お兄ちゃんは心配性(非エロ)
鳴海洸至×鳴海遼子


「ただい・・・」

洸至がアパートのドアを開け、いつも通り先に帰ってきているであろう妹に声をかける。

すると。

「いやぁ!!片山さん、だめぇ!」

開いたリビングに通じるドアの向こうから、妹の切羽詰った声が聞こえてきた。

「遼子?!」

その声に洸至が驚いていると、続いて男の声が聞こえてきた。

「遼子ちゃん!」

その声は、片山の声だった。

「片山さん!中はやめて、お願い!外に、外に出して!」
「外に?わかりました。…じゃあ、いきますよ。」
「早く…私…もう…」

2人の会話を聞いた洸至は耳を疑った。

まさか、片山が遼子を?

そんなはずはないと思いながらも、洸至は勢いよくリビングのドアを開けた。

「遼子!大丈夫か!」

自分が思っていたよりも大きな声だったらしい。

「お兄ちゃん!」「鳴海さん!」

その声に驚いた様子の遼子と片山が同時に振り返る。

「おい、どうしたん・・・」
「お兄ちゃん、動かないで!」
「あ、じゃあ、いきますよ、遼子さん」

状況がまったく飲み込めていない洸至をさておき、2人がまた何やらリビング内を動き出す。

「やったー!」

しばらくして、今度は遼子の嬉しそうな声がリビングに響いた。

「一体、何が…」

まだ状況が理解できないまま、リビングの入り口で立っている洸至に、遼子が近づく。

「お兄ちゃん、おかえり。もう大丈夫だから、入っていいよ。」
「すみません、鳴海さん。お騒がせしました。」
「大丈夫って…どういうことだ?何があった!」

玄関で2人の会話を聞いた時にカッと沸騰した頭は今はだいぶ落ち着いていたが、
さりげなく片山を睨みつけながら洸至が遼子に問いかける。

「ゴキブリが出たの!ほら、ここ数日ちょっと暑くなってきてたじゃない?で、片山さんに
追い出すのを手伝ってもらったの。」
「いや〜、遼子さんが急に悲鳴をあげたんでビックリしましたよ。」

顔を見合わせる2人の手には、確かに対ゴキブリ対策と思われるスリッパと新聞紙が握られていた。

しかし、根本的な疑問は解決されていない。
洸至の声が、一段と低くなる。

「ゴキブリはわかった。…それで?そもそも片山が何でここにいるんだ?」
「お兄ちゃんが忘れた書類をわざわざ届けてくれたのよ?車で近くまで来たからって。」
「ほう…書類を…」

そう言って洸至が片山を見やると、片山はすっかりその視線に射竦められていた。

「あの、じゃあ俺はこれで。お邪魔しました。」

空気を読んだ片山が、そそくさとその場を立ち去ろうとする。

「え?今からコーヒー入れますから、飲んでいって下さいよ。」

空気が読めていない遼子が、それを引きとめようとする。

しかし、洸至の無言の圧力によって、片山はアパートをあとにした。

リビングにはいつもの通り、兄妹2人しかいなくなった。

「もー、お兄ちゃん、何で機嫌悪いの?何か仕事であったの?」
コーヒーを飲みながら、まだ空気が読めていない様子で遼子が問う。
「…」

黙って洸至はコーヒーを啜る。

「あ、そうだ、お兄ちゃん!明日片山さんに、車に乗せてもらったお礼もしておいてね。」
「車?」
「帰るとき、ちょうどウチに向かっている片山さんに会ってね。乗せてもらったの。」
「そうか、わかった。」

そうだな、片山には、ちゃんとお礼をしないとな。

歪められていた洸至の唇の端が、ニヤッと上がったのを遼子は気付かなかった。






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