月がとっても青いから(非エロ)
山倉真一×弥生


「いやぁ、本当にいい式でしたね!梅子さんも、幸せそうでよかった!」

梅子の結婚式の帰り道。山倉は月を見上げ機嫌よく言った。
遠方から参加の江美は宿に泊まり、雪子は家の者が迎えに来たので、隣を歩くのは弥生一人だ。
宴席での酔いがまだ残っているのか、山倉の足がややふらついている。

「そうね・・・ほら、ちゃんと前見て歩きなさい」

そう言いながらも弥生の口調はいつもよりも柔らかなのは、彼女の中にも幸福の余韻がのこっているからなのだろう。
大切な友人の新しい門出。
医者になるために彼女が努力し続けたことを知っている。悲しい別れを経験したことも知っている。
いろいろなことを乗り越えて、親友は生涯の伴侶を見つけた。
幼馴染の男性の横に座る彼女は、幸せに光り輝いていた。
幸せな人の笑顔がこんなにも人を幸せな気分にさせてくれるということを、弥生は初めて知った。
だけど梅子はずっと前から知っていたのだろう。だから彼女は、いつもあんなにも人を幸せにしようと頑張っていたのだ。

(おめでとう、梅子。ちょっと・・・すっごく、うらやましいよ)

「それにしても雪子さん、あいかわらず上品で華やかだったなぁ」
「・・・・よかったわね」

心の中でつぶやいた祝いの言葉をかきけすような山倉の能天気な声に、弥生は急に疲れを感じて歩く速度をおとした。
学生時代も今日も、雪子には異性としてはまるで相手にされていないのに懲りない男だ。

「松子さんもきれいだったなぁ。黒留袖が実に似合って!まさに大人の女性って感じだった!」
「・・・・はぁ」

(ほんと馬鹿だ、この男。相手にされないどころか人妻でしょうが)

これもある意味「幸せな人」なのだけど、梅子とはずいぶん違うわね・・・とさらに深いため息をつきうつむいた弥生に気づくことなく、山倉は朗々と言葉をつづけた。

「でも、いちばん素敵だったのは弥生さんだ!」
「・・・・は?」

思いもかけぬ言葉に、弥生は足を止めて顔を上げた。前を歩く山倉のむこうに月が見える。

「弥生さんは、凛々しかった!」
「・・・褒めてるつもり?」

いちおうは褒め言葉のつもりのようだが、振り袖姿の女性に対して言うことだろうか。
さすがに「美人」だの「可愛い」だなんて言葉は、この男には求めてはいないが。

「あのとき、弥生さんは真っ先に手を挙げて立ち上がった」
「『あのとき』?・・・ああ、あのオジサンが梅子に難癖つけたときね
・・・でも結局は伸郎さんと下村教授が丸くおさめてくれただけで、
あたしたちが言ったことはたいして役には立たなかったわよ。
むしろほかの人たちに『やっぱり医者になる女たちは可愛げがない』って思わ」
「立ち上がる瞬間の弥生さんの横顔は、きりりとして力強かった!」
「聞きなさいよ。・・・・はぁ、酔っ払って独りごと言っているだけね
・・・もういいや、しゃべらせておこう・・・」

あきれかえる弥生に背を向け月に向かって歌うように語る山倉の姿は、
できの悪いロミオのようだ――そんなことを考えた次の瞬間だった。

「弥生さん、ほんとうは、むしろ梅子さんよりも気が小さいところがあるのに」
「!」
「梅子さんへの友情のために、あの席の中で勇気を出して立ち上がった。」
「・・・・・」
「弥生さんは、友達思いで優しい、すてきな人だ!」
「・・・・・・・・」
「僕はそんな弥生さんが、大好きだ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿ねぇ・・・」

酔っぱらいのたわごとだ。
根っから女好きな彼の「大好き」なんて、きっと星の数ほどたくさんある。
そう思いながら、それでも弥生は自分の声がさきほどよりも
ずっと柔らかくなっていることに気づいていた。

(弥生さんは、やさしい人よ)

ふいに、遠い昔に聞いた友人の言葉を思い出す。
コンプレックスと自己嫌悪でがんじがらめになっていた自分にかけられた言葉。
いまの自分は、あのころよりは大人になった。
コンプレックスとうまく付き合う術も知っている。
それでも、あのときの泣きたいほどの嬉しさと、
友人に感じた愛おしさと感謝とおなじものが弥生の胸にひろがってゆく。

けれど山倉は弥生のその気持ちに気づくことなく、ふりむきもせずに機嫌よく歩いてゆく。

「そんな弥生さんの素晴らしさを称え、山倉、歌いまーす!」
「?!歌いますって・・・こら!やめなさい!」
「♪つきがとぉっても、あおいから〜〜♪」
「近所迷惑でしょうが!ちょっと!待ちなさい・・・
もう!あたしは着物なのよ、少しは気を使いなさ・・・・ああ、もう!この酔っぱらい!」

明日にはきっと彼の頭の中には今の記憶はなく、
二日酔いの頭痛だけがのこっているだろう。
そしてきっと、いつもの日常が続いてゆく。
雪子が何か言っていたが、いまさら二人の関係が変わるようなことはないだろう。
このとぼけた男に、坂田に感じていたような感情を抱けるとは想像できない。
山倉だってきっとそうだ。
だけど、と山倉を早足で追いながら弥生は思った。

(このまま、いっしょに歩いてゆくのもいいかもしれない)

そんなこと出来るわけがない。
「ずっと」一緒にいられるのは、本当は限られた関係だけだ。

「弥生さーん」

ふと気づくと、すこし先の十字路まで行っていた山倉がふりむいて手をふっている。
そこはまっすぐ進むのではなくて、右に曲がったほうが家には近い。
だけど山倉はまた機嫌よく直進してゆく。
その背中を見ながら、弥生はまた溜息をついた。

(ま・・・いいか)

今日は少しぐらい遠回りをしてもいい。だってなんだかとても気分がいい。

「こら、もうすこしゆっくり歩きなさい!」

そう声をかけながら、弥生は空を見上げる。
青い月が二人を照らしていた。






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