確かめあう夜
安岡信郎×梅子


「済まなかった、かめきち。この通りだ。成仏してくれ」

両肘を張って大袈裟に信郎が祈るふりをしてみせると、隣で太郎を抱っこしている梅子がプッと吹きだした。

「何だよ、梅子が謝れって言ったから謝ったんだろ」

信郎が口を尖らせて言うと、だって、と言って更に可笑しそうに笑う。
まるで娘のように屈託なく笑う梅子の顔。信郎はそれを愛しそうに見つめた。
ここのところケンカをしていたので、梅子のそんな顔を見るのは久し振りなような気がする。
口を尖らせたまま梅子を見て微笑んでいた信郎だったが、次第に鼻の下が伸びてきたかと思うと、突然真顔になって両膝をポンと叩く。

「ちょっと、トイレに行ってくる」

信郎が言うと、こんな時間に? などと全く悪意の無い様子で梅子が聞いてくるので、立ち上がりかけた信郎は慌てて右手の人差し指を立て
何かの説明をするような身振りで言った。

「それは、その、アレだ。……男の、…アレだ」

どうせまた梅子のヤツはバカとか言ってくるのだろう、そんな風に信郎は思ったが、梅子の反応は意外なものだった。

「そうね。男性の機能ですもの。あのっ、……大丈夫なの、…かな?」

その後数秒間の静寂を経て、見合った二人は取ってつけたように笑いながらお互いの真意を探りあい、確信に至った。
しかし、太郎が生まれてからすっかりご無沙汰している上、今は隣の部屋に陽造までいる。

「大丈夫かよ、聞こえねぇか?」
「声さえ出さなきゃ、大丈夫よ。……たぶん」

小声で信郎が聞くと、梅子も小声で答える。
ちょっと待っててと梅子に言われるまま、信郎はゴロリと横になり、肘を枕にして梅子の様子を見つめた。
抱っこした太郎を軽く揺らしながら、優しく背中を叩き、子守唄を歌う。穏やかな母の顔…。

『いや、待てよ』

信郎はそんな梅子の姿を見て幸福感に包まれていたが、もしかすると太郎が生まれてからちゃんと梅子の事を見ていなかったのでは
ないかと思った。
梅子を母親と言う名でくくり、まるで太郎の付属品であるかのように見ていた気がする……。
そう思った信郎の心に、申し訳ない気持ちと、今すぐ梅子を抱きしめたい気持ちが交互に押し寄せてきた。
しかし、眠りかけた太郎を起こさないように梅子の目だけを見つめると、気づいた梅子は一瞬だけ目を合わせて笑い、
すぐにはにかんで再び太郎のほうへ目を向ける。
しばらくして太郎を静かに布団へ寝かせた梅子は、あらためて信郎に向き合うとニッコリ微笑んだ。

「寝たみたい」

信郎が自分の布団の上で窓際に身を寄せると、ソロリソロリと梅子が空いた部分へやってくる。
音を立てないよう静かに布団の中へ潜り込んだ梅子は、横になると体を信郎にくっつけてフフフと笑った。
信郎もつられて、声を出さずに笑う。
初めての夜から半年も間を開けたことがなかったせいで、妙に緊張したり照れたりしてしまう。
二人はまるで初めてのような軽い口づけを何度か交わし、少しずつ髪や顔に触れていく。
たったそれだけの触れ合いによって、これから起こる事への期待でこわばった梅子の体を、信郎はしっかりと受け止める。
右手で腰を抱え、左手で浴衣の上から胸の膨らみに触れ、今にも声が漏れ出しそうな口へ自分の唇を強く押し付けた。

「んーっっ……!」

浴衣の襟から信郎が手を差し込み、以前よりもふっくらとした乳首を擦ると、口をふさがれて逃げ場をなくした吐息が梅子の鼻から漏れた。
信郎としては、乳房をすっかり露にさせ新しい触感の二つの粒をあれこれ弄って梅子の反応を見たい所ではあるが
これ以上は梅子の我慢がきかなさそうだった。
切実な目で訴えてくる梅子の求めを受け、信郎が梅子の隠された場所へ手を伸ばすと、そこは既にグッショリと濡れていた。
触れられた事でそれに気づいた梅子は、やだ、と言って赤くなった顔を両手で覆ってしまう。
信郎は梅子の腰紐を解かずに裾をはだけさせ、そっと下着を脱がせてやり、自分も浴衣を着たまま下着だけ脱ぎ捨てる。

「梅子……」

梅子の足と足の間を膝で割って梅子に覆いかぶさる信郎が、梅子の耳元に向かい彼女にしか分からないような声で囁いた。

「俺もだ。俺も、梅子が欲しい」
「ノブ……」

少しだけ開いた手と手の隙間を鼻先でこじ開けるようにして、信郎は梅子の顔中に口づける。
目を閉じて梅子が顔をずらし、その口づけを口で受けると、信郎の舌が梅子の唇をツツとなぞった。

「行くぞ」

信郎が小声でいい、梅子は両腕を信郎の頭に回して、襲ってくる快感に備えた。
いったん信郎が進入を始めると、梅子のそこはどんどん信郎を飲み込んでいき、根元まですっぽり咥え込んでしまう。

「あ…、はぁっ……。ん…んん……」

信郎は舌で梅子の唇を開き、喘ぐ声ごと梅子の口を吸い上げた。
二人は互いの頬を両手ですっかり包みあい、それ自体が性交であるかのように、激しく舌を絡めあう。
一方で、梅子を激しく責めたてないよう、信郎は殆ど動かずにおとなしく梅子の中へ収まっていた。
それは、空いてしまった時間を埋めるような行為で、二人は直接触れ合うお互いの存在を確認しあっている。
そうしている内、切なそうに眉を寄せた梅子の腰がかすかに揺れだし、それに合わせて信郎もゆっくりと腰を動かし始めると
部屋の中には信郎がぬかるみをかき回す音だけが響いていった。

事が終わっても二人は離れず、そのままの姿で抱き合っていた。
やがて梅子が大きく鼻で息を吸い込むと、信郎の背中に回した手を更にきつく結んだ。

「どうした?」

そんな風に話しかける信郎の声は、いつでも優しいのに――。

「言ったら笑うわ」

信郎の胸に顔を埋めて動かない梅子を抱きしめたまま、信郎は一つ深呼吸をして話しだした。

「俺は、また梅子に謝らなきゃならない事がある」

え、といって恐る恐る顔を覗きこんできた梅子に、安心させるような笑顔で応えると信郎は話を続ける。

「ほら、結婚しようって話した時にも言ったろ? 梅子は周りの皆が大切で、俺もその中の一人なんじゃないかって思えるって」

信郎の声はとても穏やかだったが、梅子は不安の拭いきれないきれない様子で、信郎の目をジッと見つめていた。

「さいきん俺も太郎も梅子に置いてきぼりにされてる、なんて思ってたけど、本当は俺の方が梅子のことを置いてきぼりにしてたんじゃ
ないかって思ったんだ」

大粒の涙が溢れてきた梅子の顔を、信郎はそっと抱き寄せる。

「ごめんな、梅子」

抱きしめた梅子の小さな肩が震えている。信郎は梅子を包み込むように抱いて頭に顔を埋めると、低く落ち着いた声で言う。

「……俺は、いつでも梅子が一番だからよ」

すると梅子は大きく息をついてから慌てて目の端を拭い、信郎の方を見て笑った。

「ばーかっ」

目と目を合わせて吹きだした後、この、と言って信郎に強く抱きとめられる。

「私もよ……」

梅子がそう言うと二人は飽きるまで口付けを交わし、心から互いの存在の大きさを確かめあっていたのだった。






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