甘い月夜
安岡信郎×梅子


ほんの数日だったけれど、ずいぶん久し振りな気もする。
梅子と信郎は、ようやく二人きりになった部屋で、まんじりともせず揃って天井を眺めていた。
長い沈黙を破った言葉が、信郎の「情けない」
今回の信郎は、頑張ったけれど期待通りの結果が出せなかったのだ。梅子にとって、そんな気持ちは分かりすぎるくらいよく分かる。

「そういうノブのこと好きよ」

本当の気持ちを言ったつもりだったのに、信郎がやけに照れたので、梅子のほうも可笑しくなってしまった。
他愛もない事で笑ったり、つつきあったりして、それが何故だかホッとする。
こんな何気ない時間がとても大切に思えて、信郎の存在が自分の中でどんどんと大きくなっていくのを、梅子は感じた。
子供の頃から、おもちゃを壊されたりした事もあったけれど、ノブはずっと側にいてくれたし、優しかった。
そして、そんなノブを好きだった。でも、こんな風に好きになったのはいったい何時からだっただろう?
まぶしそうな顔をして信郎を見ている梅子に、信郎がポツリとつぶやいた。

「梅子のオヤジさんと呑んだ時にさ、梅子のどこがいいのかって聞かれたんだ」
「ええっ、うちの父が!? それで、ノブ、何て答えたの?」

元々まん丸な目を更に丸くして梅子が問いかける。その顔を確認した信郎が、いたずらっ子のような顔で答えた。

「一緒にいると落ち着く、って言った」

信郎の答えを聞いて、梅子はとても満足そうな、それでいて泣き出しそうな顔をした。
信郎はそんな梅子の頭を胸に抱きよせ、子供をあやすように背中を軽く叩きながら続ける。

「本当に、梅子といると落ち着くんだ」

これ以上の答えはないような気がして、梅子は声を殺して信郎の胸に顔を押し当てた。

二人は口付けを交わすと、スルスルと浴衣を脱いで、引き寄せられるようにして素肌と素肌を重ねた。
部屋の中を支配していた二人の荒い息遣いと衣擦れの音が一瞬止んで、梅子の体の入り口に信郎の固くなったものがあたる。
初めてではないにせよ、まだ慣れていない内に日にちも空いてしまったので、梅子の表情が緊張でやや強張った。
梅子の様子を察した信郎は、腰を進めないまま優しい口付けを何度も降らせる。
やがて梅子の瞳が潤んで、白い両腕を信郎の頭の後ろへ回す頃、信郎は深く口付けて梅子の口中を舌でまさぐりだし
ゆっくりと進入を始めた。

「んっ……。ふ…っ…」

ゆっくりと、ゆっくりと、信郎が自分の中に入ってくる。
梅子はギュッと目を閉じると、信郎を飲み込んでいく自分自身を、敏感になった器官で感じ取った。
腰と腰がピタリと重なり、大丈夫か? と自分を気遣う信郎の声が優しくて、梅子の胸に熱いものがこみ上げる。

「幸せ……」

梅子が信郎の耳元で囁くと、俺もだ、という声が梅子の耳元へ返ってきた。

梅子のあげる短い悲鳴のようなあえぎ声と、二人でたてる水音が速さを増し、途切れることなく聞こえてくる。
何度も力強く、ノブに自分の中心を突き立てられ、不思議と心が満たされるのが分かる。
でも、まだ足りない。もっとノブと繋がりたい。もっと、もっと……。

「……ノブ…!」

自分の中から、感じたことのない大きな何かが押し寄せてきて、不安になった梅子は信郎の顔を見上げた。
気持ち良さそうに目を閉じていた信郎だったが、それに気づいて優しい微笑を梅子に向ける。

「あぁ…んっ、ノブ……、ノブっ!」

大きな何かは安堵感と快楽のうねりとなって梅子を飲み込み、梅子は信郎の首筋にすがりつきながらそのうねりに身を委ねた。

「梅子っ…、俺、もう……」

耳元で信郎のかすれた声が聞こえ、自分の体の奥で脈打つ信郎を感じる。

「あっ…、私も。…ノブ…」

信郎を受け止めた体の奥底がビクビクと震えだし、梅子は意識を手放した。

「あ……」

梅子がうっすら目を開いていくと、カーテン越しにボンヤリと部屋を照らす月明かりで、ほの暗い天井が見えた。
浴衣はきれいに整えられ、布団も掛けられている。
ハッとして横を向くと、自分の腕を枕にした信郎がこちらを見ていた。

「ごめんなさい。…わたし、また…」
「気にすんな。こうして梅子の寝顔を見てるのも、楽しいからな」

薄明かりの中でも、信郎の顔は笑っているのが分かる。

「ねぇ、ノブ…」
「ん?」

梅子は横向きに転がって信郎の胸に顔を埋め、まぶたを閉じた。

「くっついて寝たい」
「何だよ、急に」

笑いながらも、信郎は梅子の小さな肩を抱き寄せる。
大きな手、優しい匂い。あったかい。
子供の頃とは、やっぱりちょっと違う。
ノブのこと、いつから好きだったのか忘れてしまったけれど、いまが一番好きだと梅子は思った。

「ノブ。ずっと、一緒にいてね」
「ああ」

くっついたまま眠ってしまった二人の姿を、月が何時までも照らしていた。






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