同じ気持ち
安藤一之×雪平夏見


「雪平さん?」

安藤は寝起きのぼんやりした頭で、それが雪平だと認識した。
覆い被さってきた柔らかい身体を反射的に抱きしめる。しっとりと手のひらに吸い付くような肌の感触が心地良い。

ふわりと首筋にかかる長い髪からは微かにシャンプーの残り香がした。
昨夜も二人で飲んだ後、かなり酔ったまま彼女の部屋に転がり込んだ。そこまでは覚えている。
きっとまたいつものように彼女に酒をすすめられ、服を脱ぎ、寝入ってしまったのだろう。
部屋の中が薄暗いところを見ると、まだ夜があけていないようだ。

そんなことを考えていると、柔らかいものが安藤の耳から首筋に押し当てられた。

「え? ちょっと……雪平さん?」

男のくせに、と言われるかもしれないが、耳と首は弱いのだ。
耳朶を甘く噛まれた時、思わず安藤の身体は反応し、唇から情けない声が洩れた。
その短い叫びを聞いた雪平が耳元で小さく笑う。

「安藤、お前可愛い……」

そう言って雪平は耳の後ろのくぼみを舌で舐めあげる。
声を出すまいと安藤が歯を食いしばっていると、雪平は空いている手で安藤の胸板をまさぐり始めた。
その柔らかな指先が乳首をかすめる度、安藤の身体がびくっと波を打った。
すでに下腹部は痛いほどに張り詰めている。
男としてこの状況が嬉しくないとは言わない。しかし、いいのだろうか。
いや、ずっとこの人が好きだった。大好きだった。だから彼女の方から仕掛けてくれるなら大歓迎だ。
でも、こんなに一方的にされるがままになっているというのは、男としてのプライドが許さない。
それにもう興奮はピークに近くなっている。この状況で、もしそこに触れられでもしたらすぐにいってしまいそうだ。

捜査、捜査でずっと禁欲生活をしていたけれど、自分はまだやりたい盛りの若い男なのだ。
それに、すぐ近くに大好きな人がいて欲求不満だったことが災いしているのかもしれない。
すぐに攻守を転じなければ。安藤が上に乗った身体を引き剥がそうとした時、両手が真上にあげられ何か固いもので固定された。

「え?」

外そうと手を動かすが、それはがちゃがちゃと音を立てるばかりで一向に外れる気配がない。
徐々に薄明るくなってきた部屋の中で、それが手錠だということに気づくまでたっぷり三秒はかかった。

「ええっ!」

安藤が驚愕の声をあげると、上に乗ったまま雪平が笑った。

「情けない声だすなって」
「だって、これ……ひどいじゃないですか!」

安藤の憐れっぽい訴えを、雪平はさらりと聞き流した。

「そう?」
「そう、って! いくら僕がまだぺーぺーだからって、刑事に――」

手錠をかけるなんて。そう続けようとした安藤の唇を、雪平が優しく塞いだ。

その唇が思いの外柔らかくて、安藤は文句を言う気をなくした。
雪平の唇に応え始めると、彼女は両手で頬を挟み込んで舌を絡めてきた。

嘘みたいだ。安藤はその幸運にうっとりと身を委ねた。
あれほど夢見た雪平さんとのキスが現実のことになるなんて。もしかしてこれは夢なのだろうか。
欲求不満のまま酔いすぎたために、性的な夢を見ているだけなのではないだろうか。

夢中になって雪平の舌を吸う。唾液が絡まる音と、荒い息遣いだけが部屋の中に響く。

ああ、こんな夢ならずっと見ていたい。そう思った時、急に唇が離れた。
抗議の声をあげようとした時、一番欲しかった部分にその唇を感じた。

嘘だろ? 雪平さんが……僕の――

すでに固くそそり勃ったその先端を、雪平の舌がちろりと舐める。
先走りの液がじわりと染み出ていくのを感じたと思った途端に舐め取られ、また溢れ出しては舐め取られる。その繰り返しだった。
舐められる度に腰が動いてしまう。

だめだ。そんなことをされたらすぐにでもいってしまいそうだ。
先端を舐められながら手で上下に擦られる。うわっと思った途端、それは柔らかいものにくるまれた。
雪平は唇全体を使って唾液で音を立てながら責め立ててくる。すぼめた唇がくびれた部分に引っかかった。
気持ちよすぎる。肉体が感じる感覚と、ずっと好きだった人にそんなことをされているという思いの両方が安藤を追いつめる。
急速に込み上げてきた射精感に、安藤は焦った。

「あのっ、駄目です。雪平さん……僕、もう……」

そう言えばきっと唇が離れるだろうと予測していたのに、雪平は軽く笑って速度を速めた。

「えっ? あっ! 駄目ですって、ほんとに!」

雪平の攻めから逃れようと腰を捩ったが、雪平は離してはくれなかった。

そんな……まだ彼女の中に入っていないのに。
初めて彼女とそういう関係になる時は、どうなるだろうか。ああしようか、こうしようかといろいろ考えていたのに、

これは安藤の想像の範疇を遙かに超えていた。
どうしようもなく責め立てられた安藤はたちまち上り詰め、喘ぎとともに雪平の口の中に放出してしまった。
雪平は鼻にかかったため息をつきながら安藤のものをすべて口の中に受け止めた。

ああ、雪平さんの口の中に僕は――

何分も保たなかった恥ずかしさと、好きな人の口の中に出してしまったことに対する気持ちの狭間で揺れている安藤を見つめながら、
雪平は口に含んだものをごくりと飲み下した。
唾液と安藤の出したもので濡れた口元を手の甲でぐいと拭う。その様が例えようもなくエロティックで、
安藤は射精後の無力感に包まれながらもぞくりとした快感が走るのを感じた。
これ以上は無理だというほど勢いよく出した後なのに、安藤のものはまだ固さを保ったままだった。
それに気づいた雪平は、大きな目を欲望にけぶらせたまま、そっと手を添えてそそり勃った欲望の証に腰を落とした。

「うあ……っ!」

安藤の口から思わず叫びが洩れた。
初めて侵入する彼女の中は熱く濡れていて、するりと入るくせに、ひどくきつい。
入りにくいのか、雪平も息を詰めながらゆっくりと腰を落としてくる。

「すごい……大きい……」

雪平が眉根を寄せながらそう呟く。
すごいのはあなたの方だ、と安藤は思った。
確かに、自分のものが人より少しは大きいという自負はあったが、今まで経験してきたどの女の子達よりも彼女の中はきつい。
その内部に文字通り押し入るといった感じだ。きつくて、ぬめぬめとして、時折ぴくぴくと締めつけてくる。
挿れただけなのに、もういきそうだった。こんなはずじゃなかったのに。
彼女を抱く時は、もっと時間をかけてどれほど彼女のことを思っていたか、じっくりと示すつもりだった。

そんな安藤の心中も知らず、雪平が動き始める。
中のざらざらした部分に擦れる感じや、内部のヒダにひっかかる感じがたまらない。
さっき出したばかりなのに、また出そうだ。安藤は正直に自分の状態を吐露した。

「駄目です。またいきそうです」

安藤はそんな自分を情けなく思っているというのに、雪平は笑みを浮かべ、嬉しそうにさえ見えた。
こうして見上げていると、彼女のプロポーションの良さが際だつ。
彼女が腰を振る度に大きくて形の良い胸が上下に震える。
ああ、あの胸を思いきり貪りたい。彼女の腰を掴んで自分のペースで動きたい。

そして彼女をいかせてから自分も――

そう思ったが、両手の自由が奪われたこの状態では無理な話だった。
雪平の締め付けがいっそうきつくなり、それに合わせて彼女の動きも加速した。

「雪平さん……っ! もう……出ます!」

雪平は興奮の滲んだ声でけだるそうに言った。

「いいよ……出して」

もう限界だった。せめてもの抵抗で、放出を迎えていっそう固く大きくなったもので突き上げる。
二、三度付き込むとその時は訪れた。精を放つリズムとともに声の混じった息を吐き出す。
脳髄まで痺れるような射精の感覚に酔っている途中で、雪平の内部が痙攣を始めた。
安藤にひと呼吸遅れる形で雪平が絶頂を迎えたのだと頭のどこかで認識する。
繋がったままほぼ同時にいったのだということが安藤の絶頂感をさらに引き延ばした。

すべて出し尽くした後の脱力感でぐったりしている安藤の上に、雪平がどさりと身体を投げかけてくる。
しばらくそうしたまま二人は荒い息を整える。
彼女を抱きしめようとしてまた手錠に阻まれる。それがひどく腹立たしかった。

「手錠……取ってください」

何とかそれだけを伝える。自分もまだ動けないのだから女性である彼女も動けるはずがない。
雪平は安藤の首筋に顔をうずめたまま呻いただけだった。

「雪平さん、お願いですから……」

安藤が懇願すると、ようやく雪平が身体を起こした。

「ああ……」

雪平が頭上に手を伸ばした拍子に繋がっていた部分がずるりと引き出された。
敏感になった粘膜はそれすらも感じ取ってしまう。
二人とも震えながら呻き、その余韻が収まってから、ようやく手錠が外された。
行為の最中は気づかなかったが、無意識に暴れていたらしい。手錠の後がうっすらと赤い痣となって残っていた。
安藤がひりひりする手首をさすっていると、雪平がその手を取ってそこにそっと口付けた。

「ごめん。痛かった?」

その言い方がとても可愛かった。安藤の唇に笑みがもれる。

「いえ、いいんです」

雪平はため息をついて安藤の胸に頬を寄せた。

「私、最低――」
「そんなことないです」

雪平はどうやら自己嫌悪に陥っているらしい。
確かに、冷静に考えればある意味これは強姦に見えなくもない。ただし、それはこちらが望んでいない場合だ。
自分としては望むも何も、彼女とそういう関係になることを切望していたのだから、何の問題もない。
結構露骨に好意を示してきたはずなのに、彼女はそれにまったく気づいていないということなのだろうか。

しかし、それはそれで嬉しい。
こちらが追いかけているとばかり思っていたのに、どういう形であれ、彼女の方から求めてくれたのだから。

安藤は自由になった両手で雪平を抱きしめた。
ぎゅっと力を込めると、雪平も同じように抱きしめ返してくれた。
大きくて柔らかい胸が押し潰される感触にまた身体が反応し、みるみる力を取り戻した部分が雪平の腹をつつく。

「うそ……」

驚いたような声をあげる雪平の身体をくるりと反転させ、今度は安藤が雪平の上に覆い被さった。

「どうしてくれるんですか」

悪戯っぽくそう言うと、雪平は意外なことに恥じらうように顔を背けた。

「だって……そんなふうになるなんて……さっきしたばかりなのに……」

さっきはあれほど貪欲に安藤を奪っておきながら、何という可愛いことを言うのだろう。
あなただからこんな風になるんです。そう言おうかと思ったが、安藤の心の中に悪戯心が芽生えた。

「責任、取ってくださいね」
「えっ?」
「もう、あなたでしか反応しなくなったらどうするんですか」
「それは――あっ!」

安藤は雪平に最後まで言わせなかった。
すでに準備のできているそれを素早く雪平の中に滑り込ませ、勢いにまかせて根本まで納めた。

「今度は僕の番です」

そう言って動き始める。ゆっくりと引いては突き、奥を探るように腰を動かすと、その度に雪平は甘い声をあげた。
二度の射精で幾分かは感覚も鈍っているとはいえ、油断するとまたすぐにいってしまいそうだ。
安藤は肘をついて少し身体を起こし、慎重に自分のペースで動きを制御した。
そうすることで雪平の反応をじっくりと観察する余裕も生まれてきた。

安藤が動く度、触れる度に雪平はびくりと反応し、快感をこらえるように目を閉じる。
彼女の頬を指先で撫で、手に余りそうなほど大きな胸を揉み、尖ってきた胸の先を舌先で舐め、吸いあげた。
そのまま白くなめなから首筋や肩を通って耳元に辿り着く。耳を噛むように唇で挟むと、雪平はいっそう大きな声をあげた。
彼女の奥からとろりとしたものが溢れ出し、さらに滑りがよくなってくるのがわかった。
どうやら彼女も耳が弱いらしい。それが嬉しくて何度もそこを責める。

「安藤……」

雪平が切なげな眼差しで安藤を見上げてくる。
鼻先が触れそうなほど顔を近づけ、何かをせがむような雪平の目を見つめながら出し入れを続けていると、
これはただのセックスではなく、紛れもなく愛の行為なのだという思いが込み上げる。
真剣で、親密で、この瞬間がとても神聖なもののような気がした。

「安藤……お願い……」
「どうして欲しいですか」

雪平は、自分の願いを口に出すのは恥ずかしいとばかりに首を振る。
安藤を責めていた時とは別人のように攻守が逆転している。

「言わないとずっとこのままですよ?」

安藤がそう言うと、やっと雪平は口に出した。

「お願い……キス、して」

恥じらいながらの懇願を受け、安藤の胸の中に、雪平を愛しいと思う気持ちが溢れてきた。
腰の動きを保ったまま焦らすようにゆっくりと唇を近づけ、そっと触れ合わせた。
ついばむように噛み、舌先で舐め、上唇を軽く吸い上げると、雪平がか細いため息を洩らして喘いだ。
雪平の手が安藤の背中を抱きしめ、もっと、と言わんばかりに引き寄せた。

ああ、この人が好きだ。好きで、好きでたまらない。

安藤は急速に沸き上がってきた感情のまま唇を深く重ねた。
貪るように口の中を舌で探り、強く吸い、舌を絡める。雪平もそれに応えた。
唇を合わせながら徐々に腰の動きを早める。否応もなく興奮が高まった。
激しく早い動きに、雪平の声の調子が変わり、感極まったものになる。安藤もたまらなくなった。
雪平の背中を抱いていた手をさらに深く差し入れて自分の身体に密着させる。
抑えつけるように細い肩を掴むと、浅く早く突き入れた。

「安藤だめ……いく……」

絞り出すようにそう言った雪平がぐっと背中を仰け反らせた。
声もなく全身を痙攣させる雪平を抱きしめながら、安藤は狂ったように激しく腰を打ち付け、奥に向かって思うさま注ぎ込んだ。

頭が真っ白になるとはこういうことか。
安藤は、生まれて初めて知った強烈な感覚に、しばらく動くことができなかった。

これが本物のセックスだというのなら、今まで経験してきたことはいったい何だったのだろう。天と地ほどの差がある。
出す時の瞬間がすべてで、その瞬間のために突き進むものだと思っていた。
一度出してしまえばもう何もする気が起こらず、行為の後、しなだれかかってくる女の子を鬱陶しいと思ったことさえあった。

今、彼女が自分の腕の中にいて、自分はまだ彼女の中に入っている。
それがこんなにも気持ちよくて嬉しいものだとは思わなかった。
できることならずっとこのまま繋がっていたい。彼女を離したくない。
そう思った時、安藤の下にいた雪平が、ああ、とため息を洩らして身じろぎした。
彼女の上に力の抜けた身体を投げ出していたことに気づき、慌てて身を起こそうとしたが、雪平に引きとめられた。

「もう少し、こうしてて」

そう言って安藤の背中をぎゅっと抱きしめてくる。

「あ……でも、重くないですか」
「大丈夫」

そう言って安藤の肩に頬を寄せた雪平は、安堵したようにため息を洩らした。
彼女も同じ気持ちなのだと知って、安藤はいっそう強く雪平を抱きしめた。






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