体温(非エロ)
瀬文焚流×当麻紗綾


ぱちん。

寝ているとばかり思っていた顔を覗き込んだ途端、
当麻の大きな目がぱちりと開き、目が合った。

気まずい。

そう思う暇も与えず、当麻は真っ直ぐに自分を見据えて言う。

「なんすか」
「いや、何でもない」
「寝てると思いました?」
「誰だってそう思うだろ」

顔を背けても、当麻の視線を痛いほど感じる。
いつからだろうか。
あの大きな目が自分の姿を捉えるたび、
喉の奥のほうでくすぶっている何かが
頭をもたげてくるような気がする。

吉川の突然の死、神戸と久遠が忽然と姿を消したこと、当麻の左手の温もり。
全てがめまぐるしく過ぎてゆき、
ただ信じられるのは己の身体に刻まれた記憶のみだ。
真実なんて曖昧な記憶の集合体にすぎない、
すぎないが、それでも自分たちは真実を求めてひた走る。
自分と、当麻は。

小用を足して未詳部屋へ戻ると、
仮眠スペースで当麻が横になっていた。
近寄ってみれば、すう、すう、と規則正しい寝息が聞こえる。
枕元には、家族の写真。
事故で死んだ両親、あの日倒したはずの幼い弟、そして……なんだこれ。
ツインテールにセーラー服かよ……。
ともあれ、当麻の抱えている闇は計り知れず、
胸が締め付けられるのだった。

そこで不意に目を開けられたものだから、
思わず顔を背けてしまったのだ。

「なんでそっぽ向くんですか?なんかやましいことでもしたんですか?
あ、寝込みを襲おうとしたとか?」
「襲うか。気持ち悪い」
「なんで?」

当麻は仰向けのままで、足先を絶えずピコピコと動かしていた。

なんで?

そういう返しは想定外だった。
あらかた、そうですよねーキモいキモいキモいキモい、ウナ肝!砂肝!
瀬文さんとそんなことになるなんてありえないっすよー、
なんてベラベラと捲し立てるはずだった、なのに。
次の言葉が出てこない。

「この手」

当麻は、手首から先が動かない左腕を
高々と上げ、ぶらぶらと揺らしながら言った。

「瀬文さんに、救われたんです。
この手が温かいか冷たいか、あたしにはもうわからない。
でも、瀬文さんがこの手に触れてくれたから、あたしは救われたんです。
でも、ひとつ残念なことがあって、
あたしは瀬文さんの体温を感じてないわけじゃないですか。
もったいないなぁ、なんて思ったりしちゃったわけですよ」

当麻にしては、いささか回りくどい言い回しだった。
真意を図りかねて視線を合わせるやいなや、
当麻はすかさず天井を見上げた。

こいつ、まさか照れているのか。
当麻に限ってそんなことが?

困惑する自分をよそに、
餃子臭い女はすっかり黙りこんでしまった。
足先は常にピコピコと動いているし、
左手はぷらんぷらんと揺れている。
なんとシュールな光景なのだ。
と、感心している場合ではない。

「当麻」

呼びかけると、肩がぴくりと震え、
忙しく動かしていた足先は止まった。
左手だけが、だらしなく揺れたままだった。
それは悲しくもあり、愛おしくもあった。

「当麻」

もう一度名前を呼んで、左手を掴んでやると、
あのとき感じた温かさが蘇ってくるようだった。
そこに感覚はないはずなのに、
当麻の身体が次第に硬直していくのがわかる。
動悸が聞こえる。

動かない左手を右手で掴まえたまま、
仮眠スペースの小上がりに足をかけて当麻の上に馬乗りになった。
左手で髪を撫でてやると、
びくりと可愛い反応をするも、不服そうな顔をした。

「何だ」
「だから、そういうのじゃなくて」
「どういうのだよ」
「女に言わせる気っすか?」
「言えよ、ホラ」
「瀬文さんがいじめるぅー」
「本当にいじめてやろうか」
「え、マジすか」

少し焦ったような当麻の表情が、ますます嗜虐心を煽った。
こんなシチュエーションでも、当麻は当麻だ。
茶化したりブリッコしたり強がったり、
くるくると表情を変え、そして餃子臭い。
唇を合わせたとき、そのことを嫌というほど思い知らされたが、
今は当麻の望みを叶えてやるほうが先決だと諦めた。

ぽってりとした唇はしっとりと吸い込まれるようで、熱を帯びていた。
しばらくはその感触を楽しんでいたが、
当麻は緊張しているのか慣れていないのか、
目も唇も固く閉じられたままだ。
それなら、と強行突破を試みると、目を丸く見開いて少し抵抗した。

「その顔は反則だぞサカナちゃん」
「んだとこのハゲ!」

勢いよく開いた当麻の唇をもう一度捕らえ、
こじ開けて弄んでやると、ようやく艶っぽい吐息が漏れた。
餃子臭いのも気にならなくなり、
当麻の頬が目に見えて火照ってきたころ、すっと身体を離して言った。

「俺の体温、ちゃんと感じられたか?」

当麻は潤んだ目で見上げると、恨めしそうに言ってのけた。

「いや、全然足りないっす」






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