静止した時の中で
ニノマエ×当麻紗綾


「当麻」

突然、声を掛けられ我に返ると目の前にニノマエの顔。
驚いて銃を取ろうとした右手は不自由な左手と共に縛り付けられていた。
突然の展開に頭を整理した。
わずかな茣蓙の匂いと背中に押し当てられた感触、ニノマエの肩越しのコンクリートの天井を見て、当麻は今自分が見知った未詳にいて、しかもニノマエに組み敷かれていることを理解する。
銃にも勝る毒舌を浴びせようとしたが、口には布のようなものが噛ませられていて声すら思うように出せない。

一体、なぜいきなりこんな状況に?
自分は確かさっきまで、瀬文の帰りを待って一緒にうどんを食べていたはず……
呆気に取られているとニノマエが不適な笑みを浮かべた。

「この前はよくもやってくれたよね…腹の虫がおさまらないから自分から来ちゃった」

この前とはいつのことなのか、電気ビリビリの時?以前の対決の時?それとも…
身をよじって逃れようとしてもニノマエに跨られていては為すすべがない。

……アタシを、殺しにきたの?
ふと恐怖に襲われ助けを求めようと周りを見ると、瀬文がすぐそばに立っていた。

「ふぇうぃふぁん…っ!!」

布越しにありったけの声を出してみたが、すぐにおかしなことに気付く。
ほんの二三歩の距離にいるのに、瀬文は全くの無反応だった。まばたきすらしていない。

「無駄だよ。今、この世界で自由に動いているのはボクたち二人だけなんだから」

ニノマエがぐっと顔を寄せ言った。

……これが、ニノマエのSPEC?

もう一度見た瀬文は、本当に時が止まったように虚ろな視線を当麻とニノマエに向けているだけだった。

「でも、こうしてあんたの自由もボクが奪ってるわけだから、今この世界を"支配"してるのはこのボクってわけ」

ニヤリとするとニノマエは腰からナイフを取り出した。

「騒ぐと殺すよ」

ゆっくりと、ナイフを当麻の頬に押し当てた。恐怖と、その金属の冷たさに体が震えきつく目を閉じた。
何故どうして?という思いが頭を巡ると同時に、死と痛みを覚悟した。
ナイフは頬をなぞり、首筋へと下りていく。

「んっ、んん!」

『そんなところに切りつけられたら痛いだろうな…血がいっぱい出て、瀬文さんも返り血浴びるのかな?』

恐怖とは裏腹に呑気な思いが浮かぶ。
時を止められているとはいえ、ただ静止している瀬文に無性に腹が立った。

『アタシが最大ピンチの時に何固まってんだよハゲ!動けーっ!助けろーっ!!』

必死に念を送ってみるが一向に瀬文は動かずこちらを見つめ、マネキンのように仁王立ちしたままだった。
スーツやシャツに染みがあるのはさっきのうどんの汁だろう。
せっかく作ってやったうどんもマズいと言われた上に、殺されそうになっていて助けてくれないなんて…ムカつく。

怒りが恐怖に勝った当麻はジタバタと暴れ出した。
ただでやられてたまるか、とめちゃくちゃに体を動かし抵抗した。
押さえ込むニノマエの手に力が入る。

「暴れるなよっ、もう、面倒くさいなぁ…」



次の瞬間、当麻は身動きが取れなくなった。

ほんの瞬きの間に、自分の体が何かロープのようなものでギリギリ巻きにされていた。
しかも両腕はそれぞれの両膝に括られ、脚を大きく開いた格好で固定されている。
一瞬で、いつの間にこんな…恥ずかしい格好に?

「あんたが暴れるからだよ」

当麻から離れた所に立ったニノマエがナイフを弄びながら見下ろしていた。
どうやらまた時を止められたようだ。
ガキの癖にこんなSMみたいなことを…
何か言ってやりたいが口には相変わらず布が入っている。
とにかくロープを解こうと腕や脚を動かそうとしてもロープはとてもきつく巻かれていてびくともせず、無理に動かすとかえって食い込み痛んだ。
「さーて。動けなくなったことだし、始めさせて貰うよ」

ニノマエが身をかがめて膝をつき再び当麻に迫ってくる。
ナイフを顔の前でチラチラさせると先端を胸元へ…

「っ!!」

――刺される!

と思った瞬間、ブチッという音と共にブラウスのボタンが飛んだ。
唖然とする当麻を余所にニノマエは鼻歌混じりだ。
ナイフの切っ先をブラウスの前へ引っ掛け一つ一つボタンを千切り取っていく。
ついに白いブラウスの前を抑えるものはなくなり、はらりと胸元が開く。

「…うぅ…っ」

華奢な胸とブラが露わになる。

「恥ずかしい?」

ニノマエが笑顔で聞いてくる。その顔はまるで悪戯を仕掛けている子供のようだった。

「ほら、あっち見て」

ナイフが指す方には瀬文が立っていた。

先程より距離が近い。
瀬文もさっきの瞬間で移動させられたのだろう。
自分の有り様と瀬文に見下ろされているということに一気に恥ずかしくなった。かぁっと顔と耳が熱くなり心拍数が上がる。

「これから」

ニノマエが顔を近づける。

「あんたの大好きな瀬文さんの前で辱めてあげるよ。瀬文さんに見られながらだと興奮しちゃうでしょ?」

……ナニ?何を言ってるの?

当麻が困惑しているとナイフがブラの隙間に差し込まれた。

「んっ!」

冷たいナイフが胸に押し当てられ心臓が止まりそうになる。
グイッとニノマエが力を込めて引き上げるとブツリとブラの前が裂けた。
裸の胸が寒々しい蛍光灯に晒された。
ニノマエは如何にも楽しんで居る様子で笑ったが、笑顔の奥には不気味な冷酷さが感じられた。

「さあ、次はもっと恥ずかしいトコだよ」

そう言うと当麻のスカートを捲り上げた。

「んんー!ふあえぇ!」

当麻は長い髪を乱して頭をめちゃくちゃに振り、激しく拒否した。縛られた膝や腕がひりひりと痛い。
こんなに必死になっているのに体は左右に揺れるばかりでニノマエの手から逃れることができない。
スカートが捲りあげられると太股とブラと同じ白いショーツが曝された。

「ひぁああああっ!」

当麻はどうすることもできない苛立ちと、不条理な辱めに耐えられず叫んだ。

「ねぇ当麻、もしボクが今指を鳴らしたらどうなると思う?」

ニノマエは指を鳴らす真似をした。
我に返る。
もし今、指を鳴らしたら…時が動き出すの?
すぐそばには何も知らない瀬文がいるのに。

『瀬文さんに見られる…!?』

当麻は懇願するように、いやいやと首を振った。

「嫌だよねぇ?こんな格好見られたら」

キャハハ!と高い声を立てて笑う。

「ボクに逆らうと、もっと恥ずかしい思いすることになるよ」

悔しい……
左手を奪われ、憎くて憎くてずっと追いかけてきたニノマエに何故そんなことをされるのか分からない。
これは仕返しのつもりなのだろうか?

目を向けると瀬文が立っている。

『瀬文さん…』

今、瀬文の眼球には自分のこの姿が写っている。
見えていないとしても、瞳に写る情景は脳に記録されるのではないだろうか?
もし瀬文の脳のどこかでこの情景が記憶されていたら。
そうは限らないけれど、今まさに自分の仇に辱められているこんな情けない姿を見られるのは絶対に死んでも嫌だった。
口は悪いしぶっきらぼうで筋肉バカだが、何気なくいつも自分を気遣ってくれる瀬文を、当麻は知っていた。
喧嘩もするしムカつくし頭悪いハゲだし。
でも……

もう一度瀬文の方を見る。気づきかけた感情が急に溢れ出し歯止めがきかなくなるった。
それは、決心したように目を閉じると瞳の端から伝って落ちた。

ニノマエはそんな当麻を愛おしそうに見つめると頬にキスをした。

「いい子にしてたら、瀬文さんには内緒にしておいてあげる」

そう言って太股にナイフを滑らせた。
切っ先がショーツの端を捉え、引き裂いた。


「何やってんだ、お前」

瀬文の声に我に返る。
ガバッと起きあがるといつの間にかニノマエは消えていた。
瀬文は先程の場所で棒立ちのままだった。
ハッとして胸を見ると裂けたブラウスは鮮やかな緑色のジャージに変わっていた。
上がジャージで下がスーツのスカートという何とも奇妙な格好に、瀬文も訝しげな顔をしている。

「いや…別に……ストレッチを」

混乱しながら、そんな言葉しか口から出なかった。
腕や膝の裏がヒリヒリした。
さっきまで口の中にあった布の繊維が舌の上に残っていて、その不快さがニノマエの記憶を鮮明に思い出させる。

「やるなら下も履いてからやれ。ブスのパンツなんか見たくないからな」

「なんだとてめぇッ!」

立ち上がってハッとし、振り上げた拳もそのままに当麻は走り出した。

「ぉ…おい!?」

調子が狂ったような声を上げる瀬文を背中で感じながら、当麻はトイレに駆け込んだ。

鍵をかけ、便座に片足を上げて覗きこむと大きなため息をついた。

「…っくしょう……」



太股の内側に血痕が幾筋もあり、マジックで落書きがあった。

『当麻の処女、いただきました^^』






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