奈緒子の相談
矢部謙三×山田奈緒子


「ほんっと、信じられませんよ!!」

ドンッと音を立て、菊池が飲んでいたジョッキをテーブルに叩きつけた。
飛び跳ねた液体が顔にかかり、それを拭いながら俺は大きくため息を吐く。

「お前、ほんまいいかげんにせぇよ!飲み過ぎや!」

先程からの再三の忠告にも菊池はまったく耳を貸さない。
まぁ、もともと上司の命令を聞くようなタイプではないのだが。

なぜ俺がこんなことになっているかというと、他でもない菊池の誘いが始まりだった。

「矢部さん、今日飲みに行きませんか?僕、奢りますから」

普段からエリート意識が強く、夕方にはさっさと帰ってしまう菊池からの申し出は意外だったが、
奢りだというから俺は二つ返事で承諾した。

だが…。

「……来んどきゃよかったわ」
「え?何か言いました?」

悪酔いしている今の菊池に何を言っても無駄だろう。
手をブラブラと振り、何でもないと伝えると、菊池はまた酒に口を付ける。

何て事はない、菊池が俺を誘ったのは愚痴をぶちまける相手が欲しかっただけだったのだ。
しかし今まで菊池と酒を飲んだことがないため知らなかったが、こいつは酒癖が悪いうえに、
暴飲の癖があるらしい。
既に何杯目か分からないビールを一瞬で飲み干しては、俺に愚痴をこぼし続けていた。

俺は正直むかついていた。
こんな酒乱ぎみの奴を相手に、俺まで酔っぱらう訳にもいかず、さっきから全くといっていいほど
酒を飲んでいない。

しかし、それだけではない。一番の苛立ち理由は、菊池の愚痴の内容だった。

「矢部さん!聞いてますか?!」
「あぁ、はいはい」
「この東大卒の!キャリアの!資産もあり、顔も良い、僕の誘いを断ったんですよ?!」
「…その性格があかんかったんちゃうか」
「とにかく!どうかしてますよ、彼女」

菊池はある女に振られたことが余程堪えたようだ。
無理もない。
プライドの塊のようなこの男が、あんな小娘に振られたとあっては、自尊心はズタボロの筈だ。

…せやけど、こいつも気付けや。あの女はなぁ…。

「……そんなに、上田先生がいいんですかね」

急に口調を落ち着かせた菊池がボソリと呟いた。

「何や、気付いとったんか?…なら諦めろや」
「そう簡単に諦められるくらいなら、告白したりしませんよ」

俺は菊池の前にずっと連れ添っていた部下の顔を思い出していた。

『兄ぃ、ワシもう辛いんじゃよ』

そいつは、菊池同様あの女に惚れ、告白し、振られた。
だが、菊池のように振られた愚痴を俺にぶちまけたりはしなかった。
代わりに、いつも事件が起こると必ずと言っていいほどの確率で出くわすあの二人に会うのが辛いと、
最近はめっきり事務職にかかりきりになった。
そのせいで俺は、上司から別の厄介者の世話を押しつけられる訳となったのだが。

「揃いも揃って、お前らあの女のどこがいいんや?!」
「お前“ら”?」

菊池が訝しげに俺を見る。

「あ〜、上田センセや、上田センセ」
「…あぁ」

納得し、再びジョッキに口をつけようとした菊池の手を押さえつける。

「せやから!もうやめぇ!」
「…矢部さんは?」
「は?」
「…ですから、矢部さんも彼女とは上田先生と同じくらい長い付き合いなんでしょう?
矢部さんは、彼女の事どう思ってるんですか?」

俺は数秒固まった後、堪らず吹き出した。

「はっ!おまっ…阿呆か!!あんなクソ生意気なだけの貧乳小娘のことなんか何とも思ってへんわ!」
「…変ですよ、矢部さん」
「変なのはお前らじゃ!しばくぞ、こら!」

俺は思いきり菊池の頭をどついた。

「俺は至って正常です〜。お前らみたいな変人と一緒にすんなや」

叩かれた頭をさすりながら、菊池が俺を睨む。
俺は大きくため息を吐いて立ち上がり、菊池の腕を掴み上げた。

「ほら、もう帰るで!」
「え〜?!」
「えぇから、おら立て!!すいませ〜ん、お勘定」

立ち上がろうとしない菊池を引っ張り上げ、金を払わせている間に、俺はタクシーを捕まえようと外へ出た。

夜の風が顔に当たり、妙に冷たい。
少しは酔って顔が火照っていたのだろうか。
運良くすぐに車は掴まり、丁度店から出てきた菊池をそこに押し込む。

「ちゃんと自分ちの住所言えるな?」

車の外から、まだ酔いの醒めきっていない菊池の顔をのぞき込む。
菊池は小さく頷き、俺の方を見返した。

「矢部さんは乗らないんですか?」

一瞬突風が吹き、俺は頭を押さえつけた。

「あ〜、俺は…えぇわ。酔いさましながら歩いて帰る。すいません、出して下さい」

そう言うと運転手は軽く俺に会釈し、車の扉を閉めた。
行き先を告げる菊池を窓越しに見て、その後車が角を曲がったのを確認してから踵を返した。

「…とは言ったものの」

歩いて帰るにはここから家までそれなりの距離があることに今更気付く。
自分でもなぜ菊池と一緒に車で帰らなかったのか分からない。

ただ、無性に今すぐ独りになりたくなった。

辺りを見回し、自分の今いる場所を改めて確認する。

「そういやここ、山田ん家の近くやな」

だから何だと自答しながら、俺は自宅へと歩を進めた。

…進めた、はずやったんやけど。

俺は無意識の内に、先に話題にあがった女の家に来てしまっていた。

「菊池があんまり山田、山田煩かったから混乱したんかな?」

自分の行動がまったく理解できず、頭を掻く。

………折角やから顔でも見ていくか。

ここ暫く変な事件は起こっていない。
それは自然と、俺があの女に会っていない日数に結びつく。
久々にあの生意気な、その上、仮にも俺の部下を二人も振るような女の顔を見るのも悪くない。
何故か自分に言い聞かせながら、ボロアパートの階段を上る。

「せやけど、ほんまボロやなぁ」

小さく呟いたつもりが、大きく反響し慌てて口を押さえる。
俺は人気の全くない通路を歩きながら、女の家を探した。

…そういやぁ、長い付き合いやけど家を尋ねた事はなかったな。

横に『山田』と表札が立てられた扉を見つけ、歩を止める。
俺は小さく息をのみ、扉を叩こうと拳を掲げた所で、固まった。

……って何緊張しとるんやろ、俺。

首を横に振り、扉を二、三度ノックする。

中からは…何の返答も無かった。
寝ているのかと思ったが、それなら寝言が外まで聞こえてくるはずだと気付く。

「何や、留守か」

どっと肩から力が抜ける。

「阿呆らし…帰ろ帰ろ」

俺は昇った時とは違い、軽くなった足取りで階段を降りる。

「…にしても、こんな時間にどこ行っとんのや、あの女」

口にすると同時に、はっと気付いた。

……上田センセのとこか。

そう考えた途端、無性に足と床が引き合う気がした。

階段を降りきった足が、地面に着こうとした、その時だった。

「あれ?矢部さん?」

聞き慣れた声がし、俯いていた顔を上げる。
そこには、片手に洗面器とタオルを持ち、微妙に髪の濡れた奈緒子がいた。
奈緒子は驚いたように俺を見つめている。

「おまっ…お前、どこ行っとんたんや!」

奈緒子は首を傾げながら答える。

「どこって…見れば分かるでしょう?銭湯ですよ」

銭湯。その言葉に自分が安堵したことに気付き、それを否定するように俺は捲し立てる。

「銭湯って…もう夜遅いんやから、いくらお前でもこんな時間に独りで彷徨いたら…危ないやろ!」

それを聞いた奈緒子は心底意外そうな表情をする。

「大丈夫ですよ、歩いて三分の所だし。…矢部さん、心配してくれてるんですか?」
「阿呆か!誰がお前の心配なんかするか!俺は警察として当然の注意をしただけです〜!!」

早口で捲し立て、息を切らした俺は大きく息を吸う。
同時に頭が冷え、自分の行動の馬鹿らしさを自覚した。

「…はぁ、まぁええわ。じゃあな」
「え?…ちょ…」

さっさとその場を去ろうとする俺に、奈緒子が背中から呼びかける。

「ちょっと、待って下さい!何か私に用事があったんじゃないですか?」

俺は歩を休め、言い訳を考えるが結局思いつかず、振り返らずに答える。

「…何でもないわ。酔って道間違っただけや」

そう言って歩き出そうとした俺の腕を、駆け寄ってきた奈緒子が掴んだ。

「待って下さい」
「…何や」

その場にいるのが堪らなく気まずかった俺は、一刻も早くここから離れたい思いで一杯だった。

「よかったら、家でお茶でも飲んで行きませんか?」

俺は仰天して奈緒子を振り返った。

…は?こいつ今、何つった?

奈緒子は微笑みもせず、真剣な表情で俺を見上げてくる。

「ちょっと…相談したいことがあるんです」

奈緒子の口から出た意外な台詞に呆然とする。

…こいつが?俺に?相談?

地に足が張り付いている俺の腕を引き、奈緒子はアパートの階段を昇りはじめる。
俺は奈緒子の言う『相談』の意味について考えた。
長い付き合いだが、こいつから相談を受けたことなど一度もない。
元々悩みを人に打ち明けるような性格には見えないが、それを差し置いても、顔を合わせれば喧嘩ばかりの
自分に相談を持ちかけようとするなど、考えもしなかった。
思い当たるとすれば、よくこいつが巻き込まれる『黒門島』に関することだが。
しかしそれにしても昼間、警察を尋ねるほうが当然だろう。

…だいたいこんな時間に、いくら俺やからって仮にも男を、独り暮らしの家に上げようとするか?!

奈緒子の無防備と無自覚にほとほと呆れている間に、知らず、奈緒子に引かれその家の前まで
来ていてしまっていた。
俺はハッとして奈緒子に掴まれたままの腕を振りほどく。
とりあえず、その相談とやらを聞いてさっさと帰るしかない。

…変に意識してんの悟られたら、格好つかへんもんな。いつも通りに…。

カチャリと鍵を開ける音が通路に響き、奈緒子が扉を開ける。

「…どうぞ」

促されるまま中に入り、部屋を見渡しながら俺は思わず呟いた。

「汚っ!!」
「うるさい!……ちゃんと靴脱いで上がって下さいよ」

俺の習性を理解しきっている奈緒子からの忠告に、微妙な満足感を覚える。
言われたとおりに靴を脱ぎ捨て、向かい側に奈緒子が座るテーブルの前に座った。

「しっかし、狭いうえに色気のない部屋やなぁ…お前、本当に女か?」

まじまじと部屋を見渡し、まぁ予想通りとも言えるが、女らしさのかけらもないその装飾に呆れる。

「だからうるさいって!…これでも、いろいろ凝ってるんだからな」

そのこだわりとやらを是非ともお聞きしようかと思ったが、だいたい予想できたので敢えて聞かなかった。

沈黙が流れ、奈緒子は俺から視線を逸らし、横にある亀やネズミの様子を見ている。
俺はそんな奈緒子の後ろ髪をジッと見つめた。
まだ水気を帯びた長い髪が、狭い部屋に微かにシャンプーの匂いを充満させている。

……普通の男なら、ここでムラムラ〜と来るんやろうな。まぁ、俺の場合、
相手がこいつやしあり得へんけど。

そうは思いながらも奈緒子から視線を逸らす。
奈緒子は黙ったまま自分のペットをじっと見つめている。
かなり、長い静寂。

「お前、いいかげん茶くらいだせよ!暇やろぉが!」

苛立った俺の言葉で静寂が崩れる。
それを受け奈緒子はハッとしたのか、慌てて台所へと駆け寄った。

「…ごめんなさい、ボーっとしてました」

さっきから重々承知していたが、今日の奈緒子はどこかおかしい。
俺は後ろで茶を沸かす奈緒子に、振り返ることはせずに問いかけた。

「なんや、その……相談って何やねん」

一瞬の間の後、奈緒子が答える。

「………矢部さんって、まだ結婚してませんよね」
「はぁ?!?」

意外すぎる奈緒子の問いに思わず振り返る。
奈緒子は俺を見ることなくコンロに火を着けている。

「……何を今更。してへんのくらいお前も知っとるやろ!」

声色に呆れを込めて答え、俺は体を元に戻す。
また、一瞬の間。

「……じゃあ、付き合ってる女の人はいるんですか?」

俺は振り返る気も失せ、大きくため息を吐いた。

「あのなぁ…お前、いい加減にせぇよ!俺はお前が相談がある言うから、わざわざこんな時間に
付き合っとるんやぞ!何で俺が質問されなあかんのや!」
「いいから!……答えて下さい」

奈緒子が俺以上の大声で、怒鳴る俺を制し、思わず肩が跳ねた。
俺は仕方なく奈緒子の質問に答える。

「………まぁ、今は…そういう特定の奴はおらんけど。まだまだ遊びたい盛りやしな!」

奈緒子からの返答はない。

「はぁ…せやから、何やねんお前…何が言いたいんや?!」

返事の代わりにお湯の沸く音が響き、奈緒子は火を止めた。
背中からお茶が湯飲みに注がれる音が響く。

長い、長い間。

コトンと目の前に湯飲みが置かれ、俺は奈緒子の顔を覗き込んだ。
奈緒子が向かいに座り、俯けていた顔を上げる。

「ねぇ、矢部さん。私の事どう思ってますか?」

その台詞に俺は硬直した。

……は?な、何やて?……つうか、何や、この告白みたいな流れは。

そう思った瞬間、それはあり得ないことに気付く。
目の前の女が誰を好いているかなど、充分すぎるほど理解していた。
一瞬の予想、いや、期待が、瞬く間に怒りに変わる。

「山田、人からかうのもえぇかげんにせぇよ!」

そう言って奈緒子の額を軽く叩く。

「いったぁ!」

手加減したつもりだったが、奈緒子には堪えたらしい。

「帰るぞ」

俺は構わず立ち上がろうとした。
が、奈緒子が俺の手を掴み、それを制止する。

「待って!…下さい。…お願い、答えて」

そう言って涙目で俺を見上げてくる。
瞬間心臓が跳ねたが、奈緒子が涙目なのは先程額を叩かれたせいだと、自分に言い聞かせる。
だが余りに真剣な眼差しに観念し、俺は再び腰を下ろした。
奈緒子の顔を見つめ、思いきり息を吸う。そして…。

「はっきり言わせてもらう!俺は、お前みたいな貧乳手品小娘のことなんか何っとも思ってへんわ!
歯牙の先にも掛けてません!俺の好みの範疇外も範疇外!言うなればチャダと同レベルや!!」

俺は思いきり奈緒子に怒鳴りつけた。
まだ言い足りなかったが息がきれたので、この辺で勘弁してやることにする。
奈緒子は俺の大声に目を丸くしていた。

俺は奈緒子に握られたままの手を乱暴に振りほどいた。
手のひらに滲んだ汗を、ズボンで擦る。
どうせ奈緒子の方も怒鳴りつけてくるだろうと践んでいた俺は、更にそれに言い返す文句を考えた。
しかし、奈緒子の返答は俺が予想し得ないものだった。

「はーっ、よかった!」

奈緒子は心底安心したように息を吐き、緊張の解けた笑顔を浮かべる。

「はぁ?!」

まったくもって理解不能。思考範囲外。
何をどうしたらそんな反応が返ってくるのか。
俺が顔をひくつかせながら見つめていると、奈緒子は勢いよく立ち上がった。

「よし!ちょっと待ってろ、矢部!」
「はい?!…って呼び捨てはやめぇってあれほど…おい、山田?山田!!」

奈緒子は俺に構わず奥の部屋に入り、物陰に隠れてしまった。

奈緒子に翻弄され続け、混乱している思考を懸命に落ち着かせる。
女という生き物は元来そうだが、ここまで不可解なのは奈緒子くらいのものだ。

……何で俺に好かれてへんと、『よかった』になるんや?!だいたい、上田センセ以外眼中にないくせに
何で俺にあんな事聞くんや。……っていうか、今あいつ何しとんのや!!

いくら考えても焦燥ばかりが募る。
向かいではゴソゴソと音がし、奈緒子が何かしていることしか伝わってこない。

「おーい、山田ぁ!!だから君は何をしてるんですか?!」
「ちょ、ちょっと待っててください!」

死角からの奈緒子の返答に軽く項垂れる。
そういえば奥の部屋には手品用の衣装が沢山かかっていた。

…まさかそれに着替えて、今からしょうもない手品ショーでもするんやないやろな。

奈緒子ならあり得る。
そう覚悟し、冷めかけたお茶の入った湯飲みを手に取った。

「ほんま…もう帰るぞ?!」

そう言って湯飲みを口へ運ぶと、物陰から、奈緒子が顔だけ出して俺を見た。
俺はチラリとその様子を見たが、構わず一気にお茶を流し込んだ。
瞬間、奈緒子が勢いよく暗所から明所へと移動する。
俺はそれとなく奈緒子にもう一度目を遣る。

「っっっ!?!ぶはっ!!」

同時に俺は口に含んでいたお茶を吹き出した。

「な!な!は?!え!?!」

驚愕のあまりまともな言葉を発することができず、空の湯飲みが手から滑り落ちる。
奈緒子はそんな俺を無表情で見つめる。
先から散々理解不能だと思っていたが、流石にここまでとは思わなかった。

「おまっ……!!な、何考えとるんや?」

襖の奥から現れた奈緒子は、服も何も纏わず、生まれたままの姿で佇んでいた。

思考が完璧にショートしてしまった俺は、無意識に腰が抜けたように後ずさる。

「ちょっ…とりあえず、冷静になれ?な?落ち着け!」

まるで自分に言い聞かせているような倒錯的な感覚を覚える。
奈緒子はそんな俺を見て微笑した。

「あーぁ、お茶零しちゃいましたね」

そう言って服を着ているときと全く同じ様子で、俺に近寄る。
俺は更に後ずさる。
が、視線は縫いつけられたかのように奈緒子に釘付けだった。
足の先から頭の天辺まで動揺しながらも何度も見てしまう。
普段はスカートに隠された細い足、くびれた腰、華奢な肩。
そんな箇所を差しのいても、視線はどうしても男が注目してしまう場所に行き…。

とうとう背中が台所の壁にあたる。
もう、これ以上奈緒子と距離を取ることはできない。いや、むしろ縮まる一方だ。
口から何か言葉を紡ぎだそうと思っても、パクパクと空気を噛むばかりだった。
奈緒子は微笑を浮かべたまま、遂に俺の目の前に立つ。

次の瞬間、奈緒子の手が俺の方へ伸びてくる…と思ったが、それは俺の後ろにかかっていた雑巾を取った。
視界が明るくなったと思うと同時に、光を遮っていた奈緒子がしゃがんだことを理解する。
瞬きを終えると、奈緒子の顔が目の前にあった。
心臓が大きく脈打ち、妙な汗が頬を伝う。

……やばい、やばいぞ。この状況は。

「何も吹き出すことないじゃないですか」

そう苦笑しながら奈緒子が雑巾で床を拭く。
俺に背を向け四つん這いになるものだから、俺は慌てて顔を逸らした。

……なっ?!そんなかっこで屈んだら見えてまうやろ!

心の中で突っ込みながら、何度も唾を飲み込む。

「や、山田…お前、何企んどるんや?」

俺はやっと乾いた声を発する事ができた。
床を拭き終わった奈緒子は、笑いながら振り返る。

「企む?ふふっ…別に何も企んでませんよ」
「う、嘘つけ!か、金でもせびろうってつもりやないやろうな!!」

奈緒子はムッとしたように顔をしかめ、顔を俺の目の前に運んできた。

「違いますよ!『相談』があるって言ったじゃないですか」

奈緒子の冷たい息が顔に架かる。
冷たく感じるということは、俺の顔が余程熱を持っているということだろう。

「相談って、お前…」

奈緒子が小さく頷いた。

「矢部さん、私とSEXしてください」

目の前の奈緒子の顔が近づいてくる。
それが何を意味するかギリギリの所で気付き、慌てて目の前の女を突き飛ばした。

「っっ!!いいかげんにせぇ!」

息をきらしながら、体勢を崩した奈緒子を見つめる。

「いったいどうしたんや?!変やぞ、お前」

今の奈緒子は、とても普段のふざけた女には見えない。
奈緒子は笑みを崩さず、俺を見あげてきた。
その視線に背筋からゾクリとした感触が伝わり、俺は慌てて目を逸らす。

「せっ、SEXしたいんやったら………上田センセとすればえぇやろ」

俺が呟いた語尾に奈緒子の肩がピクリと震えた気がした。
チラリと奈緒子を見ると、どこか悲しそうに微笑んでいる。

「それができないから…矢部さんに頼んでるんです」
「…どういうことや」

奈緒子は困ったように俯き、ゆっくりと答え始めた。

「……今まで、何度も上田さんとSEXしようとしました」

その言葉に、胸の辺りが一瞬傷む。

「でも…えへへ」

そこにきて、奈緒子が自嘲する。

「何度試しても無理だったんですよ!!巨根すぎて」

異様に明るい口調で奈緒子が続ける。

「…実は私…SEXの経験ないんです」
「…そんなんとーに知っとったわ」

思わず呟いてしまい、慌てて口を押さえる。

「え?何で?」
「何でっておまえ…まぁええ。で?」

説明する気も失せるほど、奈緒子の一挙一動は男性経験が無いことを物語っていた。
俺は奈緒子から視線を外したまま、先を促す。

「上田さんも、あの通り童貞だから…二人とも、どうしたらいいか分からなくて」

奈緒子が俺のズボンの端に手を置き、きつく握りしめた。

「…上田さん…いつも、私が痛がって拒否すると、すごく申し訳なさそうな顔するんです。
今にも泣いちゃいそうな。格好悪いですよね、えへへへ!」

奈緒子の声色はまったく笑っていない。むしろ…。

「私、そんな上田さん…見ていられなくて…」

今にも泣きそうな口調。
俺は知らずに奈緒子を見つめていた。

「私が、処女じゃなかったら…上田さんの巨根でも入るかもしれないと思ったんです。だから、私…」

……だから、俺に頼んだと。

俺は内心呆れた。

……こいつ、そんなことして本当に上田センセが喜ぶとでも思っとんのか?!

どんな理由があろうと、好きな女が他の男に抱かれて喜ぶ男などいない。

そう言えば、奈緒子は退くだろうと予想できた。
だが、不思議にも俺の口からその言葉はでなかった。

「今日、大家さん達旅行に行ってて…、お隣さんも引越ちゃったし、このアパート私達しかいないんです。
だから、矢部さん、お願い…」

奈緒子がそっと俺の足をさする。
理性による抑制が限界まで来ていることを俺は感じていた。
しかし最後の、精一杯の抵抗をする。

「…なんで、俺なんや?」
「え?」
「石原でも、菊池でも…お前のこと好きや言うてる奴に抱いてもらえばえぇやろ」

それを聞いた奈緒子は薄く微笑み、小さく首を振った。

「それじゃダメなんです」
「…なんでや」

俺は奈緒子の悲しそうな瞳を見つめ返す。

「……期待、しちゃうでしょ?」

奈緒子の意図が分からず、『は?』という形に口を開く。

「私のこと好きって言ってくれる人に、躰あげたら…心も欲しいって思われちゃうでしょ?」

言いながら、奈緒子が自分の胸を押さえる。

「心は…あげられないから」

その言葉に胸がギリッと締め付けられた気がした。

……こいつの心は、もうあの人の物なんやな。これから先も、ずっと。

「その点矢部さんなら、私の魅力に転ばない変人だから安心だもんな!」
「……阿呆か」

俺は軽く笑い、奈緒子の額をペシッと叩いた。
奈緒子も微笑みながら叩かれた場所を抑える。

「えへへ…それに、私は…矢部さんのこと、そんなに嫌いじゃないですから」

その台詞に面食らっている俺に、奈緒子が顔を近づけてくる。
俺は小さくため息を吐き、奈緒子の口づけを受け入れた。

唇の重なった部分が異様に熱い。
目を開けると、奈緒子の綺麗な顔が目の前にあった。
初めは唇を合わせるだけだったが、徐々に奈緒子の方から密着を強めてくる。

「んっ…はぁ…」

吐息を洩らしながら、俺の首に両腕を回し、奈緒子は舌を侵入させてきた。
予想外の積極性に内心驚きつつも、奈緒子の舌の動きに応える。
互いの口内を蹂躙するかのように舌が動き回り、部屋にピチャピチャと水音が響いた。
首にあった奈緒子の腕が肩へと降り、俺の背広を脱がす。
重なった口の隙間から、どちらのものともとれない唾液が零れる。

奈緒子は手慣れた様子で、そのまま俺のシャツのボタンを外し始めた。
全て外し終わると、奈緒子が唇を離す。
小さな口から覗く濡れた舌が、何とも厭らしい。
お互いの口を結ぶ銀色の糸はそのままに、奈緒子が俺の首筋へと舌を這わせる。
唾液を多分に含んだ舌が、ゆっくりと俺の上半身を這い、俺は軽く身震いする。
舌の這った後が、濡れて光っていた。

奈緒子の舌が、俺の胸に到達し、そこを重点的に攻めてくる。

「…っっ!」

思わず声が洩れそうになり、俺は慌てて小さな呼吸を繰り返した。

「矢部さん、乳首立ってる」

奈緒子が舌を出したまま悪戯っぽく微笑む。

「っ…お前、そういうのやめっ…」

奈緒子は俺の反応を見て、嬉しそうに行為をエスカレートさせる。
わざとらしく音を立てながら俺の胸を舐め回し、片手をズボンへと伸ばしてきた。

「えへへ…良かった、ちゃんと勃ってますね」

そう言いながら、俺の股間をさする。

……そりゃそんな格好で迫られたらな。
そう思ったが敢えて口には出さない。

「…うるさいわ。生理現象や」

奈緒子は軽く微笑んで唇を胸から離し、俺のズボンを脱がし始める。
チャックを開ける音が響き、俺の腰を浮かせ、膝のあたりまでズボンを引っ張る。
俺は奈緒子の裸を改めて見つめた。

「貧乳や思っとったけど……案外胸あるんやな」
「!!…本当ですか?!」

奈緒子が嬉しそうに俺を見る。

「……まぁ、貧乳なりに…ってとこやけど」

俺は苦笑いしながら、奈緒子の輝く瞳から目を逸らす。
奈緒子はブツブツと文句を言いながら、いつの間にか俺の服を脱がせきっていた。

「素早っ!!」
「手品師ですから」

何故か満足げに微笑む奈緒子が、俺の股間に目を遣る。
無言のまま、奈緒子はしばらく見つめ続けた。
居たたまれなくなった俺は、思わず奈緒子の肩を掴み、視線を俺の顔に向けさせる。

「お前なぁ…頼むから!比べんといてください!」

奈緒子はもう一度俺の股間を見る。

「…言うとくけどなぁ、これでも普通よりはでかい方やぞ」

事実だ。なんの誇張もない。

「……やっぱり、上田さんが異常なんだ」

小さく呟き、奈緒子の手がペニスに触れた。
途端に刺激を受けたペニスが奈緒子の手の中で跳ねる。
奈緒子は先程と違い、淫猥に微笑みながら俺を見上げ、ペニスへと顔を降ろしていった。

奈緒子の舌が、ペニスの先端に触れる。
既に溢れていた汁をからめ取り、それを拡げるように舌で円を描く。
そのままゆっくりと裏スジを舌が這っていく。

「っ!!うっ…!」

俺が身震いする様を見つめながら、奈緒子は何度も何度も、舌を往復させる。
細い指でペニスを持ち上げながら、付け根の辺りを舐め回す。
同時に跳ねたペニスの先端が、奈緒子の顔を粘液で汚した。

──ピチャ、クチュッ、プチュン

大げさに音を立てながら、奈緒子の唾液が俺のペニスを濡らしていく。
その間も、自分がしていることを見せつけるように、俺から目を逸らさない。
舌の動きは巧みで、素人のものとは思えないほどだ。

……上田センセが教えたんか。

そう思うと無性に苛立ちが募り、俺は奈緒子の頭を押さえつけた。
舐めるだけでなかなか含もうとしなかった奈緒子が、遂にペニスを口に頬張る。

「んふっ…んっ…」

苦しそうな吐息を洩らしながら、顔をゆっくりと上下させる。
座ったままの俺の足の間で、正座が崩れたような体勢の奈緒子が小さく蠢いている。
口を窄めながら、口内では舌で軟体動物のように動き回る。
尖らせた舌が尿道口をつつき、カリを舐め回し、スジを這う。
同時に、上下に移動する顔の速度も次第に速まる。

「っ…!やま…だっ!!」

俺は奈緒子にされるがままで、快感に打ち震える。
奈緒子はそんな俺を満足そうに見上げてくる。
美しい顔を歪ませ、美味しそうにペニスを頬張りながら。

「えへへっ…矢部さん、気持ちいい?」

一旦口を離し、口周りを唾液と腺液で光らせながら尋ねてくる。
小悪魔のような笑みを浮かべて。

「あ…あぁ」
「良かった」

肯定するしか無かった俺を、心底嬉しそうに見つめながら、再び奈緒子はペニスを頬張る。
奈緒子が急所を刺激する度に、ビクンッと震えるペニス。
奈緒子の指は弄ぶように睾丸を転がし、付け根を刺激する。

「はっ…あっ…」

俺が声を洩らす度に、奈緒子は嬉しそうな目で俺を見つめ、大きな音を立てて吸い付く。
何度か射精しそうになる度に、奈緒子は敏感にそれを感じ取り、口淫を緩める。
そうやって俺の欲望を限界まで高めていく。

「んんっ…んっ、あっ、ふぅっ」

俺はふと、口の隙間から洩れる奈緒子の吐息が大きくなっていることに気付いた。
そういえば行為により発せられる水音も先程より大きく、グチュグチュと響きわたっている。
ペニスを頬張る紅潮した顔に見とれていたが、視線をそれとなく奈緒子の躰にずらす。
そこでやっと、俺は奈緒子のしている行為に気付き、瞬間脳内で何かが弾け飛んだ。

奈緒子の頭をペニスから外し、その顔を俺の目の前まで持ってくる。

「あっ…」

名残惜しそうにペニスを見つめ、奈緒子は切なそうな表情で俺に視線を合わせる。
その口の周りは粘液でねっとりと煌めいている。

「お前…何しとんのや」

いやようにも、俺の表情が意地悪くなる。

「あっ…あっ!」

奈緒子は俺と見つめ合いながらもまだ、自分で秘部を弄くり回していた。

嘲笑を浮かべながら奈緒子を見つめる。

「やっ…んっ!手が、勝手にっ…!!あんっ!」

クチュクチュと音を立てる奈緒子の秘部を見下ろす。
薄い秘毛の間に分け入った奈緒子の細い指や、太股を愛液が伝っている。

「まーだやめんのか、お前は」

わざと嘲り奈緒子を見ると、奈緒子は顔を真っ赤にさせ、俺の肩にもたれ掛かる。
汗で濡れた奈緒子の髪が、俺の肌に張り付き、奈緒子の吐息が耳の辺りに響く。

「やっ!止まらな…!あんっ…矢部さんっ…助けっ…はぁんっ!!」

奈緒子の肩に置いていた手に力を込め、乱暴にその躰を押し倒した。

「すけべな女やなぁ…」

奈緒子は秘部から手を離し、愛液で濡れた手を俺の方へ伸ばす。
焦点の合っていない瞳で俺を見つめ、手探りで探し当てた俺の手を秘部へと誘導する。
指先に濡れた感触が伝わり、俺は自分の手が何に触れているのか理解する。

「んんっ!!矢部さっ…お願っ…弄って!」

思わず口の端が上がり、めちゃくちゃに弄り回したくなるが、手に力を込め抑制する。

「やっ…んんっ!!やだっ、お願っ…します…あぁっ!!」

俺が手を動かすまでもなく、奈緒子は俺の手を秘部に押しつけ喘ぐ。
躰をもどかしそうにくねらせながら、奈緒子は俺に懇願し続けた。
俺は何も答えず、呆れたように奈緒子を見る。
内心、呆れるどころか興奮を抑えるのに必死なのだが。
とうとう奈緒子は我慢できずに、俺の指を上下し始めた。
愛液でぬめる突起を、グリグリと俺の指で転がす。

「あぁんっ!ふあっ…気持ちいっ…んあんっ!」

可愛らしい喘ぎと、卑猥な表情に俺の我慢も限界を超えた。

「おまえみたいにすけべな奴、初めて見たわ」…

その言葉に頬を染める奈緒子を満足げに見ながら、俺は指に力を込めた。

「ふあっ…んあっ!…あっ、あっ、あんっ!」

少し指を動かしただけで、快感に打ち震える奈緒子。
ねっとりとした愛液が指に絡みつき、秘部が震えている。
俺は奈緒子の膝を持ち上げ、愛液だらけの秘部を明るみに晒した。

「やぁっ…だめぇ!んんっ!」

口では抵抗していても、奈緒子は自分から足を拡げる。
無意識だろうと分かってはいたが、その淫猥さに笑みが零れた。

「山田、もうびちょびちょやぞ、ココ」

そう言って秘部を強くなぞりあげる。

「きゃうっ!」

奈緒子は腰を浮かしその快感に悶えた。
指に絡みついた愛液が、クリトリスを光らせ、薄い秘毛を濡らし肌に貼りつかせる。
膣口はパクパクと何かを欲しがるように収縮し、俺は興奮で息を荒らげた。

「あぁっ!もっとぉ…あんっ!弄ってぇ!」

理性の枷が外れたように、喘ぎ、快感を求める奈緒子。
俺は堪らずクリトリスを指先で押しつぶした。

「ああぁんっ!!きゃっ…あうっ!」

口から涎を垂らし奈緒子が仰け反る。
多すぎる愛液で、いくら摘もうとしてもクリトリスはヌルヌルと滑る。
その間もコポコポと音を立てながら、奈緒子の愛液は溢れ続けた。
尻のほうへ伝う愛液を指に取り、膣口へと運ぶ。
俺はそのままヌルヌルとしたそこへ指を押し込んだ。

「はぁっ…あぁんっ!」

膣口以上に収縮を繰り返す膣内を、激しく指でかき回す。
同時に包皮から飛び出し、充血しきったクリトリスを親指でこねくり回した。

──クチュッ、グチュッ

「やぁあっ!やっ…それっ、気持ちぃ…んんっ、好きぃ!!」

奈緒子が首を左右に振り、行き場のない手で自分の胸を掴みあげる。

「お前、ずいぶん濡れやすいんやな」

膣口どころか、奈緒子の太股まわりまで濡らす愛液の量に、感嘆の声を漏らす。
奈緒子は恥ずかしそうに顔を歪めながらも、嬌声をあげ続け、そのまま軽く何度か達した。

膣口をかき回す指の量を増やしたり、膣壁をなぞったりしながら奈緒子の反応を愉しむ。
どんな愛撫をしようと、奈緒子は想像以上の反応を返してくる。

「はぁっ、あんっ…ね、ねぇ…あぁっ…矢部、さん?」
「何や?」

指の腹でクリトリスを押しつけながら応える。

「んんんっ!わ、私の…んあっ…そこ…変じゃ、んあっ…ない?」
「そこ?」

俺は行為に夢中で適当に返事を返す。
奈緒子は息を切らしながら両手を秘部に運び、なにをするのかと思えば、あろう事か思い切り秘肉を広げ、
俺に秘部を見せつけてきた。
息をのんでそこを見つめる俺に奈緒子が尋ねる。

「こ、ここ…普通の人と…違わないですか?…おかしな所、ない?」

やはり恥ずかしいのだろう。真っ赤な顔で、目は涙で潤んでいる。
そこで俺はやっと察した。

……こいつ、上田センセとSEXできへんの、自分のせいかもしれんって思ってたんか。

奈緒子は俺との行為の間も、その先に別の相手を見通している。
俺は小さくため息を吐き、改めて奈緒子の秘部を見つめた。
トロトロと愛液を流す小さな膣口。ピンク色の花弁。厭らしく勃起したクリトリス。
別におかしな所はない。いや、むしろ、今まで見たどの女のものより…。

「…いや、普通なんちゃうか?」

綺麗だと思ったことを口に出す度胸は、俺にはなかった。
俺の台詞に心底安堵し、微笑む奈緒子。
その表情があまりに可愛らしくて、こめかみの血管がドクンと脈打つ音が耳に響いた。

「っ矢部さん…まだ、入れるの…無理ですか?」

奈緒子が恥ずかしそうに俺を見上げる。
俺は一応、奈緒子の秘部をもう一度見る。

「余裕やろ。なんや、もう欲しいんか?」

俺が意地悪く尋ねると、奈緒子が小さく頷いた。
俺の方もさっきから入れたくて堪らなかったから、内心好都合だと微笑む。
緊張した目で俺を見る奈緒子を一瞥し、俺は脱ぎ捨てられたズボンを手に取った。

……持っといて良かったわ。

ポケットから財布をとりだし、その中からゴムを取り出す。
奈緒子に言葉を発させる暇を与えずに、俺はさっさとそれを装着した。

「…矢部さん」

嬉しそうに俺を見上げる奈緒子の視線にばつの悪さを覚え、目を逸らす。

……お前から先に着けろ言われるんが癪だっただけや。

心の中で言い訳しながら、俺は奈緒子の足の間に躰を割り入らせた。

ペニスの先端を膣口にあてがうと、奈緒子が小さく震えた。

……こういう時、上田センセやったら安心するよう囁いたりするんやろうな。

それが自分にはできないことを軽く悔やむ。

「山田、力抜け」
「は…はい」

そう返事しつつも奈緒子の膣口は固く閉じられたままだ。
無理矢理押し入ることも不可能ではないが…。
俺は奈緒子の胸に手を這わせ、敢えてからかうように言った。

「やっぱり触ってみると、貧相な胸やなぁ」
「なっ!うるさいっ!」

俺の台詞に怒り、奈緒子の躰から力が抜ける。
その隙に俺は腰を押し出し、ペニスを膣内にねじ込んだ。

「きゃっ…!!いっ…たぁ!ううぅ…」

奈緒子は突然の事に目を見開き、次の瞬間苦痛で顔を歪ませる。
奈緒子の膣は信じられないほど狭かったが、先程の有り余る愛液のお陰で案外楽に挿入できた。

「はぁ…っ入ったで…大丈夫か?」

奈緒子は額に冷や汗を滲ませながら、小さく何度も頷く。

「お、思ったより…痛く、ないです」
「動いても平気か?」

奈緒子は創ったような笑顔で頷いた。

奈緒子の汗を軽く拭い、腰をそっと引く。

「んんっ…!!」

膣内のヒダがペニスにうねうねと絡みつき、背筋を何かが這うような感触に襲われる。
力強く腰を打ち付けると、パチュンッと愛液の飛び散る音が響き、それに合わせるように奈緒子も跳ねた。
奈緒子の中は、初めてということもあってか、もの凄い力でペニスを締め付けてきた。
気を抜くと持って行かれそうな感覚に襲われ、俺は堪らず打ち付けを開始する。

「あんっ!あっ…はあんっ!!」

締め付ける膣から逃げるようにペニスを抜き、その締め付けを恋しがるように再び差し込む。
膣口はきつくペニスを締め、膣壁はやわやわと生き物のようにペニスに絡みつく。

「きゃあんっ!矢部、さ…っ!あんっ!!」

密着していた上半身を離し、寝転がり悶える奈緒子を見下ろしながら、俺は膝をつく。
そのまま軽く奈緒子の両足を持ち上げ、深く奥まで打ち付けた。

「ひゃうっ!んあっ…はぁんっ!!」

音をたて愛液が飛び散り、お互いの秘部や腰を濡らす。
膣の周りの真っ赤な秘肉が、俺のペニスを包み込んでいる。

……やらしいなぁ。

自分が、あの奈緒子と、こんな事をしていると思うと、信じられない気持ちで一杯になる。
だがそれ以上にもの凄い興奮に襲われた。

──グチュッ、パァンッ!パチュッ、パンッ!!

水音と肌の打ち付け合う音が混ざり合い、奈緒子の表情が恥辱に歪む。
その様子に満足し、俺は更に打ち付けを速めた。

「やぁんっ!だめっ…あっ、あうっ!へ、変に…なっちゃ…はうっ!!」
「はぁ、はぁ、可愛いで…山田」

快感に浸かりきった奈緒子には、俺の言葉は聞こえないだろう。
俺は小さく本心を呟いた。

「はぁんっ…や、矢部さっ…んんっ!!」

頬を涙で濡らしながら、奈緒子は手を伸ばし俺の体を捜す。
打ち付けを休めず体を近づけると、奈緒子が勢いよく俺に抱きついた。

「うわっ!ちょっ…っと…ったぁ!」

その勢いが強すぎて、俺は後ろにひっくり返った。
ゴンっと音を立て、頭が台所の床にぶつかり、自然と奈緒子が俺の上に乗る形となる。

「っあっ!…んんっ!」

体勢が変わった時に膣の最奥までペニスが突き刺さり、その快感に奈緒子が体を丸め、震えている。

小刻みに揺れる奈緒子の肩を揺すり、問いかける。

「おい、大丈夫か?山田?」

奈緒子は答えることもできないのか、小さな呼吸を繰り返している。
鼻の先にある、奈緒子の髪の香りに刺激され、俺は少し腰を突き上げてみる。

「ひゃうぅっ!」

面白いように奈緒子は飛び上がり、躰を起こした。
俺の胸に手を添え、顎から汗をしたらせる。

「やっ、はぁ…すごぃ…奥まで…」

奈緒子が俯いて結合部を見つめる。
その光景に興奮したのか、膣が小さくなんどもペニスを締め付けた。

「…すごい、濡れとるやろ?」

意地悪くほくそ笑み、奈緒子に問いかけると、奈緒子はいやいやをするように首を振り俺を見る。

「そんな顔されても、誘っとるようにしか見えん…ぞ!!」

言いながら俺は奈緒子を突き上げた。

「きゃぁんっ!」

奈緒子の尻が一瞬浮き、その後ずっぽりとペニスを包み込む。
俺は快感に打ち震える奈緒子の表情を見上げながら、激しい突き上げを再開した。

「あっ、あぁんっ!あんっ、やぁあっ!!」

奈緒子の鳴き声は打ち付ける度に高まっていく。
こんな防音設備もなにもないボロアパートでは、外まで響いているのではと一瞬心配する。
だがそんな不安もこの快感の前では何の防波堤にもならなかった。

──ヌチュッ、パチュッ、パンッ!!

腰を床から離し、強く、強く突き上げる。
飛びはね、長い髪を振り乱し、涎を垂らし悶える奈緒子。
そんな情景を見上げながら、がむしゃらに腰を打ち付ける俺。

ゆっくりと力強く突くと、奈緒子が躰を上下に揺らし鳴く。
早く何度も突き上げると、悲鳴をあげ俺にもたれ掛かった。

「んあっ!あんっ…はあぁんっ!矢部さっ…ぁあんっ!!」

涙と汗を俺の胸に落としながら、奈緒子が俺の肩にしがみつく。
心地よい重みと、痺れるような快感。

……上田センセ、挿れられとる時の山田はこんな艶っぽい表情するなんて知らんのやろな。
そう思うと、虚しい優越感に心が満たされた。

律動を休め、胸の上で震える奈緒子の濡れた背中をさする。

「はぁ…はぁ…」

丸まって息を荒らげる奈緒子は猫のようだ。

「…大丈夫か?」

苦笑しながら尋ねると、奈緒子は躰を起こし、俺を見下ろした。
顔に貼りついた髪を退けると、何とも淫猥な表情が明るみになる。
俺は満足げにそれを見上げ、奈緒子の胸に手を伸ばした。
突き上げを止めた結合部は、溢れる奈緒子の愛液で更に濡れていく。
奈緒子が辛そうに腰を震わせているのを理解しながら、敢えて俺は奈緒子の胸だけを弄んだ。
固くなった乳首をつまみ上げ、軽くはじく。

「んっ…ねっ…矢部さ、お願…ふぁっ!」

俺はほくそ笑みながら、奈緒子の言葉を無視する。

「…っっ!矢部さんっ!」

涙ながらの切実な訴えにも、俺は応えない。

「自分で動けばえぇやないか」

からかうように言うと、奈緒子は唇を震わせながら、やがて独りで律動を再開させた。

奈緒子が自分の上で腰を振る様を、満足感に満たされながら見物する。
小さな胸が小刻みに揺れ、律動の速さを物語っている。
俺は時折崩れそうになる奈緒子の腰を支える程度で、後は奈緒子が勝手に快感を与えてくる。

「やっ…あっ!恥ずかし…んんっ!!」

自分一人で動く恥辱に身もだえながらも、奈緒子は動きを速めていく。

「なーにが恥ずかしいや。自分で腰振っとるやないか」
「やぁっ!言っちゃ…やだぁ!」
「上田センセもこんな淫乱相手に大変やなぁ?」
「やだっ!そんなことっ…あぁっ…やあぁん!」

泣きながら首を横に振る奈緒子。
だが言葉で攻める度に、奈緒子の膣は俺のペニスをぎゅうぎゅうと締め上げてくる。
奈緒子が腕に力を込め、体重を俺の胸に預ける。
限界が近いのか、そのまま律動を速めだした。
愛液がビチョビチョと飛び散り、旨そうに俺のペニスをくわえ込む秘部を見つめる。

「はあぁうっ…気持ちぃ…矢部、さんっ…私っ…気持ちぃ…ですっ!!」

奈緒子の台詞に高揚し、俺は奈緒子の腰を掴み強く腰を打ち付けた。

「っ…はぁ、どうや?気持ち、えぇか?」

俺の問いにガクガクと首を揺らす奈緒子。
グチュグチュと溢れた愛液が白く糸を轢き、打ち付けを助長する。
俺はペニスを押しつけ、奈緒子は秘部でそれをくわえ込む。

「やあぁんっ!はうっ…もっと!んあっ…もっとぉ!!」

奈緒子の訴え通り、俺は渾身の力を腰に込める。
パンッ!と音を立て肉がぶつかり、クリトリスが押しつぶされた奈緒子が嬌声をあげる。

「あんっ!もぉ…ダメぇ!わ…たし、やぁっ…!!」

絶頂を訴える奈緒子に、もう我慢の必要のないことを察した俺は、枷を外し更に激しく打ち付ける。

「きゃあうっ!あぁんっ…はっ、ひあっ…んんんっ!!」

首と躰を仰け反らせ、水面から顔を出すように、天井を見上げる奈緒子。
俺はそんな奈緒子を見上げながら、腰を突き出す。

「やぁっ!あぁあっ…矢部さっ…矢部さぁんっ!!」
「っ…山田っ!」

奈緒子の熱い躰が胸になだれかかってくる。
その躰に腕を回し、パチュンパチュンと響く音を耳の奥で聞きながら、俺の意識は遠のいていく。

「ひゃうっ!イッちゃ…っ!!だめっ…あっ、あぁっ、イくぅ!んああぁっ!!」
「くっ…!あっ……っ!!」

二人の体が同時に跳ねた。
ペニスを引きちぎるかと錯覚させるほどの勢いで収縮する膣。
奈緒子の中に入ったままのペニスは、勢いよく精液を吐き出した。
ペニスに、膣に、二人の体に、今ここに存在する全てのものが痙攣する。
奈緒子の上下の口から零れた液体が、俺の体を伝っていく。
凄まじく響きわたっていた音が止み、代わりにピチャ、ピチャと小さな水音が部屋に響いた。

「はぁ…はぁ…ありがとう、ございました」

腰の動かなくなった奈緒子を体の上から退かし、その肢体を床に横たわらせる。
快感を色濃く残した表情に、また体が反応するのを恐れ、俺は視線を逸らした。

「いや…別に…」

愛想のない返事を返し、奈緒子に背を向ける。
胡座をかき、精液の溜まりきった避妊具をペニスから外した。
その先を結びながら、大分息も落ち着いてきた奈緒子に、それとなく尋ねる。

「まあ、ヤッてから言うのもなんやけど、ほんまによかったんか?」

奈緒子からの返事はない。
内心焦りつつ、奈緒子を振り返ると、奈緒子は微かな笑みを浮かべ俺を見上げた。

「矢部さん、私のこと…すけべで淫乱って言いましたよね?」
「あっ!あれは…その、言葉のあやっつうか…」

俺は急に恥ずかしくなり狼狽した。

「お前、ヤッてる時のこと持ち出すとか反則やぞ?!」

奈緒子は開き直った俺を可笑しそうに見つめ、小さく首を振った。

「違うんです。矢部さんの、言うとおり…なんです」
「は?」

奈緒子が俺とは反対側へ首を向ける。

「矢部さんにSEXしてって頼んだのも、上田さんと私の二人のためみたいな言い方したけど、本当は…」

奈緒子が小さく息を吸い、続ける。

「本当は、私がSEXしたかっただけなのかもしれません」

泣きそうな奈緒子の台詞に、胸が熱くなる。

「そんなこと…!」
「そうなんです!だって…」

行為の最中の奈緒子は、確かに俺の先にあの人を見通していた。
そう感じていた俺は奈緒子の台詞を否定したが、奈緒子の強い声に台詞が止まる。

「だって、私、SEXの時………上田さんの顔、一度も思い出さなかったんです」

そう言って振り返った奈緒子の頬を、涙が一滴伝っていった。

何も言えずに頭を掻く俺に、奈緒子が微笑む。

「矢部さん、よかったらまたSEXしてくれませんか?」
「は?」

驚く俺を前に奈緒子は平然と続ける。

「もっと慣らさなきゃ、上田さんのは無理だと思うんです」

俺は暫し考えて、小さく苦笑する。

「まぁ、考えとくわ」

断るべきだと分かっていたが、できなかった。

奈緒子は微睡んだ瞳で俺を見上げ、眠そうな声で俺に答える。

「はっきりしろ!…えへへ、もし、また…せっくすして…くれるなら」

奈緒子の口調が遅くなり、目が次第に閉じられていく。

「でんわの、よこの、メモちょうに…ふあ〜…やべさんちの、住所、書いとけ」

俺はため息を吐きながら、眠りに落ちていく奈緒子を見つめる。

「……ん〜、ふだんは…ここじゃあ…できない…から………」

台詞の途中で眠ってしまった奈緒子を、俺はある思いを胸に見つめ続けた。

熟睡している奈緒子の躰を拭き、服を着せ、布団に寝かせ、その寝顔を覗き込んだ。
行為の時とはうってかわり、普段通りのむかつくほどすました顔に戻っている。
その髪を軽く梳きながら、ふと部下二人の顔を思い出した。

「あいつらに知られたら…どうなるかなぁ」

罪悪感と、それを上回る優越感に満たされながら呟く。
そんな自分に半分呆れつつ立ち上がり、背広に腕を通した。

「上田センセに知られるほうがやばいか。……冗談抜きで殺されるな」

自嘲しながら奈緒子をもう一度見る。
当の奈緒子は、俺の思いなどまったく気付かずスヤスヤと眠りこけている。

「ほんっま…憎らしい女やなぁ」

頭の中を、先の奈緒子の台詞がこだまする。

『私のこと好きって言ってくれる人に、躰あげたら…心も欲しいって思われちゃうでしょ?』
『心は…あげられないから』

俺は奈緒子の額を軽く叩いた。
微かに眉間に皺をよせながらも、奈緒子は目を覚まさない。

「………こんな気持ち、気付きたくなかったわ」

俺は小さくため息を吐きながら、電話横のメモ帳に手を伸ばした。






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