無意識の呟き(非エロ)
安岡信郎×梅子


梅子は、下村医院での診療を終えると、ふらりと安岡製作所に足を向けた。
まだ工場には明かりが灯っており、彼はまだ仕事の最中の筈だ。


「まだ仕事中?」

「あぁ、もう少しな」

「そう」

梅子は、ぼんやりと信郎の後ろ姿を見つめた。

「お前最近よく来るよな」

不意にそう聞かれて、梅子はきょとんとした表情になった。

「そう?」

「あぁ…何か有ったか?」

そう問われて、今度は少し困った顔になる。

「別に何もないけど…」

そう、特に理由などないのだ。

ただ、医院を閉める時に工場の明かりがまだ落とされていない時は、何と無く足が向いてしまう。
ここ最近、自分でも意識せずそんなことが続いていた。

「そうか?なら良いけど」

口調こそぶっきらぼうなくせに、声は優しい。

「…ありがとう」

「何か言ったか?」

「ふふ、知らない」

「何だよ、変な奴だな」

不思議そうな顔のまま作業に戻る信郎の手を梅子はぼんやりと見つめた。

信郎の仕事のことを、梅子はほとんど知らない。

それでも、油で汚れた手が、それを落とせば男の、職人の手にしては意外な程繊細で綺麗な作りをしていることは知っている。

自分の手など簡単に包み込める程大きいことも。

いつも、その手で私を支えてくれた。

幼い頃から、いつも手を引いて私を導いてくれる。

どんな深い悲しみからも引き上げて立ち上がらせてくれる、そんな彼の手…ー



「好きだな…」

「ん?」

「え!?」

無意識の呟きは、丁度仕事を終わらせ機械を停めた彼の耳に届いたらしく、私を見つめていた。

聞かれたことにか、無意識に漏れでた言葉にか。

動揺し、赤くなった顔を隠すように俯いた梅子に、信郎は少し眉間に皺を寄せた。

「お前、やっぱり変だぞ。本当に何も無いのか?」

心配そうに覗き込まれて、至近距離で見つめられていることに、心臓は限界まで跳ね上がる。

「な、何でもない!また来るから!」

「え、おい!」

どう考えても不自然なことこの上ない自分の行動を気にする余裕も無く、梅子は工場を飛び出した。

「…また来るのかよ」

少し困ったように、嬉しそうに呟いたことを、梅子は知る由も無かった。



「あら梅子お帰り」

「ただいま!」

台所から声を掛ける芳子に顔を見られないように、梅子は自室へと駆け込んだ。

「はぁ…」

襖を閉めた途端、そのままへたり込む。

「ノブの馬鹿…」

暫く、下には降りられそうにない梅子であった。






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