自身の『自我』
ニノマエ×志村美鈴


「すっげ〜〜〜!!!!」


気まぐれで不定期で。
彼が現れるときは、いつだって唐突だった。


「めっっっちゃ上手い!!」


―――顔も上げずに溜息をつく。
美鈴は、自分の部屋のソファに腰掛けて、クロッキーブックに韓流スターの絵を描いていた。


「…また、スカウト?」
「そうだよ」

目の前に立つ、黒ずくめの無邪気な青年。
当麻陽太。―――またの名を、一十一。

「なんべん来られても同じよ。―――別に、あたしは
そっち側とかあっち側とか考えてないから」

「悔しくないの?悔しいからそんな有様なんじゃないの?」


不快なところを突かれて目を細める。
テーブルやフローリングの床には、ビールの空き缶空き瓶がゴロゴロしている。
芸大を中退してからというもの、ずっとこんな感じだった。


「っ、酒臭っ」
いつの間にやら顔が近いところにある。

「…うるっせーなテメェ」
「うぅん。餃子臭いより全然マシ。
…でも、性格変わるねぇ。こわっ」


隣に座るニノマエを横目で睨みつける。
死んだと思っていた彼がこうやって美鈴の前に現れるのはもう何度目かになる。
生きていたのか、どうやって生き延びたのか、当初は疑問には思ったが
もうこうして前置きなしに現れることにも慣れてしまったし、自分には直接的には関係のないことなので
サイコメトリーしようとも思わなかった。
無論、その誘いに乗る気もない。第一、本当はもうSPEC自体使いたくもない。
今は亡き兄に迷惑かけて、二浪の末念願叶って合格した芸大に居られなくなった元凶。
見なくてもいい、見たくもないものまで見えてしまう、…こんなウザったい事この上ない能力。

『才能は自分が望むものと一致しない』と言っていた、誰かの言葉を思い出す。
組織化したSPECホルダーサイドとか。行ってどうなる?そこで何をするって?…そんなの、余計に虚しくなるだけだ。


「―――あんたの姉さんは、そんなこと望んじゃいないわよ」
「今は見守ってるけど、いずれ時期をみて姉ちゃんのことも迎えに行くよ。
…まぁ、瀬文さんがいるから無理かなぁ。あの二人お互いマジっぽいし。
パッと見二人共ツンツンでしかないのに、一体どこにデレの要素があるんだか」

困り顔で頭を抱えるその様は、冗談なのか本気なのかも掴めない。




「でも、本当上手いなぁ」

未完成の絵を、まじまじと覗き込まれる。
「勿体ない。大学、辞めちゃうなんて」

…いちいち反応して苛立っていたら思う壺だ。
無視を決め込むつもりで、視線をクロッキーブックへと戻す。

中退してからというもの、まともな作品を描く気は失せた。
でも、どこかで絵画に対する未練は残っていて、
でも今までのような、繊細な線で丁寧なデッサンやスケッチをするなんて心情にはどうしてもなれなくて
最近は、こうして乱雑な線画を描き殴ることで、今の自分を表現していた。


…客観的に見れば、それでもその線画が某有名韓流スターだと一目でわかるだけで
十分に評価に値する才能なのだが。

――――こんなの。
こんな『自分』、褒められても嬉しくない。

「僕、漫画的な絵しか描けないんだよね」

ふと、少年はそんなことを言い出した。


「図工や美術の成績は良かったんだけど、写実的な人物画だけは苦手でさ。
将来はクリエーターになりたかったんだ。漫画か、もしくはゲーム業界で」


『なりたかった』
前途溢るるかに見える青年は、過去形で自らの夢を語る。



「SPECの存在を知ったときは、ジョジョワールドが現実になるんだ!って、ワクワクが止まらなかったよ」


――――顔を上げて隣を見る。
どこか遠くを見るような、でもその眼になんとなく色が感じられない青年…いや、少年だっけか。
純朴な笑みを浮かべたその横顔は、本当に『邪気が無い』としか形容ができず、


「でも、それでも三次元には限界がある。
そりゃ、人間の可能性は無限かもしれないけどさ。それでも、10%プラス最大90%、
どんなにレベルアップしたって100%…FFで言うと9999。リアルには限界突破、なんてシステムはないんだ」


ところどころ一般人にはついていくのが困難な用語が出るが、
知らずのうち黙って耳を傾けてしまっている自分がいる。



「二次元ってさ、本当の意味で無限だよね。二次元ならなんだって、どんなことだって実現できる。
例えば、今、この人…えぇと、ヨン、?名前なんだっけ??…の隣に美鈴さんを描けばさ。
美鈴さんにとって夢のツーショットになるわけじゃん。
でもさ、実際はこれ紙だよ?
ただの紙を眺めるだけで感動できるって、冷静に考えると凄いことだと思わない?
それで人を感動させることができる作家や職人もさ。ある意味最強のSPECだよね」


「――――……」
『創作』に携わる者ならば、少なからず似たような思いを抱くものである。
子供らしい、純真無垢なその表現、その形容は、…純粋に惹かれるものがあると言わざるを得ない。


ほんの、気まぐれな興味だった。

「――――なんか」

クロッキーブックを一枚捲って、4Bの鉛筆と一緒に少年へと差し出す。

「描いてみなさいよ」


数秒、少年の表情が固まる。
が、次の瞬間にはどこか今までとは違う、
それこそ玩具を目の前にした子供のような笑顔で、少年はそれを受け取る。

意気揚々、といった雰囲気で鉛筆を持ち、

「――――――」


また、数秒。


考え込んでいる?
いや、どちらかと言えば思考停止しているかに見える硬直の後、

「――――やっぱ、ダメだぁ」

頭を掻き毟りながら、少年はそのページをガシガシと塗り潰した。

美鈴は目を見開く。

「ダメって、…何が」

「どんな形であれ、作品ってその人自身を表現するものだよ。
感情が込められない絵とかありえない。美鈴さんならわかるでしょ?
そもそも心が無いのに、作品なんて創れるわけがない」


「…?」

――――心が、無い?
不可解な顔をする美鈴をよそに、
少年はふぅ、と浅い溜息をつく。





「ごめんね」


「お兄さんのこと。なんか、えらっそーな大人達に約束破られちゃってさ。
カッチーンときたから、とりあえずみんなダルマにしといたんだけど」

仏壇の兄の遺影に、少年の視線が重なっている。


「あのとき、僕は怒ってた。
それは、確かに覚えてる。―――『怒っていた』という事実だけだけど」


――――事実??
ますます意味がわからない。


「―――大人って、なんなんだろね」


パチン。と指を鳴らす音。

「この力を手に入れて。
僕は、僕の時間の流れの中で、他の人間よりも早く大人になれる。そう思ってた」


時の流れが静止…否、鈍足化する。
別に周りに誰かいたわけでもないが、この瞬間
世界中が、二人きりの『世界』と化す。


「でも、この中では僕は、基本一人でいるしかなくて」

「通りすがりになら、いろんな人にいろいろなこと教えてもらったりもしたけど。
本当に、漫画とゲームだけだよ。人として大切な何かを、教えてくれる誰かなんていなかった」


横顔が、天井を見上げる。

「ずっと孤独で。
結局、中身は子供のままだった」

相変わらず、その口角は上がっていた。


「…なんで笑ってるの」
「ん〜、…とりあえず、他に顔芸がないから、かなぁ」
「何よそれ」
「僕は、僕じゃないから」


意味が、よく、わからない。
わからないが、


「この手は、―――きっと、
…猫だって平気で、殺してしまう」

手のひらを、何かを握り潰すかのように握りしめて――――



とすん、と少年は美鈴の肩に寄りかかる。


「今、…の中で、当麻陽太の記憶、――記録は、情報(データ)としてしか残っていない。
経験値を培ってきたセーブデータじゃないよ。最初っから御都合主義でコード改竄されたチートデータ」

小声で、何を言っているのか
まともに理解できなかったが


「大人に、なったら」

「当麻陽太は、クリエイターに…夢を、『作る』側になりたかったのに」


感情のない目が、笑って

「なんか…知らないうちに、
『作られる』側になっちゃったんだ―――」


鉛筆と、クロッキーブックが床に落ちる。

自分でも、自分の行動が理解できないまま。
美鈴は少年の肩を寄せ、胸に抱きすくめていた。



頭を、撫でるように抱えて、

「だから…なんで、…笑ってんのよ」
「だって、泣けないし」


ぎゅ、と、抱きしめる腕に力を込める。

「僕は…もう、大人に、なれない」


――――サイコメトリングが起こる。
何もない。脳裏に映ったそのビジョンは虚無であり空虚だった。

あぁもう。
わけ、わかんない。
わかんないのに、なんで、こんな締め付けられんのよ――――


「…胸」
「…なに」
「当たってる」
「なによ」
「女の人の胸に触れるの、初めてだから」
「…そう」

一度、身を離し、

「聞こえる?」
手を、引き寄せて、左胸へとあてがう。

「ほら」

「心臓、鳴ってるよ。
…貴方と同じ、この時間の中で」

「―――うん」

その手は、冷たいのに、温かな錯覚があった。



「…やわらかい」

手を添えたままの少年が、おもむろに呟く。


「ねぇ」

「直に触ってみても、いい?」


――――調子乗んなクソガキ。
思いながら、掴んだままのその手をカットソーの中へと導いた。


「どうしよう」

いつの間にか、美鈴は背中からソファヘ倒れ込んでいる。
上に覆い被さるように跨った少年は、もう片方の手も差し入れて、その感触に夢中で

「すごく、気持ちいい」
「うん」
「…女の人も、気持ちいい、の?」
「…うん」

どうか、してる。
夢中になっているその姿が愛おしくて、

「見ても、いい?」
「…ん…」

どこまでも、許容してしまいそうな自分が、


「…こんな、なんだ」

カットソーの裾を上にずらされ、美鈴はその双丘を少年に晒す。

「…何よ、こんなって」
「三次じゃこうなんだな、って。
少年漫画やアニメじゃ、…女キャラの裸が出てきても、…その、
…ここ…まで、描かれないから、さ、」
「っあ、」

先端を押されて、無意識に押し殺していた声が漏れる。
思わず口元を抑えて

「…っ…がっかり、した?」
「なんでさ」

両手の力が緩み、その形が元に戻っていく。
少年は、真顔で

「凄く、綺麗…」


―――確かな息遣いが、聞こえる。

「やっべ」

今度は、少年が美鈴の手を引き寄せる。

「こんなん、なってる」
「そりゃ、そう、でしょ…

健全な、男子、なら」
ソコには、熱く、誇大化したモノが、あった。


「ねぇ、」

事態も、よく、呑み込めてない、けど。


「…キス、しても、いい?」
「ん…」


この『世界』の中で、
この少年は、確かに、今、ここに生きていて、

自分は今、この『世界』で
たった一人の『証人』なのだ――――



重ねただけの唇が、離れる。

「ファースト、キス?」
「ううん。多分、セカンド?くらい」
「多分てなによ」
「ちっちゃかった頃、誰かとしたかもしんない。
まさか姉ちゃんかな。…オエッ」
「それは子供のキスでしょ。…大人は、こう」

美鈴は起き上がり、少年の頬に両手を添えると
強引に歯列に舌を割り入れ、深く激しく絡ませる。


はぁ、と、息苦しそうに、…だが必死に舌の絡みに応えている。
―――無色透明だった筈の黒ずくめの少年が、着実に色味を帯びてきていた。


荒く乱れた呼吸が、たった二人しかいないこの『世界』で絡み合っている。

―――それ以外のモノやコトが絵画の如く静止したかのようなこの『世界』は
それこそ、…まるで『二次元』のようだ。


先刻と体勢は逆転し、美鈴が上に跨っている。

「気持ち、いい?」
「―――っう……ん」

黒のタートルネックの下に隠された、白い素肌を撫で回し、

「男でも、ココ、イイ、でしょ」
「あっ―――――」

敏感な箇所を、いじらしく攻め立てる。


もう、お互い昂った体の反応は隠せなかった。
耳元に顔を寄せ、

「大人に、なる?」

美鈴は、艶めいた声色で囁く。
声と、息が、…耳にかかっただけで、青年としての体はびくん、と反り返る。

満足気に顔を上げ、少年の瞳を真っ直ぐに見据えると、

「あたしは、いま」

自らの秘部に指を入れ、

「ここに、いるよ」

くちゅ、と淫らな音を立てた。


「っは…美鈴、さ――――」

黒ズボンの中で、膨張して苦しそうにしている
少年の男の証を開放してやろうと、指の長い手がジッパーに伸びたそのとき



バチッ!!



電撃が走った。
光の無かった少年の瞳が白く光る。



「っ?!」



怯んだ美鈴は反射的にその手を引っ込める。




「あ――――ア゛―――――」



少年だったモノが、ガクガク、と痙攣する。

「な―――に………?」

美鈴が僅かに後ずさったそのとき、


「――――ヤ、メロ―――やめろ!!!!」



ソファから飛び起きて、少年は美鈴を突き放し、勢いで反対側の壁へ
ドン、と激突した。




バチバチ、と微かな火花の音が残る。

「ハッ――ハ――――」

その場に蹲った少年は、

「――――彼女に……手を、ダスナ――――」

何か、目に見えないモノを抑え付けるかのように、
自らの首の根を掻き毟っていた。


幾ばくかの沈黙の後。
時計が、正常な流れを刻み始める。


「……ニノマエ、?」
「――――ごめん、美鈴さん」

――――これ以上間違いを犯せば。
本来の『機能』が彼女を障害と認識し排除してしまう。



「いいんだ」

何かを、仕切り直すかのように立ち上がる。

「僕は、このまま妖精になって、魔法使いになるから」
「…なにそれ」

振り向いた少年は、元の、やっぱり邪気の無い笑顔で

「永遠のチェリーボーイってこと」


「――――――」
「また、来るね。
…多分、次に会うときにはデバッグされて、今日のセーブデータごとデリートされちゃってると思うけど」

在る筈のない、…在ってはならない『心』の震えを
自らの『機能』で押し留める。


「―――ありがとう」

無色透明なその笑顔のまま、

「じゃあね」

瞬間、少年は美鈴の眼前から姿を消した。




秒針の音が、する。
コトも、モノも、全て元通りに動き出している。
体の熱と共に―――気付けばアルコールも大分冷めてきていた。

たった一人、元の『三次元』に残された美鈴は呆然とする。


ふと、何か尖ったものが爪先に当たり、足元に視線を向ける。
転がった、芯が折れた鉛筆と一緒に落ちている、
―――無造作に塗り潰されたクロッキーブックは、確かにそこに存在した『世界』と『彼』を示していた。


心がないのに、作品など作れない、と言っていた。
だが―――この1ページは紛れもなく、先刻まで目の前に居た『彼』の『作品』に他ならない。
この、八つ当たりのような痛々しい線は、まさに彼自身を、…彼の無意識の中の『心情』を表現したもの。
作り笑いしかできない。泣きたいのに泣けない、という、彼自身も自覚していなかった悔しさと憤りの現れ。
同じ『創作者』を志した美鈴にはわかる。
仮に、もし本当に『心』がなかったとしたならば―――そもそも何も描かずに、白紙のページを残したはずだ。



彼に、何があったのだろう。
彼は、何を求めたのだろう。

ただ、なんとなく察せられることは。
彼は、…おそらくはあたしのために、自身の『自我』を押し殺し、あたしを拒んだのだということ。




それ以上のことなど、美鈴には知る由もなければ想像もできやしない。
少年は、自ら消去されると承知の上で、彼を作った『クリエイター』…もとい『ディレクター』の元へ還ったのだということ。
少年…いや、オリジナルの『コピー』は、世に出回るゲームソフトのように均一に、何本でも製造されるのだということを。






―――それから後。
美鈴の心は『向こう側』へと揺れ動くこととなる――――






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ