バレンタイン・ラプソディ
上田次郎×山田奈緒子


その日、私、山田奈緒子は、どこもかしこもデカい単細胞のゾウリムシ、上田次郎の上で腰を振っていた。
もちろん、ただ腰を振っていた訳ではなく…あろうことか、セ…セッ…クスしていた。

うっすらとした途切れ途切れの記憶の中、意識を手放す前に見たものは、瞼の裏に光るチカチカとした光と、鮮やかな光。
いつもの聡明で巨乳の私なら、こんな事は有り得ない。

しかも………認めたくはないが、自分から『もっと』とせがんで進んで腰を振っていた、なんて事!



今日はバレンタインデー。性懲りも無く、上田さんは私からのチョコをねだるものとばかり思っていたが、今年は違っていた。

「この何をやっても天才、上田次郎に不可能は無い!」

背凭れのあるどっしりした椅子に腰掛けて、超どや顔で踏ん反り返る上田さんと、首を傾げる私。
その間にある机の上には、ファンシーな箱の中に入ったトリュフチョコが10粒。どうやら上田さんの手作り(!)らしい。

ここは、日本科学技術大学の上田さんの研究室。
突然呼び出されて、おもむろに渡されたのだった。

「…なんで?」
「YOUが手作りはおろか、駄菓子の5円のチョコすらもくれないからだ。たとえどんな形であれ、『この心も胸も貧しい私めですが、どうか上田次郎先生様にチョコを召し上がっていただきたく』とでも言えばいいものを…って、何だその哀れむような目は!」

「心底哀れんでるからですよ」

クネクネとしなを作る上田さんに、本気で呆れていた。

「第一、そんなチョコなんて菓子業界の陰謀じゃないですか。手作りと言っても、チョコを溶かして別の形に冷やし固めただけで。海外じゃあ男性がプレゼントするんですよ?」

「じゃあ、間違ってないんじゃねぇか」

しまった。語るに落ちるとはこの事だ。とんだ墓穴だ。

「フランス帰りの一流パティシエが働く、有名洋菓子店のギャルソンに似ているという、この俺が作ったんだ。まずい筈がない」
「それ全然関係無いじゃん」

件の品は、パッケージからいかにもファンシーな、ピンク地に黒のドット柄。トリュフチョコも丁寧に一つ一つアーモンドやココアパウダー等で違いがある等、変なところでマメだったりして拘ったのが良く分かる。
デカい上田さんが、この小さなチョコを作ったと考えるだけで、なんだかくすぐったい気持ちになる。

しかし、この曲者の上田さんの事。『絶っっっっっ対』、何かあるに違いない。

眉根を寄せ、怪訝な顔でチョコを睨みつけていると、なんと上田さんは目の前でチョコを食べ出した。

「ちょ、ちょっと!私の為に作ったんじゃないのか!おい!」
「そんな顔されてまで、食べてもらおうとは思わないね。ほぉ〜〜〜ら、YOUが食べないうちに最後の一粒―――」

私に見せつけるようにして、最後の一粒を食べようとしていた上田さんの腕を掴み、摘んだ指ごとチョコに食らいつく。

「…うん。まぁまぁ、だな」

心配したが、何も変なところは無いようだった。

「………ところでYOU、こんな話を知っているか?」
「なんですか」
「麻薬の密輸で、コーヒー豆の箱に入れて置くと、麻薬探知犬の鼻をも欺くんだそうだ」
「へぇ。コーヒーの匂いで麻痺するんでしょうか?」
「おそらくは、な」

「で、それがどう―――」

急に身体が熱くなる。動悸、息切れがして、思考が定まらずに頭がぼうっとしてきた。

「やっぱり、何か仕込んでたんだな…この野郎!」
「意地汚い君の事だ。普通には食べて貰えないと思ったからね。最後の一粒にガラナとカリボネをブレンドして入れておいたんだ」

そう話す上田さんの鼻息が荒い。最後の一粒どころか、他のにも入っていたんじゃないかと思うけれど、何やら目の前に紗がかかったように、妙に上田さんが男前に見える。
同時に、身体の奥から湧き上がる、衝動を抑える事が出来ない。

「さあ、無駄な足掻きはやめて、素直になるんだ、YOU………おいで」

ゆっくりと手招きをする上田さんの声が、酷く甘く頭に響く。その声には抗えずに、上田さんの方へふらふらと引き寄せられて行った。



上田さんの指が、顔にかかった髪を梳く感触で気がついた。

意識がはっきりしたらしたで、さっきまでの事がいろいろ思い出されて恥ずかしいやら悔しいやら。

「こんなところでなんて、何考えてんだ!」
「だから、カーテンの奥に居るじゃないか」

普段は見えない、研究室のカーテンで仕切られた奥の場所。しかしいつ誰が研究室を訪れるか分からない、という状況に変わりない。

しかもまだ私は、上田さんの膝の上に腰を下ろしたまま。

「カリボネの力はすごいな。YOUが普段、絶対言わないような事も言って乱れてくれて…Shit!やっぱり撮影しとくべきだったか…」

上田さんは一人舌打ちするが、こっちにしてみたらとんでもない事だ。

「ここでこんな事してるだけでも問題なのに、何考えてんだ!」
「大丈夫だ。上半身は服を着ているし、下は机に隠れているからな」

そうなのだ。下はお互い何も穿いてないが、上だけ着衣という奇妙な格好で、二人向い合っていた。

「私より、上田さんの方が見付かった時、問題なんじゃないんですか?」
「………ほぅ」

「―――――上田」
「何だ」
「何、また大きくしてるんだ」
「YOUが珍しく、殊勝な事を言うもんだからな」
「というか、早く下ろして下さい」
「嫌だね」

上田さんの膝の上に乗っているせいで、私が上田さんを見下ろす形になっている。
少しだけ上目遣いで見つめられて、ちょっとだけ、どきりとしてしまった。

「そういう風に、いつも素直にしてればいいものを」
「…顔、近いですよ」
「近付けてんだよ」

おかしい。カリボネはもう切れた筈なのに、妙にドキドキしている。

互いの唇が触れる。自ら応え、舌を絡ませていく。

こんな場所で、こんな格好で。

普段なら絶対許さないけれど、いつもよりちょっとだけ甘くなるのは、きっとバレンタインのせい。

全てをチョコとバレンタインのせいにして、そのまま上田さんに身を委ねた。






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