世間知らずの光男(非エロ)
番外編


「ええっ!それでお前、本当に信郎さん達の部屋で寝たのかよ!?」
「はい」

佐藤光男が安岡製作所に就職して数日後の昼下がりのこと。幸吉と信郎は納品に
行ってくるからと出かけたため、作業場は木下と光男の二人きりだった。
休憩しなさい、と和子がお茶と茶菓子を用意してくれたので二人は仕事の手を
休めて茶を啜っていた。

「お前何考えてるんだよ。信郎さん達は新婚さんなんだぞ?お前が寝る場所
選べって言われたって社長さん達のとこで寝ますって言うべきだろうがよー」
「え、そうなんですか?」
「鈍いなぁ。新婚さんってのは二人きりでいたいもんなの」
「ど、どうすてですか?」
「まだわかんねぇのかよ。夫婦の営みってやつをしたいわけ」

木下は声を落とした。

「フーフノイトナミって…あ…!」
「やっと気付いたのかよまったくもう」
「どうすたらいいんでしょう…」
「今夜から『やっぱり下で寝ます』っつっても却ってわざとらしいしなぁ。
何かねえかなぁ」
「あ、あの…おら、鼾がひどくて、それを来た日はうっかり忘れてて昨日から
押し入れで寝てるんです」
木下が何かを思いついたようににやりと笑った。
「それいいじゃねえか。よし、ちょっと待ってろ」

木下は工具箱や、色んな機械の部品や不要品が入っている箱や引き出しを
引っ掻き回して何やらゴリゴリと音をさせたかと思うとよしこれでいい、とか
何とか呟きながら光男に手ぇ出せ、と言った。

「これは何ですか?」

手のひらに人差し指の先ほどに削られたコルク栓が二つ乗せられた。

「耳栓だ」
「耳栓?」
「そうだ。お前、今日から押し入れで寝るんだろ?その時な、信郎さん達に
見えるようにこれを耳ん中に入れろ。そしたらな、絶対それ何だとか訊いて
くるから耳栓してないと眠れないって言え、いいな?」
「はい!わかりました!」

一度理解すれば飲み込みが早い性質なのか、耳栓をして押し入れに籠れば二人が
心置きなく夫婦の営みができるであろうことを光男は察したらしく、木下は
満足げに笑った。
ところが。

「でな光男、押し入れに入ったらその耳栓は外せ。押し入れの襖もちょこっと
だけ開けとけ」
「へ?」
「わかんねえのかよまったく」
「あの…あの…まさか…その、二人の、その」
しばらく思案顔をしていた光男だったが、理解したのか青ざめながら赤面する
という珍しい芸当をやってのけた。
「どんなだったか報告しろ」
「ややややや嫌ですそんな!」
「俺は先輩だ。先輩の言うことは絶対なんだよ。いいな」
「…はい」

世間知らずの光男はもう言うことを聞くしかなかった。

その晩、木下に言われた通りに耳栓がないと眠れないことを伝えると信郎も
梅子も何も疑いを抱いた様子はなかった。
電気が消され、辺りは暗闇に包まれた。光男は木下に言われた通り、音を
立てないように襖をそっと開けた。

「…でね、今日もまた相沢さんに叱られちゃって」
「相沢さんて、お前の親父さんの次に緊張するもんな」
「そうなの?ふふふ」

何やら楽しげに会話をしている。光男は故郷でもきょうだい達と枕を並べて
こんな風に会話をしながら寝ていたことを思い出し、目頭が熱くなってきた。

「光男君はどう?頑張ってる?」

ふいに自分の名前が出されて光男は緊張した。

「頑張ってるよ。慣れない土地で家族と離れて一人で頑張ろうとしてるんだ。
偉いよな。俺、一人前の職人に育ててやりたいって思ってる」
「私もできる限りお手伝いするわ。でね、相談したいんだけど光男君て勉強が
好きだって言ってたでしょ?」
「あぁ、そういえば言ってたな」
「仕事に慣れたら夜学とか、通信制の学校に通わせてあげたらどうかな。学費は
私が出すわ」
「それもいいかもしれねえな。やりたいことができねえってのも辛いしな。
働き次第では考えてみるよ」

(信郎さんと梅子さんがそこまでおらのこと考えててくれたなんて…)

嬉しさのあまり光男は声を殺して泣いた。

(おら、頑張ります。ここで一生懸命頑張ります)

光男は耳栓を詰めて襖を閉めようとしたその時。

「ノブ…?」
「梅子…」
「きゃっ…」

突然、梅子の鼻にかかったような甘い声が耳に飛び込んだ。

「光男君に聞こえちゃうわ…」
「耳栓してるって言ってたろ」
「グワアァァァァ…ゴオオオオォォォ」

咄嗟に光男は鼾っぽい声を出した。

「寝てるよ」
「そうみたいね」

腰紐を解く音、寝間着を脱ぐ衣擦れの音がしんとした部屋に響き渡る。

「あ…あんっ…ノブっ…」
「梅子…」

(み、見ちゃなんねぇ、絶対にいけねえ…聞いちゃなんねえ…)

そう自分に言い聞かせつつも光男は目が離せなかった。
どくんどくんと心臓の音が外に聞こえそうなほどに頭に響いていた。
暗闇に目が慣れ、襖に張り付かんばかりに顔をくっつけて目を凝らしたその時、
梅子の寝間着の裾がはだけて夜目にも眩しい白い太腿が目に飛び込んだ。
そこから光男の意識が途切れた。
翌朝、今日も蒲田の空は気持ち良く晴れて雀のさえずる声が爽やかだ。

「光男くーん、朝よ?起きてー…きゃーーーーっ!!!」

「おはようございまーっす。ん?」

策略が上手くいったか早く聞き出したくて木下はいつもより早めに出勤した。

「大丈夫かこいつ?」
「たぶん、のぼせただけだと思うわ。でも一体何で…」
「押し入れで寝るのはやっぱ暑いんじゃねえのか?おい」
「あらちょっとキノヤンじゃないの。いいとこ来たわ。ちょっと手伝って頂戴」
「何があったんすか?」

見れば光男が布団に寝かされてうーうー唸りながら鼻に脱脂綿を詰められ、額に
氷嚢を乗せられている。

「ちょっとキノヤン、早く二階に来て頂戴。布団下ろすの手伝って」

和子に急き立てられて訳もわからず木下は二階へと上がった。

「うっわあ!」

そこには血塗れでどす黒くなった枕と布団が置かれていた。

「どうしたんすかこれ?」
「あたしもよくわかんないのよ。朝梅ちゃんが起こしたら光男君が血まみれ
だったんだって。で押し入れの中拭いてくれる?それが終わったら布団を下に
持ってきて」

和子はちゃんと落ちるかねえ、と言いながら枕と敷布を持って一階へ降りた。
恐らく光男は自分の言う通りにしたのだ。そして、首尾よく事が進んだのだ。
笑い出したいのを堪えて肩を震わせながら押し入れに目をやるとそこも血まみれ
だった。何気なく襖の裏を見るとそこにもまるで殺人事件の現場のように
血しぶきが飛んでいた。

「派手にやったなあ、あいつ…ぶふっ」

ついに耐えきれなくなった木下は腹を抱えて笑った。






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