ドラマ最終回後、入院中のお話(非エロ)
瀬文焚流×当麻紗綾


いつの間にか、眠っていたらしい。
重い頭を動かすと、薄暗闇の中、ベッドサイドの小机が目に入る。
汚れの1つもない、事務的なまでに清潔なそれは入院生活の間に馴染んだもので、
頭と腕を乗せていた場所のすぐ前には、当麻の持ち込んだ調味料類が
狭いスペースを奪い合うように並んでいた。

どうして目が覚めたのかと、当麻はぼんやりと考えた。
布団でないと眠れない、なんて言うつもりはない。
なまじ自分の病室に戻るより、ここ――瀬文の病室――の方がよく眠れるのは、既に解っている。
医者や看護婦が連れ戻しに来たわけでもないだろう。
最初は躍起になって元の部屋に戻そうとしていた彼らも、
ガンとして言う事を聞かない当麻のことは、一週間が経つころには諦めたらしい。
なら、動いていないせいか。
入院生活は退屈で、やる事も無い。体力を使わなければ眠くもならないのは当たり前の事で、
だから寝が浅かったのだろう。

「うっ……」

そう結論付けようとしたところで、呻き声が聞こえた。
このせいか、とまだ眠気にぼんやりと霞む頭を上げる。
顔にかかった髪をかき上げて、ベッドの方を見る。
ある程度体調も落ち着いてきて、
人工呼吸器や心電図モニターも外されていた瀬文が、荒い息をついている。
うなされているのだろうか。

「……当麻……」

不意に名前を呼ばれ、当麻はびくりとした。
もう一度見る。やはり目は閉じているし、寝言なのだろう。
寝言で人の名前なんて、恥ずかしい事を。

「どこだ……当麻……」

当麻は顔をひくつかせた。何だこいつ。
黙って聞いているのがあまりにも恥ずかしく、当麻は小さく口を開く。

「目の前にいるっつーの」

瀬文の目がゆっくりと開く。起こしてしまったらしい。
罪悪感も無いではなかったが、
変な寝言でうなされる方が悪い、と誰にともなく言い訳をつける。

「起きましたか」
「……当麻……?」

瀬文の目はぼんやりと中空を眺めている。
まだよく見えないのだろう。病室は薄暗いから、尚更だ。
当麻の顔も周りも、ほとんど見えていないはずだった。

「いるのか?」
「ここにいますよ」

瀬文が頭をこちらに向ける。
だが、やはり見えていない事に変わりはなく、目の焦点も合っていない。

「はい、ここです」

だから、ベッドのすぐ傍まで椅子を進めて、布団から出ていた手に触れる。
すると瀬文は、体ごとこちらを向いた。
探るようにその手が動き、ゆっくりと当麻の腕を辿る。
両手で肘の少し先を握り、安心したかのように息を吐く。
その様子に、当麻は奇妙に胸がざわめくのを感じた。

――らしくない。

「どうしたんですか。瀬文さん」

動揺を隠すように、わざとからかうような声を出した。

「怖い夢見てうなされるなんて、子供っすか?赤ちゃん返りっすか?」
「……」

瀬文が顔をしかめる。だが、当麻の腕を握る手は離れない。

「あたしがいないと寝れませんか、やーだぁ、超カワイー」
「そんな事はない」

ややあって、否定する言葉が出た。

「いや嘘でしょ」
「嘘じゃねえ」
「じゃ、何なんですかねぇこの手は」

言って、ぱっと瀬文の手を振りほどく。
ついでに椅子も少し下げた。

「おい当麻」

咄嗟にか、咎めるような声が飛んできた。
が、当麻はわざと無視をする。
呼吸も浅くして、その場を動かない。

当麻の見ている前で、瀬文は両手で探るようにシーツを叩く。

「……冗談はよせ、当麻」

手がこちらにも伸びてきて、当麻はすいとそれをかわす。
瀬文は頭を動かし、見えない目で周りを見回そうとする。
それが本当に不安そうで、まるで母親を探す迷子のようで。
やはり、らしくない。
当麻は唇を噛んだ。
今更、自分の作戦のせいでなどと言うつもりはない。
あの作戦は事実成功したし、あれ以上の手は無かった。
瀬文が目にダメージを受けたのも仕方のない事だ。目は異物に弱い。
だが、それでも。こんなにも弱気な瀬文を見ていると、ひどく悪い事をしている気になる。

「らしくないっすよ」

椅子から立ち上がり、ベッドに近付く。
途端に瀬文がこちらを向く。
包帯だらけの手が伸ばされ、当麻の目の前を通りすぎた。
かろうじて、殴ろうとしたのだろうなと解る動きだった。

「……急に黙るな、バカ」

憎まれ口にすら力がない。
垂れ下がった髪に触れたその手をとり、頭に乗せさせる。

「ここです、頭。ちゃんと当ててください」
「……」
「本当、瀬文さんらしくないっすね。見えなくなって弱気になってんですか?」
「そうかもしれない」

正直に言ったのがおかしく、同時に悲しかった。
瀬文はひとつ息を吐くと、苦しげに目を閉じた。

「見えないってのは、思ったよりきついな……」

返事ができないでいると、瀬文の手が確かめるように頭の上を動く。

「ここにいるのに、お前がいなくなったような気がする」

目の奥が熱くなった。
不覚だ、こんな事で泣きたくなるなんて。
自分も弱気になっているのかもしれない。
手を伸ばし、瀬文の頬に触れた。
そっと指先でなぞってから、掌で頬を包む。
そうしながら、顔を近付けた。
まだ頭に乗ったままの手が、一緒に動く。

「近付いても見えないんですよね」
「ああ」

近付く。息がかかる程の距離まで近付いても、瀬文は頭を引こうとしない。

「――これでも?」
「ああ」

当麻はじっと瀬文の顔を見た。
手が乗っているから、位置はわかるのだろう。顔もちゃんとこちらを向いていた。
そのまま、ゆっくりと顔を近付ける。
瀬文の手が、頭から後頭部に動く。
その手に少しだけ力がこもると同時に顔を傾け、唇に口付けた。
互いに黙ったまま、顔を離す。

「ちゃんといるって、わかりました?」
「……見えないからな」

ぽつりと、瀬文の声が落ちた。

「残念だ」
「そりゃ仕方ないでしょ」

素っ気なく返し、瀬文が何度か瞬きするのを眺める。

「目が治ったら、また見せてあげますよ。この美貌を」

軽い調子でそう言うと、瀬文はふうと息を吐いて、

「うっせえ、サカナちゃんの癖に」

そう言って、安らかに目を閉じた。






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