐れむように。

薬でおかしくなってるはずのあんたが、どうしてそんな顔をして俺を見る。
――――だったら、啼かせてやるさ。
理性が弾け飛ぶくらい啼かせてやるさ。

「きゃああああああんっ」

激しく出し入れする指を軽く曲げ、内壁をこする。
何度か位置を変えながら出し入れするうちに、遼子が堪え切れなくなる一点を見つけた。

「ここでしょ」
「あ…あふっ…、っんんんんんっ」

眉をひそめ、愉楽に溺れそうになる自分を堰き止めようとする表情は逆に片山を猛らせる。

「ここなんだ」

片山の手から滴り落ちるほど、遼子の中から溢れ出て来る。

「シーツが汚れるくらい濡れてますよ」
「いや、片山さん、あんっ…ふっ、いいっ、いいっ、…いやっ、いきそう!」
「見ててあげるから、遼子さん、いってよ」

遼子を追いこむようにそこを攻め立てる。

「あ…ああああ、いいっ、いくっ」

遼子はのけぞると、軽く震えそれから崩れ落ちた。
眼は開いているが、ぼんやりとしてどこを見ているのか定まらない様子でいる。
四肢を投げ出し、肩で息をしながら、まだ余韻の中にいるのか身動きがとれないようだった。

「遼子さん、気持ち良かった?すっごい感じてたみたいですね。
じゃ、これ入れたらどうなっちゃうのかな」
「えっ…?」

片山が遼子の太ももを押し開くが、抵抗しようにも力が入らないらしく、なすがままだ。
太ももの間に腰を入れあてがう。

「いや…」

口ではそう言ってるが、手を添えなくてもいいくらいに潤みきり、そこは誘うように
開いていた。

「さっきからそればっかり。だけど」

片山が一気に遼子に押し入ると、またも大きくのけぞった。

「んんっ…あああっ」

指とは違う質量が内壁を擦り、片山が散々荒らして快楽を引き起こした部分をまたも刺激する。

「簡単に入っちゃいましたよ。欲しかったんでしょ。もっと気持ちよくしてあげますよ」
「いやっ、だめよ片山さ…あっ、…あああんっ」

片山が軽く腰を動かしただけで、大きく乱れ啼く。

腰を引き、打ち付け、根元を抉る様に突きあげる。
そのたびに合わせた部分は卑猥極まりない湿った音と破裂音を立てている。
普段の遼子なら頬を赤らめ恥ずかしがるであろう音も、もう耳に入らないようだ。
遼子は面白いように乱れた。
理性は遠くへ追いやられ、本能だけで乱れ狂っていた。
腕を投げ出し、腰を片山に合わせて動かしている。
片山は全身で遼子を味わい、遼子が作り出す快楽に身を任せ、そして遼子に快楽を与えた。

啼かせて乱れさせながら、この上なく一つに溶け合いながら、片山は飢餓感にも似た
想いに駆られていた。
あの眼で、さっきのあの眼で自分を見て欲しかった。
薬を使って雌に引きずり落としながら、兄の横で微笑んでいるいつもの遼子を片山は求めていた。

「一緒に…いきましょうよ」

汗にまみれ、口を半開きにして快楽に溺れている遼子に思わず口づけていた。
そのまま腰を打ち付け続ける。
遼子をもっと味わいたい。
だが、終わりが間近にあることを背筋を駆け上がる感覚が告げている。
片山が遼子を揺らすリズムを高めると、合わせた口から、漏れる声のリズムも上がっていく。

「あっいやっ、いくっ、んんん…あああああああぅんっ」
「俺もっ…」

のけぞったあと、弛緩しきった遼子が身動きするのを止めた。
片山は一気に引き抜くと、遼子の腹の上に精を放ち、それからまた口づけた。
まるで反応がない。

「遼子…さん?」

気を失ったらしい。

片山は不思議そうな顔をして傍らの遼子を見つめていた。
いつもならこんな時でも、冷静にその状況を見ている自分が、今はこの行為に真から
没頭していた。終わりが来るのを恐れてもいた。
薬を飲ませた後、舌で嬲った時に俺にも薬が入ったのか。
それとも、俺もこの女に…?
洸至のように囚われつつあるのか。
もう、どっちでもいい。
俺が堕としたんだ。
洸至が慈しみ守ったものを、引きずり落としてやった。

だが自分が望んだ地点に辿りついたというのに、片山は満足感よりも虚しさを感じていた。
自分の気持ちがわからぬまま、片山が遼子の頬に触れようと手を伸ばした時。
片山の携帯が鳴った。
洸至からだった。

片山のアパートのそばに止めた車の前で洸至は待っていた。
名無しの権兵衛の時に使う車だ。
洸至は片山の腕の中の遼子の寝顔を見つめていた。

「まだ薬が効いてるみたいだな。それとも、お前のせいかな」

後部座席のドアを開け、そこに遼子を寝かせるように促した。

「…全部知ってたんですか」

遼子を起さぬように、洸至が静かにドアを閉めた。

「ああ。悪かったな、動画で見てたよ。お前の部屋にカメラを仕込んでおいたんだ。
お前も、もうちょっと気を使えよ、あんな鍵じゃ誰でも入れるぞ。
俺がお前の部屋に入ったのはだいぶ前なのに、気付きもしないなんてなあ」
「…なぜこんなことを」

「お前、遼子のことずっと狙ってただろ。惚れたとかそんなんじゃなくて。…俺のもの、だからか」

コートのポケットに手を入れ、車に寄りかかりながら、洸至が片山を見た。
心の奥底を見透かすような眼だった。

「カメラは安全のために仕掛けさせてもらった。大事な妹だからな。薬はやりすぎだが、遼子も楽しそうだったから許すよ」

「俺、遼子さんと」

「だからどうした。別に俺の女じゃない。あいつだって大人だ。男と二人で飲んで、
酔い潰れたらどうなるか、それくらいわかってるはずだ。俺はそんなに了見の狭い男
じゃないぞ。」

片山は虚脱感に襲われた。

「わかっていて、わざと俺に抱かせた…。本当は鳴海さんこそ…」
「何言ってるんだよ、兄貴の俺が抱ける訳ないだろ」

洸至は笑みを浮かべた。だが瞳は海の底のように昏く冷たかった。
片山の背筋が粟立つ。
止めようともせず、全てを見ていた。
嫉妬に狂いながら、自分が求めても手にすることができない女の愉楽に溺れる姿をじっと見ていたのか。
どんな目で自分と遼子の痴態を見ていたのかと思うと、今は洸至の眼を見るのが恐ろしかった。

「なんだ、薬使って遼子を抱いたくせに、変な顔するなよ。部屋で目を覚ませば、
遼子も今日のことは夢だったと思うさ。俺もフォローしておくよ。真実さえ知らなきゃ、
遼子も傷つかない。
明日…、もう今日だな。今日も一日張りつくぞ。少し寝ておけ。じゃあな」

洸至は車に乗り、走り去った。
下半身に残るけだるい快楽の残滓。
だがそれより脳髄に沁みる恐怖の感触の方が勝った。
とりあえずひと眠りしよう。
…底なし沼に沈むような恐怖を抱えて眠れれば、だが。
片山は足を引きずる様にしてアパートの部屋を目指した。






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