グランバスト 本誌美人記者兄妹による体験手記
鳴海洸至×鳴海遼子


「お兄ちゃん達に送ってもらって助かっちゃった」

片山の車の後部座席の真ん中に、遼子がちょこんと座っていた。

「珍しく俺たちも今日は早く上がれたんでな。礼なら片山に言えよ」
「礼なんていいですよ、遼子さんならいつでも乗せてあげますから」

片山がハンドルを握りながら軽い調子で言った。
その片山を洸至が横目で睨む。

「…なんて言ったらお兄さんに怒られちゃいますね」

片山が笑っていったが、微妙にひきつっているように見えた。

「お兄ちゃんも乗せてもらってるのに、もう」

遼子が洸至をたしなめた。遼子にそう言われて、助手席の洸至が黙り込んだ。
普段は見られない光景を目にして片山が吹き出した。

「おい」

その片山を洸至がまた睨む。

「片山さん、せっかくだから家でお茶でも飲んで行きませんか。ただで乗せてもらったら悪い気がするし」

運転席と助手席の間に流れる微妙な空気など、気にしてない様子で遼子が言った。

「いいんですか?」
「俺達を降ろしたらさっさと帰っていいぞ」

洸至が窓枠に肘をつき、窓の外を見ながら低い声で言う。

「兄妹で乗せてもらってそれはないでしょ。片山さん、遠慮しないで寄ってください」

鳴海家のリビングにコーヒーの香りが漂う。
キッチンでエプロン姿の遼子がコーヒーを淹れていた。

「すいません、お邪魔しちゃって」
「送ってもらったんだから、これくらいお礼しないと」

遼子が片山と洸至をみて微笑んだ。

「コーヒー飲んだら早く帰れよ」

片山の隣で洸至がネクタイを緩めながら憮然として言う。

「お兄ちゃん、そういうこと言わないの」
「そう言えばお前、今日鷹藤君と実験だとか言ってなかったか」

片山の前で何度もたしなめられるのが厭なのか、洸至がそれとなく話題を変えた。

「そうなの。それが鷹藤君が今日風邪ひいて帰っちゃって。しょうがないから、家ですることにしたの」

マグカップをお盆の上に載せながら遼子が言った。

「実験ってなんだよ」
「そこに上がってるでしょ。サプリメントを飲んで、その効果を報告するんだけど…」

リビングのテーブルの上に、輸入品らしいサプリメントの瓶が置いてあった。
白いプラスチック製の瓶には極彩色のオウムらしい鳥と、熱帯雨林の絵。

「それにどうして鷹藤君が?」

洸至が訝しげに言った。

「編集長の話だと、このサプリメントを飲んだ女性が相次いで襲われたらしいの。大事には至らなかった
らしいけど、歩いているだけで男に襲われたんだって。それでね、私がこれを飲んでレポートすることに
なったのよ。鷹藤くんは万が一に備えての護衛代わりだったんだけど、お兄ちゃんがいれば護衛なんていらないね」
「これ、商品名グランバストって言うんですか」
洸至から瓶を手渡された片山がそれをしげしげと眺めていた。
「バスト?おい遼子、これどんな効果のあるサプリメントなんだ」

商品名を知った洸至の目が細くなる。

「ちょっと胸が…大きくなる…かも」

キッチンの遼子が声を潜めた。

「だから体験記事書くことにしたのか」

洸至が声を荒げた。その声に驚いた遼子がカップをひとつ落とした。

「そんなに大きな声出さないでよ。もう、びっくりしちゃった」

マグカップは割れなかったが、まき散らされたコーヒーがキッチンの床に大きな地図を描く。
それを遼子がキッチンペーパーで拭いた。片山が遼子の元へ行き、片づけを手伝い始めた。

「だって、ちょっとくらい大きい方がいいじゃない」
「危ないだろ。もし何かあったらどうするんだよ。そんな実験駄目だぞ。俺が生活安全の知り合いにあたって
調べてみるから。それからにしろって」
「でも…もう飲んじゃったし」
「はあ?飲んだ?」
「別に何も起こってないじゃない」
「そうですよ。心配しすぎですって、鳴海さん」

片山が、コーヒーを拭く遼子を手伝いながら言った。

「そうよ、お兄ちゃん。あ、片山さんいいですよ」
「気にしないでください。…いい匂いがしますね」

片山が眼を細めて、うっとりとした顔をして言った。

「このコーヒー?そんなに高いものじゃないけど…」
「コーヒーじゃなく…」
「違う匂い?どこかでカレーでも作ってるのかな」

遼子が顔を上げ、周囲の匂いを嗅いだ。

「食べ物じゃないですよ。こういう匂いのする人…初めてだ。最高ですよ、遼子さん」
「え?」

コーヒーを拭く遼子の手の上に、片山が手を重ねた。
驚いた遼子が身を引くが、片山はそれに構わず遼子の背に手を廻すと抱き寄せた。

「えっ?ええええっ?」

遼子はまだ状況が呑み込めないでいた。
いつも兄の隣で穏やかに立っている片山とは、まるで別人だ。
間近にある片山の顔は微かに紅潮し、目が不穏な光を湛えているように見えた。

「片山さん、あの、えっと」
「すごくいい匂いですよ…。それが遼子さんを今まで以上に素敵に見せるんだ」

片山の顔が近づく。男の息が遼子の肌にかかる。

その時だった。

「片山!遼子から離れろ!」

凄まじい剣幕で、洸至が片山の肩を掴んだ。
普段ならこんな状況の時、片山は洸至への怯えを目に滲ませるのだが今は不敵に笑った。

「邪魔しないでくださいよぉ。遼子さんはぼくがもらいますから」

反撃されないと思った洸至の不意を突いて、片山が洸至の腹に拳をめり込ませた。
洸至の動きが止まる。

「か、片山…」

片山が動きを止めた洸至の上半身を押さえると、腹に2度、3度と膝蹴りを入れた。
そのたびに洸至の躰が跳ね上がる。

「片山さん!お兄ちゃん、一体どうなってるの」

遼子は眼の前の光景が信じられなかった。キッチンで男二人がもみ合っていた。
それも普段は兄に対して敬意を払っているように見える片山が、洸至に暴力を振るっているだけに遼子は尚更
信じられないでいた。

「鳴海さんが片付いたら、すぐそっちに行きますから」

遼子を見て片山が微笑む。だが瞳の奥はがらんどうのようだ。
それを見た遼子の足がすくんだ。
ここにいるのは片山じゃない。一体…。
リビングのテーブルの上にある『グラン・バスト』の瓶が目に入った。

「まさか…これで?」

遼子の前に洸至が転がり、システムキッチンにぶつかってきた。

「お兄ちゃん…!」

遼子が声をかけ、揺さぶっても洸至は動かない。

「遼子さん、こっち来て下さいよぉ…」

片山が遼子の手を取り、立ち上がらせようとする。
だが遼子は首を振った。

「やめてよ…お兄ちゃんが怪我しちゃったのに…」

片山は遼子の手を引き、洸至の部屋のベッドに連れて行こうと引き摺り始めた。

「いや、お兄ちゃん…!」

洸至に取りすがろうと暴れる遼子に舌打ちすると、片山が遼子の胴に手を廻し脇に抱えるようにして歩きだした。

「遼子さんがそんな匂いさせて俺を誘うから…」

楽しげに片山が遼子を見た。

「だから欲しくなっちゃうじゃないですか」
「いや…やめて…」

片山が嫌がる遼子を抱き寄せ、顔を近づけた時だった。

「いい加減にしろ」

地の底から響く様な声がした。
驚いた片山が振り返ると、その顎に洸至の掌底が打ちこまれた。
リビングに鈍い音が響く。それから片山がスローモーションのようにゆっくりと遼子の上に倒れた。

「か、片山さん?」

膝の上で昏倒する片山に遼子が恐る恐る声をかけた。

「大丈夫だぞ、遼子。片山は気絶している」

遼子が顔を上げると、洸至がほっとしたような顔をして見ていた。
口の中を切ったのか、洸至の唇の端から血が流れている。

「手加減するのを見越して思いっきりやりやがって…」

片山に散々殴られた腹をさすりながら洸至が顔をしかめた。

「遼子、一体…どういうことだ?」
「わたしもわからないの…。それよりお兄ちゃん大丈夫?」

遼子が泣きそうな顔をしながら、洸至の口元から流れた血を親指でそっと拭った。

「大丈夫だって、これくらい。お前こそ大丈夫か?」

洸至がその遼子の手を取った。
それは微かに震えていた。

「ちょっと、怖かった…かな」

遼子が首を傾げ笑顔を作ったが、無理しているのが洸至の目にも明らかだった。

「俺がいるから、もう大丈夫だぞ」

洸至が遼子の肩を抱いた。

「うん…お兄ちゃんが居て良かった…」

兄の胸から伝わる温もり、肩を抱く力の強さに遼子はこの上ない安心感を覚えていた。

「片山が起きたら、どういうことか聞いてみよう。どうも片山らしくないからな」
「もしかして、サプリメントと関係あるのかな」
「かもな。…遼子、お前そういえば香水でもつけているのか?」
「へ?史郎ちゃんと会えそうなときはつけるけど、今日は鷹藤君との仕事だからつけてないよ」
「そうか…すごく…甘くていい匂いがするんだよ。親父やおふくろがいなくなって、お前と二人っきりになった
時に感じた匂いに似てるな。好きなんだ、この匂い」

遼子が自分の匂いを確かめるべく、服の匂いを嗅いでいた時だった。

「匂い…?」

―――そう言えば、さっき片山さんも匂いって…。

遼子がゆっくりと首を巡らせ、隣の兄を見た。
兄も遼子を見つめていた。
片山と同じ眼で。
遼子が反射的に身を硬くして、兄の傍から身を引こうとした。しかし洸至が肩を抱く手に力を籠め、離そうと
しない。

「お兄ちゃん…」
「どうした?遼子。離れる必要なんてないだろ」
「で、でも」

上背のある洸至が遼子の腰に手を廻し、きつく抱いた。抱き寄せられた遼子の躰が軽く持ちあがり、つま先だけ
がかろうじて床についていた。

「本当にいい匂いだ。俺の好きな、遼子の匂い」

腕も封じられ、逃れられない遼子の眼の前に陶然とした洸至の顔がある。
いつもの厳しさも、その奥に隠された優しさも消え、瞳にあるのは遼子が兄の中に見たことのない男の欲望だけだ。
そこにいるのは遼子の知らない兄だった。

「お、お兄ちゃん、ね、離して。逃げたりしないから」
「俺は今幸せなんだ。もう少しこうさせてくれよ」

酒を飲んでもこんなに蕩けた顔を見せたことのない洸至が、酔ったように微笑んだ。

「兄妹でこんなに躰くっつけてたら、変でしょ。だから」
「兄妹だっていいだろ。俺は遼子が好きなんだ」

洸至が唇を寄せた。遼子が顔を逸らし、そこから必死に逃れる。

「駄目駄目駄目〜!!!」

遼子は足をばたつかせ、洸至の足を蹴りあげた。
その拍子に二人の躰が離れ、お互いに床に転がる。遼子は兄から少しでも離れるべく、自分の部屋に向かって
駈けだした。

「遼子、待てって」

緊迫感のない声で、洸至が遼子を呼んだ。それもいつもの洸至らしくなくて、遼子は泣きそうになる。
どうしたらいいかわからない。でも、このまま兄に身を任せることだけは避けなければならない。
遼子が部屋に入った時、洸至が遼子の肩を掴んだ。
足をもつれさせた遼子がベッドの上に倒れこむ。その上に洸至が乗った。

「逃げるなって」
「だって」
「俺はお前が好きなんだよ」
「この好きは違う。兄妹として好きってことでしょ。お兄ちゃんはおかしくなってるの。お願い、眼を醒まして」

遼子に覆いかぶさる洸至の理性へと、遼子は訴えた。

「わからないのか?俺は兄妹として好きなんじゃない。こんなことをするのはお前を女として好きだからに決まってるだろ」

遼子に馬乗りになりながら、洸至がネクタイを外した。

「何言ってるの?兄妹なんだよ」

理性を失っているはずの洸至の言葉だが、その言葉に嘘が無いように聞えて、遼子は慄然とした。

「兄妹だから我慢してたんだ。だけど…お前がこんな匂いさせるから…だから止まれなくなったんだ」

洸至が遼子の掌に手を重ね、逃れられないようにベッドに縫いつける。
ゆっくりと洸至が遼子の唇を求めた。

「いやっ」

遼子が顔を背けると、洸至は無防備にさらけ出された首筋に唇を落とす。

「駄目!」
「どうして」

洸至が遼子の唇に舌を這わせる。まだ男を知らぬ妹の肌を兄の舌が穢す。
心は恐怖で慄えているに、兄の舌が遼子の躰を一瞬熱くした。

「お兄ちゃんだもの…兄妹だもの」
「俺はそんなこと、もう構わない」

遼子が顔を動かせないように、洸至が顎を掴んだ。
洸至の唇が遼子のものに重なる。

「んんっ」

音を立てながら、洸至が遼子の唇を吸う。
食いしばる歯の上を洸至の舌が撫でる。優しくそそのかし、固く閉ざされた歯の隙間に入る隙を窺っていた。
遼子の意識が唇に集中していた時、洸至が遼子の腰からゆっくり胸へと手を滑らせる。
驚いた拍子に、遼子が息を飲み唇を開けてしまった。
その隙を見逃さず、洸至の舌が歯の間に潜り込み遼子の舌に絡みつく。

「んんんんんっ」

兄の舌は微かに血の味がした。遼子を守るために負った傷からの血だ。
そこまでして守ってくれた兄が今度は…。
それが悔しくて遼子の目じりに涙が浮かぶ。遼子は、兄のその想いを踏みにじらせた何かに猛烈に怒っていた。
遼子の溢れて止まらぬ涙を見て、洸至が動きを止めた。

「…そんなに嫌か」

心配そうに遼子の顔を覗きこむ兄の瞳の奥に、理性の光が微かに見えた。

「いや!嫌だよ…!こんなことされたら、大好きなのに、お兄ちゃんが嫌いになっちゃうよ!」

洸至の微かに残された理性に遼子は訴えかけた。

「お願い、いつまでも大好きなお兄ちゃんのままでいて」
「くそ…でも離したくない…離せないんだ、お前のことが…俺はずっと…」
「お願いずっと好きでいさせて…」
「くそ…」

洸至が何かを振り切る様に歯を食いしばった。

「好きでいさせて…か」

洸至がゆっくりと遼子から躰を離す。

「でも…離したくない…今の俺にはこれがやっとだ…お前を守るには…これしかない」

そう言うと、洸至は頭を振りかぶり、遼子の頭上にある壁に突っ込むようにして頭をぶつけた。
鈍い音がして、洸至が遼子の上に崩れ落ちる。

「…え?お兄ちゃん…お兄ちゃん!!!!」


洸至が眼を醒ました時、部屋は暗かった。
少し身を起すだけでも、額がひどく痛んだ。手をあてると、そこには冷たいタオルが置かれていた。
タオル越しでも相当腫れているのがわかるくらいの大きなこぶができている。

部屋に遼子の姿はなかった。
自分が壁に頭を打ち付ける前遼子にしたことが蘇る。遼子の柔らかな躰を俺はきつく抱きしめた。
そして血の味のする口づけ―――。
洸至は頭を抱えた。
あんなことしたら、遼子が出て行って当然だ。兄としてしてはならぬことを…。
常日頃、夢の中でだけ許していた甘美な悪戯を、薬に酔っていたとはいえ遼子にしてしまった。
遼子を失ったあまりの寂しさに、腫れあがった額以上に洸至の胸は痛んだ。

「あ、お兄ちゃん起きたの?」

もう聞けないと思っていた妹の声だった。
洸至が振り返ると、洗面器をお盆に載せた遼子が部屋に入り口に立っていた。

「遼子…出て行ったかと思ったよ」

洸至の真剣な声色を遼子が笑顔で受け流した。

「お兄ちゃん、真面目な顔して何言ってるの?私が出ていく訳ないでしょ」

遼子が笑ってお盆を置いた。

「片山は」
「さっき帰したの。お兄ちゃんみたいに、眼を醒ました時にはいつのも片山さんに戻っていたから。
それから片山さん、鳴海さんにあんなことしてしまって、ってすごい勢いで謝っていたのよ。明日会ったら
お兄ちゃんも許してあげて。元はと言えば私が調べていた薬のせいだし…」

遼子が洗面器の中のタオルを絞ると、洸至の額にあるタオルを取った。

「腫れてるね〜。このこぶ、明日も目立つかもよ」

タオルの下のこぶをしげしげと見て遼子がそう言った。それから濡らしたタオルを洸至の額に当てる。

「ごめんな、遼子」

洸至はその後言葉をつなげなかった。
いつもは嘘をまき散らし真実を隠蔽し捻じ曲げる自分が、まるで無力だ。
遼子を押さえつけ抱きしめながら囁いた真実のせいで、この舌が嘘を紡がなくなっている。

「薬のせいよ。この薬のこと記事にしないと危険よね…」

遼子が眼を伏せ洗面器の中に入れたタオルをゆすぎながら言った。

「片山さんはあの時のこと、憶えているって言っていたけど…。ただ薬のせいで、眼の前にいた私が恋人みたいに
見えたって。お兄ちゃんもそう?あの時私のこと本当にそう思ったの?」

洸至の口の中がカラカラに渇いているせいで、舌がうまく動かない。

かろうじて洸至が出せた言葉は、呻くように言った「ああ」という一言だけだった。
その一言の中に、洸至の想いが詰まっていた。

あの時、本当に恋人だと思っていた。
いつもそうであればと願っていたように。

兄が、兄以上の思いを持って自分を見ていたと遼子に知られたのだろうか。それとも…。
洸至は、遼子の次の言葉を待っていた。
遼子が何を言うかで運命が決まる。ほんのわずかな時間だが、洸至には永遠にもひとしい時間に感じられた。

「ってことは、私が史郎ちゃんの前でこれを使えば…」

拒絶され嫌悪されることを予期して洸至の心は衝撃に備えていたが、別の方向からの衝撃が洸至を襲った。

「史郎…?前にお前を振った男か」

洸至がのろのろと遼子の方を見た。

遼子が顔を赤くして目を逸らした。

「べ、別にこの薬を悪用しようなんて考えてないんだからね。その、史郎ちゃん…遠山さんみたいに
理性的な人の前でこの薬を使ったらどうなるかなって思っただけであって、下心からじゃないからね!
記者としての純粋な探求心よ」
「待て遼子…俺がああなったのは」

「薬のせいでしょ?お兄ちゃんはあんなことする人じゃないもの」

遼子が首を傾げて洸至を見た。露とも疑いを抱かぬ、洸至を信じきった眼だった。

「…そうだな」

洸至の舌が、遼子の信頼に応えて再び嘘を紡ぎ始めた。

―――もうすこしだけ兄妹でいよう。
安堵とほろ苦い諦めが洸至の胸の中に拡がっていく。
洸至の眼に、リビングのテーブルの上の例のサプリメントが止まった。

洸至はタオルが落ちるのも構わずに立ち上がると、そのサプリメントを手に取りトイレに向った。
兄の思惑に気付いた遼子の制止の声を無視して、瓶を開けると中の錠剤をトイレの中に捨てた。

「遼子、こういう薬を使って思いを遂げても空しいだけだぞ」

薬に幻惑された時に見た遼子は本当に美しかった。遼子の濡れた唇の感触、血の味の口づけ。
あの甘美な瞬間は俺だけのものだ。

「そんなぁ」

遠山なんかに味わわせてやるものか。俺はそれ程お人よしじゃない。

「本当に好きだったら正面から当たるんだな」

肩を落とす遼子を見ながら洸至は言うと、レバーをひねり全てを洗い流した。






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