初めての夜
安岡信郎×梅子


「そうよね。こういう事もしなくちゃいけないわよね。夫婦だもの」

互いにぶつけてしまった額をさすりながら笑いつつ、信郎の右手が梅子の頬に伸びてくる。
梅子が固い決意を表情に出して呟いたのは、そんな時だった。
それは初めて迎えた記念すべき夜に似つかわしくない堅い口調で、梅子の頬を撫でながらも呆れ顔の信郎が問いかける。

「なんだよ、その言い方。嫌なのかよ」
「別に。嫌なんかじゃないわ」

梅子もツンと澄まして答えてみせ、二人は再び額をコツンとあわせてクスクス笑いあった。
笑いの波が静かに引いていくと、どちらともなく唇を重ね、そのまま布団の上に倒れこんだ。
梅子の頬を撫でていた手が、首から腰へと流れていく。
腰紐をたどって結び目を探り当てると、信郎は器用に片手でそれを解いていった。

梅子との結婚が決まった頃、木下が勝手に女の抱き方をレクチャーしてきたことがある。
そのため、大まかな段取りは分かったが……。

『あの時、キノヤンにちゃんと聞いておくんだった……』

つい、分かってると強がってみせて、信郎は木下の話を最後まで聞いていなかった。
この先をどうすればいいのか分からず梅子を見ると、自分に体を預けきった梅子がとろけるような視線でこちらを見つめていた。
その瞬間、頭の中がカッと熱くなり、梅子の唇に自分の唇を押し付けると舌を深く突き刺した。
夢中で梅子の口を犯し、帯をすっかり外してしまうと、浴衣の前を割って袖から細い腕を抜く。
上半身を起こして見下ろした梅子の体は、蛍光灯の明かりの元で白く透き通るようだった。
腕も足も腰も胸も、直線的なところなど一つもない。
その柔らかな曲線を見て、信郎の喉が無意識にごくりと鳴る。

「ん?」

自分の袂を梅子にツンツンと引っ張られ、ああそうか、と信郎も浴衣と肌着を脱いだ。

お互い下着で腰周りが隠れるだけの姿になり、信郎は静かに梅子へ体を重ねていった。
途中、自分の胸にフワッとした膨らみと固い蕾の存在を感じ、自然とそこへ頭を埋める。
つきたての餅のような感触の中で、コリコリと主張してくる二つの蕾を摘んだり擦ったりしてみると、
頭の上から梅子のくぐもった吐息が聞こえてくる。
初めて聞く梅子のそんな声に、今まで感じたことも無いような快感が腹の底から湧き上がってきた信郎は、
気づくと両手で膨らみをつかんで、たまらずにむしゃぶりついていた。
梅子の声がどんどんと大きくなり、信郎の頭を抱えた腕に力が入る。
信郎は目の前が白くはじけ飛びそうな感覚に襲われたが、必死でこらえた。

頭をずらして再び梅子の口に吸い付くと、右手を彼女の下着にもぐり込ませる。
すると、出口を奪われた悲鳴が、梅子の鼻から漏れた。
右手が行き着いた先はすでに水で滴っており、そこにある割れ目を指でなぞると、隙を突いた梅子の口から切ない声がこぼれた。
ここのどこかに目的の場所があるはずだ。
信郎は何度も指を滑らせて、その場所を探る。
真ん中よりもすこし奥にくぼみを発見して侵入を試みるが、梅子の腰が引けたので諦めて手を引っ込めた。
しかし、限界はもう直ぐそこに迫っている。
引っ込めた手で梅子の下着をはがし、自分のそれも脱ぎ捨てた。
梅子の両脇に手をつき改めて向かい合うと、梅子が不安で泣きそうな顔をしているのに気づき、頭を撫でながら口をつける。
そして、梅子の入り口付近に強張ったモノをあてがうと、いっきに貫いた。

「痛っ……!」
「だっ…大丈夫か、梅子!?」

痛みを訴える梅子の声で、信郎はハッと我に帰った。
腕の中にいる梅子の眉間に深い皺を確認し、焦りと不安が心の中で入り混じる。

「…よかった。いつものノブだ」

薄っすらと目を開いた梅子が、少しだけ安堵の表情を覗かせる。
俺、いつもと違っていたのか?でも、じゃあどうすれば……、と信郎は顔色をクルクル変える。
そんな心境を察してか、梅子は下から腕を伸ばして信郎の頬を両手で覆った。

「あっ…っ、ゆっくりとなら、多分……大丈夫…」

コクリと梅子が頷くのを合図に、今度はそうっと腰を動かし始めた。

「ん、あぁ…っ。は…ぁっ……」

梅子の口からは、熱を帯びた声が絶え間なく聞こえてくるようになってきていた。

「梅子っ…。そろそろ、いいか……」
「あぁあ…ッ、あ…ああ……」

控えめに動いていた信郎だったが、辛抱がきかなくなって尋ねる。
梅子から明確な答えはなかったが、湿った吐息に拒否の色は感じられなかった。
湧き上がってくる激情を、もう自分でも止める事ができない。
思いのありったけをぶつけて、何度も何度も梅子の中を擦り揚げる。

「ノブっ…!ノブ…!!」
「梅子っ…!」

必死になって自分にしがみついてくる梅子がたまらなく可愛くて、頭を抱きかかえると梅子の一番奥まで突き進み、信郎は精を解き放った。

「痛くしちゃって、悪かったな」

ほんのり赤く染まったティッシュを丸めてゴミ箱に捨てながら信郎が言うと、梅子は目を伏せて、ううん、と首を振った。

「なんだか、患者さんみたい」

グッタリと横たわる梅子の浴衣を、信郎が整えてやっている。

「今日だけだぞ」

そういう信郎の目も声も、とても優しい。
梅子は嬉しそうに目を細めて、自分の髪をすいている信郎の手に、そっと自分の手を重ねる。

「ありがとう、ノブ。大好き」

信郎は照れた顔で、おう、と答えると立ち上がり、明日も早いからもう寝るかといって電気を消した。

「……なんだか、こっちまでその気になってきちゃうね。とーちゃん」

安岡家の一階では、二階を若い夫婦に明け渡した熟年夫婦が仲良く枕を並べている。
自分と同じく、到底寝てなどいられないであろう幸吉に向かって、和子がニヤニヤと囁いた。

「バカ野郎。年が違うってんだよ。おかしな事言ってねぇで、とっとと寝ろ!」

天井を向いて寝たふりをしていた幸吉は、吐き捨てるように呟くと、和子に背を向けてゴロリと寝返りを打った。
一方、下村家の方では

「梅子は、いい人と結婚できたようでよかったですね。お父さん」

芳子が安心した顔で囁いたが、元々背中を向けて寝ていた建造は黙ったままで聞いているかすら分からなかった。






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