わらびもち
上田次郎×山田奈緒子


テーブルの上の皿にそっと手を伸ばす。
黄金色の香ばしい粉末に包まれたぷるぷるの物体を親指と人差指でつまみ上げ、素早く口に放り込んだ。

「何をしている、you」

きな粉を盛大に吹き出して振り向いた奈緒子は口の中のわらび餅を急いで飲み込んで言った。
部屋の主である科技大教授、上田次郎が子機を手に奈緒子の後ろに立っていた。

「な、何もしてませんよ。早かったな。大学からの電話じゃなかったのか」
「会議の時間変更連絡だった。家主の許可もなく盗み食いとは本当に浅ましいな」
「なんのことやらぜんぜん身に覚えがありません。さっ、早く今度の事件のあらましを説明してくださいよ。私も忙しいんだ」
「口や指をきな粉だらけにして良くものうのうと」

奈緒子は慌てて指を見た。指にたっぷり、カーディガンにも黄色い粉が散っている。
まずい。
きな粉のついた指を慌てて口に含んで証拠隠滅を謀った後、よくわからなかったので口元もぺろりと舐めた。
弓形の形よい唇から覗く赤い舌。濡れた唇が光る。

ごくり、とつばを飲み込む音が聞こえた。
視線の先には奈緒子の顔をまじまじと見詰める上田。
大男は何かに気づいたようにはっと目を見開くと頬を染めて呟いた。

「そういうことか」

奈緒子は不審げに聞き返す。

「はい?」
「youの意地汚さは常日頃から目に余るが、そこまで必死でアプローチするとはいじましい」

上田はテーブルのへりに視線を落とし、もじもじとのの字を書きながら言う。

「たしかに俺のような立派で背も赤く男前で社会的にも優れた人間なら、youのような貧乏で貧乳で何のとりえもない哀れな女が惹かれてしまうのも無理は無い」
「何のことだ」

貧乳助手の本気の疑問符にくるりと振り向き、片眉を上げた。

「山田」
「はい」
「無意識だったのか。今更隠すことはないぞ」
「だから何だって、うえ──」

言い終わる前に上田の顔がぐっと近づいてきて視界いっぱいに広がった。
唇に、ふわりとなんとも言えない柔らかい感触のものが触れる。
しばらくふわふわと奈緒子の唇を触れた後にそっと離れた。
目の焦点が合う。


「俺はわらび餅が好きだ」

奈緒子はぼんやりと目の前の男を見つめて言った。

「は、はあ?」
「ぷるんとした食感、程よい甘さ、美しい宝石のような透明感」

奈緒子の頬をそっと撫で、指でぷにっと突付く。

「うん」

上田は何だか勝手にひとり合点している。
そのまま柔らかい頬をごつい手のひらで柔らかく包むと、上田はまだ少し残る口元のきな粉を舌で舐めとった。

「!!!!」

大胆な舌はそのままゆっくりと移動する。やがて奈緒子の唇を包みこみ音を立ててついばむと、僅かな隙間からそっと忍び込んできた。
かすかな水音が響く。

「──甘い」

唇を解放されそんなことを囁かれ、奈緒子は我に返った。

「な、なっなっなななな」

そうだ、この男はさっきも──

「you」

上田は赤い顔のまま、顔をぐいと近寄せて真面目な顔で囁いた。

「自分のことをわらび餅に見たてて俺を誘惑して想いを伝えようとしたんだろう?」
「はあ?????????????」

相変わらずこの男は妙な思考回路をしている。勉強しすぎるとおかしくなる典型だ。

「ぜんっぜん、まっったく、ユーワクなんてしてません。目を覚ませ上田」
「はっはっは、そう照れるなよ」
「照れてない!!」

いつの間にか上田の大きな手のひらが脇からカットソーをたくし上げ侵入し、ブラジャーのホックを外している。
なんという早業。

「こ、こら!やめろ!」
「大丈夫だ!俺のシミュレーションは的確かつ完璧だからな、安心して身を任せろ。いつyouが告白してきてもいいようにこまめな練習は一日たりと欠かしたことはない」

理性的なことを言いたがら鼻息は荒く眼は血走っている。興奮で眼鏡まで曇っている。
細い体にぐっと体重をかけられてテーブルに背がつく。
のしかかる大きな身体。

「上田!」

獣になりつつあった科技大教授はっとして身体を起こす。
奈緒子の両手は抑えつけたままに髪を整え、ずれた眼鏡をかけ直した。

「そ、そうだな。俺としたことがはやまった」
「わかればいいんだ。さあどけ」
「ダイニングテーブルでというのはいくらなんでも初めてでハードルが高いな。山田、俺の部屋に行こう。最初はやっぱりベッドだよな」
「え?!違う!にゃー!やだ、やだやだ、何する──っっ!」

暴れる奈緒子を横抱きにしていそいそと上田は寝室へ消えた。



数刻後。
上田は満足しきった表情で、奈緒子は枕に顔を埋めシーツでミノムシ状態になりながらベッドの上にいた。

「……バカ」

上田は静かに奈緒子の乱れた黒髪を撫でる。

「バカ、バカバカバカ、は、犯罪だぞ。矢部に言いつけてやる」
「そうだな、一緒に報告に行くか」

余裕綽々の態度がムカつく。

「何で笑ってるんだ。反省しろ反省」
「なんでだよ。相思相愛でする性行為だぞ。何の問題もない」
「い、いつそんなことになった!」

上田はぐっと顔を近づけて囁いた。

「you、さっき何度も言ってたじゃないか。甘く囁くような声で『上田さん、好き』って」
「わーわーわー!!」

耳の先まで赤くして奈緒子は暴れた。
なんという不覚。
熱に浮かされとんでもないことを口走っていたようだ。

「はっはっは。照れんなよ!」

上田の大きく暖かい身体にぐいと抱き込まれる。
奈緒子はしばらく暴れていたが、やがて観念したように静かになった。

「わらび餅には黒蜜……」

上田がぼそりと呟いた。

「え?」
「そうだな。今度はちゃんと用意しておくから」

奈緒子は眉間にしわを寄せる。

「何の話だ」
「ローションだよ!痛かったから怒ってんだろう?」
「違います!──、ん」

大男は懲りずに覆いかぶさって奈緒子の唇を塞いだ。
遠慮のない舌が口腔内を蹂躙し、未だ慣れぬ奈緒子の舌を優しく絡めとる。
やがて骨ばった指はするりと下腹部を撫で、腿の間へと侵入し悪戯を仕掛ける。

「あっ、こ、こら!」
「山田……」

蜜より甘い声で囁かれ、形ばかりの抵抗は虚しく終わる。

「ん、……あ、あっあっ……や、」
「……ん。もういらないか?」

デリカシーの欠片もない奴。
彼女は悪戯を仕掛ける男の耳をぐいと引っ張り睨みつけ、──ぎゅっと抱きついて小さくキスを返した。
上田は驚いたように真っ赤な奈緒子の顔を見つめると、やがて泣き笑いの表情で強く奈緒子を抱きしめた。






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